いッ刻モ早くこノ手デ
それから、オースは村も形成し始めた。ただ想像するだけで、どんどん出来上がる。上手くできない所は、とてとてが補助する。
(う~ん、ここにはどんな野菜があったかな。村長んとこは、やたらと育ててたからなぁ。流石に、全部は把握しきれねぇ。豆と芋は確実にあったんだけど……)
家をある程度完成させたオースは、村にあった畑の再現を始めていた。しかし、植えてあったものまで正確に思い出せるはずもない。そういう時は、とてとてだ。
「おい!」
「は~い!」
呼びかけると、家の中からとてとてが飛び出してくる。
「とてとて、ここの畑」
雑に指差して指示すると、とてとては嬉しそうに頷いた。
「わかった! 命令を実行するね。解析……最適なコマンドを実行、兄様の記憶に接続! 類似する記憶みっけ! 補完するね!」
最初は驚いたが、何回か見ると慣れてしまうものだ。1つの作業として眺めていた。
「よろしく」
「完了!」
畑が完成した所で、抱いていた疑問をぶつけてみる。
「にしても、お前のそれはどういう仕組みだ? 違和感なく再現してくれるが、俺はすっかり忘れてるんだぜ。俺の記憶に、本当にそれがあるのか?」
すると、とてとては耳を垂れ下げ、少し困ったように答える。
「う~ん、えっとね……過去にあった記憶にもアクセスできるんだ。今、兄様の所になくても、兄様の記憶としてあったものをボクは知れる……感覚としては、そんな感じなんだ」
「よくわかんねぇが……まぁ、俺の望むようにできるなら問題ねぇ」
「うん!」
オースがそう結論付けると、とてとては安心した様子であった。能力について追求されても、上手く説明できる自信がないのだろう。
そして、逆にとてとては質問してきた。
「それにしても、本当に凄いね! さっきまで何もなかった場所とは思えないよ! ここは、兄様にとってどんな場所だったの?」
とてとては、純粋に尋ねてきた。だが、オースにとってそれは地雷。眉間にしわを寄せ、無愛想に答える。
「……記憶を見てんだろ? 少し察しはつくだろ」
流石のとてとても、オースのテンションの下がりように気まずさを覚えたようだ。
「えっと、あのね……ボクは、記憶を絵として見てるんだ。それだけじゃ、ボクにはよくわからない……」
申し訳なさそうに、そう言った。
「ふ~ん……」
「だから、お願い! ここは、兄様にとってどういう場所なの?」
普通なら、これ以上追求するのをやめようとするだろう。しかし、とてとては魔物。そういう価値観ではないようだ。ここで黙っても、追求をやめないだろう。仕方なく、オースは答えることにした。
「俺が、生まれ育った村。今はもう……ないけどな」
「どうして? どうしてないの?」
遠慮や気遣いというものはない。聞きたいから聞いている。そんな感じだ。
「燃えた。村ごと、まとめて何もかも燃やされた。俺自身も。お前風に言うなら、姉に。まぁその時は、俺はまだ人間でだったけど」
過去の記憶は徐々に薄れていくのに、その日のことは鮮明に覚えている。臭いも熱さも、絶望も。
「何があったの?」
「さぁ、詳しいことはよく知らん。テウメが言うことには、俺は巻き込まれる予定ではなかったらしい。つまり、村とか村人を燃やすことに変わりはなかったんだ。んで、巻き込まれて黒焦げになった責任を取って貰った結果、俺は魔物になった」
軽く経緯を説明すると、とてとては恐る恐るといった様子で尋ねる。
「じゃあ、兄様は……嫌いじゃないの? 魔王様達のこと」
オースは驚いたが、少し考えるとその疑問には納得できた。
(考えたことなかったな。なんでだ? そうだよな……理由はどうあれ、俺の村は魔王軍に燃やされた。どうして、俺は恨んでないんだろう? 今も……怒りが湧き上がってこねぇんだろう? 村はなくなることも、俺以外の奴らが殺されることは前提だったはずなのに……何故?)
「兄様?」
真剣にしばらく考えていく内に、オースの頭はぼんやりとしてくる。次第に、ルースに対する怒りが湧いてくる。
(……勇者は魔王軍にとっての敵。敵に少しでもダメージを与えるのは当然だ。あいつにとって、大切なものは村にあった。それを奪われれば、あいつは酷くショックを受けるだろう。それに、俺はあいつをより深く傷付けるために必要な存在らしい。それもこれも、あいつが勇者に選ばれたせいだ。あいつが選ばれなければ、何も……変わらなかったはずなんだ。何も……)
魔物にとって、魔王を否定することなどあってはならない。そのように設計されている。何か不具合などが起きない限り、魔物は決して魔王を裏切らない。意思があろうがなかろうが、魔物細胞の力は絶対的だ。
「仕方なかったんだよ。勇者に選ばれるような奴が悪い。魔王様は、悪くない。これは戦いだ。弱みを見せた方が負ける……それだけのことだ。だから、俺は魔王様は嫌いじゃない。むしろ、敬愛している。俺が嫌いなのは、勇者の方だ。一刻も早く、この手で負かしてやりてぇくらいだ」
「そう……なんだ」
オースから、その言葉を聞いたとてとては呟くように言った。
「なんでそんなことを聞く?」
「んー? えっと、知りたかったから。それだけ! えへへ!」
「あっそ。つか、何でもいいけど、さっさと完成させろよ」
「はーい!」
木にもたれかかり、動き回るとてとてを眺めながら、身を休めた。それから十数分後――。
「終わったよ、兄様! あっちの家も、向こうの家も、そこの家も!」
仕事を終え、とてとては意気揚々と戻ってくる。だが、まだ頭がぼんやりとして体がだるいオースは、乗り気にはなれない。
「わかった。じゃあ、俺はここで寝るから」
「えー!? なんで!? 折角、家の中にベットあるのに!」
わざわざ、外として設計された場所で眠ることが理解できないようだった。
「外でこうやって寝るのもいいんだよ。作り物なのに、作り物とは思えねぇ。風やら太陽やら、雲の動きやら……本物と大差ねぇ。心地いいぜ」
もし、ここで記憶が全部なくなって生きていくことになったとしても、きっとここが偽物だと気付けないだろう。それくらい、あまりにも自然だった。
「むー! ボクの成果も見て欲しいの!」
「だるい」
「すぐだよ!」
「眠いから」
「頑張ったんだよ!? 兄様のために!」
「はいはい、頑張った頑張った」
「む~……なら!」
しばらく適当にあしらっていたのだが、突然とてとては自身の毛を毟り始める。
「って゛!?」
毛が無理矢理抜かれる痛みが、オースにも襲いかかる。
「兄様が意地悪するなら、ボクだって意地悪するもん!」
「いってぇ! いってぇって!」
結構な痛みなのに、構わず毛を抜き続ける。オースの目には、無意識に涙が溜まる。
「ボクだって痛いから!」
「じゃあ、やめろって!」
「やめないっ!」
「なんでだよ!」
「兄様が見てくれないから!」
お互いに痛い思いをしながら問答を続けていたが、先にオースの方が折れた。
「わかった、もうわかったから! 頼むから、もう毛を無理に抜くんじゃねえ!」
「……ほんと?」
そう言って、ようやくとてとては手を止めた。
「てめぇの毛がなくなるまで我慢してたら、こっちの気が持たねぇよ。ったく……ちっとも休めやしねぇな」
「わーいわーい!」
ぴょんぴょんと飛び跳ねて、大喜びのとてとて。思うように事が進み、大満足の様子だ。
「はぁ……じゃあ、どこから見てやればいいんだ?」
「えっとねぇ、まずはあそこのおっきい家! それと、その向かいの家も! それ以外の所は……ちょっとだけ見てくれたらいいかな」
「はいはい。村長の家と、親父の親友の家ね。昔から色々と世話になったからな。他の所は、そんなにしょっちゅうお邪魔した記憶ねぇもんな。じゃ、行くか」
「うん! わかってくれて良かった!」
(……厄介な奴と契約させられちまった。なんで、こんなに意思があるんだよ。面倒臭ぇ。黙って俺の言うことを聞く奴だったら、良かったのに。逆に、こっちに言うことを聞かせてくるとかさ……ありえなくね?)
「お前さ、俺のことなんだと思ってんの?」
「ん? 兄様だよ!」
「ほんとかよ……」
そんなこんなで、結局疲れ切った体で、渋々とてとての成果を確認する羽目になったオースなのであった。




