STORY of BAR 人生相談マスター
駅前を少し外れたところに、ひっそりと営業しているバーがある。マスターは、悩みを抱えた客に色々とアドバイスをしてくれるらしい。おそらく客から聞いたであろう話は多岐に渡り、ジャンルはバラバラ。しかし、不思議と聞き入ってしまう。
ある日、大学生の男二人がカウンターに座っていた。一方がもう一方に恋の悩みを相談しているようだ。なんでも、相談している男が浮気をされたようだ。彼はその彼女のことを相当好いているようだが、やはり別れるべきだろうかと悩んでいるらしい。
そのとき、グラスを拭いていたマスターが、お節介かもしれませんが、と前置きをして、ある男の話を悩める青年へと語り始めた。
『この話は果たしてハッピーエンドなのでしょうか?』
一人暮らしを始めて、もう5年になる。高校時代から居酒屋でアルバイトをしていたのだが、卒業後も2年ほど、フリーターとして、その居酒屋でアルバイトをしていた。そんなある日アルバイト先の店長から社員にならないかと誘われた。
何も考えずにフリーターをしていた僕は、(フリーターよりは良いだろう)と考えて、その提案に乗ることにした。それを機に一人暮らしを始めたというわけだ。
「へぇ、社員になったんだ。良かったじゃん。」
「まぁね。やっぱりどんな形であれ、社会に出たことに意味があるのかなって思うよ…どうしたの?」
「…ううん。そうやって前を向いてるところカッコいいと思う!」
そう言って、にこりと微笑みかけてくるのはアルバイト時代に付き合ってから、6年経つ彼女の夕子である。彼女は僕の1つ下で、同じ居酒屋で高校時代からバイトをしており、彼女の積極的なアピールにほだされた形で、彼女が高校を卒業するタイミングで付き合った。中学生、高校生くらいの1年は大きな差で、当時は僕がかなり大人に見えたようだ。初めは憧れが恋愛感情に発展したものだったのかもしれない。でも、彼女が大学へと進学した後も、僕のダメなところもわかった上で付き合ってくれる。とても素晴らしい彼女だ。
「そうだ。今度連休が取れたら旅行にでも行かない?久しぶりに休みが取れそうでさ。」
実は、少し前から休まず働き、少しずつお金を貯めていた。僕が働いている居酒屋は、ブラックと言われる地方中小企業が運営している。給料は決して高くない。むしろ薄給。それでも、一生懸命働いていた。
「行こう!どこに行く?土日は休みだから、1ヶ月前に言ってくれれば、休みは合わせられるよ!」
「そしたら、来月末の土日で海沿いの温泉にでも行こうか?予約は任せておいて!」
当然、すでにプランは万全である。浴衣で温泉を巡れて、夜は美味しい懐石料理。そして、その日は花火が上がる。それを見ながら、良い雰囲気に…。やましい気持ちもありつつ、当日までの約1か月の間、僕は浮ついた気持ちを抑えつつ仕事にのめり込んだ。
明日はいよいよ旅行の日。物凄く楽しみにしていた。というのも、もちろん彼女と旅行が楽しみなのは言うまでもない。しかし、それだけではなかった。
正直なところ、仕事でのストレスは相当なものだ。アルバイト時代から継続しており、僕がいないと店が回らないくらいには、大きな役割を担っていると自負している。
そのためか上司が求めるものも大きくなっていた。初めは期待されているのだと感じていたが、最近では都合よく使われているのではないかという疑念が強くなっていた。
(この仕事自体は、かなり好きなんだよな。今来てくれているお客さんにも、懇意にしてくれる人も多いし…。)
しかし、仕事でのプレッシャーと責任は相当なものがあった。それでも、ここまで続けてきたこと。仕事へのプライド。そんな目に見えないものに支えられたお陰で続けてこられた。それに、もちろん夕子とのこともある。二人の未来のためにガムシャラだった。
しかし、どれだけ今の仕事が好きでも辛いことは相応にしてあるものだ。最近では、仲の良かった上司が、プライベートにまで介入してくる。休みの日でも仕事のことで早朝から電話がある。それも熱意や僕に対する善意からだとそう思うようにしていた。そして、これから頑張れば、もっと良くなる。そう信じて、頑張ろうと心に決めていた。そんな感じで、仕事への不安と期待が混在していが、明日の旅行に関しては期待が大きく、不安など1ミリも感じていなかった。
翌日、車で彼女を迎えに行く。彼女が暮らすマンションの下に車を止め、彼女の好きな音楽をかけて、降りてくるのを待つ。そんな自分に酔っていると、彼女が降りてきた。
「お待たせ!ごめん、少し用意に時間がかかっちゃった!」
「大丈夫だよ!では、行きますか!!」
「うん!運転よろしくお願いします。」
そう言って、こちらを向く彼女の顔に心がギュッと締め付けられた。最高のスタートだ。
車の中では、お互いの仕事の愚痴を話したり、共通の友人の近況で笑いあったり、終始穏やかな雰囲気だった。
そうして、宿に着き、チェックインを済ませ、僕らは浴衣に着替えて温泉巡りを楽しんだ。そして、夜。夕食は素晴らしい懐石料理、お酒も入りつつ、空気も仕上がる。そして、花火…!完璧。その一言に尽きた。もちろん、そうすると後は幸せな二人の時間が待っている。浴衣姿の彼女の後ろから抱きつく。そして、キスをする。彼女も、いつものように応えてくれる。後は、布団に入り…。
「ごめん…。今日はそんな気分じゃないんだ…。ちょっと酔っちゃったし!また、今度ね!」
「でも、いつももっと飲んでるのに。」
「うーん。今日、実は少し体調悪かったんだ。ごめんね!それに、それだけが大事なわけじゃないでしょ?」
それはもちろんそうだ。しかし、それでも男である。盛り上がった感情は行き場を失って、そのまま燻って、静かに消えていった。
それから、数ヶ月が経った。特に何事もなく過ぎたが、後から思うと、以前に比べ一夜を共に過ごすことが少なくなっていた。それでも、頻繁にデートを重ね、あの旅行から半年後、僕は彼女にプロポーズをした。彼女は喜んでくれていたと思う。指輪を渡し、晴れて彼女は婚約者となった。そして、同棲生活もスタートして、順風満帆な生活を過ごしていた。
それから、数週間が経った。結婚に向けて準備を進めようとしていたが、なかなか彼女の腰が重い。
「そろそろ、ご両親への挨拶とかしないとね。」
「そうだねー。」
いまいち歯切れが悪い。それでも、多少強引に段取りを進めて、挨拶も済ませた。その頃には婚約から半年が過ぎていた。実は、その間に同棲を始めており、そのため小さな喧嘩が増えた。彼女は割とキチッとした性格で、対照的に僕は何かとだらしの無い性格だった。そのためか小さな喧嘩が増えていた。しかし、それもすぐに仲直りできたいたので、同棲するってこういうことなんだな、とその程度にしか思っていなかった。
ある日、仕事から帰ると、いつもは僕より早く帰っているはずの彼女がまだ帰っていなかった。彼女に電話をする。
「もしもし、まだ帰ってないの?」
「ごめん!連絡忘れてた!今友達と仕事終わり飲んでて…。終電には帰れると思うけど、先に寝てて!ごめんね!」
もともとお酒が好きな方だったので、よく友人と飲みに行っていたのを知っていた。だから、
「わかった。あんまり飲み過ぎないようにね。」
「うん。ごめんね!おやすみ!」
そう言って電話を切った。その夜。夜中に目が覚めた僕はふと隣を見た。そこに彼女の姿はない。電話をかけるが出ない。不安な気持ちになり、何度もかけたが、出なかった。そのまま寝れず結局朝まで起きていた。
早朝。始発電車が動く頃、玄関の方からガチャリと音がする。
「あれ?起きてたの?ごめんね!飲み過ぎてカラオケで寝ちゃってた…。」
「飲みに行くのは別に構わないよ。でも、連絡も無しに朝帰りは無いんじゃない?普通に心配もするよ。」
「ごめんって!飲み過ぎただけだから。もう、眠いから寝るね。おやすみ。」
そう言うと、風呂も入らず寝てしまった。言いたいことはまだまだあったが、言葉にすると、壊れてしまいそうで、それらを飲み込んで、僕も少し寝ることにした。
それから、数日後。また同じように帰宅すると彼女がいない。ガッと体が熱くなり、急ぎ電話をかける。しかし、出ない。メッセージも送るが返答はない。そのまま朝が来た。一睡もできないまま、仕事へ向かい、休憩中に連絡が来ていないかとスマホを見る。すると、彼女からメッセージが来ていた。
『昨日はごめんなさい。少し考えたいので、友人のところに、泊めてもらいます。明日仕事が休みなので、そのときに荷物を取りに帰ります。』
無機質な文章。昨夜とは対照的にサッと体が冷たくなる。
『どうして?ちょっとよく分からない。説明が欲しい。』
そう返したが、
『ごめん、今は考えたい。また連絡します。』
その一点張りだった。
それから数週間が過ぎたある日。彼女から連絡が来て、二人で話したいので、時間をとって欲しいとのことだった。
(別れ話かもしれない。そんなのは嫌だ。)
そう思った僕はインターネットで調べまくった。結果、現状婚約までしていること、双方の親にまで挨拶をしていること。それらを踏まえると婚約破棄だと慰謝料を取れる可能性もあるようだ。そうした「武器」を携えて、話し合いに臨むことにした。
帰宅すると、彼女がソファに座っていた。
「おかえり。お疲れ様。ごめんね。急にこんなことになって…。」
「正直、よく分かってないよ。どういうこと?」
聞くと、やはり結婚に不安があること、まだまだ楽しみたいことがある。だから、結婚はできない。何なら別れたい。そういった内容だった。
僕はそこで、「武器」をチラつかせた。卑怯だと思いつつも、非は向こうにある。そうした正義感がそのときはあったのだと思う。
泣きながら、彼女は、
「もう少しだけ考えさせて。」
そう言って、家を出て行った。
その後、彼女から連絡が来て、僕たちはヨリを戻すこととなった。こんなやり方しかできなかった自分に情けなさと罪悪感を感じつつも、少しの幸せを享受する日々が続いていた。
そんなある日。職場で上司から、
「お前。今のままで良いと思うか?売り上げ見てみろよ。全然変わってないじゃねぇか。俺は期待してたんだよ?本気ってのは寝るまま惜しんで考えて、行動することじゃねぇの?」
そう言われた。今までもただでさえ休みが少ない中、まだまだ足りないと。さすがの僕も反論をした。
「そう言いますけど、今でも十分やっています。考えて、仕事しているつもりです。具体的にどうしたらいいんですか?」
「つもりだからダメなんだよ。具体的にって言うなら指示するから、それでやってみろ。」
その後は地獄だった。仕事の指示が矢のように飛んでくる。そのせいで、手が回らずミスが増え、またそれを指摘される。加えてタチが悪いのは、厳しくしたと思えば、突然飲みに行って、お前には期待しているんだと、笑顔で呟く。それに乗せられて、また頑張るが、ミスは増える一方だった。
そんなときだった。彼女と僕の共通の友人から電話がかかってきた。
「もしもし!夕子ちゃんって今家にいる?」
「いや、今日は友達と飲みに行くって言ってたから、まだ帰ってないよ?どうかした?」
「あー、見間違いかもしれないだけどさ…。今、俺も飲んでて、同じ店に夕子ちゃんっぽい子を見たんだよね。」
「そうなんだ。あんまり飲みすぎるなよって言っといてくれよ。」
そう笑いながら言うと、
「いや、それが男と飲んでんだよね…。」
「え…。」
友人には、また連絡すると言い、すぐ電話を切り、そのまま夕子に電話をかけた。
出ない…。メッセージを送る。すると、僕も知っている彼女の地元の友人の女の子と飲んでいると返事があった。そのメッセージを見て、体がまた熱くなるのと同時に、頭は冷たくなっていた。風邪をひいたようにだるい。その日はそのまま気がつくと眠りについていた。
翌朝、夕子は帰ってきていたようだ。僕が寝ている間に帰ってきて、すぐに仕事に行っていたらしい。その夜、僕は前日のことを問いただした。
「どういうこと?」
「だから、やっぱり一緒には居られないというか…。」
「僕たち婚約してるよね?嫌々だったの?」
「そんなことはない!そのときは良いかなと思ったんだけど、結婚って実感が湧いてくると同時にこのままで良いのかなって怖くなって…。ねえ、やっぱり終わりにしない?」
なるほど、浮かれていたのは僕だけだったわけだ。
「それって、つまり破棄するってことで良いんだよね?それがどういうことか分かってるってことで良い?」
また僕は「武器」を振りかざした。
「結局そうやって、縛り付けるんだね。その時点で破綻してるよ。それで済むなら、それで良いよ。」
その言葉に冷静さを失った僕は言わないでおこうと思ったことを聞いた。
「正直、今まで僕の知らないところで何度も浮気してたんだろ?」
そういうと、夕子は黙った。そして、重い口を開いた。
浮気は婚約前から何度かあったこと。夜の生活についても、浮気をしていた期間は避けていたこと。浮気をしたのも、今のままで良いのかと悩んでいたのが原因だったこと…。
「結局、君は自分のことしか考えていないんだよ。私を楽しませている、幸せにしていると勝手に思い込んで悦に浸ってるんだよ。それに気づいてから耐えられなくなっていったの。」
そういうと、夕子は荷物をまとめて家を出て行った。
それから、数日彼女とは連絡を取っていない。仕事も中途半端で、ただでさえミスも多いのに、さらに大きなミスを犯してしまった。そのせいでお客さんは大激怒。先方の家まで出向き、謝罪するほどの事態となった。もちろん、自分のミスではあるが、上司にも現状の仕事量について、もう限界だと伝えた。すると、
「お前が言い出したことだろ?それで、ミスをしたんだから、ちゃんと先方には謝りに行けよ!」
「もちろん、行きます。でも、ミスが起こった一因に仕事量もあるんです。あと、先方から責任者を連れてこいと言われていて…。
「は?俺は行かないよ?お前が責任者でいいじゃん。」
その言葉を聞いたとき、熱が冷めるのを感じた。
(今回は自分が悪い。けど、ここまで言われて、この職場に固執する理由って何だろう?俺の人生、こんなんで良いのかな?)
そう思ったとき、あぁ辞めてしまおうと、素直に思えた。
「わかりました。一人で謝りに行ってきます。その代わり、辞めます。」
「は?何言ってんの?辞められるわけないじゃん?お前いなかったら、どうするの?他の従業員に迷惑かけるの?」
一緒に働いていた同僚とは、とても上手くいっていた。実際、辞めようと考えたことは全くなかったわけじゃない。それでも、ここで投げ出すと周りに悪いとそう思っていた。上司は僕のそういう性格も理解していたのだと思う。そうやって、引き留めようとした。それが上司の僕に対する「武器」だったのだ。
その後、友人の知恵も借りて、何とか仕事を辞めることができた。また、幸いにも友人のお陰で次の仕事も見つかった。決して、楽ではないが以前に比べると、働きやすい素晴らしい職場だった。
彼女とはもう1ヶ月以上連絡を取っていない。そんなある日の夜、以前の職場の同僚から連絡があった。あれから、同様に辞める人間が多くいたこと。その同僚もその一人だということ。そして、上司のやり方が「武器」を振りかざし、縛り付ける汚いやり方だったという愚痴…。
それらを聞いたとき、ゾッとした。
(あぁ、僕がやったことは彼と同じだったのか。)
振り返れば、旅行だって、自己満足のためだった。あの夜、何もせず寝てしまったのも、浮気をしていたからなのだろうか。それとも、自己満足に浸る僕に嫌気が差していたからなのだろうか。
そして、すぐに夕子へとメッセージを送っていた。
『久しぶり。突然の連絡ごめんなさい。少しずつ話がしたいので時間をとってくれませんか?』
返信が来たが、とても警戒している内容だった。僕は懇々と他意はないこと、ただただ話がしたいことを伝えて、ようやく会う約束を取り付けた。
その週末。僕の家に彼女が来た。外で話すには重い話だったし、誰かに聞かれたくないなと思ったため、無理を言って家に来てもらった。
「お邪魔します。」
(そうか、もう『ただいま』ではないんだな。)
そう思うと切なくなる。
「鍵は開けといていいよ。」
この状況だ。もしかすると、怖いのかもしれない。そう思ったとき、少しでも安心してもらおうと自然と口から出た言葉だった。そして、僕は扉から遠い方へと座る。彼女は扉側に座っていた。
「ごめんね。急に呼び出して。今、僕らがどういう状況かは分かりにくいけど、別に復縁?を迫ろうってつもりはないよ。そんなことを言いたくて呼んだわけじゃないんだ。」
まず、そう伝えた。それを聞いた彼女は、少しホッとしたような、そして少し怪訝そうな顔をした。
そこからのことは、あまり詳しく覚えてはいない。仕事で感じたこと。それらがどれだけ嫌だったか。そして、同じことを彼女に対してしてしまっていたこと。僕は、ゆっくりと言葉を一つ一つ丁寧に並べて話すようにした。実際は、矢継ぎ早だったかもしれない。それすらわからないほどに心と頭が別々に動いていたのだと思う。
彼女は淡々と話を聞いていた。目には涙を浮かべていたと思う。正直、そのときは怖くて彼女の顔を直視できていなかった。そして、彼女は思い口を開いた。
「私も悪いことをしたと思ってる。でも、怖かったの。このままで良いのかって。まだまだ、やりたいことはたくさんあるし、もっと別の道もあるのかなって。そう考えたら、一緒にいるのが辛くなってきて…。」
そう言い終わった彼女は涙を浮かべていた。このときは、間違いなく言い切れる。それくらい、真っ直ぐに顔を見ることができていた。
「そうだね。ごめんね。自分のことしか考えていなかった。もっと考えてあげたら良かった。本当に申し訳ないと思ってる。」
そう言って、あとは今は何をしているだとか、たわいもない報告を雑談を交えながら、話して彼女は帰っていった。
結論から言うと、彼女とはそれきりだ。自然消滅とはこういうことかと今では笑えている。仕事も結婚資金として貯めていたお金を使って、小さな居酒屋を経営している。決して、順風満帆とはいかないが、以前よりは、精神的には軽くなった。それでも、時々ふとよぎることがある。あのとき、食い下がっていたら、何も知らないふりをしていたら…。今彼女はどうしているだろう。
しかし、それも一時のこと。すぐに意識の底へと沈んでいく。今は新しい生活と輝かしいだろう未来のことを考えていたいと思う。
「なんというか…。俺も別れた方が良いってことっすかね?」
ははっ、と自嘲するかのように笑った。
「絶対そうだって!さっきから言ってるじゃん!お前が辛い思いをするだけだって!ねぇ、マスター?」
相談を受けていた友人がマスターへと同調を求めて、問いかける。
「そうですねえ。それも一つの答えです。しかし、私は初めに問いました。『果たして、これはハッピーエンドなのでしょうか?』と。」
その一言で、二人の大学生の心拍数が上がっていく。走り幅跳びの助走のように、そう駆け上がるように。
「いやいや、ちょっと待ってよ。だって、そうでしょ?男もそんな浮気性の女と付き合ってても不幸なだけだし、女も縛られたく無いんだからwin-winじゃん!」
相談に乗っていた大学生が、なぜか言い訳のように必死に言葉にしていた。
「それも一つの真理でしょう。しかし、男は本当に彼女を諦められていたのでしょうか。そして、本当に彼女は束縛が嫌だったのでしょうか?お互いのためなら、なぜもっと話し合わなかったのでしょうか?女は最後まで自分の非を認めていなかったのでは無いですか?『武器』は振るわれてこそではないですか?」
「じゃあ、マスターは俺に別れない方が良いって言うんすか?」
少し涙声で、相談者の大学生が語気を強めて問いかける。
「いえ、あくまで少しでも参考にと思ったまでで、結論を強要しているわけではございません。ただ、この話では、女は真実を隠し、男は虚実に浸っているとも思えます。どのような結末が良いかは、当人が決めることではありますが、心に蓋をしたままではいつかその膿は大きくなり、破裂し、あなたを飲み込むかもしれません。」
「俺には難しい話はわからないっすよ…。」
そう言いながら、ほとんど溶けた氷で味のない酒の入ったグラスを傾けた。