表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
竜星の流れ人  作者: null
四部 二章 紫陽花の花
138/187

感情の行く先

自分で作った設定のことを忘れてしまう今日この頃…。


人に見せるものとして、矛盾ありまくりのものは避けたいですが、

もしもお読み頂く上で奇妙な点がありましたら、

ぜひ教えてください!

 燐子たちがグラドバランの領内に戻った頃には、空は漆黒のベールに覆われていた。瞬く星々も、あまりに脆弱に見える夜だった。


 並んで歩いていた紫陽花も、領内に入るとすぐに鏡右衛門の元へと報告へ向かった。そのため、道を行く影は燐子のもの一つだけであった。


 一歩も足を止めず山を越えてきたとあっては、尋常ではない体力をもっている燐子も、さすがに疲労困憊といった様相を呈している。


 月明かりが照らし出す自分の影を見つめながら、燐子は真っ直ぐ道を進んだ。足の行く先は天地家へと向かっていたが、はたと思い返し、燐子はとうとう足を止めた。


 どこへ、何故、行くというのだろう。

 私の帰るべき場所は、すでに記憶の業火の中だというのに。


 立ち止まり、振り返る。西の空には、月を背景に煌々と輝く天守閣が見える。


(もう、半年以上も前になるか。父という武人の娘として、私自身があの天守閣に座していたのは)


 見上げた天守閣に、記憶の水底から蘇った父の影がゆらめく。蜃気楼じみた光景は、瞬きをしているうちに消えた。


「…父上、今の私は、間違っていると思われますか?」


 燐子の呟きは、路地裏で蹲っている野良猫しか聞くものはいなかった。


(考え込みすぎても、詮無いことだ)


 そう考え直した彼女は、無意識のうちに太刀の柄に手を置いていた。


(どうせ、私にできることは一つしかない)


 天地家へと続く道に出ると、少しながら人影も増えてきた。この通りからは、港、大通り、グラドバラン城、領地郊外へと向かうことができるからだろう。


 人とぶつからないよう端のほうを歩いていると、港へと続く分かれ道に見知った人影があることに気付いた。


「あ、燐子ちゃんだぁ!」大きな声を張り上げたのは、朱夏だった。その隣には、黒い装束に身を包んだシルヴィアが立っている。「おかえり、早かったね」


 駆け寄って来た朱夏に対し、シルヴィアはこちらを凝視しながら佇んでいた。物言いたげな視線ではあるが、能面のように無表情な面持ちからは、何の意図も感情も読み取れない。


「こんな夜更けまで、何をしている?」

「んー?シルヴィアのお見送り!」

「見送り…。そうか、彼女は…」


 鏡右衛門の指示に従って、彼女は王国へ渡る。そこでアストレアに文を渡し、共にライキンスを討ち取るための同盟を組もうというわけだ。


 …おそらく、ミルフィもまだアストレアたちと行動を共にしていることだろう。正義感が強く、弱者が淘汰されることを酷く嫌うミルフィが、問題をこのままにして故郷に帰るとは思えない。


 燐子は、無言でシルヴィアの瞳を見つめていた。ともすれば、無遠慮とも取られかねない眼差しだった。


(彼女についていけば、ミルフィに会える)


 それは、とても甘美な誘いだった。だが、同時に、燐子を失意のどん底に突き落とすものでもある。


 会って、どうするというのか。

 もう、ミルフィは私を必要としていない。

 消えろと。彼女の口がそう紡いだのを、とてもではないが忘れられそうもない。


 いつまでも無言のままの燐子を訝しがったシルヴィアは、眉間に皺を寄せると、一切視線を逸らさないままで言う。


「今更ついて来たいと言われても、連れて行けませんから」


 燐子は、ただでさえナイーブになっていたところにその拒絶的な言葉を受けて、重いため息を吐いた。


「そのようなことは言っていない」

「そうですか。まぁ、私個人としてはさっさと消えてほしいのですが」

「何だと…?」


『消えて』という単語に過剰な反応を示した燐子は、今にも斬りかかりそうな形相でシルヴィアを見据えるも、彼女が文句を口にするよりも早く、朱夏が不思議そうに首を傾げた。


「あれ?どうしたの、シルヴィア。やけに燐子ちゃんに絡むじゃん」

「…別に、そんなことないわ」

「えぇ、そんなことあるよ。らしくないじゃん。いつもは誰が来ようと無関心なのに」


 朱夏はシルヴィアのそばに戻ると、不審がるような眼差しで彼女を観察した。それから、ややあって、菫青石の瞳を丸く見開くと、愛らしい手を口に添える。


「はっ!まさか…、燐子ちゃんみたいなのがシルヴィアもタイプなの!?」

「え?」

「えぇー!絶対に駄目だよぅ」


 静かな雲の中で微睡んでいた月も、彼女の叫び声の前に慌てて顔を覗かせる。月光に青く照らされた朱夏は、駆け足で燐子の腕を掴みに戻ると、彼女にしては珍しく困ったような表情で続けた。


「燐子ちゃんは私のものなんだから!いくらシルヴィアでも、絶対にあげないよ!私のブラックダイヤだもん!」

「おい…、誰がお前のものなんだ。離れろ、鬱陶しい」


 朱夏の暴走論理に言葉を失っていたシルヴィアだったが、面倒くさそうに朱夏の体を押しのけようとする燐子を見て、一瞬で顔色を変えた。


「だって、朱夏がっ!」


 静寂を打ち破ったシルヴィアの声の大きさに、彼女自身、驚いているふうだった。彼女はすぐに我に返って気まずそうな表情を浮かべたが、決心したのか、語尾を変えて続けた。


「…朱夏やお父様を斬った人のことなんて、認められるわけないじゃない…!」


「だからぁ、それについては私もジルバーも気にしてないって」

「そういう問題じゃない」


 朱夏の言葉を遮るようにして、シルヴィアが言う。彼女は依然として燐子を睨みつけており、少なくとも、こちらの存在を歓迎していないのは間違いなさそうであった。


 自分の言葉を待っているような沈黙に応えて、燐子も口を開く。


「公正な命のやり取りだ。文句を言われる筋合いはないぞ」


 朱夏のときも、ジルバーのときも、手出し無用の一騎討ちだった。卑怯な手を使ったのであれば別だが、そうではない以上、燐子のほうにもれっきとした言い分がある。


「私は、お父様や朱夏のような戦闘狂じゃない」

「うぇ、酷い。そうだけどさぁ」


 変な声を出して眉をひそめた朱夏だったが、すぐにシルヴィアに睨みつけられて、口をつぐんだ。どうやら、大人しく二人のやり取りを見守ることに決めたようだ。


「だから、『公正な命のやり取りだから仕方がない』なんて言われても、認められない。私は、私の大事な人に仇なす者は殺すべきだと思っている」


「物騒だな」燐子は鼻で笑った。「いつでも相手をしてやる。お前の父や朱夏のように、斬られても文句がないならな」


 白い頬を怒りで赤く染めたシルヴィアが、腰の後ろに手を当てた。鞘滑りの音と共に、月明を反射して白刃が煌めく。


(小太刀を抜いたか。朱夏といい、桜狼といい、見た目は日の本の剣士とは縁遠いのに…妙なものだ)


 シルヴィアが構えるのに呼応して、燐子も太刀の鯉口を切る。蠢く波紋は、昼間の獲物だけでは足りぬと言っているようだった。


 一触即発の空気に、さすがの朱夏も呆れた様子でため息を吐いた。それから、肩を竦めながら二人の間に入り、文句を口にする。


「もぉー、そういうのは私の役目なんだけどぉ」


 道行く人も、何事かと三人の様子を遠巻きに眺めていた。しかし、誰かしらと目が合うと、自分は無関係であると言わんばかりにそそくさと立ち去った。


「朱夏、どいて」

「やぁだよ。私、自分が関係ないことで怒られたくないもん」

「何を言っているの。私は朱夏が――」


 そこで、シルヴィアは言葉を詰まらせた。その後も、ただ繰り返し、「朱夏が…」と呟くだけで、はっきりとしたことは口にしなかった。


 そうしているうちに港のほうから水夫がやって来て、出航の準備が整ったと知らせに来た。


 シルヴィアは物言いたげな顔つきのまま小太刀を納め、背を向けると、「私は、認めていないから」と取り付く島もない口調で告げ、去って行った。


「変なシルヴィア。普段はもっと物静かで、可愛いんだよ?」

「…まぁ、無理もない。私は憎むべき敵なのだ。少なくとも、彼女の中では」


 逆の立場なら、自分も似たような怒りをぶつけるかもしれない。

 例えば、父を傷付けられ、ミルフィを殺されかけたのであれば。


 …それを想像すると、今度は彼女のように振舞えるかすらも怪しくなった。もしかすると、斬り捨て御免とだけ言って、斬りかかったかもしれない。


「へぇ、そういうもん?」

「朱夏も、ガラムとかいう男に彼女が侮辱されたとき、憤りを感じたのだろう?それと同じだ」

「憤り?あー、怒ったってこと?」

「そうだ。もちろん、だからといって味方に斬りかかる奴はそうはいないだろうがな」


 燐子がそう言うと、朱夏は少しの間黙り込んだ。そうして暗闇に溶け込んだシルヴィアの後ろ姿を見送ると、朱夏と燐子は天地家への道中を進み出したのだが、途中、思い出したように朱夏が口を開いた。


「怒った、っていうのは…なんか違うかなぁ」


 まだその話をしていたのか、と不思議に思う。


 段々と人もまばらになり、自分と朱夏の足音以外聞こえなくなった夜道で、少女は独り言のような呟きを続ける。


「私はさ、私のしたいようにするだけだから。アホ犬も、クソアバズレも、気に入らなかったから斬り捨ててやろうと思った。燐子ちゃんは、どうしても私のモノにしたくて、斬りかかった」


 人を人とも思わぬ所業を繰り返した、鬼子らしい言い分だった。


「シルヴィアのこと、大事だよ?唯一の友達だし。だけど…、シルヴィアのために――いや、うぅん…私は、誰かのために剣を振り回したことはないよ」

「全ては自分のため、か」


「うん。それは燐子ちゃんだって、そうでしょう?」朱夏の菫青石の瞳が、横から燐子を見上げた。「自分のために力を振るう。だから、国のことばっか考えているアストレアたちと仲が悪くなったんでしょ」

「…違う」

「違わないよ」


 心の、触れられたくない場所に朱夏の手がかかった。息苦しさから燐子が黙っていると、天地家の門を開けた朱夏が続けて問いかける。


「言ったじゃん、私たちは同じだって」


 どくん、と胸打つ鼓動に息が止まりそうになる。苦虫でも噛み潰したような面持ちになった燐子を見て、朱夏が小馬鹿にした笑い声を上げる。


「きひひ、燐子ちゃんってば、顔に出すぎ。ほんと、何を今更迷ってるのかなぁー…」


 二人の歩く先に、夜に包まれた屋敷が現れた。未だに光が灯っている部屋があるため、おそらく、エレノアがまだ起きているのだろう。


 朱夏の言葉が胸に突き刺さったまま、燐子はその後ろをついて、家に上がった。袖のないジャケットを着ているため、柔らかな二の腕が覗いていた。


「ただいまぁ」と土間を抜けた朱夏は、お腹が空いたと喚き散らしながら、奥へ奥へと進んでいく。


 勝手知ったる我が家だから気が抜けるのも分かるが、紛いなりにも客人である自分を放置するのは、いかがなものかと思う。


「おかえり、朱夏」台所には、エレノアがエプロン姿で立っていた。手元に握られたお玉には、ドロリとしたスープが付着している。「あぁ、燐子さんもおかえり」


「た、ただいま帰りました」懐かしい響きに目を丸くしつつも返事をする。「燐子さん、朱夏が迷惑をかけなかった?」

「え、ええ…。いつも元気で、困ることばかりです」


 苦笑と共に吐き出された燐子の言葉に、耳ざとく反応した朱夏は、ジャケットを脱ぎながら愚痴を垂れた。


「ぶぅ!困らせてなんかないもん!」


 彼女の不服さ全開の表情を見て、ついつい口元が緩んでしまうが、ふと、朱夏のやってきた悪鬼羅刹の所業を思い出し、眉間に皺を寄せた。


(私は…朱夏のことを許しかけているのか?あんなことをした少女を…)


 それを知る由もないエレノアは朗らかに笑った。毒の花が咲いているのに、それに気付けないのは、親だからなのか、単純に朱夏が器用なのか。


「もう少しで夕飯が出来上がるから、朱夏と一緒に待っててね」

「はい。ありがとうございます」


 二つほど山を越え、平原を歩いてこの町まで帰ってきた。道中、水や干し肉は口にしたが、それ以外はまともに何も食べていない。


 紫陽花が、『赤葉の森には、美味しい木の実が沢山あるから』と言うものだから、信じてみたが、およそ食えたものではなかった。まあ、人狼の肉を嬉しそうにカットしていた女だ。まともな味覚などしていないだろう。


 そのため、燐子は非常に空腹だった。できることなら、あの湯気が立ち昇っている鍋の中身をつまみ食いしたいと思うほどに。


 しかしながら、それをしようとした朱夏が厳しく叱りつけられているのを見て、さすがにその気も失せた。エレノアの怒気には、こちらの反骨心を抑えつける何かがあるように思えた。


 そうこうしている間に、座卓に食事が並べられた。玄米、野菜スープ、鶏肉を胡椒で味付けしたものが今晩のメニューだ。


 鶏肉もぱさついてはいるものの、胡椒の味が良い塩梅で刺激になって、玄米が進んだ。


「美味しいです。エレノア殿」茶碗を片手にエレノアを見やる。「ふふ、どうもありがとう」


 そう返した彼女は、自らも夕食に手を付けた。まずはスープかららしい。


 今日も彼女の夫である鏡右衛門は、食卓を共にしないようだ。こちらが口出しすることではないとは分かっているが、彼が家内の待つ家にも戻らず城に籠もっているとすれば、些か気遣いに欠けているような気がする。


 少しでも彼女の孤独を和らげようと、燐子もスープに手を伸ばした。後で考えると不思議な感情であるし、身勝手な決めつけだったのだが、その瞬間は確かにエレノアに対して、少しの哀れみを抱いていた。


 スプーンの上でドロッと揺れるスープを見つめる。良い香りだ、と匂いを楽しみながら口に運ぶ。


「ああ、こちらも美味しいです――…」不意に、燐子が口を閉ざした。「ありがとう。燐子さんは口がお上手ね」


 ぼうっとした顔つきになって、スープを見つめる燐子。それを訝しがった朱夏が、ぼそりと問う。


「んー?どうしたの、燐子ちゃん」

「あ、ああ、いや…」


 朱夏のほうは見向きもせずに上の空で呟いた燐子は、ややあって、スプーンを動かし野菜を口に運ぶと、再度、沈黙の帳の向こうに消える。


 日の本では口にしたことのない、ドロリとしたスープ。

 じんわりと染み渡る、野菜の甘味。


 強烈な既視感に襲われ、燐子は表情を曇らせた。さすがに彼女の異変に気が付いたらしいエレノアは、酷く不安そうな顔つきになって、「もしかして、口に合わなかったり…?」とぼやいた。


「いえ…、とても美味しいです。ただ、なんだか、懐かしいような気がして…」

「ふぅん。おふくろの味ってやつぅ?」


 どうでもよさそうに言う朱夏の言葉に、あぁ、そういうことなのか、と納得したような心地になる。


 燐子が苦笑いを浮かべたのを見て、ようやく安堵したらしいエレノアは、頬に手を添えながら、若々しい様相で微笑む。


「あはは、良かった。それ、私の故郷の味なの。鏡右衛門さんが私の村に流れ人として降ってきたとき、初めてご馳走してあげたのも、ちょうどそれだったのよ」

みなさん、お疲れさまです。


みなさんのちょっとした楽しみになれればと、執筆しておりますが、


一ミリくらいはそうなれているでしょうか?


何はともあれ、ご覧になって頂きありがとうございました!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ