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竜星の流れ人  作者: null
三部 六章 銀閃のアストレア
116/187

守りたいもの

すでに三部も、折り返しになっております。


日々コツコツとアップしているつもりですが、

絶えずご覧になって頂いている方もいるようで、

恐縮と喜びの狭間にいます…。


今後とも、暇つぶしがてらにお読み頂けると幸いです。

 その夜、小ぢんまりとはしていたが王女の私室で祝勝会が行われた。肝心の決勝戦が終わっていないので、別に豪勢な食事ではなかったが、ミルフィの誘いで参加した給仕役の少女たちのおかげで、随分とにぎやかなものになっていた。


 まだ明日の一戦が残っているのに呑気なものだ、と思ったものの、それを口にするのは憚られた。昔の自分ならそう告げて自室に戻ったかもしれないが、今はこの平穏を壊したくない自分がいた。


 明日の試合は夕刻前からなので、十分睡眠を取る時間もある。食事をしっかりと行い、エネルギーを補充しておくことも大切だろう。


 燐子はそわそわとしているローザへと視線をやった。給仕役よりも緊張した様子の彼女は、珍しく椅子に座っていた。座らされたといったほうが的確か。何箇所も包帯を巻いているが、頭部のものが一番目立つし痛々しい。


 怪我人なのだから座るようにとセレーネが強く言ったことで、やっと彼女は給仕役たちにその役目を譲ったのだ。


 よく分からないスープを口に運びながら、ミルフィと楽しそうに話しているルルたちを見つめる。

 何も考えていない様子ではしゃぐララ、それをやんわりと咎めるルル。


 王女の私室ということで始めは緊張していた彼女らも、セレーネが気さくに話しかけているうちに遠慮がなくなってきた。


 自然な笑顔を振りまく少女たちとミルフィを、ローザが呆れたように諌めている。どこまでいっても真面目な人間だ。


 そんな彼女たちをさらに遠巻きに見つめ、窓際で腕を組んでいた燐子のところに、可憐な微笑をたたえたセレーネが近づいてくる。


「皆さん、元気ですね」そういう彼女は少し疲れた様子だった。「ええ、子どもらしくて良いかと」


「ミルフィさんもいるのに?」

「あいつも子どもと変わらないのですよ」

「そうでしょうか?」含みのある笑みを口元に忍ばせて、彼女は続ける。「意外に大人だと思いますよ。とても優しく、自分にとって何が大事なのかをきちんと定めている方」


 セレーネが何を言いたいのか察して、燐子は答える。


「そうですね…ミルフィには命を賭すほど愛せる故郷がある。家族も」


 窓の外に視線を投げる。美しい庭園は青白い月光に照らされて、幻想的に輝いていた。元の世界では目にすることができなかった光景だ。日の本とは庭園の設計思想が土台から違うように感じる。


 それから、月を見上げた。半月とも三日月とも言い難い形をしている。どちらにも属せないその姿に、不思議と親近感を覚える。


 こうして日々を過ごせば、私は異世界人になるのだろうか?

 だとしたら、元の私は何処へ行く?


 …消えてなくなるのだろうか。


 侍としての生き様こそが全てで、仕えるべき主君が死した今、腹を切ることこそが残された責務だと考えていた自分は…何処へ。


「もう、私にはないものです」郷愁的な気分に浸りながら、ぼそりと呟きを漏らす。意図して出たものではなかったので、自分でも驚く。


 口にしてから、しまったと思った。隣にはセレーネがいるのに、弱音じみたものを吐いてしまった。予想通り、彼女は目を丸くしている。


「何でもありません。聞かなかったことにしてください」


 セレーネは月の光を浴びて儚げに微笑むと、小声で「嫌です」と告げた。


「…王女。私は冗談で言っているわけでは…」

「私には愛すべき故郷があります。愛すべき国民も…ただ、愛すべき家族はいません」


 その憂いを帯びた横顔を見つめながら、燐子は目を逸らした。構わず、セレーネは続ける。


「権力とは、時に人の陰の部分を引きずり出します。目を逸らしたくても、逃げられない」

「…ええ、誰かを支配する力というものの輝きは、血の繋がりを大事に思うことよりも、我々の本能に染み付いているのかもしれません」

「燐子さんのいたところでも、同じように?」


 その蚊の鳴くような声の問いかけに軽く頷く。ただし、目線は窓の外に向けたままだ。


「私は、兄妹と父を殺しています」


 自分自身が権力の放つ光に魅せられたというわけではないが、事実は事実だ。


 セレーネはまた目を大きく見開き、何かを口にしようと口を何度か開閉していたのだが、結局は諦めたように深く俯いた。


「どうして…」


 それは問いかけではなく、独り言のように聞こえた。だが、それに答えられるのは自分だけの気がした。


「どうしてなのでしょうか…自分でも、今となっては分からない。誇りを守るためだったような気がしますが。果たして、本当に斬らねばならなかったのか…こちらに来てからというものの、考えさせられることばかりです」


「そう、ですか…。いえ、考えるということは良いことです。それをしなければ、人は止まってしまいますから」


 ふわりとセレーネが微笑む。慰めているのかと思ったが、彼女の苦しそうな微笑みを見て、そうではないことを悟った。セレーネも同じように、自問自答を繰り返しているのだろう。


「王女も何か考え事を?」

「ええ、まあ。こう見えても王女ですから。考えることは山程ありますよ」


 両手を頬の横で重ねて、満面の笑みを浮かべる。明らかな作り笑いだ。話をはぐらかそうとする芝居がかった動作に、一瞬踏み込むべきか迷ったが、黙って見過ごすわけにもいかず、燐子は尋ねる。


「ヘリオスを降参させたライキンスの動き。あれが私には解せません」


 念のため周りに聞こえていないか、テーブルのほうを確認する。ルルとララ、ミルフィたちが騒がしくしてくれているおかげで、ローザの注意もこちらには向いていない。


 普段のドレスではなく寝間着なのか、生地の薄い衣服に身を包んでいたセレーネは、その端を指で摘み上げるとこちらをじっと見据えた。とても上品な仕草だったが、何の意味があるのかは分からない。


 少なくとも、自分から話を切り出すつもりはないようなので、こちらから言葉を続ける。


「まだあいつはやれました。勝ち筋は薄かったでしょうが、絶対ではない。それでもライキンスはヘリオスを退かせた…。竜王祭から脱落してしまえば、もう可能性はゼロなのに…一体、どうしてでしょうか?」


「分かりません。ライキンスが権力を我が手にしようとしている、というのが私たちの妄想だったのか…あるいは」


 そこで言葉を区切り、セレーネは燐子を上目遣いで見上げた。媚びるような視線ではなく、示し合わせるような感じである。


「まだ何か策がある、ということですね」

「全ては憶測に過ぎません。ですが、そうだとすれば、あの場で燐子さんと兄様を戦わせるよりも勝算のあるものだということです」

「そうなるでしょうね。王女、あのアストレアという男はどうなのですか。彼もライキンスの一味である可能性は?」


 王女は燐子の言葉に力なく首を振った。その口元に浮かんでいた自嘲気味な微笑みがどうにも気になる。


「ありえません。あの男は、そういう類の人間ではないのです」

「…というと?」

「お兄様は、権力などに一ミリの興味もないでしょう。そもそも竜王祭に戻ってきたこと自体が驚きなのです。王になどなるつもりはないくせに、本当に、一体、どうして…」


 セレーネの熱の込められた言い方に、燐子は違和感を覚えた。


 彼女がヘリオスについて触れる際は、ほとんどの場合が呆れに満ちた発言が多い。その一方で、第一王子アストレアに関しては、とても生の感情を剥き出しにする。呆れなどとは程遠い、複雑な感情が入り混じった声音だ。


 アストレアについては、彼女が隠している自分を抑えきれていないように思える。


 燐子は「失礼ですが」という前置きをして、セレーネにそれを遠回しに尋ねた。「王女は、アストレア王子と何か確執があるのですか」


「え?」ときょとんとした顔で彼女は応じる。「いえ、王女の彼に対する言葉だけが、何故だかとても感情的に思えて…」


「え、あ、ああ…」


 視線を一度だけこちらに向けたセレーネは、燐子と目が合うや否や、さっと背けて月を見上げるフリをした。セレーネの横顔は、何かを迷っているように感じられる。


 それからセレーネは窓の縁に手を乗せると、半身で燐子を振り返った。


「気になりますか?」

「それは、まあ…そうですね」

「他言しないと約束できますか?」


 別にそこまで知りたいというわけでもないのだが、これだけ入念に確認を取られると、かえって気になってくる。


「分かりました」頷き、セレーネに向き直る。彼女も頷き返すと、耳を貸すように手招きして伝えた。それに従い耳を寄せる。


 花のように上品な香りがする。ふと、母を思い出した気がするが、そもそも自分には母との思い出などまともに存在しないことに気付き、頭の中から感傷を追い出した。


「あの男は、私の大事な人を殺めたのです」

「大事な人?」


 反射的に顔をセレーネに向けて尋ねる。その拍子に彼女との距離がほとんどゼロに等しいことに気付いて、気恥ずかしくなった。


(…顔が熱い)


 燐子が目を逸らし、一歩下がろうとしていたところ、セレーネが燐子の服の裾を掴みそれを拒んだ。


「ええ、私が唯一、愛した家族」

「セレーネ王女が…?」


 近づきすぎた距離も忘れ、それが一体誰なのかを質問しようとしたとき、テーブルで騒いでいた一団のほうから大きな声が聞こえた。


「あぁ!燐子様、何をしているんですか!」


 部屋中に響き渡る声に、思わず肩が跳ねる。周囲の注意もこちらに注がれ、室内にいる全ての人間が燐子たちのほうを振り返っていた。


「何だ、急に。人を指差すな。無礼だぞ」


 眉間に皺を寄せて、人差し指を真っすぐこちらに向けているララを注意するも、彼女はそのままの状態でハキハキと滑舌良く言う。


「何って、駄目じゃないですか!ミルフィ様というものがありながら、王女様と蜜月だなんて」

「み、みつ…」


 この少女は、蜜月の意味が分かって口にしているのだろうか。とてもそうとは思えない。一介の世話人が王女に対して言っていい言葉ではないからだ。


 頬を膨らませているララを、ルルが顔を赤らめて注意する。どうやら彼女は蜜月という言葉の意味が分かっているようだ。


 それでもララは、「仲良しっていう意味でしょ?」と小首を傾げ、自分の正当性を主張するばかりである。


 このような些事でセレーネが気分を害するとは思えないが、ローザのほうは分からない。そう思って彼女を見やると、ローザは穏やかな笑みを浮かべているだけであった。


 自分やミルフィが失言したときには、重箱の隅を突くようにして注意する彼女だが、さすがに子どもには弱いと見える。


 セレーネはいつまで経っても平行線の一途を辿るルルとララの話を聞くと、鈴の鳴るような声で言葉を挟んだ。


「まあ、間違いではないでしょう。私と燐子さんは秘密を共有する仲ですから」

「ちょっと…」


 彼女の発言を撤回させようとするも、それよりも素早く他の者が口を出す。ほとんどが非難めいた言葉で、ローザも自分相手には容赦がない。


(どうして、私が責められなければならないのだ…)



 そうこうしているうちに、今度はミルフィが機嫌を損ねるのではないかと不安に思ったが、彼女は一緒になって笑っていた。


 それが何故だか、少しつまらない。普段の彼女らしくないとも思った。

 まあ、今日は彼女も気を張る機会が多く、疲れているのかもしれない。


 こちらを見つめて、「ね?」と同意を求めるセレーネから体を離し、これ以上の誤解を避ける。しかし、それについても、『怪しい』だなどと評される始末である。


「はぁ…。なんとでも言え」と肩を竦めた燐子が、窓のほうへと体の向けたことで、ようやく話題が変わった。


 結局、何か玩具が欲しいだけなのではないか、と心の中で呟いていると、セレーネが燐子と同じように体を反転させて月を見上げた。


 折角、話が逸れたのに、また揶揄されるではないか、と横目で睨みつける燐子に、真面目な口調で彼女は言う。


「守りたいと思います。こういう日々を。下らないことで笑える生活と、人々の心を」


 真剣そのものの口調。その表情はとても柔らかく、慈愛に満ちていた。


「例え、愛すべき家族がいなくとも、自分の中の一番が定まっていなくとも…彼女たち国民のために私ができることは、沢山ありますから」

六章突入です。


今後も、定時には更新しますので、よろしくお願いします。


欲を言うと、少しでも面白いと思って頂けた方は、

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