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竜星の流れ人  作者: null
三部 四章 約束
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蒔かない種

今回は少し短いですが、ミルフィ目線でお送りします。

 馬鹿燐子、とミルフィは心の内で強く吐き捨てた。


 今から一世一代の戦いに出るという人間に、あんなふうな言い方をする必要はないだろう。


 そりゃあ、燐子は小さい頃から傭兵として命懸けで戦ってきたから分からないのだろうが、誰だって戦うのは怖い。


 特に私からすれば、魔物と戦う以上に人と争うのは怖いものだった。


 人を相手にすると、その後ろにあるものを想像してしまう。

 殺した者の家族、恋人、友達…。考え始めると苦しくなることばかりだ。


 だが、『もしも』のことを考えて、何が悪い。

 私だって、そんな無数のもしもを抱えながら、家族を置いて旅に出た。それには多大な勇気を要したのだ。


 もしも、私が帰らなければ…。


 そういう話は、当然、祖父であるドリトンとも行った。


 たまに、年老いた祖父と、まだ幼い弟を置いてでもするべき旅なのか、と自問するときもある。だが、いつだってその答えは返ってこない。少なくとも、私の中の私はそれを持ち合わせていないようであった。


 色んな世界を旅してみたかったから、燐子ともう少し話してみたかったから、そして…。


 ふと脳裏に、幼い頃の家族の様子が浮かび上がった。


 エミリオが生まれたとき、それを飛んで喜んだ父。疲労困憊ながらも、多幸感に満ちた表情だった母…。本当に、幼いながらも素敵な夜だったことを覚えている。


 また会いたいと思った。

 今は亡き、美しき思い出の片鱗に。

 そのためにも、私は世界中を旅する必要がある。


 父の命の灯火が消えた砂漠の戦場に花を添え、私たちを捨てた母の行方を捜すための旅を。


 きっと、楽しいものではないけれど…。そうしなければ、胸の奥にあるわだかまりは消えてくれない。


 ぎゅっと、拳を固く握る。


 そう言う意味では、この竜王祭は私の旅の目的とは全くの無関係ではあった。とはいうものの、王国に住む一人として、他人事ではない。


 そして何より、既に知り合ってしまった友人が、その大事の前に困っていたり、竦んでいたりするのであれば、声をかけるのが人情というものだ。


 試合会場、光差す明るいほうへと歩いていくローザの背中を追う。私がついていけるギリギリの場所まで共に行こう。


「ねぇ、緊張してる?」


 我ながら、もっと気の利いた話題があったのではないかと思えた。


「まあ、多分」

「馬鹿燐子の言うことなんか無視して、ローザらしくしてきなさいよ?」

「…そうだな」


 少し先で、二人の兵士が並んで立っているのが見える。あそこまでしか一緒に進めない。


 もっと、彼女の緊張を取り除く台詞はないだろうか。

 だが、あれこれと悩んでも、良いアイデアは浮かばない。


 もう数メートルでローザの入場が始まるといったところで、不意に兵士たちの向こう側、角から人影が姿を現した。


 逆光を背に、輝く金糸がゆらゆらと陽炎みたいに揺れている。王女だ。


 本来、出場者でもない彼女は下には下りてこず、王族専用の観戦スペースから動かないはずである。


 そんな王女がどうしてここで待っていたのか、分からない私たちではない。それでも、予期せぬ訪れに二人は目を丸くして立ち止まった。


「セレーネ王女…」


 丁度良い、彼女なら、ローザを奮起させるのに最高の一言がかけられるはずだ。


 セレーネは、じっとローザを見つめたまま一歩も動かなかった。口元も固く紡がれたまま緩むことはない。


 驚きが去ったのか、ローザはまた真面目な顔に戻って歩みを進めた。


 段々と、二人の距離が縮まっていく。いつになったら、互いに慣れないこの沈黙を破るのかと思って見守っていると、不意にローザが足を止めた。


 やっと話を始めるようだと思えたのも束の間、従者はぺこりと主君に頭を下げた後、何かに導かれるように真っすぐ試合会場のほうへと向かっていった。


 光の先に消えていくその背中が、ピンと伸び切っているのを見送った後、納得できずに王女の方へと詰め寄る。


「ちょっと、どうして何も言わないんですか」


 両脇に控えた兵士がぎょっとしているのを感じながらも、言葉は留まることなく続いた。


「ローザ、凄く不安そうだったんですよ?貴方が声をかけなくて、誰がかけるんですか!」


 遠慮も敬意も見られないミルフィの発言に、兵士の一人が咎めるように声を発するも、すぐさまセレーネがそれを片手で制した。


「良いのです」そう言うと、くるりとこちらに向き直る。「言葉を用いないほうが伝わるときもあります」


 静かで、抑揚のない声だ。


 今日のために用意されたらしい、煌びやかなブルーのドレスが半分ほど日に当たって眩しく輝いている。


 どこか作り物の美しさを漂わせるドレスの煌めきが、窮屈そうな表情をしているセレーネにぴったりだった。


 決して振り返ろうとしないセレーネと、同じく二度とこちらを振り向かないで歩き続けるローザを見比べる。


 これが、信頼と呼べるのだろうか?

 振り向かず、互いの行く先を心の中だけで想い合うことが?


 私には、そうは思えない。


 口にしない言葉は、いつだって無力だ。

 あってないようなものだと、私は知っている。


 思い詰めたような母にかけられなかった、『大丈夫?』も。

 苦笑いを浮かべて徴兵に応じた父に言えなかった、『行かないで』も。


 蒔かなかった種と同じで、決して実ることはない。


「何なのよ、もう…」


 ぼそりと地面に向けて吐いた言葉は、そのまま石の床に吸い込まれて、静かに消えた。

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