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竜星の流れ人  作者: null
四部 四章 美しき獣の巣の中で
146/187

犠牲者

最近、誤字脱字が少なくないことに気づきました。


せっかくご覧になって頂いているのに、お目汚しをしてすみません。


反面、誤字にお気づきになられるほどしっかりお読みいただけていることに、

喜びも感じております。


それでは、お楽しみください。

今回はミルフィ視点です。

「おい、こんなので本当に上手くいくのか…?」


 懐疑的な視線を向けてきたアストレアに、ミルフィはしゃがみ込んだままの姿勢でにやりと笑った。


「まあ見てなさいって。釣りは得意なんだから」


 そう言いながら、ミルフィは特製の鉄矢に鎖を巻いていた。一つ一つの鉄輪が太く、それが二重三重にも巻かれていたため、ちょっとやそっとじゃ切れそうにもない。


 彼女の作戦はこうだった。


 自分が扱っている超弩級の威力を持った長弓を使い、騎士団にわざわざこしらえてもらっていた専用の鉄矢を化け鮫の体に撃ち込む。その鉄矢に、荷馬車を繋いでいた鎖を巻いておくことで、相手が砂に潜っても位置が分かるようにする。

 その後は、アストレアの居合の出番。奴が飛び出てきたところで、首筋をバサリと斬ってもらう…というところだ。


 ミルフィの作戦を耳にしたアストレアとセレーネは、訝しがる表情で互いに顔を見合わせていた。実際、今もこうして不安そうに作業中のミルフィを見下ろしている。


 騎士団たちには、作戦を周囲に素早く知らせ、できるだけ安全な位置にいるようセレーネが命じている。

 彼らがそそくさと岩の上に逃げていくのを、鼻白んだ気持ちで見送っていたミルフィだったが、作業を始めると不思議と嬉しそうな様子だった。


 獲物を仕留めるために罠をこしらえる…、この時間と、矢を番え、狙いを絞る時間が猟師としての自分を高ぶらせるのだ。


 猟師の血が騒ぐわ、と心の中で呟く彼女に、セレーネが顔を曇らせ問いかける。


「あの…ミルフィ。私も、不安なんですが…」

「机上の空論がすぎるのではないのか、これは」


 ぶつぶつと姉妹睦まじく苦言を呈してくる二人を、ミルフィは不機嫌そうに振り返り、目くじらを立てる。


「あぁもう、うるさいわねぇ。文句があるなら、アンタたちが代案を考えてみなさいよ!」


 本人から許可の下りているセレーネだけではなく、その姉であるアストレアにまで無礼な口を利くミルフィに、二人はぎょっとしていた。


「まぁ!ミルフィったら、お姉さまになんて口を利くの?」

「ふん。今更取り繕ったって一緒でしょ。だいたい、女王様にはタメ口利いて、王女には敬語なんておかしいじゃない」


「別におかしくなんてありません。もう、ミルフィ、どうして貴方はそう無頓着なのですか?」

「あーはいはい。お姫様から見たら下賤の民でしかない私なんて、どうせ無頓着で品がないですよ」


「む、私は王女ではありません。女王です」

「それの何が違うのか、下賤の民である私には分かりかねますね」

「全く、憎まれ口ばっかり叩いて…。これでは燐子さんのほうがまだ可愛げがあります」


 突然、燐子を引き合いに出されたミルフィは、こればかりは本気で気に入らなくて、セレーネを睨みつけた。


 その少し乾いた桜色の唇から、罵詈雑言がこぼれ出そうになっていたとき、ふ、とアストレアが笑った。


 馬鹿にされたのかと思って、ミルフィが彼女を睨みつけた。セレーネについても、不服そうに姉であるアストレアを見ていた。


 二人からの圧力を受けて、思いがけずたじろぐような反応を見せたアストレアは、一つ、ごほん、と咳払いしてから視線を逸らした。


「いや、何でもない」

「…お姉さまは、何でもないのに笑うのですね」

「あ、いや…」セレーネにじろりと睨まれたアストレアは、やがて観念するとこう言った。「ただ…、セレーネが珍しく年相応の顔をしていたから、つい…」


 一瞬、ぽかんと二人は口を開けてアストレアの顔を見つめた。やがて、セレーネだけがさっと頬を朱で染めると、視線を気もそぞろといった様子であちこちさまよわせた。


「そ、そんなことありませんよ…。もう、子ども扱いしないで…」

「あ、ああ、すまない」短く謝罪したアストレアを、上目遣いで見上げながらセレーネが言う。「私、女王ですよ…?小馬鹿にしたら、死罪です」


 朱に交われば、赤くなる…ではないが、照れ隠しで言葉を発したセレーネの顔色に染まるようにして、アストレアの顔も赤くなった。


 彼女のほうが鮮やかに赤が浮かぶものだから、どうにも馬鹿らしくなって、ミルフィは肩を竦めて二人から視線を外す。


「あのさぁ、ただでさえ暑いんだから、暑苦しいことはよそでやってくんない?」

「み、ミルフィ!」

「なによ、本当のことでしょ」

「ハッキリ申し上げておきますが、今やもう、私とお姉様は何のしがらみもありません。睦言を交わしたあの頃の私はいません、私はもう、女王なのですから!」


 どう考えても、言葉とは裏腹な想いが胸のうちにあるのは明白だ。


 その証拠に、きっぱりと言い切って見せたセレーネは、言ってしまってから後悔するように苦い顔をして、チラリチラリとアストレアのほうを窺っていた。どうにか否定してくれないか、とでも言いたげに。


 しかし…、荒涼の地に慣れ親しみ、心の潤いを根こそぎ奪い去られたような時間を過ごしてきたアストレアは、妹の想いを察するどころか、むしろ、跳ね除けるような言葉を紡いだ。


「…そうだ、王女だった私はもう死んでいるに等しい。ライキンスの企てさえなければ、二度とセレーネの前に現れるつもりはなかった」


 合わせる顔がないから、という理由だろうが、それでも、セレーネはアストレアの言葉がお気に召さなかったようで、頬を膨らまし、自分を見返す勇気もないアストレアを睨みつけていた。


 それを見て、ミルフィはいよいよ深くため息を吐いた。


(馬鹿馬鹿しい。人が真面目に化け鮫退治の妙案を練ってやってるってのに…。姉妹揃ってイチャイチャと…。そもそも、二人は燐子が少しでも心配だとは思わないの?)


 眉間に皺を寄せ、一人立腹していたミルフィだったが、やがて、その怒りがどこか妬ましさから来ているもののような気がして、しゅん、と弱々しく眉毛を曲げる。


 そんなミルフィのことなど知らず、二人はやり取りを続ける。見方によっては、睦言のようにも聞こえるものを。


「そうですね。お姉さまは、私のことなどどうでもいいですものね」

「それは違う」いじけてみせたセレーネの言葉に、慌ててアストレアが応える。「お前のことだけだった。僕の中にあるのは、セレーネ、お前のことだけで…お前のことだけで良かったんだ」


 誰が見ても分かるほどに顔を赤くしたセレーネは、途端に吹き出た額の汗を拭い、「そ、そうですか」とぼやいた。それから、話を変えるようにミルフィのそばに寄ると、作業の進捗を尋ねた。


「はい。もうできてるわよ」


 ぶっきらぼうな口調で言ったミルフィは、鎖をジャラジャラと鳴らしながら立ち上がると、それを長弓に番える素振りをした。そして、「こんなもんね」と満足げに呟き、狩りの準備ができたことを周囲に伝えた。


 かくして、ミルフィ考案の魚取りが始まったというわけである。


(さすがに、あんな大物は釣ったことないけどね)と内心でおどけて見せたミルフィは、やや大人しくなっていた化け鮫を誘い出すために、騎士団に言って砂上に色んなものを投げ込むように伝えた。


 一分足らずして、獲物が姿を見せた。砂と空気の間に背びれを覗かせた化け鮫は、投げ込まれた防具を粉々にすると、再び砂の間に身を潜らせる。


 砂上に姿を現して、それからまた潜るまでの間は、実に数秒。影に身を潜めて獲物を喰らう怪物らしい、一撃離脱の戦法だった。


「矢を撃ち込む隙があるようには思えないが、本当に大丈夫なのか?」


 こちらの腕を疑うような発言をするアストレアを無視して、ミルフィは弦を引き絞る。無論、アストレアの言葉が気にならなかったわけではない。ただ、彼女の頭に浮かんでいたのは怒りではなく、やはり、ここ一ヶ月近くミルフィの胸にすっかり住み着いていた、孤独や寂寥感という魔物だった。


 燐子だったら、今みたいなことは聞かない。


(『やれるだろう』とか、『任せるぞ』とか、『できるな』とか…。きっと簡単に言っちゃうのよね)


 それが信頼に裏打ちされた発言であることは、考えずとも分かっていた。


 早く、燐子に会いたい。


 その願いは、思いがけずミルフィに深い集中力をもたらした。


 時間が止まるようだった。


 久しぶりにこんなに深く集中したと、弓を構え、狙いを定めている自分とは違う自分がぼうっと考えていた。


 化け鮫が砂から完全に飛び出て、宙に浮いていたほんの刹那の時を貫くために、ミルフィの手から鉄矢が放たれた。鎖付きだというのに、矢は計算された軌道で化け鮫の側面に深々と突き刺さった。


「…見事な腕だ。あの女が相棒にするだけはあるな」


 アストレアの言葉が、とても嬉しかった。頬が緩みそうになるのをギリギリ食い止める。


 獲物はうんともすんとも言わずに、再び砂中に姿を消した。しかし、その軌道は引きずられるようにしながらジャラジャラと音を立てている鎖のおかげで、はっきりと追える。


 獲物を罠にかけ、追跡する。そして、一瞬で仕留める。これこそが狩りの醍醐味だ。


 ミルフィは、しばし状況も忘れて舌なめずりし、狩猟の愉悦に浸っていた。猟師として暮らしてきた彼女自身の本能でもあったのだが、すぐに唇をきゅっと結んだ。これがウサギや危険性の低い魔物狩りとは違うことを思い出したのだ。


 死人だって出ているかもしれない。迅速に片を付ける必要がある。


「アストレア王女、準備はいい?」念のため、自分も矢を番えながら尋ねる。「もちろんだ」


 アストレアは何の躊躇もなく、誰もいない砂漠の舞台に上がった。一定の歩調で進む彼女からは、恐怖など微塵も感じられなかった。


 その背中を、セレーネが無言で不安そうに見つめている。立場上か、それとも先程のやり取りのためか彼女は姉に声をかけられなかったようだ。それを見かねて、ミルフィが代弁するように言う。


「気をつけてよ。仮に相手が襲ってくる方向が分かっても、王女が止められないなら――」

「悪いが…」ぴたり、と足を止めたアストレアがぼやくように応じる。「少し黙っていてくれ。集中できない」


 すん、と彼女はそれ以降、何も話さなかった。その態度を見て、ミルフィは怒るどころか少し寂しくなった。


 燐子も日頃から無愛想だったが、太刀を抜いた途端、もっと淡白になる。一定の温度を超えると異様に饒舌になり、頬を上気させた様子で戦いに熱中するのだ。


 あれが悪いと言い切るのは、自分のワガママなのかもしれない。それでも、心配なのは変わりがないのだ。


 燐子の戦い方も相まって、彼女の柔肌と命に傷がつく不安と恐怖と戦わなければならない。


(この気持ちを、もっと上手に伝えられていたら…)


 ミルフィが詮無い後悔に苦悩し始めたとき、鎖がピンと伸び始めた。繋げた先の荷馬車が軋み、不安で嫌な音を立てたが、すぐに鎖が緩み、砂埃がアストレアの元へ真っ直ぐ向かい出した。


「来るわ、王女」


 アストレアは何の反応も示さなかった。無視しているのではない。先程の自分と同じように、深い集中に落ちているのだ。


 槍を両手に持ったセレーネが、おずおずとミルフィの隣に立つ。感情を抑えた姿には、奥ゆかしさを感じてしまう。自分とは違うところだ。


 砂塵が迫る。アストレアが低く姿勢を落とし、剣の柄にそっと手を添えた。


 ミルフィは、アストレアの居合を目にしたことはなかった。ただ、セレーネや使用人たちからの話を聞くに、燐子を敗北の瀬戸際にまで追い込んだらしい。つまり、実力は十分というわけだ。


 力を込めて、矢を引く。先端が天空の太陽に焼かれて輝いている。


 巻き上げられた砂が、爆ぜるようにして散った。直後、化け鮫がアストレアの前に姿を現す。おどろおどろしい大小様々な牙が、彼女を飲み込まんと迫った。


 直後、目にも止まらぬ閃光が、一閃、煌めいた。


 アストレアの体の横スレスレをすり抜けるようにして、化け鮫が通り過ぎ、砂上に叩きつけられる。


 一体、何が起こったのかと目を凝らしていると、化け鮫の首筋から左目にかけて、ゆっくりと深い傷痕が浮かび上がった。そして、奇妙な破裂音と共に大量の鮮血が飛び散った。


「きゃっ!」とセレーネが可愛らしい悲鳴を上げた。つい、彼女の美しい金髪が汚れないよう、親衛隊のマントで覆って庇ってしまう。


 舞い上がった全ての血が地面に落ちきってから、上目遣いでセレーネが顔を上げた。


「あ…、ごめんなさい、ミルフィ。顔に血が」

「いいのよ、そんなのは」


 照れ隠しでぶっきらぼうに言ったミルフィだったが、心の底では、彼女に血がかからなくて良かったと本当に思っていた。


 チン、とアストレアが鞘に剣を納めた音が聞こえた。彼女のほうを見やると、肩で息をしているのが分かった。


 あの体のどこに、このような苛烈な一閃を放つ力があるのか、と不思議になる。そうしているうちに、彼女がこちらを首だけで振り向いた。


 騎士団の雄叫びや砂漠の暑さにも気を取られず、アストレアがじっとこちらを見ていた。かと思うと、ぷい、と顔を背けて化け鮫の亡骸へと近づいた。


「あ、ありがとう。アストレア王女」

「…当然のことをしたまでだ」


 あれ、とミルフィは内心で小首を傾げる。どこか不機嫌そうだったからだ。


「大丈夫?どこか怪我しちゃった?」

「そんなわけないだろう。僕がこの程度の相手に引けを取るか」

「…なんか、機嫌悪い?」

「別に」


 化け鮫の亡骸を見下ろしていたアストレアは、ちらりと二人のほうを一瞥すると、その場にしゃがみ込んで化け鮫の腹を探り出した。


「やはりな…」と彼女が呟いた。「おい、来てみろ」


 呼ばれるがままに、ミルフィとセレーネが近づいた。


「どうしたのですか、お姉様」


 セレーネが問いかけると、ようやく彼女はまともに顔を上げた。しかし、すぐに眉間に皺を寄せると、低い声で責めるように言った。


「おい、お前たち、少し離れろ。仮にも女王と親衛隊だろう。周囲に示しがつかない」

「え?」


 確かに言われてみれば距離は近くなっている。まぁ、血飛沫からセレーネを庇った近さのままで移動したため、仕方がないと言えば仕方がないのではと思う。

 それに、周囲への示しの話をするなら、自分で言うのも変だが、言葉遣いのほうを嗜めるべきではないだろうか?


 その気持ちが顔に出ていたのだろう、アストレアは繰り返し一言、二言文句を重ねてきた。それに関しても脈絡や説得力のないものだったため、さすがのミルフィも、彼女が何に気分を害しているのかを察知できた。


「ははぁん、セレーネと仲良くしているのが気に入らないわけね」

「なっ…!」

「意外と女の子らしいところもあるじゃない、アストレア王女も」


 顔から火でも出るのではと思えるほどに紅潮したアストレアは、セレーネのほうを一瞥すると、やかましく言い訳しながら、背を向けた。もしかすると、彼女は赤面症なのかもしれない。


「いいから、これを見ろ」とアストレアが化け鮫の腹を指さした。


 うっすらと肋のようなものが見える。そして、そのやや上の部分には、女性の乳房のようなものが確認できた。


「…どういうこと?」すぐに真面目な表情に戻ったミルフィは、その意味が分からず聞き返す。「ふん、君はこれを一度見ているはずだがな」


 さっきからかったことを根に持っているらしい。彼女はつんとした口調だった。


 すると、返答に困っていたミルフィの代わりに、セレーネが答えた。


「…人間、なのですか?」


 そのおそるおそるとした口調は、閉ざされた箱を開くことを連想させる。


「人間…?」信じられない、と呟かれたミルフィの言葉にアストレアが頷く。


 …ようやく合点がいった。これは、ライキンスたちの犠牲者なのだ。


「あぁ、なんと酷いことを…」セレーネが目を逸らして、そう呟く声が聞こえる。


 照りつける太陽の下、つぅっと背筋を汗がつたった。


 視線を下ろし、自分が狩りの対象として鎖付きの鉄矢を打ち込んだ化け鮫を見つめる。ごくりと飲み込んだ唾液の音が、どこまでも頭の奥で響いていた。

みなさん、お疲れさまです。


みなさんのちょっとした楽しみになれればと、執筆しておりますが、


一ミリくらいはそうなれているでしょうか?


何はともあれ、ご覧になって頂きありがとうございました!

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