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竜星の流れ人  作者: null
三部 七章 戦慄の首都
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戦慄の首都

三部もそろそろ終わりとなります。

よろしければ、最後までお付き合いください…。

 邪悪な炎が、あらゆる場所で産声を上げていた。


 大通りを埋め尽くしていた屋台は瓦礫の山となっており、町のあちこちに掛けられていた竜王祭を祝う旗も、へし折れるか、火種となっているかのどちらかだ。


 転がる肉塊には屍肉鳥が集っているし、そうではないものは、漏れなく炭と化していた。


「な、何ということだ…」


 美しかった町並みは、もうどこにもない。聞こえてきていた歓声も。

 今はその代わりに、破滅と悲鳴が城下町を跋扈していた。


「本当に、これがヘリオスとライキンスの思惑によるものだと言うのか」

「だからっ、何度もそう言ったじゃない!見たのよ、私、目の前で、人が…」


 ミルフィは、そこまで言うと顔を真っ青にして地面を見つめた。彼女が何を思い出しているのか、燐子には想像がついた。


(人があの化け物になるなど、信じられん)


 相棒の話を信じるのであれば、ヘリオスとライキンスは、ヘリオスの側近であった女性に何か液体のようなものを飲ませ、怪物を生み出したということだった。


 何も知らなければ、世迷い言だと跳ね除ける話なのだが、いかんせん、ミルフィがそういう嘘を吐くとは思えない。それに、セレーネが危惧していた、『ドラゴンにまつわる書籍』の件もある。


 眼前に広がる惨状に、さすがの燐子も足を止めて考えを巡らせていたところで、そばに立っていたアストレアが口を開いた。


「おい、剣鬼」どうやら、自分のことらしい。「その女が言うことは真実だ。ヘリオスとライキンスは手を組み、王国の転覆を狙っている」

「何だと…!?」


 語気を強め、燐子がアストレアに向き直る。ミルフィも同じようにした。


「そんなことをして、どうなると言うのだ」


 目くじらを立てた燐子はそう言うと、片手を伸ばして燃え盛る城下町を指し示した。


「自分が治めようとしている領土を焼き、民を虐殺する。正気の沙汰とは思えん。何も得られんではないか!」


 為政者の子として育てられた燐子にとって、領土や民は、自分の命より大事なものだった。それを眼前で焼き払われては、たとえ自分のものでなくとも、こみ上げる激情は抑えられなかった。


 だが、アストレアはそんな燐子を見ても、どこか冷徹な横顔で朱色の空を見つめるばかりだ。その態度が、ますます燐子を苛立たせた。


「アストレア、貴様、何とか言ったらどうだ」今にも掴みかかりそうな燐子を、ミルフィが慌てて制する。「ちょっと燐子、今は仲間割れしてる場合じゃないって!」


 ミルフィの言うことは正論だ。だが、だからといって、納得できるわけではない。


 すると、何の前触れもなくアストレアが口を開いた。


「アイツらの考えることなど、僕には関係ない」

「貴様…ッ!」


 とうとう、燐子がアストレアの胸倉を掴んだとき、近くの路地裏から、数名の人影が出てきた。


「ミルフィ様!」


 どうやら、観戦に来ていた使用人たちらしい。ルルやララもいる。

 彼女たちが生きていたのは喜ばしいことだが、今はそれどころではない。


 使用人たちの元にミルフィが駆け寄って行くのを確認し、燐子は糾弾を続ける。


「どういうつもりだ、アストレア。これだけの惨状を目の当たりにしておきながら、それでも貴様は、他人事だと言い切るつもりなのか」


 燐子は、アストレアの返答次第では、彼をこの場で斬り捨てるつもりであった。燐子の中では本来、最も役目を果たすべき存在は第一王子である彼なのだから。


 しかし、アストレアは思った以上に真剣な眼差しで燐子を見返すと、ゆっくりとした口調で告げた。


「敵の狙いがどうだろうと、僕のやるべきことは一つだ」


 ぎゅっと、彼の小さい掌が燐子の手を掴んだ。一瞬、花の香りがした。力を込められているのが分かるが、非力さ故か、痛みはない。


「元々僕は、そのために帰って来た。そのために強くなり、そのために冷徹になった」

「お前…」


 間近で放たれた言葉に、嘘偽りは感じられなかった。それどころかその響きには、武士が何かを誓うときのような重みすら感じられたのだ。


 全くもって彼の言うことは理解できない。だが、決して軽んじていいはずもないことは分かる。


 燐子は、勘ぐるような、期待するような声で問いかける。


「お前のやるべきこととは、一体何なのだ」


 すっと、彼の表情に逡巡の色が浮かんだ。明らかに、何かを迷っている。


 そうしているうちに、アストレアが口を開きかけた。しかし、それよりも早く、割り込むようにミルフィが使用人たちと共に戻って来て、焦燥に駆られた口調で知らせる。


「燐子、お城でセレーネ様が、騎士団と一緒に避難民たちを避難させているらしいんだけど、あの怪物が入り込んじゃってるらしいのよ!ねぇ、早く行って、手伝ってあげましょう!」


 その言葉に一早く反応したのは、燐子ではなく、アストレアだった。


 燐子に掴まれている手を跳ね除けた彼は、鋭い目つきをして、「それは本当か」と使用人に尋ねた。それから、彼女らが頷き肯定したのを見るや、険しい顔つきをして大通りへと足を向けた。


「待て、話は終わっていないぞ。どこへ行く」


 半ば責めるような燐子の声を無視し、彼はぐんぐん先に進んで行った。その迷いのない足取りからは、戦場という地獄を歩いたことのある者特有の鈍感さがあった。


 誰のとも分からない死骸や血の上を、アストレアは気にせずに歩き続けている。


「くそ、頑固者め」そう吐き捨てる燐子の後ろから、ミルフィが声をかける。「燐子、どうするの?」


「どうするも何もない。本丸の場所も分からない以上、避難している民の安全が最優先だ」


 そう答えると、ミルフィはどこかホッとした様子で頷き、背後に控えた使用人たちに声をかけた。


「みんな聞こえた?これからまた城に戻るけど、ついて来られる?」


 使用人たちはそれを聞いて不安そうに顔を曇らせたが、やがて、ララが元気づけるような言葉を告げると、一同揃って神妙な様子で頷いた。


 戦えない者だけで寄り集まるより、戦える者と共にいるほうがマシだと思ったのだろう。


 それがたとえ、怪物の元に戻ることになっても。


 結局、安寧を手にするためには、大きな集団を作るしかないと分かっているのだ。


 すでに遠くなったアストレアの姿を追う。どうやら彼も城へと向かうようだ。


(なるほど。一応、王族として成すべきことは理解していると見える)


 炎の明かりや、流れ出た血液に染められ、大通りは真っ赤に揺らめいている。その中でもぐんぐん進んでいくアストレアの背中からは、焦燥の念がはっきりと感じられる。


 彼を追って大通りを早足で進み、城門の近くまで移動する。その位置からでも、十分に中の混乱が窺い知れた。そのくらいに、悲鳴や怒号、おぞましい怪物の唸り声が聞こえてきていた。


 ミルフィに使用人たちを任せ、狭い通用口を開ける。すでにアストレアは中に入っているようだった。


 中に足を踏み入れた瞬間に燐子の視界を覆ったのは、爛々と燃える炎だった。

 その灼熱は目の前の芝生を焼き払い、瞬く間に焼け焦げた黒色の大地を生み出した。


 さっと、素早く周囲の様子を確認する。


 正門の広場には、思っていた以上の人間が残っていた。その多くが市民らしき装いをしており、ひび割れた外壁を背にした例の怪物から逃げ惑うように走り回っている。


 目を引いたのは、怪物だけではなかった。


 少し離れた上空に、一対の影があった。


 片方は羽の生えた天馬で、その背中には、槍を持ち、ドレスを着たままのセレーネが乗っており、もう片方は、毒々しいつるりとした表皮を備えた怪物だった。


(王女め、お転婆が過ぎるぞ)


 内心、そう呟く燐子の口元には、不敵な笑みが浮かんでいた。


 燐子が、民のために身を挺し、武器を取り戦うセレーネの姿に感銘を受けていたのは言うまでもない。


「セレーネッ!」


 何事かと視線を落とすと、二つの影の真下にアストレアがいるのが見えた。


 声音からして本気でセレーネのことを心配しているようだが、空中戦に手出しできない自分たち剣士は、あちらの相手をしている場合ではない、と燐子は釈然としない想いを抱く。


「たわけ、私たちはコイツの相手だろうが…」と、燐子は体を四本脚のドラゴンのほうへ向けた。


 流れるような動作で太刀を抜き、天を穿つように八双に構える。抜き放ったのは黒の太刀だ。


 市民を追い回していた怪物は、鞘滑りの音を聞き、燐子のほうを首だけ向けて確認した。ぎょろり、と赤い瞳がこちらを捉えたのが分かり、興奮で鳥肌が立つ。


 ジャケットの袖で、右目あたりを拭う。ようやく血が止まったらしい。おそらくは、流星痕の力だろう。我ながら、便利な体だ。


(この力が、興を削がぬと良いが…)


 そんな不謹慎なことを考えつつ、燐子は、骨が剥き出しになったような相貌のドラゴンと対峙した。


 一人で仕留められるだろうか、と思案していた燐子の耳に、ミルフィの大きな声が響いた。


「燐子!私も手伝うわ!」


 そう言って、自分の斜め後ろ辺りにまで移動してきたミルフィは、素早く背負った大弓を構えると、矢を番える準備をした。


 巻き上げる火炎と風が、ミルフィの腰に巻かれたマントを揺らした。その拍子に見え隠れする白い太腿が、炎に照らされ艶かしい輝きを放つ。


「使用人たちは大丈夫なのか」ちらり、と横目だけでミルフィに問う。「ええ、本職の方々に任せて来たわ」


 確認すると、どうやら生き残った兵士が市民たちを誘導しているようだった。城内に消えていく様子から、中はまだ安全らしい。


「ふ、獲物がでかすぎるとは言え、お前の本職は猟師だからな」

「そういうこと。ついでに、命知らずな相棒のお世話係もね」


 皮肉に皮肉で返されて、燐子は苦笑いを浮かべた。だが、今が命のやり取りの最中であることを思い出すと、真面目腐った顔になった。


「ミルフィ。今、少し右側が見えない。援護を頼めるか」


 それを聞いて、ミルフィは不安そうに顔を曇らせた。しかし、すぐに決心した様子で頷くと、「任せて。できるだけ、右側からは反撃させないようにするから」と応えた。


 そうとなれば、もう心配することはない。


「参るぞ、ミルフィ!」

「ええ!いつでもいいわ!」


 相棒の返事を合図にして、八双に構えたまま燐子は前進した。


 骨と鱗の鎧をまとう怪物目掛け、地を蹴る。

 一度目の戦闘で、まともに斬り合っても勝ち目はないことは学習している。


(敵は一体ではない。速やかに決着をつける)


 見えづらい右側を壁にした状態で接近すると、ドラゴンは挨拶代わりに尻尾を薙ぎ払ってきた。


 若干、死角に入りかけた攻撃ではあったが、冷静に軌道を予測し、しゃがんで避ける。


 真上を凄い勢いで通り抜けていく尻尾の影を見送った後、背後に回り込み、鱗の継ぎ目に狙いを付けて突きを繰り出す。


 ほんのわずかに剣先が沈み込むも、やはり、傷という傷にはならない。


「燐子、離れて!」


 ミルフィの呼び声に反応し、慌てて後退する。すると、鈍い音と共にドラゴンが悲鳴を上げるのが聞こえた。


 様子を確認すると、ミルフィの放った矢がドラゴンの肩口に深々と突き刺さっているのが見えた。


 あの甲殻と鱗を貫くのか、と驚愕していると、ドラゴンが大きく息を吸い込み始めた。


「いかん、ミルフィ、火炎が来るぞ!」

「え、え?」悠長に動きを止めているミルフィに命じながら、肉薄する。「ドラゴンの直線状に立つな!丸焦げになるぞ!」


 ドラゴンが炎の混じった吐息を放射するのと同時に、ミルフィが横に倒れ込む。


 目の前を過ぎる火炎を唖然とした表情で見送った彼女は、青ざめた様子でこちらを向き、何故か怒鳴った。


「そういうのは先に言いなさいよ!馬鹿燐子っ!」


 遠く、耳の奥で自分を咎める声を聞きつつ、燐子はミルフィの放った矢に近付いた。


 炎を吐き終えて満足げな様子のドラゴンだったが、突き立てられた矢を何の前触れもなく引っこ抜かれ、張り裂けんばかりの悲鳴を上げた。


 元は人間だ、と聞くと、どことなく女性の悲鳴のようにも聞こえる。哀れだが、だからといって容赦はしない。


 ドラゴンの体が動き出す直前に、矢傷目掛け、脇差を逆手に持ち直してから突き刺す。


 相手が痛みで身をよじったため、距離を離さざるを得なくなる。悲鳴のわりに、まだまだ元気そうだ。


(む、これでは埒が明かん。ミルフィが燃やされでもしたら大事だ)


 素早く後退し、ミルフィに声をかける。


「ミルフィ、トカゲのときのアレをやる!」

「え、はぁ!?」番えていた矢を下ろしながら、ミルフィが叫ぶ。「ちょっと、アレは嫌よ!また燐子が危ない目に――」


「違う、今度は逆だ」

「逆?」


「そうだ。私が囮になる。お前は火炎が吐かれる隙に、ドラゴンの口内へ一矢打ち込め」

「あー…なるほどね。ふふ、随分と簡単に言ってくれるじゃない?」


「出来ぬのか?」燐子が心底不思議そうに尋ねると、ミルフィはどこか自信満々な顔で、「なわけないでしょ。見てなさいよ、燐子」


 そう言うと、彼女は宵闇に紛れるように後退した。さすがは猟師、気配を消すのが上手だ。


 ドラゴンは、一度だけミルフィが消えた方向を見たが、特段気にする素振りはなく、再び燐子と相対した。


 そこから先は、息つく暇もない、あっという間の出来事だった。


 急接近した燐子が、二度、三度、ドラゴンの顔面目掛けて太刀を抜き放った。かと思うと、相手の牙が触れるよりも先に、鮮やかな動作で後退する。


 それを何度か繰り返しているうちに、痺れを切らしたドラゴンは、大きく息を吸った。


 ミルフィが潜んでいる位置が狙われないよう移動する。吐き出されたブレスを軽く躱すと、相手は忌々しそうに燐子を睨んだ。


「どうした、私の髪の毛一本燃やすことも出来んのか」


 言葉が理解できるかは分からないが、気づけばそう挑発していた。


 燐子の言葉に応えるかのように、ドラゴンが大きく息を吸った。今度はより強い炎を吐き出そうとしたのか、一度目よりも口を大きく開け、息を吸う時間も長かった。


 その隙を、ミルフィの矢が的確に狙った。

 後方より飛んできた矢が、鈍い音を奏で、ドラゴンの口腔奥深くまで飛び込む。


 呼吸ができなくなったのか、苦しそうに喘ぐドラゴン。息の根を止めてやるべきかと迷っていると、すぐに第二の矢が放たれ、ぱくぱくしていた口内に飛び込んでいった。


 怪物が次第に動かなくなっていく様を見届けると、燐子は素早く体を反転させた。


 影から出てきたミルフィが、こちらに嬉しそうな視線を送ってきているものの、今はそれどころではない。


「ご苦労だった、ミルフィ。だが、喜んでいる暇はないぞ」


 足早に王女たちがいた方向へと駆け出す燐子。その背中を不服そうに睨むミルフィは、大弓を折りたたみながら、唇を尖らせながら言った。


「ご苦労って…、私はアンタの部下じゃないっつーの!」

三部は、GW期間中に投稿が終わると思われます。


お暇な時間にでも、ご覧頂けると嬉しいです!


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みなさんいつもありがとうございます!

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