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竜星の流れ人  作者: null
三部 五章 閉塞
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閉塞の王子

燐子VSヘリオス戦です。


長物相手の戦闘について、あれこれ綴っている場面がありますが、

全部想像でございます。すみません…。


まあ、フィクションはフィクションで楽しんで頂けると幸いです!


それでは、どうぞ!

 燐子とヘリオスの試合は、夕刻の間に行われた。継承権を決定する最終戦は明日行われるので、今日ここで行われる最後の試合になる。


 だいぶ落ちた夕日は、円形の会場の半分を斜め上から赤々と照らしていた。蒸し暑い時間帯も終わり、ようやく虫の音も聞こえ始める。静かな時が流れる夕夏だった。


 この世界の夏は、日の本の夏と比べるとかなり涼しい。初夏みたいな気温のまま月日が流れるので、いつ真夏らしくなるのかと不思議に思っていたが、どうやらこのまま終わるらしい。


 そんな夏の夕暮れの空を、首の角度を大きくして見上げていると、ようやく向かい側の通路からヘリオスが姿を現した。


 金の短髪を撫でながら、欠伸を噛み殺すこともなく眠そうに歩いてくる。そのわざとらしいのろのろとした歩調に、彼の狡猾さを感じる。


 審判が彼に声をかけ、準備が良いかどうかの確認を取る。ヘリオスはそれに面倒そうな返事をしていたのだが、眼差しは真っすぐ燐子に向けられていた。


 竜王祭の司会進行を任されているらしいライキンスが、やたらと大袈裟にこの試合の価値を大衆に伝えている。いや、この国に住む者たちにとっては大事な一戦なのか。


 国民にとっても、王族にとっても。


 この試合が終わる頃には、セレーネ王女か、ヘリオス第二王子のどちらかの継承権が失われる。もちろん王族としての立場は失わないだろうが、自身の未来が大きく決定づけられてしまうことに変わりはない。


 燐子にとってそれは、他人事であっても、どうでも良いことではなかった。


 重心を片足にかけてこちらを見やるヘリオス。今回は三節棍に布は巻かれていない。


「燐子ちゃん、だったか」彼の声が、初めて聞いたときよりもかなり低いトーンで響く。「そうだが、『ちゃん』は余計だ」


「はぁ、全く、セレーネのとこの代表者はどうしてこうも不敬な連中が多いかね…。仮にも俺は王族だぜ?」


 何を今更と思いながら、片目を閉じて呟く。


「興味がないな」


 その一言にヘリオスの瞳がギラリと光る。侮辱と捉えたのか、口元からは先程までの笑みは消えていた。


「それは…何に対してだ?」

「お前の立場だ」

「へぇ?」


 呆れたように、あるいは厭うように彼が表情を歪める。


「だったらよ、とっとと退場してくれねえか?この試合は誰が真の王になるかを決めるためのもんなんだよ。王族でもねぇ、興味もねぇ、そんな人間はさっさと消えちまえ」


 燐子の態度が相当立腹だったのだろう。ヘリオスは次第にボリュームを上げてそう彼女に吐き捨てた。ライキンスの前口上が長かったため、二人のやり取りは観客の目からかなり目立って見えていた。


 二人の剣呑とした会話に、ライキンスは一瞬喋るのをやめていたが、試合を始めないわけにはいかないと思ったのか、簡単にまとめて、審判に残りの権限を委ねた。


 審判が燐子とヘリオスを見比べながら、試合を始めても構わないかと最後の確認を行う。


「ああ、早く始めようぜ、こいつが出ていかないってんならな」


 無論、燐子にも問題はなかったため、頷いて承諾する。それを確認した審判は息を飲んで後退した。


 試合開始の合図は、とても深い静謐の中で発せられた。旗が振り下ろされる音の何倍も大きな声で、『始め』の声が木霊する。


 強く、風が吹いた。そのせいで、燐子の着慣れないマントコートが激しくたなびく。


 いつもは機動力が落ちるのを懸念して、滅多に着ないマントコートを羽織っているのには、燐子なりのローザへのケジメのつもりだった。


 今の自分は、親衛隊の一人としてここに立っている。ただの日の本の剣士燐子ではない。


 左側に佩いた刀をゆっくりと抜く。夜の月のような真っ白い刀身が夕日を吸い込む。刃紋も出口を求めているかのようにざわざわと蠢いていた。


 一瞬の間の後、どちらからともなく距離を詰める。


 ローザとの戦いを見るに、受けのスタイルを崩さないタイプなのかと思っていたので、燐子は少し意外だった。


 胴を薙ぐように振り払われる棍を刀身で弾く。

 思ったよりも軽い。ということは、これは牽制。

 案の定、二撃目が振り下ろされる。

 刀身を斜めに構え、勢いを殺すことなく受け流す。

 体勢が崩れ、隙が生じた左脇を目掛けて素早く一閃。

 辛うじて棍でカバーされ、直撃には至らない。


 だが、ヘリオスは妙な姿勢で受け止めている形になっているので、構わず刀身を押し付けるように力を込めた。


 二人の距離が縮まった際に、燐子はヘリオスの憎たらしそうな輝きを放つ瞳を覗き込み口を開いた。


「お前は、何も分かっていない」唐突に話しかけられ、彼は苛立たしげに答える。「あぁ?何がだよ!」


「この戦いは、王が誰になるかを決めるものではなく、国の未来を決める戦いではないのか」

「それの…っ、何が違うってんだよ!」

「国とは、王族のような支配者のためにあるのではない。そこに住む民たちのためにあるものだ」


 いくら体勢は有利と言えど、男女の力の差はやはり大きい。次第に押し返され始める。


「知るか、そんなもんッ…!」


 試合開始早々、激しい衝突が起こったことで観客たちは大騒ぎしている。これだけの大歓声だ、自分とヘリオスのやり取りが聞こえることはないだろう。


 だからなのか、ヘリオスは国民のことを軽視するかのような発言を堂々と続けた。その挑発的な笑みには、王族としての高貴さはなく、欲望に憑かれた、ただの男の姿が投影されている。


「俺はただ、自由が欲しい!自分のことくらいは、自分の好きにできる自由がッ!」


 こちらの力が緩んだ一瞬を突かれ、大きく後方に弾き飛ばされる。


 その勢いを利用して何度か後ろに跳躍を繰り返し、仕切り直そうとするが、間髪入れずにヘリオスが踏み込んできたことでやむなく応戦する形になる。


 自分の鳩尾目掛けて伸ばされる棍の先端を体をひねって躱すも、それを予見していたのか、即座にもう一突き繰り出され、あわや直撃といったところでなんとか体を一回転させて回避する。


 その勢いを利用し、横一閃に刀を振るうが、今度は逆に後ろに躱される。


(この腕前…。日頃の態度は、やはりただの仮面か)


 燐子は刀の切っ先を天に掲げて構え直した。その表情にまだ疲弊した様子はないが、緊張しているのか、唇を一舐めするような仕草は見られた。


 想像以上だ。ローザとの立ち合いを見るに、自分に逼迫するような腕前はないと考えていたのだが、外れだったようだ。


 先の試合では、手加減でもしていたのかもしれない。

 ヘリオスは、喜ばしいことに、自分の相手としては十分な技量をこの数十秒で示してくれた。


 自分でも気分が昂揚しているのが簡単に分かった。静かに湧き上がる感情が、普段は無駄口を叩かない燐子の口を軽くする。


「自由か…」じっと彼の動きを観察しつつ、小馬鹿にするように吐き捨てる。「下らんな」


 ヘリオスの余裕のない顔が、みるみるうちに怒りの形相に変貌していく。それを確認していながら、燐子は追い打つように続けた。


「そんなに自由になりたければ、なればいいだろう。全てを捨てて、坊主にでもなれば良い」


 そう口にしながら、この世界に坊主はいるのだろうか、と場違いなことを考える。


 そもそもこちらでは、信仰という信仰に出会ったことがない。竜神教とかいう新興宗教の話は耳にしたが、実物は見ていない。


「お前に何が分かるんだよ、用心棒!俺たち王族は、そう生まれたってだけで…何もかも決められて…!」

「今度は泣き言か」太刀を持つ手を強く握る。「私たちのように、為政者の子として生まれた者には、どんな形であれ果たすべき責務がある」


「あぁ?私たち…?」

「そうした身分の者は、決して飢えて死ぬことも、寒さや暑さで死ぬこともない。恵まれた環境に生まれついているからだ。恵まれて生を受けた者には、その分、成すべきことがあるのではないのか?」


 別に、ヘリオスの考えを改めさせようと思ったわけではない。ただ単純に、同じような立場で生まれついた者として言いたいことを言っただけである。


 相手の苛立ちと動揺が手に取るように分かる。彼はこめかみに青筋を作って、今にも殴りかかってきそうな、殺気立った表情で燐子に言った。


「お前…。一体、何者なんだ」

「…少し喋りすぎたようだ。早く続きを始めよう」


 何か物言いたげなヘリオスに構わず、踏み込む隙を見極める。だが、燐子の平民然としていない発言に、彼の警戒はいっそう深まったようだ。


 弱火で鉄板の上の食材を焼くような、じりじりとした間合いの測り合いが続く。

 歓声が静まる。もちろん、これは嵐の前の静けさだと誰もが分かっていた。


 夕焼けがさらに濃い陰影を会場に作り出している。故郷なら、蜻蛉でも飛んでいそうな夕暮れ時だ。


 血に染まったような光が、雲でも流れてきたのか大きな影に遮られた。

 ヘリオスの警戒心に満ちた視線が、一瞬だけ上を向く。


 こんなときに何故、注意散漫になったのか。緊張が続きすぎて耐えられなくなったのかもしれない。


 とにかく、この好機を逃す理由もない。

 弾かれるようにして、地面を蹴り上げる。

 間合いを詰め、左袈裟斬りを素早く繰り出す。

 ヘリオスの三節棍に防がれる。

 彼が両手で防いだのを確認して、逆袈裟で切り返すがこれも防がれる。

 半歩後退、刺突を狙う。


 しかし、切っ先を引いた直後に棍の根本を振り払われたことで、自然と相手の左側に回り込む形になる。


 再び、袈裟斬りに斬りつける。

 間一髪で回避されるも、刀の先端が彼の肩をわずかに切り裂いた。


(惜しい、もう少し踏み込むべきだったか)


 頭の中を切り替え、振り払われる棍を今度は大きく前進しながら躱し、相手の避ける余地を無くす。


 左から右へ大きく薙ぎ払おうとした刹那、ぞっとする感覚が背筋を這い上がり、ほぼ無意識的にしゃがみ込んだ。


 何かが頭上を勢い良く過ぎる音が聞こえる。目玉だけ動かして、相手が何をしたのか確認する。


 回避したはずの棍が分離していた。いや、そう見えただけだ。どういう仕組みか分からないが、棍の三分の一辺りが折れ曲がり、二連続で振り払ったように感じただけのようだ。


 なるほど、ローザとの戦いで見せた動きはこれに近いものか。実際に受けてみると、想像以上に死角からの攻撃になるようだ。


 途中までは狙い通り進んでいたのだろう。ヘリオスは勢い良く舌を打ち、忌々しそうに声を発する。


「チョロチョロと!」


 三節棍、面白い武具と技だ。だが――。


「上手く誘い込んだつもりか!」


 これは、むしろ好都合。容易く懐に飛び込むことができた。


 後退される前に、刀の根本で当身を行う。

 衝撃を逃がすことができなければ、女の私の力でも相手を怯ませることぐらいは容易い。


「くそっ」苦悶の声がすぐそばから聞こえる。浅かったのか、すぐに反撃の予兆を感じた。


 頑丈な体だ。いや、根性とかいうものだろうか。まあ、どっちだっていい。これで完全に体勢が崩れた。


 一気に詰める。反撃の隙も、息つく暇も与えない。


 燐子の殺気を感じ取ったのか、反撃に転じるのを即座に中止し、ヘリオスは防御の構えを取った。その行動もまた、燐子を喜ばせるに足るものだった。


 互いの間合いが、燐子にとって丁度良いものとなる。

 一体、どれだけ耐えられるのだろうかと、心が踊るのを抑え切れず、口元が緩む。


 短く、息を吸う。

 そして、止める。


 袈裟、返し切り上げ。

 逆袈裟、切り上げ。

 袈裟、横薙ぎ。

 構え直して、渾身の刺突。


 目にも留まらぬ乱れ斬りに、二人の得物の間で幾度も火花が飛び散る。


 閃光の向こうに、生を実感させる、ひりつくような時間があった。


(これだ…、これなのだっ!)


 もはや、驚愕に見開かれたヘリオスの表情も一切目に入らない。燐子の神経は軒並み全て、眼前の敵の防御を切り崩すことに注がれていた。


「く、くそぉっ!」焦ったようなヘリオスの声が聞こえる。


 刺突まで叩き込んだ時点で、一際大きく彼の体勢が崩れた。燐子としては最後の刺突で決める算段だったため、いよいよ彼の実力を認めることになった。


 両手で持った刀を大きく引いて、力を込める。

 力の差があっても、今のヘリオスの不安定な体勢では防げない一閃を用意する。


 躊躇いなく、前に出る。


 苦し紛れに、彼が三節棍を真っすぐ突き出してくるのが見える。あれだけの攻撃を受けた後とは思えない技の冴えだった。


 ギリギリまで、引きつける。


 直撃すれば、大怪我は免れないような強烈な攻撃を前に、燐子は笑った。

 溢れ出るアドレナリンが、相手の攻撃を酷くスローモーションに映す。

 刀の腹で軌道を逸し、棍による一撃を紙一重で潜り抜ける。


 がら空きの脇腹。軽装甲だが鎧も着ているようだから、ここに一撃叩きつけても死にはしないだろう。


 まあ、確約はできない。死んだときは死んだときだ。

 相手も殺す気で来ているのだ、万が一殺されても文句はあるまい。


 燐子が横一文字に刀を一閃する間際、ヘリオスは歪に笑っていた。

 彼はすでに一度見ているのだ。身躱し斬りという技を。

長くなった都合上、一旦ここで区切っていますが、

また明日、いつのも時間に更新しますので、お楽しみ下さいませ!

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