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竜星の流れ人  作者: null
四部 プロローグ 後悔の白い闇
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後悔の白い闇

お久しぶりです。


四部のほうが完成しましたので、再び毎日の更新を始めようかと思います。


だらりと続けている拙い作品ではありますが、

少しでも楽しんでいただけると幸いです。


それでは、お楽しみください。

 辺りは、乳白色の霧で包まれていた。


 一寸先も見えない、白い闇。


 目を閉じているときに見える闇とは、また違うやり方で彼女の視界を奪っている。


 混濁した意識の中、指先を動かす。何かに触れているかどうかも分からない。それでも何かを手繰り寄せるように動かし続けていると、こつん、と何かに指先が当たった。


『燐子』すぐそばから、聞き慣れた女の声で自分の名が呼ばれた。「…ミルフィか?」


 燐子の呼びかけに答えるものはいない。霧の向こうも、未だに全てを覆い隠されたままだ。


 指先を動かし、再び先程の感触を求める。しばらく動かしているうちに、また何かに当たった。


 柔らかく、小さな手。間違いなく女の手だったが、ミルフィの手はもう少し筋肉質だった気がする。


 不思議に思った燐子は、その手を這い登るようにして二の腕のあたりに移動し、遠慮がちに掴んだ。


 やはり、違う。馬鹿力のミルフィの腕は、さすがにもう少し太い。この腕や手のひらは、猟師のそれではない。


 何気なく、ぐっと腕を引いた。霧の中で自分の名を呼ぶ者の正体を知りたい、そう思うが故の行動だった。


 しかし、燐子は自分のその行動をすぐに後悔した。彼女の膝下に転がってきたのは、白と黒の給仕服を赤く染めた、プリムベール城の使用人だったからだ。


「ララ…」


 胸元に血の花を咲かせた少女の姿に、燐子は見覚えがあった。


 当然だ。少女は、燐子の命の恩人なのだから。


 燐子の命を穿つ、死の矢から、身を挺して守ってくれた幼い少女。

 自分が、置いて行った少女だ。


 胸の底から湧き上がってくる哀れみの念を、固く目を閉じて振り払う。

 哀悼の念など、余計なものだと信じていた。少なくとも、燐子にとっては。


「これは…、夢か」


 プリムベール城に置き去りにした少女の遺体がここにあるということは、つまり、そういうことだ。


 ここで何をやっても詮無いことだと、燐子は膝を揃えて正座した。


 集中する。目蓋の裏側の闇に。


 そうしていると、次第に辺りが暗くなってきた。宵が忍び寄っているみたいな暗さだったが、景色は何も見えない。ただの虚無だけが、どこまでも続いている。


 薄暗い夕暮れ時の光に、燐子は、思い出すだけで胸が苦しくなるような瞬間を思い出してしまった。


 ――どこへなりと、消えなさいよっ!


 ミルフィが放った痛烈な拒絶の言葉が杭となり、胸に打ち込まれる。


 相棒は、自分を庇った少女の死を悼まなかった私のことを見限った。いや、軽蔑したのだろうか。それすらも分からない。


 私は、ミルフィと同じではなかった。違う、ミルフィだけではない。

 あの場にいた全ての者と、私は違った。

 修羅だと、第一王子――いや、第一王女アストレアが私を称した。


 人を大事にする心を、人を悼む心を、人を愛する心を失くした私は、もはやまともな人間ではない。


 …違う、失くしたのではない。私は、初めから持たされなかったのだ。


 生まれたときから、私はきっと剣鬼で、修羅だった。


 そうでなければ、女だてらに刀を取り、父と共に討ち死にする道を選んだはずもない。


 落ち込みとは違う、水を吸った衣服のような諦観が、燐子の心を重くした。


 すると、霧が立ち込める夢の狭間で顔を俯かせていた彼女のすぐそばから、甘い、キャンディみたいな声が聞こえた。


『燐子ちゃん』ぴくり、と反応しながら、呼び声に応える。「…その声、朱夏なのか?」


 目を見開き、霧の向こうを見透かそうと睨みつける。だが、声ばかりが聞こえるだけで、あの少女の姿は見当たらない。


『起きて、私のブラックダイヤ』

「私は、お前のものではない」


『退屈だからさぁ、潰してよ、私の暇』

「だから…、お前という奴は、どうしてそう自分本位で…」


 ――同じだね。


 はっ、と燐子は言葉の途中で口を閉ざした。


 決して、朱夏の幻聴が聞こえてきたわけではない。ただ、かつて彼女が自分に言ってのけた言葉が脳裏をよぎったというだけだ。


 朱夏の言葉は、真実だった。

 朱夏の狂気は、鏡に写った己の狂気でもあった。


 斬って、斬って、まだ斬って…。

 自分が何かに報うためには、そうするしかないと信じていた。それは、今も変わらない。


 だが、それが――私自身の信念が、ミルフィと自分にとって決定的な溝となっていた。


 彼女と交わした約束が、土の下で窒息しかけている。


 自分の気持ちが、分かるような気がする…などと、所詮は驕った考えだったのだ。


 悔しくて、忌々しくて、滾る感情が胸にせせり上がってくる。だというのに、目頭は冷え切ったままだ。


 燐子は、泣けない自分を罰するみたいに、両手を力強く握り締めるのだった。

次話も続けて投稿しておりますので、

そちらもどうぞよろしくお願いします!

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