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竜星の流れ人  作者: null
三部 五章 閉塞
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見えぬ思惑

私が左利きの都合上、燐子も左利きになっていますが、

そのせいで描写がおかしいことがあるかもしれません。


そのときは、こっそり教えて頂けると幸いです…。


それでは、お楽しみ下さい!

 ヘリオスは手元から棍を分離させ、左手一本で接近した燐子のこめかみを狙った。

 油断を誘い、確実な一撃を急所に入れるのは彼の得意とする戦術であった。


 対棒術の基本として、間合いの内側に飛び込むという方法がある。だが、三節棍においてそれは悪手である。


 意識していない角度から攻撃が来る、というのは、よっぽど超人的な反射速度を持っているか、勘が異常に優れていない限りは回避のしようがない。


 もちろん、前者に関して燐子は人並み外れているが、それでも、あくまで人の範疇のレベルである。


 ただ…ヘリオスの予測には誤算が二点あった。


 一つは、彼がすでに見たと思っている身躱し切りは、ローザの見様見真似に過ぎない、言うなれば、紛い物の技だったこと。


 そして、もう一つは――。


 燐子はさらに深く体を屈めた。まるで後ろにも目がついているかのようなタイミングと動きで、ヘリオスの起死回生の一撃をギリギリで躱す。


「おいおい…!」信じられないものを目の当たりにしたかのように、ヘリオスが呟く。


 彼からしてみれば、燐子が勘か何かで回避したように見えただろう。


 腰を低く落とした体勢のまま、燐子は刀を握る手に力を込めながら、ぼそりと声を出す。


「それはもう、見た」


 ヘリオスの二つ目の誤算。それは、奥の手を見たのが自分だけではなかったという点だ。


 彼女は少なくとも二度、懐に飛び込んだ後の奇襲を経験している。


 一度目はローザのとき、そして二度目はつい先程飛び込んだとき。


 研ぎ澄まされた技は、一つだけあればいい。真剣での戦闘において、二度目の勝負は基本的に成立しないからである。

 ただ、仮に二度目が存在するとなれば、相手によっては、もうその技は通用しない。


 何度も同じ術中にはまるのは三流のすることだ。当然、燐子はそれに該当しない。


 勝利を目前にした燐子の頭の中にあったのは、昂揚感や喜びなどではなく、どう刀を振り抜くかという点だった。


 力みすぎては鋭さに欠ける。

 斬るのは人ではなく、空だと思え。

 無理のある体勢から、鋭い一撃が放たれる。

 夕映えする赤白い刀身が、少し早い三日月を虚空に浮かべる。


「斬ッ!」気合と共に、一閃が煌めいた。


 誰もがその軌跡を目で追った後、ヘリオスが後退りながら腹を押さえて膝を着いた。


 ぜいぜいと息を荒げる彼を、半歩下がった位置から見下ろす燐子。


 彼女は周囲の悲鳴と歓声が入り混じった声を聞きながら、どこかその声に辟易とした心持ちになっていた。


 どうにも耳障りだ。観衆に囲まれての一騎討ちぐらい、何度も経験してきた。だというのに、何かがそのときとは違った。一体何が違うのだろうと考えていた燐子は、ふと、ある一点に思い当たった。


(そうか、彼らにとって、戦いとは見世物なのだ…。一騎討ちを囲む兵士たちのように、自分が生き死にに関わっているわけではない。あくまでも、膜一枚隔てた先の見世物としてこの戦いを楽しんでいる)


 燐子は鼻を鳴らして、観衆たちを睥睨した。


(一体、奴らに何が分かるというのか。命の一欠片も燃やすことができないくせに、そうして生きる者たちの一体何が…)


 観衆に目を移していた燐子の視界に、よろめきながら立ち上がるヘリオスが映った。致命傷には至らなかったらしい。


 装甲を隔てているとはいえ、脇腹にもろに左薙ぎを受けたためか、斬られた箇所からは薄っすらと血が滴っている。


「良かったな、胴体は繋がっているぞ」

「お前…本当に、何なんだよ」剣撃を受けた際に口の中を切ったのか、口の端からも赤い血が垂れている。「何で、邪魔するんだよ…余所者のくせに」


 その気迫が削がれていない眼差しと、棍を握る腕に込められた力強さから鑑みるに、彼はまだ戦うつもりらしい。


 雌雄は決した、と言いたいところだったが、どうやらそう判断するには早計のようだ。


 刀を構え、真っすぐヘリオスを見据える。


「確かに私は余所者だ。この国がどうなろうと知ったことではない」

「だったらよぉ!」

「だが」眉間に皺を寄せ、怒鳴りつける彼の言葉を遮る。「王女には借りがある。それに私の相棒は、この国の行く末をお前らに任せるのは嫌らしい」


 それを耳にして、ぽかんと口を開けたヘリオスは、突然乾いた笑いを上げたかと思うと、歯を食いしばりながら三節棍を力強く構えた。


「ミルフィちゃんを怒らせたのが…間違っていたのかもな」


 馴れ馴れしい口調で彼女の名を呼ばれ、無意識的に眼尻が吊り上がる。


「気安くミルフィの名を呼ぶな」

「何だよ、お前のもんでもないだろ?」こちらの感情をかき乱せたのが嬉しいのか、久しぶりに余裕のある笑みが彼に戻ってくる。「そんなに怒るなよ、嫉妬は格好悪いぜ」


「黙れ。あれは、私のものだ」

「へぇ?」


 こちらを煽るような歪な笑みだ。からかわれていることは分かっているのに、相棒のこととなると途端に冷静ではいられなくなる。


 幸い、ミルフィが会場にいたとしてもこの歓声だ、聞こえてはいないだろう。


 一度舌打ちをして、心を落ち着かせるために深く呼吸を行う。その間もにやけ面で自分を見ているヘリオスが鬱陶しくて仕方ない。


「妙な誤解をするな。私の相棒、ということだ」


 今更取り繕うように言葉を口にしたところで、誤魔化すことはできそうにもない。ヘリオスは、先程まで激情に塗れていた男とは思えないほど愉快そうに笑っていた。


 だが、燐子にとってその笑みは、不愉快極まりないものだった。というよりかは、恥ずかしくてたまらなかったのだ。


「面倒な男だ、斬って黙らせる」

「おいおい、俺はもう黙ってるぜ。お前が勝手に顔を真っ赤にしているだけだろ」

「あ、赤くなってなどいない!」

「へぇ、じゃあ審判に聞いてみろよ。そしたら分かるだろ」とヘリオスが審判のほうを顎で示す。


「ふん、いいだろう!」と鼻息荒く審判のほうを振り向き、強い語調で呼びかけた瞬間だった。


 何かが、勢い良く自分のほうに飛来する。直感的に三節棍を投擲されたのだと察し、ほぼ反射的に刀の柄で弾く。


「ふざけた不意打ちを――」目を細める燐子。「おらぁ!」


 気合の入った声と共に、彼が燐子目掛けて突進してくる。


 どこまでも姑息で鬱陶しい男だ。最後まで諦めない姿勢は高く評価するが、色々と気に入らない。この際、斬って捨てても構わないだろう。丸腰の相手を斬るのは気が引けるが、こいつの場合はやむなしである。


 せめて苦しまないように、一撃で…、と考えていた燐子の頭上から大きな声が響いてきた。


「そこまでと致しましょう」穏やかな声音だ。だが、有無を言わせない感じもある。


 ヘリオスがオブザーバーに推薦したとされるライキンスだが、そのヘリオス自身が苛立ちを隠すことなく怒鳴りつける。


「おい、邪魔すんじゃねえ!」


 ライキンスは、じっ、と優しげな表情のまま怒髪天のヘリオスを見下ろすと、表情そのままの口調で彼を諌めた。


「いけません。一国の王子である貴方が死ぬようなことがあっては、由々しき問題です。この会場におられる国民の方々も、貴方がこれ以上危険な目に遭うことは望んでいませんよ」


「…チッ」唾でも吐き捨てそうな舌打ちだ。「分かった、分かったよ。俺の負けだ。あぁ、そうだ。負けだよ」


 両の掌をこちらに見せつけるように上げた彼は、じろりとライキンスを睨みつけると、燐子の後ろにある通路に向けて歩いてきた。


 置き去りにされるような形となった観衆と審判だったが、ライキンスの指示を受けた審判が高らかに燐子の名を叫んだことで、ワッと拍手喝采が起こった。


 勝ったとはいえど、ちっとも嬉しくない、というのが自分の本音だった。


(まだヘリオスはやれた。なのに…)


 彼がそうしたように、おもむろにライキンスを見上げる。すると、ライキンスもまた私を見つめていた。


 その表情には先程までの穏やかさはまるで見られず、むしろ、冷淡さを感じさせる眼差しであった。


 解せない。奴は何故ヘリオスを止めたのだ。セレーネが言ったようにヘリオス第二王子とライキンスが繋がっていて、権力を欲しているとすれば、せめて最後まで、奇跡的な確率に縋るのではないのか。


 すれ違うような形になったヘリオスを横目で睨む。


「おい、ヘリオス」

「あぁ?ちょっと待てよ、呼び捨てはあんまりだろ」


 ヘリオスの文句は無視し、疑心に満ちた瞳で燐子が問う。


「一体、何を考えている」


 しかし、彼は何も答えず不敵に笑うと、掌をひらひらとさせて、暗闇が伸びた通路の奥の方へと消えていくのだった。

読みづらかったり、もっとこうしたほうが良い、という意見がありましたら、是非お寄せください!


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