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竜星の流れ人  作者: null
一部 四章 水の町にて

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水の町にて

 サイモン商団と別れ、改めて見渡した町は、燐子の度肝を抜くようなものでいっぱいだった。


 燐子は、オレンジ色に変わりつつある陽の光に目を細めながら、メインストリートの両脇に並んでいる商店一つ一つに立ち寄っては、驚愕の声を上げていた。


 とても日の本では考えられないくらいに質の良い布類、どういう風に作ったのか全く想像もできない装飾品、名前は分からないが絶対に美味しいであろう食べ物たち。


 何より驚きなのは、それら全てに庶民の手でも購入できるだろう、現実的な値段が付けられていたことだった。


 サイモンたちは別れ際に、謝礼として例の馬と、硬貨が入った袋を手渡してくれた。

 その硬貨の価値は、異世界人である自分にとって、到底分かりようもないものだったのだが、ミルフィの反応からして、決して少なくはなかったとは理解できた。


 そして今、実際ミルフィに教えてもらいながら市場を見て回ったことで、その硬貨の価値を、身をもって知ることができた。


「相当太っ腹だったのだな、サイモンは」


 林檎に噛り付きながら燐子が尋ねると、ミルフィも同じようにしながら「本当にね」と答えた。


 小気味の良い咀嚼音が味を高めている気がする。


「甘いな」口の中に広がる果汁への感想だ。


「良かったじゃない」


 本当はもっと他の世界の品々を見学してみたかったのだが、陽も傾きつつあったので、一先ず宿を探そうということになった。


 それに関して多少の不満を漏らしたところ、遅い時間では部屋も少なくなる、とミルフィに一蹴されてしまい、仕方がなく口を閉ざした。


 宿は町の奥のほうにいくつか固まっているということだったので、大人しくミルフィの後についていく。


 途中すれ違う見慣れぬ異人たちにも、最早すっかり慣れてしまっていた。というか、このように多種多様な人間が集まっている場所では、異人も何もない。


 商業が栄える場所には自然と人が集まり、そして情報が集まる。


 物珍しさについつい本来の目的を忘れてしまっていたが、ここには情報を求めてやってきたのだ。


 この世界のこと、流れ人のこと、何でもいい。


 何でもいいから、今は情報が欲しかった。


 自分の迷いを晴らす、何かを。


 そう思っていたのだが…。


 新たな情報も、あまりにも多過ぎれば疲れる。


 この町では、民家、と呼んでいいのか、家らしきものがやたらに密集していると感じたが、ミルフィに聞いてみたところ、この世界ではこれぐらいが普通らしかった。


 逆にカランツのような村は、かなり古い集落に入るとのことだった。


 薄々感づいてはいたが、どうやらこの世界は自分がいた世界よりも、大きく文明が発展しているようだ。


 悔しいが、自分には全く分からない仕組みのものが多すぎる。


 陽が落ちても道を照らす街灯の光、巨大な湖を横断する頑強な橋、水を汲み上げるポンプなるもの…。


 とにもかくにも、文明の差を感じずにはいられないものばかりだった。


「頭がおかしくなりそうだ」


 ベンチにしゃがみ込んだ燐子に、ミルフィは立ち上がるように催促しながら笑った。


「元々おかしいのよ、きっと」


「無礼な」


「はいはい、行くわよ」と、指先ほどの反省もないミルフィに促されて立ち上がる。


 宿屋が乱立する通りに入る前に、ミルフィが思い出したかのように立ち止まり、燐子のほうを振り返った。


 精神的疲労感に苛まれ、すっかり覇気を失くしていた燐子の顔を見たミルフィは、また一つ笑った。


 それを咎める元気すらなくしてしまった燐子は、渇いた笑いを顔に貼り付けて辺りを見回した。


 上へ下へと、下へ上へと続く無数の階段が町のあちこちにあった。


 アズールは水の町だと聞いていたのだが、外観こそ名前通りでも、中に入ってみたら、どちらかといえば石段の町ではないか、というのが率直な燐子の感想である。


 あるいは、この世界ではこれが普通なのかもしれない。


 確かに、このように複数階層で町を作れば、限られた土地であっても利用できる面積が増加し、様々な施設を建立できることだろう。


「ねえ、先に鍛冶屋に寄りましょう?」


 くるりと回って、燐子はそういうの好きでしょう、とミルフィが愉快そうに笑う。回った意味はまるで分からなかった。


 彼女の言う通り、燐子は、武器にまつわるアレコレが好きではあった。ただ、実際鍛冶屋に寄ることになっていた理由は別にあった。


 サイモンが、お礼も兼ねて二人の武器の整備をお願いしてくれているらしいのだ。


 全くもって大盤振る舞いである。


 丁度、大トカゲとの戦闘のせいで自分の刀は刃がボロボロになっていたので、有り難いことであった。


 自分でできる、最低限の手入れではもう限界が来ていたのだ。


 燐子はミルフィの提案に素直に従い、現地の案内役のように、スイスイと小道へと抜けていく彼女の後を追った。


 夕闇が迫る人気のない裏路地を進んでいるうちに、子どもの頃、父親に内緒で兄弟たちと城下町に出かけたことを思い出した。


 誰かに見咎められるというわけでもないのに胸が高鳴って、意味もなく早足で影を渡ったものだ。


 前を歩く彼女の赤い三編みを見ていると、あの頃の憧憬に導かれていくようで、何となく懐かしい気持ちになって、駆け足で隣に並んだ。


 突然自分の横に走り寄ってきた燐子に、ミルフィは奇妙なものでも見るような目線を向けると、やがて悪戯っぽく口元を歪めて言った。


「何?もしかして観光気分になってるの?」


「なっていない」ムっとして小さな声で呟く。


 宿屋通りとは反対の方角へ曲がったミルフィの後をついていくと、数分もしないうちに鉄を叩く鍛冶場の音が聞こえ始めた。


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