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竜星の流れ人  作者: null
三部 二章 嘘吐き
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今の私に出来ること

 自嘲するかのように口元を歪めた燐子を、セレーネは真剣な顔で見つめた。


 すると、突然、セレーネは、目の前のティラミスをフォークでサッと一口大にカットし、それから燐子のほうへと差し出した。


 行儀が悪いですよ、と文句を垂れる暇もなく、無理やり口の中に押し込まれる。


 抹茶特有の苦味が口の中いっぱいに広がる。珈琲の味わいともつれ合うように同化していく美味に目を見張った。


「とっても合うでしょう?」

「ええ」

「今度、ミルフィさんも連れてきてあげてください」


 そう言って微笑んだ彼女は、意味ありげにフォークを立ててみせると、「燐子さんには、そういうことだってできるはずですから」と告げた。


 その言葉に、思わずハッとする。


 鉄竜炉の炎が立ち昇るのをミルフィと共に見ていたときの、照れたような、はにかんだ表情が思い起こされる。


 私が知りたいと思った、彼女の心。


 ふっと、燐子が呟く。


「そうですね…そうです」自分に言い聞かせるように繰り返す。


 ――私が、それを忘れてはいけない。


 確かに自分が苦難を退ける術は、きっと、剣術以外は持ち合わせてはいないのだろう。


 だが、それ一本では解決できない問題が今の問題だ。

 そして、それを解決するための方法を学ぶことを、諦めてはいけない。


 それからまた、数分ほど王女と他愛のない話を交わした後、本題に戻った。


「それでは、流星痕の話に戻ります」

「お願いします」


 話が続くあたり、やはり自分への謝罪が一番の目的ではなかったようだ。きっと謝ってしまわなければ、罪悪感で落ち着かなかったのだろう。


 気が付けば、皿の上のティラミスは無くなってしまっていた。

 あまりに呆気なく消えてしまったので、誰かがこっそり自分の代わりに食べてしまったのではないか、と疑いたくなるが、そんな馬鹿な話はない。


「一つ確認なのですが、どのようなときに力を感じますか?」

「どのような、ですか」一瞬、その問いの意味が分からなかった。だが、少し考えればその意味が飲み込める。


(あの力の発動には、ある程度の条件が存在する。そして、効力には個人差がある、ということか)


 自分の場合は、命の危機が迫ったときだと説明した。それだけでは説明がつかないときもあったが、概ね間違ってはいないはずだ。


 それから、事務的に繰り出される彼女の質問を簡潔に返す。


 おそらく、致命傷を防ぐ力と、集中力増加の効果があること。

 今まで発動した回数は二、三回だろうということ。

 発動時には、手の甲が光るということ。


 セレーネは適当な相槌を打ったきり、完全に黙り込んでしまった。


 顔を俯けて考える素振りを取っていた彼女は、おもむろにカップに手を伸ばしたが、すでに中身は空っぽだったため、諦めて、ソーサーの上に空の容器を戻した。


 ややあって、王女が口を開く。


「きっと、完全な戦闘用なのだと思います」

「そうではないものがあるのですか?」燐子が問う。「ええ、というよりも、そのほうが多いかと」


「左様ですか。他にどんな力が?」

「そうですね…例えば、天候を予測することができる力、鉱脈を探り当てられる力、大人しい魔物を使役する力などですね」


 その驚きの能力に、燐子が呆れたような声を上げる。


「まるで奇術師ですね。人間離れしている」


 その感想に物言いたげな視線を送った王女だったが、燐子は気が付かないまま空のカップの底を眺めていた。


「とにかく、戦闘用の流星痕を持っている燐子さんは、かなり戦力的な価値があるのです」

「それは有り難いことですね」とありのままの感想を口にしたのだが、王女は難しい顔をして首を振った。「そうとも限らないのです」


 その反応に首を傾げる。


「何故ですか?剣士として、それ以上無い評価のされかただと思いますが」


 燐子の素朴な疑問に対して、一つ長息を吐き出したセレーネは、話のさわりに触れる前に、「珈琲のおかわりいかがですか?」と確認してきた。


 こちらとしても、少し飲み足りないくらいに感じていたので、願ったり叶ったりだった。


 よくよく考えたら、王女のお金で飲み食いするなんて、ローザが聞いたら、成敗されそうな気がする。


 別室に移動していたらしいモルドを呼び出した彼女は、愛らしい笑顔で二杯目の珈琲をオーダーした。老人も妙な顔一つせず快諾し、すぐさま準備に取り掛かった。


 次の珈琲が来るまでの数分間、また二人は取り留めのない話をしていたのだが、燐子はその傍らで違うことを考えていた。


 そうしてしばらくすると、同じカップに、また茶色の液体が注がれて運ばれてきた。今度は一口目を付ける前から、砂糖とミルクを入れることを忘れない。


 少し熱すぎるくらいの温度の珈琲で口を湿らせると、ここに来てようやく王女が、本題に移った。


「強すぎる力は、時として疎まれ、排斥されます」


 どういう意味だ、と問うより先に彼女が続ける。


「以前、私が、今の王国の権力の在り処は王族には無いのだとお話したこと、覚えておられますか?」


 何となく覚えていたので、素早く頷く。


「それでは、先日の顔合わせのとき、司会を務めていた男のことは覚えておられますか?」

「ああ…はい。あの眼鏡を掛けた優男ですね」その表現が愉快だったのか、かすかに口元を綻ばせる。「まさか、あの男が?」


 燐子の指摘がその綻んだ表情をまた固くさせると、セレーネは忌々しそうに眉間に皺を寄せ深く頷いた。


 部屋の一隅を照らしていた弱い光が、太陽の傾き具合のせいか、ついに完全に消えてしまった。店内はますます薄闇が濃くなる。


「そのまさかです」数秒だけ目を瞑り、燐子が問う。「王族でもないのに、どうしてそのような力を?一体何者なのですか?」


「驚かれると思います。もしかすると、呆れるかもしれませんね」


 そんなことはない、と口にしながらも、彼女にそこまで言わせる人間というのは、一体何者なのだろうかと興味が湧いた。


「それで、何者なのでしょうか?」もう一度問いかけて、その正体を探る。


 王女は意を決し、緊張に満ちた顔つきになると、静かに説明を開始した。


「燐子さんはご存じないと思われますが、最近この国には新興宗教が流行っています」


 思わず顔を上げる。どことなく聞き覚えのある話だったからだ。


 確か、ミルフィがシュレトールまでの道中で話してくれた気がする。まさか、あのとき何となく聞いていた話がここに来て、自分と関わることになろうとは思いもよらなかった。


 話が滞るのを嫌った燐子はあえて黙って、そのまま話の進行を委ねた。


「竜神教――」凪いだ湖の如く、無感情にその単語が呟かれる。「我々人間は、全能の種であるドラゴンを敬服しながら生活するべきだ、という教えを説く宗教団体です」


(これはまた、想像もしていなかった話が出てきたものだ)


 燐子は原型を留めていないティラミスへ視線を落としながら思った。


「それは、危険な思想なのでしょうか」


 自分には分からないので、と前置きした上でそう尋ねるも、セレーネは力なく首を振るだけであった。


「そうではありません」

「では、問題ないのでは?」そう口にした後に、自国のことを思い出して腕組みする。


 危険な思想など、渡来してきた宗教にはなかった。

 信じるものの差はあれども、形のない宗教が語るのは、いつだって善意と救済だった。少なくとも形式上は。


(問題なのは、それを悪用する者のほうだ)


 救いを求めている人間というのは往々にして不安定なもので、追い詰められている場合が多い。そうなると、本当の善意なのか、善意の仮面を被った悪意なのかの見分けがつけられなくなることが多々ある。


「悪用する者がいるのですね」ほぼ断言する形でセレーネに確認する。「それがあの男だと?」


 木枠の窓から入り込んでくる日差しが、セレーネの足元に差し掛かる。建物が密集している通りだからか、日陰が多く、気温がやや低い。


 彼女は両肘をついたまま手を重ねると、その手に額を当てて頷き、重々しい口調で答えた。


「そうなのです。あの男の名前はライキンス。一年ほど前に王都で竜神教を布教し始め、多くの信者を獲得した資産家です」


 ライキンス、と男の顔を思い出しながらその名を脳裏に刻もうとするも、眼鏡以外の記憶が蘇らず断念する。


「資産家ですか?そんな男がどうして…」


 金を持っているだけの男が、どのようにして国の中枢に入り込むほどの力を獲得するに至ったのだろうか。セレーネはその問いに関しては、正確なことは分からないと答えた。


「事の発端は、ヘリオス兄さまが彼をオブザーバーとして招聘したことでした」


 オブザーバー、というものは、後で確認したところ傍聴人のような役割らしい。


 あくまで聞き手であり、その発言に権力があるわけでもないとのことだが…。


「最初のうちは誰もが彼を怪しんでいましたが、第二王子が招聘したということもあって、無下に扱えずにいました」


 王女が続けた説明は、以下のようなものであった。


 彼は新興宗教の教祖でもあり、資産家でもあったため、人心を掌握する術にも長け、疑心を抱く者を黙らせるに足る結果を生み出す力も持っていた。

 それでいて、決して妙な真似はしなかったので、次第に国政に口を出すことを皆が容認、あるいは黙認し始めたとのことである。


 その話を黙って聞いていた燐子は、話の終着点が飲み込めず、口を挟むような形でセレーネに問いかけた。


「それで、何か問題があるのですか?」


 別に国政に口を出されても、それが国をより良い方向へと導くのであればそれで良いのではないか。少なくとも、そのように考えるタイプの執政者だと、燐子はセレーネを評価していた。


 王女がバツの悪そうな顔をして黙り込んだため、もしや大した証拠もなくライキンスを疑っているのだろうかと不審に思った。


 だとすれば、それは王族の傲慢なのではないか。


 世を治めるのが、必ずしも血筋に基盤をおいた制度によるものでなければならないとは、私は思えない。

 実際、日の本では一定数の為政者が低い身分から成り上がるという例もあった。


「最近ライキンスが、王族専用の書庫に入り込んで書物を漁っているとの申し出がありました」

「第二王子が許可しているのでは?」

「おそらくそうでしょう」


 ならば何も問題ないだろう、と口にしかけた燐子に先手を打つように、王女が透き通る声で断言する。


「彼が持ち出した書物が問題です」

「ふむ。その本とは?」


 緊張したように、王女がぺろりと唇を舐めた。その仕草に引きずられるようにして、一度珈琲で喉を潤す。


 それを待っていたらしい王女は、燐子がカップをソーサーに置いたのを確認し、一拍空けてから声を発した。


「人が、ドラゴンを使役しようとしていた時代について書かれた書物です」

ここまでお読み頂き、ありがとうございます。


読んでいて疑問に思った点、もっとこうしたほうが読みやすい、などありましたら

是非、お申し付けください!


評価やブックマーク、感想をくださっている皆さんに力を貰っております。


いつも本当にありがとうございます。


また、そうではない方々も貴重なお時間を使っていただいて、ありがとうございます。

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