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竜星の流れ人  作者: null
四部 一章 帝国特師団
130/187

剛力、好奇、狂気

早速、戦闘シーンばかりになってすみません…。


何はともあれ、お楽しみください。

 履物を履いて庭に下りると、より水音がハッキリと聞こえた。京の庭園に似た造りで、砂利が敷き詰めてあり、乳白色の庭石が置かれていた。


 苔生した竹の壁に、名も知らぬ植物が絡みついている。見覚えもないので、きっと日の本には自生していない植物なのだろう。


 既知と未知が融合している風景に、燐子はどこか紛い物に騙されているようなもどかしさを感じた。


 燐子が、どこか、遠くの景色を見ているような気持ちになっていると、縁側のほうから中年の女性が姿を現した。驚いたことに、和装だった。


 地味ながらも色の美しい藍色の着物を着た女性は、困惑した面持ちで朱夏と燐子を見比べると、「お嬢様、本当に戦われるおつもりですか?」と質問した。その手には、大太刀が重そうに抱えられている。


「当たり前じゃぁん。あ、おつかいありがと」朱夏は大太刀を片手で受け取ると、不安そうな顔の女性を横目で見てから、「絹代さん、邪魔しちゃ駄目だよ」と半笑いで告げた。


「で、ですが、旦那様がお叱りになられるのでは…」

「むー。パパが何と言おうと関係ないよ。だって、燐子ちゃんは私が助けたんだから、私のモノだもん」


「お前のではない」と燐子が口を挟むと、朱夏はこちらを振り向いて、意味ありげに口元を綻ばせた。


「ふふん、今はね。でも、もうすぐそうなるよ」


 擦り切れるような金属音をかき鳴らし、朱夏が大太刀を抜刀した。それとタイミングを合わせ、燐子も太刀の鯉口を切る。


「お前相手に手は抜かない。斬られて死んでも、文句はないんだろうな」

「ふふ、むしろ望むところ」


 心の底からの言葉に聞こえて、燐子はため息を吐く。


「…そうまでして私に葬られたいか。仕方があるまい。お前の望み通り、刀の錆にしてやる」


 その言葉を聞いた朱夏は、ますます表情を明るくした。しんとした夜の月明のような、狂気的な光だった。


 対して、絹代と呼ばれた女性は、相変わらず困惑した顔つきのまま燐子と朱夏を見比べている。時折、不安そうに、「お嬢様」と朱夏を呼ぶのだが、当人はまるで耳を貸す様子はない。


 何か助け舟を求めるように、絹代がこちらを見つめた。絹代、という日本人風の名前に反し、瞳は青く、髪色も明るかった。


(そのような顔をされてもな…)


 朱夏を止める術がなければ、どのみち衝突は避けられない。


(――しかし…、再び、朱夏を討つのか?子どもを…)


 燐子は、朱夏を殺したと思ってからの後味の悪さを思い出し、苦虫を噛み潰したような顔つきになった。


 そうして表情を曇らせたまま、いつまで経っても構えを取らない燐子に、朱夏が不思議そうに問う。


「あれ?どうして構えないの?」

「…いや、何でもない」

「ふぅん」と興味なさそうに呟いた朱夏は、ぶん、と頭の上で大太刀を回し、最上段に構えた。


 朱夏に合わせて、八双に構える。そうしながら燐子は、彼女らしくもないことを考えていた。


(何も、朱夏の言い分に従ってやる必要はない。一本取れば、それで構わないだろう。それでも難しいようなら、大太刀だけでも弾き飛ばせばいい)


 不意に、真っ直ぐ捉えた朱夏の姿と、ララの姿が重なった。


 幻だと分かっていても、顔をしかめずにはいられない。なにせ、ほとんど自分が殺めたようなものだったからだ。


 燐子は、呼吸や間合いを測ることなく地を蹴った。哀れな少女の残像が、自分に追いつく前に。


 電雷の如き速度で、朱夏に肉薄する。

 接近に合わせて振り下ろされる大太刀の唐竹を横に躱し、一閃、袈裟斬りを放つ。


 予想通り、下から放たれた斬り上げとぶつかり、上と下とで、鍔迫り合いのような形になった。


「あは、燐子ちゃんってば、最初から激しいじゃぁん」ぺろり、と舌なめずりする朱夏と、至近距離で睨み合う。「いいねぇ、昂ぶってきたよぉっ!」


 ガチン、と太刀が弾き上げられる。「チッ!」


 上から押さえつけるほうが有利だというのに、容易く下から跳ね上げられてしまって、燐子はほぞを噛むような気持ちで後退した。


「どこ行くの!?燐子ちゃん!」


 自分よりも10センチほど小さい背丈が、自分の倍以上の力を手に突撃してくる。


 身を屈め、下から滑り込むような姿勢で接近してきた朱夏は、そのまますくい上げるようにして、両手で斬り上げを放つ。


「くっ!」ぶん、と目の前の空間が、死の閃光に薙ぎ払われる。「化け物め」


 どんな背筋をしているのか、と不思議に思えるくらい、素早い動きで反った背中を戻した朱夏は、強烈な唐竹割りを躊躇なく燐子に振り下ろした。


 直撃すれば、間違いなく脳天から股にかけて両断されるだろう一撃。これを口元を綻ばせて繰り出せるのが、天地朱夏という人間であった。


 剛力、好奇、狂気。


 菫青石の瞳に魅せられれば、すぐに物言わぬ肉塊と化すであろう。


 躱せば、詰められる。だからといって、受け止めれば押し込まれる。実際、前回の戦闘では、それが原因で敗北寸前まで追い詰められた。下手をすると、太刀ごと叩き切られるかもしれない。


(ならば…!)


 八双に構えていた太刀を、滑らかな動きで構え直す。

 霞の構え。防御に注力する、朱夏の戦法とは真逆に位置する構えだ。


 斧で薪を割るみたいに振り下ろされる刃を、斜めに構えた太刀の峰で受け流す。

 勢いは殺さず、流れ落ちる水のように。


 凄まじい勢いで地面に叩きつけられた大太刀は、砂利と砂煙を巻き上げた。よほどの衝撃だったのだろう、技を放った朱夏も、「いったぁぁい!」と年相応の悲鳴を上げていた。


 受け流しが成功したのを確認するよりも先に、燐子は白の太刀の切っ先を朱夏に向けていた。


 真っ直ぐ、首元目掛けて突き出す。


 直前までは、『殺さずに…』などと考えていた燐子だったが、やはり、彼女の剣士としての性がそれを許さなかった。


 喉を貫く一撃を、燐子は躊躇なく放った。

 だが、朱夏が首を倒して、紙一重で避けられたことで、決着には至らない。


「あはっ!ギリギリセーフ!」朱夏が、狂気じみた笑顔でそう言った。


 砂利が踏み鳴らされる音の中、二人は再び動き出す。


 先に決断を下したのは、朱夏のほうだった。


 パッと大太刀から両手を離す。そのまま、両手を前に構えたまま燐子に肉薄する。


(組手か!?)


 得物を手放す、という予想外の行動に、一瞬だけ反応が遅れてしまう。すり足で後退を図るも、シャツの襟首を捉えられてしまった。


「つーかまえたぁっ!」

「くっ!」


 ぐっと、体が引き寄せられ、そのままあっという間に宙に浮く。


 組み伏せられれば、一巻の終わりだ。それは、幾度となく証明された二人の腕力の差からも歴然である。


 ――もう、負けたくない。


 燐子は、寸秒の間に、そう強く願っていた。


 ――私から剣の腕を取ったら…、何が残るというのだ。


 上下左右の感覚が分からなくなった刹那、燐子の左手が赤く輝いた。


 流れ人の持つ流星痕、その力だ。


 地面に落下するまでの、ほんの一、二秒が、十秒ほどもあるように感じられた。


 遠くで上下している鹿威しの動きが、緩慢に見える。そして、そのそばで弾ける水の珠の、一滴一滴すらも、はっきりと見えた。


 燐子は、完全に地から足が離れている状況にも関わらず、太刀を手放した代わりに、正確な動きで腰の小太刀を抜いた。


 銀閃が、二人の間で舞う。

 振るった刃が、的確に朱夏の腹部を切り裂いた。


 少なくとも、二人の戦いを遠目から見ていた絹代には、そう見えていた。


「お嬢様―!」


 血飛沫を顔に浴びながら、そのまま猫のように美しく着地した燐子は、体を前に折って立つ朱夏を、ジロリと見下ろした。


 ぽたり、ぽたり、と朱夏が片手で抑えている箇所から、血の雫が滴る。


 砂利の間に消えていく血を無感情に見つめていると、慌てた様子で絹代が朱夏に近寄ってきた。


「お嬢様!今すぐにでも手当を!」


 息を荒くして肩を上下している朱夏に、絹代が懸命に声をかける。その姿を見ているうちに、燐子はいよいよ馬鹿らしくなってため息を吐いた。


「朱夏、下手な芝居はよせ」

「え?な、何をおっしゃられるのですか…?」


 腹を斬られたのですよ、と付け足す絹代の顔には、段々と怒りの色が滲み始めた。


 こんな狂人じみた姫であっても、どうやらそれなりに大事にされているらしい。早々に誤解を解くべく、燐子は早口で説明する。


「腹を斬られてその程度の出血で済むものか。それに、手応えもなかった。防具でも着けているのだろう」


 燐子の言葉を困惑した表情で聞いていた絹代は、朱夏と燐子を交互に見比べていたのだが、やがて、朱夏が鈴を鳴らすような声で泣き真似を始めると、ほっとしたふうに肩を下ろした。


 誰も芝居に引っかかっていないことを察した朱夏は、徐々に声を高くして笑い出すと、両手を頭の後ろで組んで言った。


「ははは!つまんないのぉ、引っかからないなんて」

「…騙し討ちなど、小狡い真似をするな」


「えぇ?狡くなんてないよー。立派な戦術だもん。それにこっちだって危うく腸が、『こんにちは!』するところだったじゃん」


 愛らしい声でコロコロと笑う朱夏だったが、言っていることは物騒極まりない。


 ふと、視線を落とすと、引き裂かれた彼女の上着の下から、白い布が見えていることに気付いた。


「ほう、サラシか。やるな」


 つい感心した声を出してしまい、燐子はすぐに気を引き締めた。


「えへへぇ、燐子ちゃんとお揃いなんだよ」

「甘えた声を出すな。気味が悪い」


 毒気を抜かれるような笑顔に対し、毒を吐く。すると、朱夏は珍しく怒ったように目元を吊り上げ、唇を尖らせた。


「はぁ?何、気味が悪いって。私って、どう考えたって可愛いでしょ!」

「…何の話をしている」


「むー!燐子ちゃんがキモいって言った!」

「言っていない」

「言った!」

「言っていない。…はぁ、何なのだ、お前は」


 ぎゃんぎゃんと喚く朱夏の声が美しい庭園に木霊する。


 父が言っていた、『侘び寂び』とやらが感じられる場所だったが、朱夏の騒々しさがそれらの全てを台無しにしていた。


 水掛け論になりかけたところで、朱夏が絹代のほうを振り返った。それから、「ねぇ、私って可愛いよね!?」と問いかけた。


 苦笑を浮かべて肯定した絹代の言葉に、朱夏が飛び跳ねて喜んでいるのを見ているうちに、燐子は昂ぶった神経が静まっていくのを感じた。


 ため息を一つ吐き、落ちていた太刀を拾って納刀する。小太刀も同じようにあるべき場所に帰った。


「あー、何、やめちゃう気?」

「興が削がれた」

「ぶぅ、じゃあどうするの?布団でさっきの続きする?」


 朱夏の言葉に反論する前に、絹代がじろりと燐子を睨みつけ、事の仔細を尋ねてくる。何もかも誤解だと説明するも、彼女は聞く耳を持たない様子だ。


 肝心の朱夏も、この状況を面白がっているようで、燐子に罪を着せようと嘘を重ねていた。


 彼女の幼さや身勝手さを知っていれば、簡単に嘘だと分かるはずなのだが、絹代はその限りではないらしい。


 さて、どうしようかと顔をしかめていると、不意に、縁側のほうから人の声が響いた。


「朱夏」


 振り向くと、美しい着物を着た中年の女性が立っていた。髪は金色で、セレーネより暗く、朱夏より明るい。ちょうど、エミリオと同じくらいだろう。


 何者だろうか、と黙って見ていると、隣にいた朱夏が突然女性に向かって駆け出した。喜びを惜しみなくさらして走る彼女は、年相応の少女然とした愛らしさがある。


「ママ!」


 そう言って抱きついてきた朱夏を優しく抱き返した女性は、朱夏の頭を撫でながら、ゆっくりと視線をこちらに向けてきた。


 下手くそな愛想笑いをしてみせる女性に、ぺこり、と一礼しながら、あれが朱夏の母君か、と燐子は考えていた。


「えっと、おはようございます。朝ご飯を作っているのですけど…、貴方もいかがですか?」


 燐子は、女性の急な提案に驚きつつも、頭を下げて承諾した。特段、腹が空いているわけでもないが、朱夏の変態的趣向から逃れるためにはちょうど良いと考えたのだ。


 それにしても…。


(この女性…どこか見覚えがある気がするのだが…)

みなさん、お疲れさまです。


みなさんのちょっとした楽しみになれればと、執筆しておりますが、


一ミリくらいはそうなれているでしょうか?


何はともあれ、ご覧になって頂きありがとうございました!

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