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竜星の流れ人  作者: null
終部 三章 そして、秋霜花はまた燃える
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開戦

これより三章の始まりです。


しばらく、戦闘パートに入りますので、みなさんよろしくお願いします。


それでは、お楽しみください。

 鐘の音が聞こえてすぐに、二人は愛馬を疾駆させて野営地のほうに急いだ。鐘は一定間隔で櫓の上に配置されており、城の郊外まで続いていた。連続する鐘の音を辿れば、異常事態が起こっている場所に自然と集まれる仕組みだ。


 自然と大きな流れが出来ていた。帝国兵とわずかばかりの騎士団の川。彼らもまた騎士団の大規模野営地に向かっているのだ。


 野営地があるのは、以前も戦場になった場所だ。秋霜花のある美しい平原が再び戦場になることには胸が痛むが、今は感傷的になっている場合ではない。


 燐子は愛馬の後ろにミルフィを乗せ、全速力で馬を飛ばした。すると、直に慌ただしく人が行き乱れている野営地と、空の彼方に無数の黒点が見え始める。


「見て、燐子!」ミルフィが空の果てを指さしながら、叫ぶようにして言う。「また魔物…、ライキンスよ!」


 ああ、と返事をしながら、心の中では鏡右衛門がそこにいるのかどうかが気になっていた。


 今の自分で、彼に打ち勝てるだろうか。


 この数カ月、鍛錬も抜かりなく行っていたが、それで特別腕が上がったとは思えない。このままでは、先日の二の舞になるのではないか?そうなれば、今度こそミルフィが犠牲になるかもしれない。


 ギリリ、と歯ぎしりして、手綱を握る手に力を込める。


「今度こそ、好きにはさせんぞ…!」


 ガチャガチャと、馬の激しい動きに合わせて太刀が鳴っている。その音は、早く戦わせてくれと急かしている自分の激情を写したかのようだった。


 燐子らは野営地に辿り着くと、馬から降りて素早くセレーネたちがいる大きな天幕へと向かった。すると、ちょうど天幕から飛び出して来るセレーネと出くわした。


 彼女はこちらを見て一瞬だけ驚いた顔をしてから、「燐子さん、ミルフィ」と二人の名前を呼んだ。


 自分が『さん』づけで、ミルフィは呼び捨てなのは少しだけ気になったが、気持ちを抑え付け、状況を確認した。


「迎撃の準備はできているか」

「はい、もちろんです。そのための数カ月だったんですから」


「そうか。戦力差はどうだ」

「望遠鏡で見た限りではありますが、帝国のみなさんも続々と来てくれていますから、以前のように戦力差が大きく開くことはないでしょう」


 うむ、と燐子は満足げに頷いた。


 前回の戦やカランツのときは、戦力差があまりに圧倒的であったことから、負けないことに重点を置いた戦いになっていた。しかし、今回は違う。


 まず、連合軍という形で増強した戦力がある。両国とも辺境の土地から一部の兵を呼び戻したため、魔物の大群とだってやり合えるほどの軍団になっていた。


 武具、兵糧だって申し分ない。シュレトールの職人たちの存在は頼もしく、両国の自然は戦う気力を維持する食料を恵んでくれている。


 ――勝てる。


 無意識のうちに、燐子の頭はそう考えていた。


 長年の癖が、鏡右衛門と自分という個の戦いから、国と国の戦いへと思考を切り替えさせていたのだ。


 もちろん、余裕のある状況ではない。兵を集めたとはいえ、両国の本隊はすでにライキンスの生み出した魔物によって大きな損害を受けており、そもそもの分母が少ない。それに、大型の魔物の脅威は並みの人間一人を軽々と凌駕する。


 だが、それでも燐子は希望を見出していた。いや、希望よりも強い、確信に近いものを。


「よし、私も前線に出る」


 ほぼ口にすると同時に燐子は動き出していた。向かうは戦場。黒点が魔物としての形を帯び始めた先へと、燐子の爪先は向いた。


「待って、燐子」長弓を背負ったミルフィが、足早に燐子の隣に並んで声をかける。「私も行くわ。あの飛んでるのは私がやったほうがいいでしょ」


 確かに、空を飛ぶ魔物を剣士が相手取るとなれば、戦術が限られ、時間がかかってしまう。そのため、ミルフィのような優秀な射手がいることはとてもありがたいことではあった。


 ミルフィの申し出を快く受け入れた燐子は、セレーネにはあまり前線に出すぎないように告げてから、馬を取りに戻り、前線基地である野営地の中を駆けた。


 高くそびえる木の壁の間を抜け、燐子は喧騒と風をまとい戦地に向かった。ミルフィが背中にぴたりと寄り添ってくれていることで、不思議と胸を張れた。


 思えば、戦場で自分と肩を並べられる人間など、元の場所では父以外にほとんどいなかった。かろうじて、兄弟がそれに該当していたが、この手で斬り捨てたために結局はいなくなった。


 戦場は自分にとって、孤独で、気高い場所だった。だからこそ、自然と剣の道に明け暮れるようになり、それ以外に興味が湧かなくなっていった。


 だが、今は違う。


 世界は美しい未知の輝きを放ち、そばには誰にも譲りたくない女性がいる。


 侍、という立場などなくても…、生きていけることを知った。他人の気持ちを慮る大事さも知った。


 燐子は、私は弱くなったのかもしれない、と改めて考えた。しかし、それの全てが悪いことではないような気もしていた。


 鏡右衛門が言ったように、優しさや甘さが隙を生み、剣士を弱くするとして、冷淡であれること、残酷に慣れること…それらが力になり、武名を轟かせるとしても…。


「…私は、そんなものはいらん」


 風切の音で、後ろのミルフィにはその声は聞こえていなかった。


 どうせ独り言だ。誰かに聞いてほしいわけではない。ただ、自分自身にその決意を聞かせてやりたかったのだ。


 風を追い抜くようにして駆けているうちに、すぐに目的の場所に辿り着いた。すでに大勢の連合軍兵士が陣形を整えており、死の香りに殺気立っていた。


 馬の速度を緩めて、陣形の間を縫うように進む。前へ前へと進んでいるうちに、いくらか知った顔ともすれ違った。


 陣形の中央には、ジルバーとシルヴィアの姿があった。指揮を執るジルバーのそばで、伝令役としてシルヴィアがそばに仕えているのだろう。


 やがて、戦陣の先端に立った。見晴らしがいい、魔物もこの距離ならハッキリと視認できた。


 一番槍を務めているのは、ガラムとアストレアだった。一言も交わしていない二人だったが、各陣営の代表として矢面に立つ姿は勇ましいものがある。


「おい、遅刻だぞ」近づいてきた燐子に気付いたガラムがそう言った。「ふん、ギリギリ間に合っただろう」


 視線を魔物の群れに向ける。平原の向こうは海になっているらしいから、ライキンスたちの本拠地はどこかの島にでもあるのかもしれない。


 次第に飛んでいる魔物以外にも、前回の戦闘で見かけた虫魔獣や蛙魔獣の姿も確認できた。奴らはぎこちない動きで秋霜花の絨毯を踏み荒らし、カチカチと歯や爪を鳴らしている。


「桜狼はどこだ?本陣か?」

「そんなとこだ。また城を襲われたら、たまったもんじゃないからな。まぁ、本人は来たがっていたから、そのうち来るかもしれねえけどよ」


 城を守ることだけが理由ではあるまい。彼が大事にしている帝国の王子もそこにいるからだろう。どのみち必要な役回りだ、文句はない。


「燐子」


 不意に、中性的な声で自分の名を呼ばれ、戸惑いつつ声のしたほうを振り向く。すると、そこには真面目腐った顔つきのアストレアがいて、こちらをじっと見据えていた。


「何だ、急に。気安く私の名前を呼ぶな」


 嫌味の一つでも言ってやろうと思ってのことだったが、アストレアはまるでそれを相手にせず、自分の話を続けてきた。


「僕は腹をくくったぞ」


 毅然とした声と表情を目の前で見せられて、燐子は思わず、「ほぅ」と感嘆の呟きを漏らしてしまった。


「王女、それってどういう意味ですか?」ミルフィが後ろから身を乗り出して聞いた。

「セレーネの剣になることを決めた、ということさ」


 馬上からでは失礼だと思ったのか、ミルフィが体を動かして地面に降りようとしていたが、アストレアがやんわりとそれを制した。


 彼女はミルフィに一瞬だけ微笑んでみせると、こちらに向き直り、たちまち仏頂面に戻った。ミルフィが、自分とアストレアはこういうところが似ていると言っていたが、心外でしかない。


「燐子、それからミルフィ。改めてお前たちに頼みがある」

「…言ってみろ」


 するとアストレアは、腰を半分に折って燐子とミルフィに頭を下げた。そばにいた騎士団やガラムが、その様子を見て酷く驚いているのが分かった。


「どうか、王国の平和を取り戻すため、二人の力を貸してほしい」


 王女が一介の兵士に頭を下げるなど、普通ではありえない事態であった。


 燐子自身、ある意味同じ王女としての立場を持つ女だったため、その覚悟はなんとなくは想像できた。しかし、だからといって彼女の仏頂面が和らぐということはなかった。


「ええ、もちろん。今更かしこまらないでよ、私たちの国の問題でしょ?」後ろから覗き込んでいたミルフィが、軽く微笑んで答える。


 出会った当初は王族嫌いだったミルフィがそんなふうに答えられるのは、ある種の変化だと燐子には思えた。百聞は一見にしかず、ミルフィが抱いていた『王族』像が現実に適応して変化したのだろう。


 だが、燐子のほうはそんなふうには口にできなかった。刃を交えた上でも犬猿の仲でもあるアストレアに対し微笑んでやるなどと、想像しただけで薄ら寒いものが背筋をつたうのだ。


 上体を戻したアストレアを凝視する燐子の肩を、ミルフィが軽く叩いた。振り向けば、明らかに相手を責めるような眼差しとぶつかった。


 分かっている、と心の中で唱え、燐子は馬から降りてアストレアと真正面から向き合った。


 昼の陽光がアストレアの銀糸を透かすように照らしていた。きらきらと輝く燐光をまとうような容姿に、束の間、目を奪われる。だが、燐子はすぐに我に返ると、アストレアの瞳を覗き込むようにして声を発した。


「断る」


 ざわっ、と周囲が沸き立った。ミルフィも同じように頓狂な声を上げていたが、意外にも口を挟むことはなく、燐子自身に行く末を委ねることを選んだようだった。


「そ、そうか…」断られるとは思っていなかったのか、アストレアは呆気に取られた様子で俯く。「私はもう、新たな主を持つつもりはないし、国に仕えて戦うつもりもない」


 それから燐子は視線を魔物の群れへと移した。彼女は、次第に迫りくる異形の波に慄くことはなく、何千、何万回と繰り返した動きで太刀を抜いた。


 冬の空を昇る、独特の鞘滑りの音。


 昔からそうだった。一度太刀を抜き放てば、不思議と心は落ち着いた。最近はそれでも迷いが消えないこともあったが、少なくとも今は冷静であれた。


 紅蓮の怒りも、秘めた激情も、美しく蠢く刃紋の中に吸い込まれて、死と生の境界で音もなく暴れ狂うのをただ待っている。


 天を穿つように太刀を構え、深く空気を吸い込む。


「私はただ一個人として、果たすべきを、この太刀で果たすだけだ。結果的にお前を助けることになるとしても、それは私の意志とは無関係のところにある。勘違いするなよ」

「…そうか、そういう奴だな、お前は」


 私を守るために散った幼い命がある。

 愛する者が守りたいと思っている場所がある。

 返していない、忌々しい借りがある。


 そして、まだ、出していない答えがある。


 その問いに対し、心の底から頷ける答えを出すためにも…、『それら』を否定する鏡右衛門をこの手で討ち取らねばならない。


「燐子…」とミルフィが馬上で呟くのが聞こえた。それをかき消すようにして近づく地鳴りに飲まれ、アストレアが口にした礼の言葉は燐子には届かなかった。


 静かに、燐子は待った。


 鎖から解き放たれる、そのときを。


 そして、そのときはすぐにやってきた。


「最前列の部隊は、前進してくださいッ!」


 遠くからでも、セレーネの澄んだ声は確かに届いていた。彼女の負けん気の強さを象ったような、凛とした声音だった。


 セレーネの号令はジルバーを通し、波のようにして後方から燐子たちのいる最前列の部隊にまで伝わった。


「行くぞ、前進だ!」アストレアとガラムが、各々号令をかけた。


 燐子はその声に誰よりも早く反応し、魔物の群れに迅雷の如き勢いで突っ込んだ。


「あ、り、燐子!」


 出遅れたミルフィが彼女の名前を呼ぶが、もう、燐子には誰の声も聞こえていなかった。


 羽のように軽い体が、寸分の迷いもなく真っ直ぐに魔物へとぶつかる。


 虫魔獣の一番槍と衝突した燐子は、すれ違い様に太刀を横薙ぎに一閃して、魔物の首と胴体と切り離した。

 それから返す刀で続く魔物を袈裟斬りにすると、後ろに目でもあるかのように背後の一体を斬り上げ、絶命させた。


 研ぎ澄まされた一振りが、全てを置き去りにして瞬く間に何体もの魔物の喉笛を食い千切る。その姿に、ある者は恐れを抱き、またある者は鼓舞され、燐子の後に続く。


 怒号と血飛沫、加速する鼓動と、命絶つ度に打ち震える刃。


「これだ…、これなのだ…」気付くと、燐子はそう一人呟いていた。


 左右より飛びかかってくる虫魔獣の攻撃を軽やかな跳躍で後ろに躱すと、自分が元いた場所に戻るような軌道で飛び込み斬りを放ち、素早く敵を葬った。


「これぞ戦だ…!」


 生と死の狭間でしか、見えない輝きがある。


 自分も含め、多くの者がこれに魅せられて剣を手にしてここまで来た。


(鏡右衛門、貴様もそうだろう。私たちの心を奪う、このどうしようもないほどに鮮烈な輝きに魅入られ、力を研ぎ上げ続けてきたのだろう)


 燐子は彼のことを脳裏に描き出していた。自然と浮かんできたその姿は、肩を落とし、自らの妻を斬り捨てつつも、これも運命かと諦観したような戯言をほざいたときのものだった。


 だが、と燐子は頭に描いた鏡右衛門の残像を両断するように横一文字に太刀を閃かせた。かと思うと、間髪空けず、弾かれるようにして駆け出し、魔物に囲まれた帝国兵の援護に回った。


 小太刀を抜き、すれ違う際に二刀を踊らせ兵を救う。魔物が完全に崩れ落ちるよりも早く、ミルフィたちの小隊が相手取っている敵に躍りかかり、さらにこれも瞬く間に薙ぎ倒す。


(だが、お前は道を誤った。お前の選んだ道に、もはや正道たる輝きも充足もなかろう)


 あっという間に魔物を仕留めて回る彼女の姿を、両国の兵士は言葉を失って呆けたように見つめていたのだが、血振るいして見せた燐子が小さな声で呟きを発したことで、途端に大歓声を上げた。


 ――私に続け。


 そう、短く告げただけだった。


 ただそれだけで、共に戦う者の士気を跳ね上げる。

 それが燐子という剣士だった。


 彼女が戦場で放つ、夜闇の中の星光の如き輝きは、間違いなく異世界に来てから、より強く、大きくなっていたのである。


 それは奇しくも、異世界に来てから次第に生きる意味を失っていった鏡右衛門とは、真逆の進化であった。


 戦士たちの咆哮を耳にしながらも、燐子の頭はただ一つのことに集中していた。


「…私が引導を渡す。待っていろ、鏡右衛門」

みなさん、お疲れさまです。


みなさんのちょっとした楽しみになれればと、執筆しておりますが、


一ミリくらいはそうなれているでしょうか?


何はともあれ、ご覧になって頂きありがとうございました!


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