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竜星の流れ人  作者: null
終部 三章 そして、秋霜花はまた燃える
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そして、秋霜花はまた燃える

来週辺りからは毎日投稿しようと考えていますので、

今後ともよろしくお願いします…。

 戦況は間違いなく、連合軍に傾いていた。戦力にたいした差がなかったことも理由の一つではあったろうが、それ以上に、一部の『個』の力が圧倒的すぎたのだ。


 熟練の兵士はあちこちにいて、帝国特師団の一人であるガラムや、一介の猟師とは思えない弓術を持つミルフィは目覚ましい戦果を上げていた。だが、燐子とアストレアはさらにその上を行っていた。


 敵陣に最も深く切り込んでいるのに、自分を囲う魔物の檻の中で、むしろ歓喜するように血と共に踊り狂う燐子。

 それに対し、常に騎士団と連携を図り着実に敵を殲滅するアストレア。


 双方、やり方は違えど、間違いなく戦いにおける天賦の才を発揮していた。


 四方を敵に囲まれながらも、燐子はひたすら鏡右衛門の姿を探した。


 総大将たる男が前線に出てくるとも思えないが、だからといって、この血肉沸き踊る瞬間を目の当たりにして傍観できる人間とも思えない。


(必ず、必ず私の前に現れるはずだ。それとも、こんな雑魚ばかりで私が満足すると思ったのか)


 目の前の虫魔獣を一閃のもと斬り伏せる。もはや、何の感慨もない。木偶を斬っても、もう何も得られはしない。


 不意に危険を感じ、燐子は身を屈めて地面をくるりと転がった。すぐさま身を起こせば、頭上には、いつぞやの羽の付いた魔物が何体も飛び回っていた。


 自分で想像していた以上に奥深くまで斬り込んでいたようだ、と後退を考え出した燐子だったが、直後、羽付きの魔物を貫いた鉄矢が見えて、後方を振り返る。


「燐子、そこにいるのね!?」ミルフィの声だ。「ミルフィ、下がれ!ここは弓を扱う者の距離ではない!」


「分かってるわよ!でも、ジルバーさんが燐子に伝言があるって言うから!」


「なに?」


 戦いに没頭していた燐子は、無粋な真似を、と眉間に皺を寄せた。だが、ジルバーが言うならば決して無視していいものではないだろうと思い直し、舌打ちと共に魔物の囲いから素早く抜け出してミルフィのそばに移動する。


 駆けつける際に、また一体斬り捨ててみせた燐子に、ミルフィは熱のこもった視線を向けていた。しかし、ただでさえ鈍感な燐子なのに、戦場という彼女を引き付けて止まない渦中にいたこともあって、まるで気づかなかった。


「何だ、その伝言というのは。言ってみろ」


 ややつっけんどんな物言いではあったが、ミルフィは不快に思うことなく応じた。


「一斉掃射するって!だから、一旦後退して来いって!」

「一斉掃射だと?聞いていないぞ」


「思ったよりも、空を飛ぶ魔物が多いからだって言ってた。後、燐子は絶対、嫌な顔をするから引きずってでも帰って来いって…」

「チッ、人を聞かん坊のように言いよってからに…。まともな作戦ならば従うに決まっておろう」


 ジルバーの言いつけに従い、燐子はミルフィと後退を始めた。魔物相手ならこちらの意図を気取られぬよう気をつける必要もなかったため、追撃にだけ気を配り、滞ることなくシルヴィアの待つラインまで移動できた。


 周囲には無数の骸が転がっていた。冬の寒さが凍らせたのか、横たわる骸はすでに冷え切って、生命の残滓はまるで感じられない。


 これが戦だ、と燐子は先程とは違う心持ちでそう唱えていた。


「あ、燐子さん、ミルフィさん」忍が着るような黒装束に返り血をまとわせたシルヴィアは、二人に気付くと素早く駆け寄ってきた。「あれだけ深く斬り込んでも無傷とは、さすがですね」


「慣れているからな」

「慣れている?前の世界でも、兵士だったのですか?」


 しばらくの間、戦いの中に浸っていたため、燐子の頭にはいつもの冷静さがなかった。そのため、このシルヴィアの質問に対しても深く思慮を巡らせることなく答えてしまう。


「何を言うか、一兵卒などではない。私とて一国の主を親に持つ女なのだ」

「…ちょっと待って、アンタ、傭兵じゃなかったの?」


 ミルフィにそう指摘されてから、しまった、と燐子は顔を歪める。


 以前、ミルフィに同様の質問をされたときには、ちょっとした不安からとっさに傭兵などと嘘を吐いてしまっていたのだ。再三確認されたときも頑なに傭兵で突き通してきた燐子だったが、ここにきてボロが出てしまった。


「あ、いや、うむ…」


 馬上からじろりと見下ろしてくるミルフィから、すっと目を背ける。なんという威圧感なのだと妙に感心してしまう。


「…アンタ、さては嘘吐いてたのね。そっちが本当のことでしょ、おかしいと思ったのよ、燐子の振る舞いはどう見ても普通の人じゃないもの」

「まぁ、その…お前の言う通りでもあるのだが…」

「はぁ?聞こえないわよ、しゃっきり答えなさいッ!」


 苛ついたミルフィにズドンと射抜かれるように怒鳴られ、不覚にも肩に力が入る。


 まさかこのようなことで萎縮してしまうとは、我ながら情けなく思うが、なにぶんこういうときのミルフィの迫力は凄かった。魔物など比にならないほどの威圧感を放つのだ。


 言い訳しても傷口を大きくするだけだが、かといって正直に言ったところで雷が落ちることは避けられない。


 果たして、どうしたものか。そんなことを燐子が考えていると、不意に、後方からジルバーの低い声で一斉掃射の号令が響いた。


 それを機に、天を覆うようにして次々と放たれる矢の驟雨。たちまち魔物どもは穴だらけになって、地べたに倒れ込んでいった。


 これでは矢も盾もたまらない。自分が敵側の陣営であったならば、一度後退の判断をせざるを得ない状況だ。おかげで、と言ってはなんだが、ミルフィの注意も燐子の発言から逸れていた。


「す、すごい攻撃ね…。こんなに隙間なく撃たれたら、避けようがないわ」

「矢を惜しみなく使っていますし、タイミングもバッチリでしたから」

「この調子なら、犠牲も最小限でいけるわ、きっと」


 シルヴィアと会話していたミルフィは、最後に独り言のように付け足して血みどろの敵陣営を眺めた。だが、燐子は軽く首を振って彼女の言葉を否定する。


「安直だな」

「なに?どういう意味よ、文句あんの?」燐子はミルフィの言葉を無視し、一歩前に出た。


 戦況はさらに優勢へと傾くわけだが、燐子は沸き立つ連合軍兵士と違い、険しい顔をして未だ動きのない敵陣を睨みつけていた。


 ――何を企んでいる、鏡右衛門。いくら魔物の手勢とはいえ、指揮する者は人間、しかも、一級品の戦術眼を持った人間だ。奴がこのままにしておくはずがない。


 早く出て来い、鏡右衛門。早く…!


 気がはやる燐子を嘲笑うかのように次々と倒れ、落下する魔物たち。


 紫陽花、貴様でもいい。今すぐに出て来て、私に一瞬の煌めきを魅せてくれ。


 そうして、燐子が未だ冷めやらぬ闘志を胸に降り注ぐ矢の雨を見つめていると、突然、分厚い雲の向こう側が赤く光った。


 雲の隙間から見える夕焼けみたいな光だった。それが徐々に強くなって、やがて赤々とした輝きをもって空を覆った。


「なに、あれ」天を見上げていたミルフィが、ぼそりとこぼす。「太陽…、でしょうか?」


 太陽、確かにそれを想起させる赤い光だ。しかし…。


「…いや、違う」


 それにしては、あまり光が赤く、強すぎる。


 燐子はこれに近いものをプリムベールで見ていた。


 竜王祭の会場の壁から一気に駆け上がり、空から降る火炎。


 そう、火炎だ。一切合切を灰燼に帰そうとする、赤い光。


「お前たち、散れっ!早くっ!」


 気づけば、そう叫んでいた。


 だが、周囲が状況を理解するよりも速く、雲を打ち払い、下界を焼き尽くす炎が上空より放出された。掃射されていた矢など虫同然だと、炎は抵抗なく連合軍に降り注ぐ。


「燐子、乗ってッ!」


 馬を走らせたミルフィが、素早く燐子とシルヴィアを回収してくれたおかげで、どうにか後退が間に合う。しかしながら、多くの兵士がその炎の前に成す術もなかった。


「な、なんてことなの…、アレは、やっぱり本物のドラゴンだったんですか」


 味方の魔物すら巻き込む炎によって、逃げ惑う兵士が灰となっていくのを唖然と見つめながら、シルヴィアがそう呟く。


 瞬く間に阿鼻叫喚と化した戦場に、巨体がゆったりと降下してくる。ドラゴンの背中で憮然と構えている男の姿を見て、吐き捨てるように燐子は言った。


「ライキンスめ…とうとう前線に出てきたか!」


 悠然と降下してきたドラゴンは、地上より少しだけ高い位置で翼をはためかせ滞空すると、自らの主を後続の魔物に埋め尽くされた大地に降ろした。


「おやおや、みなさん慌てた様子でどこに行くのです?」


 こちらを嘲るような声と表情をした痩身の眼鏡の男――ライキンスは、いつぞやルルを葬ったクロスボウを片手で構えていた。


 だいぶ距離が離れているが、とてもハッキリ彼の声が聞こえる。酷く忌々しい一方、どこか人心を掌握するのに長けている印象を強くもする。


「あんのクソ眼鏡…ッ!調子に乗って!」

「おい、ミルフィ!とりあえず距離を取れ、馬がもたん」

「え?あ、うん、そうね…」


 すでに愛馬は三人分の体重に耐えかねているのか、酷く息を乱していた。二人でも大変だろうに、よく頑張ってくれていると誇りに思う。


 燐子の指示に対して素直に従ったミルフィは、ライキンスとドラゴンから離れ、混乱の最中にある連合軍の陣形に戻った。


 とりあえずシルヴィアを下ろす。彼女はジルバーの元に合流してドラゴンを倒すための算段を練ってくると言って、その場を後にした。


「どうするの、燐子。このまま私たちも後退する?でも、そんなことしたら、アレにいいように攻め込まれるわよね」


 アレとは、未だに火を吐き散らしている黒いドラゴンのことだ。巨大な体躯は並の魔物のおよそ十倍以上はあるだろう。間違いなく、まともにやって勝てる相手ではない。


 それに、飛ぶことができると言うのも厄介だ。射手に相手させるにはあまりに危険すぎるが、かといって放置したり、歩兵に相手取らせたりするのも無謀である。


「そうだ、誰かが止めるしかあるまい」無意識のうちに、カチャリと太刀に触れていた。

「誰かって…燐子、アンタ、やるつもりなんでしょ」


「致し方あるまい。他に相手ができるものはおらんのだからな」

「勝算はあるの?」

「分からん。だが、ゼロではない。事実、私は以前にもお前とドラゴンを倒している」


 ミルフィを安心させるつもりで付け加えた一言だったが、それを聞いたミルフィは、むしろ不安を加速させたような暗い顔つきになってしまった。


「あの、燐子。そのことなんだけど…」

「どうした、何か言っていないことがあるのか?」


 こくり、と彼女は頷いた。それから、ミルフィはプリムベールで対峙したドラゴンは、厳密にはドラゴンではないということを教えてくれた。


 ドラゴンとは、元より魔物でも何でもない。一つの完成した種族のことを指す。そのため、人間が薬によってドラゴンに似た何かに変わったとしても、原種の力の百分の一も出せていないのだということだった。


「…そう、セレーネ女王が言っていたのか」

「ええ、そうよ。セレーネもアストレアも、人を魔物にする薬について、王国の図書室で色々と調べていたみたいだから…」


 燐子は、「そうか」と呟きながら、言いにくそうに言葉を区切ったミルフィから視線を切った。


 彼女の黒曜石が捉えるのは、以前、紫陽花が『完全なる生命体』と称して見せた怪物である。


 どういうカラクリでライキンスに操られているのかは分からないが、彼の流星痕の力がそこまで及んだに過ぎないのかもしれない。


 遠くのほうで、熱風に煽られた秋霜花が左右に踊っていた。ゆらゆらと行きつ戻りつしながらも、着実に火炎の餌食になって燃え朽ちる姿に、燐子は深く静かな悲しみを感じていた。


 あれだけ美しかった秋霜花の群生地が、今では酷い有様だ。


 本陣を建てるために刈り取られ、残ったものもああしてドラゴンの吐く灼炎に焼かれ、例外なく死に絶えようとしている。


 ――そうだ、これが戦だ。


 もう一度、胸に刻むようにして燐子はそう頭の中で唱える。


 狂気的な輝きを放つ戦いの風は、時に人に何かを与えるが、常に何かを奪う性質を持ったものでもあるのだ。


(ここが、私の居場所だった。侍になれない女が縋れる、唯一の…)


 もしも、この場所がなくなるとしたらどうなるのだろう。

 私は、どこへ行くのだろう。行けるのだろうか。


 不意に、強烈な不安感に駆られた燐子は、ほとんど衝動的にミルフィに尋ねていた。


「なあ、ミルフィ、一つ聞いていいか?」

「何よ。どうしたの、こんなときに」


「私は…、この戦いが終わったら、どうしたらいいと思う?」

「はぁ?それって今決めなきゃいけないことなの?」

「…そうだな、すまん。忘れてくれ」


 一時の感傷に惑わされすぎだ、と自省するも、胸に根付こうとするわだかまりから目が逸らせず、燐子は曇った表情で自身の手のひらを見つめた。


 兄妹を殺め、母に先立たれ、そして、父も自らの手で葬った。自分は天涯孤独の身となってしまったのか、と今更ながらに気付かされて、背筋がぞっと寒くなった。だが、ミルフィが体を預けてきたために、すぐに温もりを取り戻せた。


「そりゃあきっと、色んな道があるわよ。王国の復興を手助けするのもいいし、なんなら、親衛隊に戻ってもいい。セレーネは喜ぶわね、アストレア王女は猛反対するだろうけど」


「親衛隊に戻るなど、こっちから願い下げだ」

「ふふ、そりゃそうよね。――それならね、燐子。燐子が気の済むまで、カランツに戻ってゆっくりするのもいいわ」


「カランツに、か…。エミリオやドリトン殿にも久しく会っていないな」

「ええ、会ってあげてよ?きっと、今の燐子を見たら、二人とも驚いちゃうだろうね」

「そんなに変わったか、私は」


「うん。あの頃より、ずっと変わった。強くなったように見えるし、人間らしくもなったわ」

「強く、人間らしく…」燐子は、じっと手のひらを見つめ続けていた。「なった、だろうか。本当に?私は、甘くなってしまった気がしてならんのだ。余計なものに気を取られて、無心で太刀を振るうことができなくなったような気がして…」


「なったと思うわよ。ずぅっと一緒にいた私が保証する」

「…そうか」


 不意に、ミルフィが首だけでこちらを振り向いた。そこには、とても明るく、そして、優しい、少女のようなあどけなさを顔に浮かべた彼女がいた。


「もしも、まだ自信がないのなら…」


 ミルフィの遥か向こう側で、ドラゴンがまた火炎を巻き上げている。その赤にも負けずに、ミルフィの瞳と髪が爛々と輝く。


「――それが分かるまで、旅を続ければいいわ。しょうがないから、私も付き合ってあげるし。ね?」


 ぴたり、と心の中で吹いていた虚しい孤独の風が止んだ気がした。


 同時に、燐子はようやく理解したような心持ちにもなった。


 自分にとっての彼女が、そして、彼女にとっての自分がなんなのか。


 そして、誰かを愛するという本当の意味も。


「ミルフィ」短く、燐子が彼女の名前を呼ぶ。そして、ミルフィが返事をしないままに言葉を続ける。「今夜、大事な話がある。聞いてくれるか?」


 それを聞いたミルフィは、一瞬だけ驚いた顔をして、それから顔を真っ赤にさせて、不思議と怒ったような顔をした。だが、やがて相好を崩すと、「お互い、生き残っていたらね」と答えた。


「その心配はいらん」そっと、ミルフィの頬に触れながら燐子は口元を綻ばせる。「私はもう、誰にも負けない。今度こそ、約束を守る」


 そう、私は負けない。


 たとえ相手がドラゴンだろうと、鏡右衛門だろうと…。

ここまでお読み頂き、ありがとうございます。


読んでいて疑問に思った点、もっとこうしたほうが読みやすい、などありましたら

是非、お申し付けください!


評価やブックマーク、感想をくださっている皆さんに力を貰っております。


いつも本当にありがとうございます。


また、そうではない方々も貴重なお時間を使っていただいて、ありがとうございます!

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