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竜星の流れ人  作者: null
三部 四章 約束
111/187

制止

今回はやや短くなっております。

さらりと流し読みして下さいな。

 気づいたときにはもう、飛び出していた。これ以上は見ていられなかった。


 日差しが照りつけるリングに飛び込み、ヘリオスとローザの間に両手を広げて割って入ったとき、てっきり、その一撃は自分の脇腹に食い込むものだと思っていた。だが、棍は直前で止まった。


 吹き飛ばされる覚悟をしていたミルフィは、ほっと安堵の息を漏らした後、驚きに目を見開くヘリオスを睨みつけ強い口調で言う。


「もう勝負はついたでしょ」試合の邪魔をしたとも思わないミルフィだ。「馬鹿王子」


 彼はキッと目に力を入れて答える。


「どけよ、ミルフィちゃん。ルールを聞いてなかったのか?降参か、気絶か、死ぬか。それでしかこの試合は終わらねえ」


 ヘリオスの容赦のない言葉に観客が沸き立つ声を聞いて、ミルフィは自分の血液が沸騰するかのような感覚を覚えた。


 どいつもこいつもロクでなしだ。


 人が一方的に傷つけられている姿を見て、興奮するなんて。

 こんなものが、由緒正しき伝統のある竜王祭なのか。


 やっぱり、豊かさを当然のように享受している人間というものは、何か大切なものが欠けているような気がしてならない。


 カランツの村では違った。互いが互いを思いやり、誰かの怪我は自分の怪我のように扱い、誰かの不幸は自分の不幸のように泣いた。


 豊かな文明が人からこうしたものを奪うのであれば、私は豊かさなどいらない。


 ミルフィは肺いっぱいに空気を吸い込んだ。薪割りのために、大きく斧を振り上げるのに似ている。つまりは、何かを叩き壊すための予備動作みたいなものだ。


「いい加減にしなさいよ!」自分でさえ驚くような声量に、周囲が静まり返る。「これが、戦える状態に見えるっての?」


 少し体の位置をずらして、ヘリオスにローザの姿が見えるようにする。ミルフィは彼が一瞬苦い顔をしたのを見逃さなかった。


 大きく肩で息をしながら、剣を支えに何とか立っている。立ってはいるが、視線はもう下を向きっぱなしで、顔を上げるのも難しい様子だった。まさに、気力だけで保っているのだろう。


 露出した部分や、砕けた鎧の隙間から見える肌は内出血で青紫色に染まっており、口元からは赤い血液が垂れている。


 相当深く口の中を切ったのか、雫がぽたぽたとしきりに落ちていた。


 コバルトブルーの髪の隙間から覗く瞳は、今にも倒れそうなほどに朦朧とした様子だった。


 もう一度、問いかけるように彼を睨む。


 すると、ヘリオスはどこか疲弊した様子で息を吐くと、審判に向けて、「もう自分の勝ちでいいだろ」と尋ねた。


 審判も続行は不可能と判断したのだろう、ヘリオスの名を勝者として高らかに告げると、観客たちは拍子抜けしたような拍手を送った。


「盛り下がったちまったな、くそ」

「アンタねぇ…!」


 こちらの話も聞かず、くるりと背を向けたヘリオスは、「さっさとその馬鹿を、医務室に連れて行きな」と告げて暗い通路のほうへと消えていった。


(何だ、やっぱりアンタも心配だったんじゃない。どうしてそう不器用かな…)


 そんなふうに考えたものの、不器用さに関しては人のことを言えたものではないなと思えてきて、何となく頭の後ろをかいた。


 しかし、すぐに背後から、ローザが崩れ落ちる音が聞こえたため、慌てて彼女の元に駆け寄った。


「大丈夫、ローザ?」

「…ごめん」


 普段の彼女らしくない、子どもっぽい言葉だ。それだけ自分を取り繕う余裕がないということなのだろう。


 彼女を仰向けにして、「そんなこと気にしないの」と伝える。


 それから、ヘリオスの言っていたように、さっさとローザを医務室へと運び込むため、彼女の体を両腕で持ち上げた。


 軽くは…ないが、自分の使っている武器に比べたら断然軽い。


 目を丸くして私を見返す彼女の顔をまじまじと観察すると、いたるところに青痣ができていた。


(女の顔に傷が残ったら、どうするつもりなのよ…!あの馬鹿王子)


 改めてヘリオスへの怒りが再燃するも、今はローザを労うことが先決だと考え直し、適切な言葉を探す。


 良く頑張ったね、は違うし…惜しかったね、はもっと違う。


 結局、戦いの内容には触れない言葉しか浮かばなかったので、とにかく気分が明るくなるよう、わざとらしく爽やかな笑顔を作って言葉を発した。


「もう、こんなにボロボロになって…綺麗な顔に傷が残ったらどうするのよ、馬鹿」


 本来、作り笑顔は得意だ。慰めること自体はかなり不得手ではあったものの、何となく上手にできた気がする。


 …馬鹿は余計だったか?


 ミルフィの両腕に抱えられ、通路へと戻っていたローザは、ふっと呆れたような笑顔を浮かべた。


「ミルフィ、お前…実は結構な女たらしだろ」


 息が整いつつあるローザが一体何を言い出したのか分からなかったが、少なくとも、減らず口を叩く余裕は残っているようだと判断し、少しだけほっとする。


 何はともあれ、友が無事で良かった。いや、無事ではないが…まあ、良かった。こちらも身を張って彼女を助けた甲斐があったというものだ。


 満足気な微笑みを湛えていたミルフィに、ローザがまた妙な笑顔を浮かべたまま口を開いた。


「それと…馬鹿力だな」


 …前言撤回。ここに置いていってやろうか。

次回から次の章が始まりますので、これからもお願いします!

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