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竜星の流れ人  作者: null
三部 五章 閉塞
112/187

格の差

今回は少し長い内容になってしまっておりますが、

のんびり少しずつ読んでもらえればと思います。


それでは、お楽しみ下さい。

 二人の間に飛び込んだミルフィが、そのうちの片方を連れて会場を後にしたのを見送ってから、燐子は客席から遠ざかった。


 一瞬だけ、ローザのところに行くべきかとも思ったが、それもすぐにやめた。自分にかけられる言葉はないことを知っていたからだ。


 見慣れぬ武器を用いた、豪快な棒術。その中でもトリッキーな駆動を見せる武器の動きには、注意が必要そうだ。


(…なるほど、あれを見せるために、ローザは私によく見ておけと言ったのか)


 自然と会場の外に足を運んでいた燐子は、その外周をぐるりと回りながら、落ち着いて考え事が出来る場所を探していた。


 一分足らずのうちに丁度良い丸太のベンチを見つけ、そこに腰掛けた。そばに植えられているオークの木陰に入るため、外のわりには涼しい。


 余計なことを、と最初に燐子は考えた。


(わざわざ私の真似までして、ヘリオスの動きを見せたかったのか)


 あの棒の変則的な動きには、注意が必要そうだ。特に、見様見真似とはいえ、中々の精度で行われた身躱し斬りの先でローザが受けた一撃は…。


 私は、あれを初見で躱せただろうか。

 もう試しようがない。一度見てしまったのだから。

 真剣勝負において二度目はない。随分と興を削ぐ真似をしてくれたものだ。


 だが…。


 そこまで考えてから、燐子はボロボロになっても、それでもなお立ち上がったローザの姿を思い返した。


 (ああ、分かっている。彼女のあの懸命な戦いは、私のためのものではない。ひとえに、セレーネを王座に就けるためのものだ)


 あれは、忠義だ。

 私が失った、侍たちの強さの源。


 その忠義に応えるぐらいの魂なら、侍ではない私の中にもまだ残っている。というよりも、それができなければ、私はもう日の本の剣士とは名乗れないだろう。


 試合会場になっている建物の外壁は、砦と見紛うほどに高かった。これでは忍びの者でも外から登ることはまず不可能だ。よく出来た構造になっていると思う一方、正面入口で火の手が上がったらどうするつもりなのだろうかと不思議に思えた。


 ぼうっと考え事に集中しているうちに、遠目から自分を見ている一団に気が付く。


 初めはこの親衛隊の服装が物珍しいのだろうと思ったが、よくよく見るとそうではないことが分かった。


 あの給仕服、確か、ミルフィと仲が良い少女たちではなかったか。


 彼女らは少し離れたところで何やら話し合いを始めたようだが、そう間を置かずこちらに向き直ると、真っすぐ歩いて来た。


 以前見かけた少女らが先頭に立って手を振り、燐子に声をかける。


「お、お疲れさまです。燐子様」酷く緊張した様子だ。そんなに怖いか、と聞きたくなるが、ぐっと我慢して答える。「ああ」


 元々いた世界を離れ、異世界の文化にもかなり慣れてきたつもりの燐子だったが、いかんせん、この『お疲れさま』という謎の挨拶には慣れることができずにいた。


 別に疲れていない、と最初のうちは真面目に返していたのだが、ミルフィに注意されて以降、とりあえず相槌だけ打つようにしていた。


 今回も、挨拶ならば、もっと他の言葉があるのではないか…と思いながらの燐子だったが、自分が声を発すると同時に盛り上がりを見せた少女たちに毒気を抜かれて口元が緩んだ。


 郷に入りては何とやらだ、たまには私も合わせて挨拶してもいいかもしれない。


 少女たちは代わる代わる自己紹介をしたのだが、どうにもこの世界の住人の名前は覚えづらく、記憶に残りそうになかった。


 まともに覚えられそうだったのは、会うのが二度目になる先頭の二人だけだ。別に二度目だからではない。彼女らの名前がルル、ララ、と単調で分かりやすかったからだ。


 しっかりとしていそうで、身長が高いほうであるルルが、みんなが自己紹介を終えた段階で口を開いた。ちなみに身長が高いと言っても、160cmはないだろう。あくまで年齢から考えての評価だ。


「あの、燐子様…こんなところにいて、大丈夫なんでしょうか?」

「まだ、第二試合が始まったぐらいだろう?」


 まじまじとルルの顔を見返し尋ねると、彼女は気圧されたように目を逸し、すぐにララのほうへ助けを求めるように寄った。ララも彼女の意図を汲み取ったのか、一歩前に出ると過剰に大きな声で言った。


「いえいえ!それが、もう終わっちゃったらしいんですよぉ」

「何?それは本当か?」まだ、外に出て三十分も経っていないはずだ。


「本当ですよぉ!もう、パパっと、ズババっと!」剣を振っている真似だろうか、両手を忙しなく上下左右に動かしている。「もうね、アッという間でしたぁ!」


 以前会ったときも思ったが、こんなにオーバーな身振り手振りがいるのだろうか。


 言葉だけで十分伝わると思うのだが、それでは物足りないらしい。ララを見て安心したように微笑むルルからして、少女はいつもこうなのだろう。


 だが、ララの言うことが本当ならば、こんなところで道草を食っている場合ではない。試合時刻に間に合わず不戦敗などというのは、日の本の剣士のすることではない。それこそ切腹ものだ。


 順当に行けば、アストレアが試合を制したのだろう。


 急いで立ち上がり、少女らに礼を告げる。燐子の場合、『急いで』というのは動きの一つ一つがより機敏というだけであって、慌てた様子は感じられない所作である。


「すまない、助かった」礼儀正しく、頭を下げる。「いえ、そんな…」


 彼女らに背を向け、入り口のほうへと歩く速度を上げて向かう。

 ガチャガチャ鳴る二刀が、戦いのときを今か今かと待っているようだった。


 そんな燐子の背中に、ルルとララが声を揃えて叫んだ。


「頑張ってください!」


(頑張る…、頑張るとは何をだ?)


 不思議に思いながら振り返ると、少女らが手を掲げて口々に応援の言葉を送ってくれているところだった。


 小さき者たちに背中を押される、というのは久しぶりのことだった。


 日の本にいた頃は、出陣の前に村へ寄る度に民に声援を送られていたものだ。それだけ、父は良い君主だったということだろう。


 君主が立派でなければ、民は苦しみ、国は滅ぶ。

 ヘリオスやアストレアにその資格があるだろうか。

 それに…ライキンス、あの男も何を考えているのか。


 柄にもなく頭を使ってしまっている、と燐子は苦笑を浮かべる。


 それから、そのままの表情で片手を上げると、少女らの声援に応じて短く声を発した。


「ああ」


 きゃあ、とルルとララが手を合わせて黄色い声を出す。他の少女たちも似たようなものだった。


(…面倒だ。考えるのはやめにしよう)


 自分に出来ることは、目の前の相手と真剣に立ち合うことだけなのだから。




 



 偉そうに目の前に立った男が、私のほうを小馬鹿にするような目線で見下ろしてくる。周囲の観客の歓声もいやに耳につくが、この男以上に目障りなものはない。


 既に、幕は上がっている。

 つまり、いつ、いかなるタイミングで斬っても、構わないということだ。


 建物のくぼみとなるリングに、風が強く吹き込んだ。


 舞い上がる砂塵にも目を瞑らず、じっと相手を見据えている燐子。彼女の頭の中には、相手の力量を測ろうしている部分と、この風では、マントコートを着ていたら鬱陶しかっただろうなと考えている部分とが混在していた。


 男が、何かを言っている。

 そもそも、この男は誰だったか。


 記憶を手繰ると、アストレアが連れてきた賊崩れっぽい男だったことを、何となく思い出した。


 繰り返し、繰り返し男が偉そうに口を開いているが、もはや聞く価値もない。


 燐子は残念がるように肩を落とすと、わずかに顔の角度を変え、天空で燃える太陽を見上げた。


 本格的な夏がもうすぐそこまで迫っている。昔の自分なら面倒がっただろうが、今は楽しみで、楽しみで仕方がなかった。なんせ、この世界に来てから季節というものは自分にとって――。


「おい、お嬢ちゃん」


 折角、望郷に浸っていられたというのに、野太く品のない声が燐子を現実に引き戻した。


 ガタイの良い男は下卑た笑みを浮かべたまま大きな剣を肩に担ぐと、燐子の爪先からつむじを、じーっと観察した。


 彼女にはその視線に何となく覚えがあった。

 知性の欠片もない男が、女をただの性の対象として見ているときの目だ。


 瞳だけで、相手の言葉を促す。


「どうしてお嬢ちゃんみたいな可愛い女の子が、こんな物騒な大会に出てるんだぁ?」

「答える義理はない」やはり、聞く価値はなかった。


「おいおい、お前の弱い連れが会場を盛り下げたんだろぉ?あの男も、あっという間に試合を終わらせちまうしよ」


 弱い、という単語が引っかかる。この男がその表現を使ったことが不思議だった。


「それを盛り上げてやろうとしてんじゃねえか、この俺が」

「…どうやってだ」本当に気になって聞き返す。


 男はにやついた笑いを浮かべると、また私の体を舐めるように眺めていたのだが、ややあって、芝居がかった様子で肩を竦めて言った。


「何だか男みたいな体つきで、脱がせても誰も喜ばねえ気もするが…まあ、それはそれで盛り上がるだろぉ」


 男の声がでかすぎて、きっと観客席にいる人間にも聞こえてしまっていたのだろう。何ともいえない沈黙が流れた後、哀れむようなヒソヒソ声と、馬鹿にするような笑いが聞こえてきた。


 男みたいな、という部分が脳内でリフレインする。


(まさか…私の体つきのことか?)


「ん?まさか、お嬢ちゃんじゃなくて、お坊ちゃんだったか?」


 くすくす、という笑い声がよりいっそう大きくなる。


 燐子は、ようやく自分が女として侮辱されていることに気付き、一気に顔が熱くなった。怒りと羞恥によるものだったが、その態度がさらに周囲に笑いの種にされてしまった。


 この空気に耐えられなくなり、燐子は無言のまま抜刀した。抜いたのは黒の太刀のほうだ。


 この太刀は、本場の日本刀に切れ味は遠く及ばないものの、堅牢さは折り紙付きで、魔物の攻撃にも耐えることのできる刀身を持っていた。


 感情のままに刃を振るってはならない。冷静さを欠いて、わずかでも反応が鈍れば勝敗に影響を及ぼす。特に自分の戦い方はその毛色が強い。


「おぉ、おぉ、怖い怖い」


 燐子の迸る殺気にも気付かず、男は両の掌を天に掲げて観客がどよめくのを見て笑っていた。


 太刀をゆっくりと天を突くように構える。身躱し斬りもいらない、と判断した燐子の苛立ちが如実に表れた構えだった。


「さっさと構えろ」相手がまた何か減らず口を叩く前に忠告する。


 しかし、彼はもう一度芝居がかった様子で観客を煽っただけで、ロクに構えようともしなかった。


 本来、構えもしない相手を斬るのは流儀に反するのだが、今回ばかりは別だ。


 こういうとき、日の本には便利な言葉がある。


「斬り捨て御免」


 燐子の尋常ならざる殺気に、ようやく男が顔色を変えた。


 その大きな体を窮屈そうに折り曲げ、前傾姿勢気味に両手で剣を構えるが、どこからどう見ても隙だらけだった。


 互いに構えた時点で、いや、それ以前に見合った時点で、この大きな力量差を感じ取れないのであれば、やはり斬る価値もない。


 数を揃えてくれているのであれば、多少の修練にはなるかもしれないが、何ぶん相手は雑魚一人だ。


 そう、本来であれば…本来であれば、それを踏まえた上で刃を交える相手なのだ。だが、この男は少々侮辱が過ぎた。もちろん、手加減をするつもりがあったわけではないものの、さっさと終わらせてやるつもりではあった。


 一人の剣士として互いを尊重し、全力でぶつかり、嬲るような真似は絶対にしない。

 それが、誇り高き剣士の戦い。


 しかし…。


 燐子は相手の出方を待つことなく、一気に間合いに飛び込んだ。鈍すぎる相手の反応に内心、辟易しながら肉薄する。


 男の驚いた顔には当然興味もなく、太刀を袈裟がけに一振りする。

 慌てて後退する男に再度接近し、振り下ろされる反撃も難なく横に躱す。


 そのまま流れるような足さばきで背後に回り込むと、斬ってくださいと言わんばかりの背中に一太刀浴びせる。


 歓声は聞こえなかった。集中していて聞こえないのか、それとも彼らが固唾を飲んでいるだけなのかは分からなかった。


(まぁ、どちらでも良い。そんなものに左右されるほど、私の剣技はやわではない)


 男は何が起きているのか分かっていない様子で体を反転させると、闇雲に剣を横に薙いだ。当たり前だが、これも当たらない。身をわずかに屈めるだけで容易に回避できる。


 三度目の接近、胴体に一太刀。

 続いて、片手で小太刀も抜いて太腿に一太刀。


 片手で振るうには少し負担のある黒の太刀だったが、この程度の相手であれば隙を晒すうちにも入らない。


 とうとう無様に背を向けたまま走って離れ始めた相手の背中に、もう一度小太刀を軽く振るう。それから、軽やかな足取りで間合いの外に出る。


 男はほとんど無傷であった。息が異常に上がり、青い顔をしていること以外は健康体であると言っても差し支えないだろう。


 いつまでも慣れない二刀流である必要はないと考えた燐子は、小太刀の刃を脇に挟んで、うっすらと付いた血液を拭き取った。それから腰に括り付けた鞘へと静かに納める。


 顔を上げると、男は自分の体に付いた軽い切り傷を見てから、安心したように肩を上下させているところだった。


 その表情には、またわずかな余裕が戻っていたのだが、燐子が発した言葉を耳にして、もう一度蒼白になった。


「五回だ」燐子の凛とした声が場内に響く。「お前はすでに五回、死んでいる」


 呆然とした様子で剣を構えていた男の腕が下がる。そういう動きが素人じみていることに、何故気付かないのか不思議だ。


 燐子は、先程間合いに飛び込んだときよりも、かなり緩やかな速度で男のほうへと足を進めた。それを見て、相手は一歩下がる。無意識的な動きであることが、ありありと分かった。


「怖いか」


 自らの冷淡な声音を耳にして、自分は想像以上に怒っているのだなと認識する。


「その恐怖が、お前の死出の手向けになるだろう」


 呪詛の言葉を紡ぎ、ぴたり、と足を止める。


「六文銭を忘れるなよ。三途の川が渡れないからな」


 そう言うと燐子は、太刀を両手で高く掲げた。最上段の構えだ。


 最も高い打点から振り下ろし、確実に、相手を一刀のもと斬り伏せられるように。


 元々こうした攻撃一辺倒な構えは好きではないし、得意でもない。だが、怯えている相手を威圧する構えとしては最も効果的かもしれない。


 ふと、シュレトールで戦った朱夏の姿が蘇る。彼女も同じ構えだった。しかも、このやり方だけなら、自分などよりかなり練度の高い動きだった。


 朱夏は強かった。そしてあどけなく、純粋で、狂気に満ちていた。

 今でもふと考える、彼女を斬ったことは、本当に正しかったのだろうかと。


 考え事に耽っていた燐子の頭に、男の恐怖に染まった声が響いた。


「ま、待ってくれ、降参だ、降参」


 そう言うと男は呆気なく武器を捨てた。そのことがまたいっそう、燐子を苛立たせた。


 剣士の魂とも言える剣をこうも容易く捨てるとは…。


 もはや、剣士の風上にも置けない。


「知るか、痴れ者め。大人しく斬られろ」


 ルールを理解していないとしか思えない燐子の発言に、慌てて審判が止めに入る。じりじりと相手との間合いを詰めていた燐子は、自分を制止しようとする審判を鬱陶しく感じたが、彼の必死の説得に渋々刀を納めた。


「ふん、運が良かったな」


 無言のままの男を尻目に、燐子がその場を後にしようとすると、突然会場から大きな歓声が巻き起こった。


 一体どうしたのだろうと立ち止まると、その多くが自分を褒め称える言葉だったことに驚いた。


 見回した観客席にはルルとララたちの姿があった。大手を振って喜んでいるのが、ここからでもよく分かる。


『女なのに腕が立つ』とか、『格好良い』とか、普通に褒めているものもあれば、中には、『美人剣士だ』などとからかう声も混ざっていた。


 それでも、不思議と悪い気はしなかった。


 似たような言葉をかけられていたあの頃を自然と思いだして、少しだけ口元が綻ぶ。


 この程度で騒がれるのもおかしな話だとは思いつつも、燐子はついさっきっまでの怒りも忘れ、苦笑いを浮かべたままその場を後にするのだった。

明日も定時の更新を予定しています。


絶えず更新していますので、毎日見る暇などないよ!という方は、

週末にまとめて読んで頂けたらな…なんて考えてしまいます。


時間という対価に見合うだけのクオリティを生み出せるように、日々精進して参ります。


よろしければ、ブックマークや感想、評価など頂けると、励みになります…。

当然、目を通して頂けるだけでも十分ですよ!

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