スミス 弐
「では早速――」と言って立ち上がったスミスは、少し離れた場所に置いてある箱を持ってくると、二人の前に静かに横たえた。
「これは何だ?」
「さあ、道具じゃないの?」と眼の前の本人に聞けばいいものを、二人はどうしてか互いの耳元で囁き合っていた。
それからまたさっきの位置に座り込むと、自然な手付きで箱を開けて、中から一本の剣を取り出した。
「それは?」
「サイモンからの依頼で打った。急ピッチで仕上げた物だが、悪くはないだろう」
「待て、一体何の話だ?」燐子はスミスの無感情な目つきを真っ直ぐ見つめ返す。
「お代はもうサイモンに貰っている」
「ねぇ燐子、これもしかして…・」
そう言って屈んで剣をなぞったミルフィは、一つに結んだ赤い三編みを前から後ろに払った。
彼女の言葉に従うように指の先を観察すると、かすかに見覚えのある紋様が確認できた。
泥のような色合いをした、硬く幅広の刀身、そして白い輝きを放つ刃…。
「おい、まさかあのトカゲを使ったのではあるまいな?」
燐子が心の底から嫌そうな声を出した。
「もちろんだ。素材が素材だったからな、久々に腕が鳴った」
「ちょっと待て、何とおぞましい真似をするのだ」
「何言っているのよ!実質タダでスミスの剣が貰えるのよ?有り難いじゃない」
「いや、そうは言ってもな、あのような化け物の体の一部を、剣に混ぜ込むなど…」
動物の皮や骨で道具を作る、というのは確かに不自然な話ではない。
それは恐らく全世界共通だろうという確信さえある。
だが、それが侍の命を預ける太刀ともなれば、話は変わって来る。
「重っ」と渋面を作りながら、ミルフィがその不気味な剣を持ち上げた。
馬鹿力な彼女が、あれだけ重そうにしているということは、相当な重量があるのだろう。
お世辞にも明るいとは言えない鍛冶場には、ただ炉の光だけが延々と灯されていた。
炎に照らされたミルフィの影に、禍々しいシルエットがくっついている。
そもそも、生き物の体の一部で武器を作って、その耐久性はどうなのだろうか、と燐子は一瞬だけ疑問を抱いたものの、あのトカゲの硬質な外殻のことを思えば、取るに足らない心配だったと考え直す。
否定的な態度を続けた燐子に、ミルフィが、丁寧にこの世界の『常識』を説明した。
燐子にとっては理解不能な話ではあったものの、それでもところどころに入るスミスの的確な補足により、話の内容自体は比較的高い次元で学ぶことができた。
しかし、理解できることと納得できることはまた別の話だ。
「なるほど、この世界にある珍妙な道具は、そうして魔物の素材から作られたものなのだな」
確かに、あのトカゲの甲殻や爪牙は良い武器、防具の材料になるかもしれない。
「そうよ、だから使わないなんて勿体ないの!」
「ふむ」燐子はミルフィの持っている剣を手に伸ばす。
確かに、ミルフィの言うことにも一理ある。
彼女の中に、この世界についての情報収集、という建前こそあったが、その実、燐子の性根そのものが、戦いに関する知識には貪欲なタイプでもあった。
口では否定的な態度を取っていても、常に思考はその実用性へと向けられていたことがなによりも、彼女の性質を顕著に表している。
柄を握ると、自然にミルフィが手を離した。
それに伴って腕に掛かる重さに、思わず燐子はバランスを崩した。
これは駄目だ、重すぎる。
これでは常に両手で握って戦う必要があるし、私の得意とする戦闘スタイルが取れない。
こんな得物を携えて戦場に出ては格好の的だ。力で対抗する戦い方では、男には勝ちようがない。
燐子は首を左右に振りながら、剣を元の箱の中に戻し、申し訳なさそうに眉を斜めに下げて言った。
「折角の心遣いだが、やはり私には不要だ」
ミルフィが抗議の声を上げるのを耳にしつつ、じっと銅像のようにこちらを見つめ、自分の言葉を待っているスミスに続ける。
「私には重すぎる。ミルフィのような馬鹿力でもなければ、これはまともには扱えまい」
「馬鹿力で悪かったわね」肘でミルフィに小突かれ、燐子がよろめく。
「どれだけ優れた武器でも、使い手がそれを活かせなければ…宝の持ち腐れというやつだな」
この武器が逸品であるということは、正直触らないでも容易に分かる。
彼女に刀を作る技術があれば、是非、一振り作ってもらいたいものではあるのだが…。
「すまないな、私もあのトカゲを倒したと聞いて、勝手に大男を想像していたのだ。サイモンに詳しく聞けば良かったのだが…。それにしても――」
スミスは自分の作業を止めて、言葉を区切り、また燐子たちを見上げた。というよりも、視線は完全に燐子に向けられており、彼女のアウトラインを、目でなぞり上げるようにして観察している様子だった。
それからややあって口を開いたのだが、その声は相変わらず単調で、感情の込もっていない響きをしていた。
「こんなにも可愛いらしい女性だとは、想像もしていなかった」
スミスの歯の浮くような言葉に、自分がからかわれているのだと思った燐子は、鼻を鳴らして皮肉っぽい笑みを湛えた。
それに気付いてかどうかは分からないが、スミスはそのまま彼女の容姿を褒めるような言葉を二、三、続けて並べたので、とうとう燐子も我慢できなくなって、わざと怒ったふうを装った。
「つまらない冗談は一度で十分だ」
「ん?冗談ではないが」
「よせ、自分がそういう女でないことは百も承知だ」
顔の前で片手を鬱陶しそうに振る。
「燐子、あっちの柱に鏡が掛かっている、それを覗いてくるといい」とここからは死角になっていて見えない柱を指差す。「君は十分可愛らしい」
いよいよ居ても立っても居られなくなった燐子は、ほんのり顔を赤らめながら、「そんな下らないことはいいから、刀の整備を頼む」と話を無理やり終わらせるために、腰に下げた太刀と小太刀を相手に突き出した。
「素人に毛の生えた程度の技術と知識しかない私では、そろそろ限界なのだ」
スミスはそれを受け取ると、途端に目の色を変えた。




