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竜星の流れ人  作者: null
三部 三章 触れる、赤い花びら
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道化師

これより三章が始まります。


物語の主人公とヒロインが、いつまでも喧嘩していては話が進みません。



この章で、二人の関係に変化が訪れますので、

楽しみにお読み頂けると光栄です。


さて、どうなることでしょうか?


 机に向かって手紙を認めていたミルフィは、簡易的な扉がノックされる音で顔を上げた。


 時を刻んでいた時計の短針はもう三時過ぎを指しており、そういえば、お昼ご飯をまだ食べていないなと思い返す。


 一先ず、昼食よりも先に来客の相手をするべきだと、立ち上がる。


 きっと、使用人が何か手伝いを頼みに来たか、話し相手でも探しているのだろう。


 城に仕えているメイドたちは、とても気さくに自分と接してくれた。おそらくは、自分から彼女たちと同じ平民の臭いがするからだろう。


 ここは、生まれ持った血筋というものを意識せずにはいられないほど、格式高いもので溢れかえっていた。自分がこんなところで下働きしたら、アレルギーで死にたくなるだろう。


 自分でも言うのも虚しいが、平民臭さ全開の女が親衛隊に所属しているのだから、彼女らも興味が尽きなくて当然だ。


 その点、この小屋は良かった。目障りな赤いカーテンや絨毯もなく、洒落の利いたティーポットもない。別にそれらが悪いとは言わないが、落ち着かないのだ。


(まあ、落ち着かないって言うんなら…、燐子とのことも、うん、そうなんだけどぉ…)


 気を遣うような燐子の顔を思い出して、ふうっ、と一つため息を吐く。それから、返事をしながらドアの方へと向かう。


 音を立てて開く木の扉の隙間から、予想していた人間とは違う顔が現れて、思わず顔をしかめて戸を閉めた。


 扉の向こうで、締め出された客の喚く声が聞こえて、渋々もう一度少しだけ扉を開ける。


「ちょっと、ちょっと。閉めるのはあんまりだろう?」

「…何の用ですか」最大限無感情な声を意識して呟く。「何の用、ってほどでもないんだけどよぉ」

「そうですか、じゃ」


 相手が全て言い終わる前にもう一度扉を閉めるが、今度は喚くだけではなく、凄い勢いで戸を叩かれたので、諦めて扉を全開にする。


 それで満足したかのように何度も繰り返し頷いていた相手の顔を睨みつけて、腕組みをする。


「はぁ…。何の用ですか。ヘリオス第二王子」


 名前を呼ばれた王子は、軽く笑って見せると、「中に入ってもいいか?」と確認した。


「良いわけありませんよねぇ?庶民の部屋に、王族様を上げられませんもの」

「そう言うなよぉ、な、頼むよ、この通り!」


 王子が必死になって頭を下げたので、仕方がなく中に招き入れる。こんなところを見られたら、どんな噂が立つか分かったものではない。


 セレーネ王女といい、彼といい、王族がこんなにも軽々しく頭を下げて良いものだろうか、と不思議になる。


 余計な誤解は避けたいので、人目に付く前に中へ入れてしまう。


 念のため、入口は開けっ放しにしておく。いくら何でも要らぬ心配とは思うが、彼も男だ。乱暴されないとも限らないので、大声を出したら聞こえるようにはしておいたほうが良いだろう。


 ヘリオスは我が物顔で中へと入って行くと、おもむろに椅子を引いて、ミルフィに座るよう手で促してみせた。


 これで格好つけているつもりなのだろうか。これなら、黙っているだけの燐子のほうがまだ

 格好良い。


 思わず彼女のことを思い出してしまった自分に腹が立ったミルフィは、眉間の皺を濃くしながらも「どうも」と呟いた。


 もう何度目かの、「何の用」を口にすると、ヘリオスは困ったような顔つきになって肩を竦めた。


「つれないねぇ、ミルフィちゃん。そんなに俺が嫌いかな?」

「ええ、嫌いですね」素早く返す。「むしろ、好かれてるかもって思えるなら、顔を洗ってきたほうがいいですよぉ?」


 王族だろうが何だろうが、セクハラ野郎に払う敬意はない。


 ミルフィに冷たく袖にされたヘリオスは、さすがに無駄だと観念したのか、取り繕う様子もなくふてぶてしく机の上に足を上げると、周囲を見渡しながら言った。


「ローザの奴はいないのか」

「え?いませんけど」


 ちらり、と彼のほうを一瞥する。


 ローザの名前を出したヘリオスは、顔合わせのときのような冷酷さを瞳に漲らせていた。


「そうかよ…。ふん」


 やはり、彼はローザとの間に何らかの確執があるようだ。丁度良い機会だと思い、それに関して尋ねる。


「あの、何かローザとあったんですか?」

「何で、って聞くのは馬鹿だよな」


(そりゃ、あんな態度してれば、何かありましたと言いふらしているようなもんでしょうが…)


 彼が何か飲み物はないか、と尋ねたので、そんなものはないし、欲しいなら自分で持って来い、とキッパリと返事をした。


 当然、言葉は一応選んだ。選んだ言葉でも無礼なのは分かっている。


 足を向けられているのが先ほどから気になっていたのだが、真面目な顔をするのと同時に、ようやく足を下ろしたので、一つ不愉快さが消えた。まだまだ数えきれないくらい疎ましい点があるが、今は我慢することに決める。


 彼はしばらく口を閉ざして、部屋の中を見渡していた。とはいっても、大した小物もなければ、彼が注意を寄せるような派手で絢爛なものもない。例えば、ヘリオスがはべらせている女たちみたいな。


 一つ、鼻息を漏らしたことでヘリオスがようやくその気になったことを悟り、姿勢を正して次の言葉を待った。


「アイツは数年前まで俺の従者だった。妹のじゃなくてな」

「へぇ、そうなんですか」


 意外である。セレーネからは、小さい頃から二人は一緒だと聞いた覚えがあるのだが。


「どうして、王女の従者に変わったんです?」


 当然気になるであろうことを質問すると、彼はバツが悪そうに口と眉を歪めた。そして、誤魔化すように笑う。


「さあ?何でか捨てられちゃったんだよぉ。可哀そうだろう?」

「…どうせ何かしたんでしょ」あまりに嘘臭い発言に呆れて、敬語も抜ける。「そ、そんなことねぇよ」


 夏のじっとりとした夕方前の空気が、小屋の中に忍び寄り、じんわりと服の下に汗をかいていた。


 自分の太腿のことを鬱陶しいぐらい褒め称えたくせに、まるで見ようともしない彼の様子に、ちょっとだけ違和感を覚える。だが、よくよく考えればそれが普通である。


 じっ、と無遠慮に見つめて来る人間が近くにいるせいで、少し感覚がズレ始めているようだ。


 ヘリオスは黙ったままのミルフィの態度を、疑心によるものだと勘違いしたようで、勝手に観念したように声を大きくして言った。


「はいはい!尻ぐらいは触ったよ!」


 両手の掌を後頭部に重ねたヘリオスは、何故か偉そうにふんぞり返っている。自分が抱いていた王族像とマッチする姿に安心すると同時に、嫌悪を感じて舌を鳴らす。


「チッ、最っ低」

「いいだろ、減るもんじゃあるまいし」

「アンタねぇ、そんなのただの逆恨みじゃない。自業自得よ」


 むしろ殺されなくて良かった、と喜ぶべきなのではないか。


「これでも良くしてやってたんだぜ?花束を贈ってた時期が懐かしくて、寒気がするぐらいな」


「好きだったの?」口にした後、しまったと思った。さすがに軽々しく踏み込み過ぎたか。

「あ?」と案の定、不機嫌そうに顔をしかめた。


 こういう、女性にモテると自己評価している人間は、自分がフラれたのだと認めるのを避けたがるものだ。


 面倒なことになるかもしれない、と身構えていたミルフィだったが、予想外にもヘリオスは感情を荒立てることもなく、ただ静かに窓の外を見つめて言った。


「別にそんなんじゃねぇよ。任務じゃ相棒だったけどな」


 相棒、という単語に否が応でも燐子の顔がちらつく。


 その幻影を、目を強く瞑ってかき消し、気持ちを切り替えるために呆れたような口調を意識する。


「じゃあ、どうしてお尻なんて触るのよ」


 馬鹿なんじゃない、という言葉は何とか飲み込んだ。


「そりゃあ、触るだろう」

「馬鹿じゃない、触らないわよ」


 数秒前の努力が水泡に帰す。しかし、彼は特段気分を害する様子もなく、笑って続けた。


「見た目だけはイイ女だからな、あいつ」


 やっぱり好きなんじゃない、という言葉は今度こそしっかりと抑え込む。それを口にするのは野暮というものだ。


 悪い奴ではないのかもしれない、と段々と彼に対する評価が地の底から浮き上がってきたところで、ヘリオスがじっとこちらの目を見つめてきた。


 ろくでもないことを言おうとしているなと、正面から見つめ返していると、「ミルフィちゃんも、イイ女だぜ」と案の定、戯言を吐き捨てられた。


「はいはい、下心が見え見えなのよ」


 そう軽く笑い飛ばすと、途端にヘリオスが真面目腐った表情に戻って立ち上がった。それから伸びをした後、くるりと背中を向けた。


 結局、何のために来たのだろうか、と首を傾げてその背中を見守っていると、首だけで振り返った彼が言い残すようにして呟いた。


「ローザに伝えておいてくれ。竜王祭は辞退しろって」

「どうして?」

「悪いが、当たったら手加減してやれねえ。相手が女だろうが、昔の相棒だろうが、俺は徹底的にやる」


 突然、真剣な声と顔つきで脅しつけるように告げた彼を見て、ほんの少しだけ寒気がした。


 その目から、ヘリオスの本気が伝わって来る。

 これは、彼なりの不器用な優しさなのかもしれない。


 しかし、だからといってローザが退くとも思えない。言うだけ無駄な気がしたが、それはお互い様かと肩を竦めた。


「一応伝えておく。無駄だと思うけどね」


 へっ、と笑った王子は思い出したように振り向くと、ミルフィへウインクしてみせる。


「俺が王になったときは、ミルフィちゃんを重用することにするわ」


 平民から大出世できるぜ、と得意げに胸を張る彼に、「期待しとく」と鼻を鳴らしながら答えたミルフィは、外と内の境界を跨いでいたヘリオスの背中に問いかけた。


 今度は、彼女が忘れ物を思い出したような口調だった。


「ねぇ、アンタは何で王になりたいの?面倒くさがりなのに」


 最後の言葉は勝手なイメージから付け足したものだったが、そう的外れな発言ではなかっただろう。


 王子は、隙間風が吹いたかのような笑い声を漏らしたかと思うと、背を向けたまま、先程よりもワントーン低い声色で答えた。


「気に入らねえからだよ。この国が」途端に別人のように呟いた男にミルフィが繰り返す。「気に入らない?」

「ああ、何も自由にならない、この下らない王国がな」


 彼は一歩進み、完全に体を小屋の外に出してから更に続けた。


「だから王になる。なって変える。もっと、俺の自由になる国に。そして、その邪魔をする奴は誰であろうと潰す」


 普段の道化のような口調と表情は、間違いなく仮初の姿なのだと断言できるくらいに、その発言と背中から立ち昇る気炎は禍々しく、暗い炎が燃え滾っていた。


 思わず何も答えられずにいたミルフィに、ヘリオスが妙に明るい声で、「じゃあ、そういうことだから、悪く思うなよ」と告げ小屋から去って行った。


 どう考えたって、セレーネ王女の何倍も自由奔放に生きているようにしか見えなかったヘリオス王子だったが、彼には彼にしか分からないところで、自分には思いも寄らないものに縛られているのかもしれない。

明日も定時の更新を予定しています。


絶えず更新していますので、毎日見る暇などないよ!という方は、

週末にまとめて読んで頂けたらな…なんて考えてしまいます。


時間という対価に見合うだけのクオリティを生み出せるように、日々精進して参ります。


よろしければ、ブックマークや感想、評価など頂けると、励みになります…。

当然、目を通して頂けるだけでも十分ですよ!

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