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竜星の流れ人  作者: null
終部 六章 二つのさよなら
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二つのさよなら

ブックマーク、評価等、みなさん本当にありがとうございます。

もう一週間ほど更新を続ければ、物語は終わりになりますので、

どうか、最後までお付き合いください!

 本当にこれで良かったのか。


 共に横たわるヘリオスと魔竜――ローザの変わり果てた姿を見て、ミルフィは息が詰まる思いがした。


 ローザのことを不器用ながらも想い続けたヘリオスと、彼のことを憎むこともできず、遠目に見続けていたローザ。


 二人が互いを見つめる、得も言われぬ視線が思い起こされる。思えば、あの感情的な眼差しには色んな意味が込められていたのかもしれない。


 親衛隊の亡骸が無造作に転がる中、セレーネはその二人に近寄った。


「あ、危ないわよ…」


 かすれるような声でミルフィは言った。声が小さくなったのは、本心では危険があるとは思っていなかったからである。


 魔竜にもたれかかり、ぐったりと項垂れたヘリオスの姿。胸に咲いた大きな赤い華は、彼の命を吸い取って美しい色彩を放っている。


「大丈夫です」とセレーネが答える。「もう…、その力はありません」


 ヘリオスに掴まれた前髪が酷く乱れたままで、セレーネは沈鬱な表情をしてみせる。すると、そうして死者を悼むような顔になっていたセレーネに対して、魔竜が首をもたげた。


「セレーネ!」慌てて駆け寄ったミルフィに、彼女は不気味なほど落ち着いた声で応じる。「大丈夫…」


 彼女の灰色の瞳が、じっと竜の瞳を見返していた。水の中を覗き込むような透明な眼差しを受けた竜は、ゆっくりと首を下ろすと、まるでヘリオスを庇うかのように頭と首で彼の体を覆った。


 ぴくり、とヘリオスの体が反応する。まだ死んではいなかったようだが、もはや、その命は風前の灯。半死半生の男の顔は青白く染まり、視線を動かすのでさえやっとという様子だ。


 下から、じろりと彼が見上げてくる。そこにさっきまでの闘気はない。何もかも、諦観の嵐に飲まれたように虚ろだった。


 そんなヘリオスを見下ろし、セレーネは言う。


「一つだけ、私が間違っていたことがあります」


 蚊の泣くような、弱々しい声だった。およそ、勝利者のものではない。


 対するヘリオスも、聞こえているのかも分からないほどに無反応だった。だが、セレーネにとってそれは重要ではないのか、彼女はそのまま淡々と言葉を続ける。


「貴方のことを、誰一人として守ってくれる者もいない人間だと称したこと…それだけは、私が間違っていました」

「セレーネ…」


 そうだ。確かに魔竜は今、ヘリオスを守ろうと意志を発した。それがローザのものかどうかなんて、今更どうでもいい。少しでも、彼らに救いのある結末であるほうがいいに決まっている…。


 徐々に、竜の体から力が抜けていく。ズルズルと首の位置が下がっていき、やがて、ヘリオスの掌の上に竜の顎が乗った。


 ほんの少し、彼の視線がその姿を追った。刹那、ヘリオスは大きく咳き込みながら大量の血を吐き出した。


 自分が放った矢は、心臓に近い位置に打ち込まれている。血液の循環は止まり、射抜かれた衝撃で血管や臓器は破裂しているはずだ。おそらく、死の間際にしてなお、その苦しみは薄らぐことなく彼の体を苛んでいる。


 あまりに不憫だと感じたミルフィが、一歩前に出て、少しだけ上体を倒してヘリオスに問いかける。


「ヘリオス、苦しいでしょう…。今、楽に、してあげるから…」


 彼の血で染まったナイフを抜く。その手が震えているのを見て、セレーネも共に苦しむかのようにミルフィの肩に手を置いた。


 しかし…。


「余計な、お世話だ…」


 血を口から垂れ流しながら、ヘリオスが声を発する。途切れ途切れで、ぼんやりとしか聞こえないが、確かに拒絶の言葉だった。


 首を動かす力もないのか、彼は項垂れ、かすかに上下する魔竜の頭を見つめたまま呟いた。


「…二人だけに、してくれ…」


 それが、彼の最期の言葉になることぐらい容易に想像できた。自分の勝手で国を振り回してきたヘリオスだが、これくらい聞いてあげるのが人としての優しさだろう。


 ちらり、とセレーネの顔を横目で確認すると、彼女も寂しそうな顔で頷いた。そういえば、彼女は王族であるヘリオスを無縁塚に葬ると言っていたが、本気なのだろうか。とてもそのような顔には見えない。


「行きましょう」と囁くように告げるセレーネを追って、ミルフィも二人から離れる。


 振り向きたいような気もした。彼らの終わりに、少しでも優しく、慈しみがあることを信じて。だが、そうしたところで、自分が撃ち抜いた二人のぼろぼろの体が横たわっているだけだ。


 そこに救いを見出そうとするのは、ただの自分のエゴなのだろう。


 本陣深くまで戻ると、二人は雨のような称賛を浴びた。逆賊を討ち果たしただけではなく、恐ろしい竜を倒したのだから当然のことではあった。しかし、そうして褒められても、ミルフィの顔に喜びや達成感は浮かばない。


 戦況は、すでに連合軍の勝利が決まったようなものだった。特師団の個の力と、士気が高いまま維持されている兵士たちの前には、指揮もクソもない魔物の群れでは成す術もなかったようだ。


 後は、このまま着実にすり潰すだけだ。早く撤退してくれればいいのにとも考えたが、魔物にその気配はない。指示を出していたライキンスがいない今、戦わなければならないという命令だけが残っているのかもしれない。


 重い足取りで天幕を潜ると、そこには少女のような顔をした男がいた。薄桃色の髪をした、たしか、桜狼とかいう特使団員だ。


 彼はこちらに頭を下げると、戦果を称え、労いの言葉をかけた後、「行かれるのでしょう?」と言った。


 桜狼の言葉の意味が分からなかったので、ミルフィは問いかけを返そうとしたが、それよりも早くセレーネが返事をする。


「ええ。申し訳ありませんが、約束していたように取り計らって頂けると幸いです」

「もちろんです、残りの指揮はこちらで行いますので、セレーネ女王は安心して自らの国にお戻りください」


 深々と頭を下げる桜狼と、未だ土埃に塗れた軽鎧を身にまとうセレーネの顔を交互に見比べ、ミルフィはその会話に割り込んだ。


「国に戻るって…。ちょっとどういうことよ、セレーネ」


 灰色の瞳がじろり、とこちらを見据えた。公の場なのだから、言葉遣いを正してほしかったのだろうが、今はそんなことどうでもいい。


「まだ完全に戦いが終わったわけでもないのよ?それに、燐子だってまだ――」

「分かっています」


 言葉を遮るように女王が答える。天幕の中で、戦場となっているここら一帯の地図が、机の上で風に吹かれて揺れる。


 彼女はこちらに向き直ると、一瞬だけ、逡巡するように視線をさまよわせた。どう伝えるべきか迷っているのが、ありありと伝わってくる。


 しかし、やがて諦めたかのように小さく肩を落とすと、独り言のように言った。


「国が――お姉ちゃんが心配なの。ワガママとは思うけれど、分かって、ミルフィ」


 セレーネは女王としてではなく、ただの一人の友人としてミルフィにそう伝えた。そして、その真摯な気持ちはミルフィに余すことなくきちんと伝わり、結果として、ミルフィは小さくため息と小言を吐きながらも了承する形となった。


 これ以上、この戦場が荒れる見通しはないことを考えれば、確かに、ライキンスの向かった王都へ駆けつけるというのは自然な動きなのかもしれない。


 …それにしても、事前に相談してくれてもいいと思うが。


「分かったわよ。ただ、酷なようだけど、今から行ってもアストレア王女が決着をつけた後になるんじゃない?」

「それなら、それでいいのです。でも、やっぱり不安で、胸騒ぎもしますし…」

「ふぅん…」

「それに、王都へは私一人で行くつもりです」


「はぁ!?」これは聞き捨てならないと、ミルフィは大声を上げた。それだけで、桜狼や他の兵士は驚いたように彼女の顔を見つめる。「アンタ、一人でって…危険過ぎるじゃない!」


「だ、大丈夫です。リリーに乗って真っすぐ飛べば、陸路で進むよりも何倍も早く到着しますから」

「え?あぁ、そうなの…。いや、でも…」


 それから二人は多少の小競り合いを続けたのだが、結局はセレーネの固い意思に負けて、ミルフィはこの戦場に残ることを決めた。


 口では連合軍に迷惑をかけたくないから一人で行くと言っているが、おそらく本心のほうは、一刻も早くアストレアに追いつきたいのだろう。そうでなければ、わざわざワガママなどと形容するはずもない。


 善は急げと言わんばかりに、彼女は軽く傷の手当をして、鎧やナイフを整えた後、ご丁寧なことに髪まで整えてから天馬に跨った。


「片方使えないんだから、無理して飛ばさないのよ!」


 天へと舞い上がるセレーネを見上げ、ミルフィが念押しする。


「ええ、ありがとう、ミルフィ。それから、帝国の将兵の皆様、そして、愛すべき騎士団員たち!」


 各々が女王の労いの言葉に頭を下げ、謙遜するような言葉を発していた。だが、すでに彼女の心は王都へと飛び立たんばかりにはやっているようで、まともに彼らの顔も見ていない。


「本当に、気をつけてね!」


「もう、分かっています。心配しすぎですよ」ミルフィに再三気をつけるよう言われて、ようやく彼女はこちらを向く。その顔には、重圧から解放された安堵のようなものが滲み出ていた。「ミルフィ!燐子さんに爵位を授けるときには、貴方にも褒美を与えたいわ!欲しいもの、何か考えておいてね!」


 別にいらないわよ、と苦笑しながら答えようとしたが、それより早く、セレーネは王国の方へと飛び去ってしまった。


 白天馬と共に遠ざかる彼女の背中を見送りながら、一つ、ミルフィは息を吐く。


 まぁ確かに、何か考えておいてもバチは当たらないかもしれない。カランツに戻るときだって、お土産は欲しいし。女王の友人として、いつでも会いに行けるくらいの権利は貰ってもいいだろう。


 次にミルフィは、セレーネが飛び去った方向とは別の方角を見やった。東の山は霞んでいてほとんど形も分からないが、燐子がそこを目指していると思えば、きゅっと唇も勝手に引き締まった。


(燐子…、こっちはやってみせたわよ。アンタも、無事に帰って来なさいよね…!)

明日も定時の更新を予定しています。


絶えず更新していますので、毎日見る暇などないよ!という方は、

週末にまとめて読んで頂けたらな…なんて考えてしまいます。


時間という対価に見合うだけのクオリティを生み出せるように、日々精進して参ります。


よろしければ、ブックマークや感想、評価など頂けると、励みになります…。

当然、目を通して頂けるだけでも十分ですよ!

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