何ガ足りナくてナにガ違ウのか
膝を抱え、オースは痛みに震える。少しばかり時間が経ったが、そう簡単に消えてなくならない。
加えて、鬱陶しいものもあり、気も落ち着けることができない。
「よしよし、痛かったね。でも、ボクも痛かったよ。兄様」
白い生物とてとてが膝の上で見つめ、その小さい手で頭を撫でて励まそうとしてくる。それが、癪に障った。
「あ゛ー! もう無理! 無理無理無理っ!」
耐えきれなくなったオースは、足を激しくばたつかせる。
「そんなに痛かった?」
「そういうことじゃねぇよ! うぜぇな! 撫でんな!」
本当は叩き落としたかったが、その痛みはオースにも伝わる。ぐっと堪え、口撃で留める。
「どうして? ボクらは、もう契約したんだから一緒にいないといけないんだよ。それに、テウメ様から教えて貰ったよ! 兄弟は手を取って、助け合う関係だって!」
とてとては、膝から飛び降りて手をばたつかせる。
「てめぇと兄弟になった覚えはねぇ! なんだ契約したら、兄弟って! しかも色々とチグハグ過ぎんだろうが!」
「どうして? ボクらは、同じ魔物だよ。そもそも、契約する前から兄弟だよ。兄様が魔物になった後に、ボクが作られた訳だから。それに、契約は、ボクのサポート能力を引き出すための――」
「うっせー! 喋るな、馬鹿っ!」
最もな理由でも、オースには理不尽にしか感じない。
「どうして? 喋らないと、ちゃんとコミュニケーションが――」
「どうしてどうして言うな!」
「どうして?」
「もぉぉぉおおっ! くそっ!」
オースは、激しく髪を掻き乱した。
(こんなのと一緒にいたら、気が狂う! どんな罰だよ、これは! テウメめっ! 何が仕事の成果は認めますが、だよ!)
「それより、兄様。折角だから、色々と試してみようよ。ボクも、力試ししたいんだ!」
(……相手にせずにいれば、こいつも黙るか?)
相手にすることに疲れ、無視をすることに決めた。
「ねぇねぇねぇ、やろうよ! 演習は基本! って聞いたよ!」
(無視だ、無視。何も聞こえねぇ。何も……)
遠くを見つめ、近くで聞こえる声に耳を閉ざす。
「ねぇってば!」
(心を無に……)
考えないように、考えないようにと集中する。
「ねぇって……無視しないでよぉ……」
(やっと落ち着いてきやがったな。この調子で、どんどん……)
が、結局の所、変化に気付いてしまっていた。
「う、うぅ……」
完全な無視は、オースにはできなかったのだ。
(え? なんか……泣いてね?)
「酷いよぅ、兄様ぁ。ボクら、兄弟でしょ? 無視するなんて……悲しいよ……」
(何もかもムカつくが……兄様兄様と泣かれると、もっとムカつく!)
「ボクは、ただ……兄様と一緒に――」
「泣くな。ウザい。黙れ」
泣き声に耐えられなくなり、表面的な無視を諦めた。
「うぅ、だって……兄様がボクを無視するから……」
「今度泣いたら、もっと無視してやる」
視線を逸らし、小声でそう言った。
「じゃあ、今は……?」
「もう今度の時になってんだよ」
「……うん?」
直接的な言い方は、恥ずかしくて避けたのに伝わらない。体温が上昇していくのを感じながら、声を張り上げて言った。
「だーかーら! 一々、説明させんな。泣くの止めたら、やってやるって言ってんの! で、次泣いたらさっきよりも長く無視してやるっていう話! あー、なんか恥ず……」
「ボクには、まだ難しい表現だなぁ。もっと勉強しないとね!」
「はいはい、是非そうして下さい」
恥ずかしさ極まって、どうでも良くなっていた。
「よし! じゃあ……まず、何からする?」
「何からする? って聞かれても、困るっつうの。やりたがった方が、やればいいじゃん」
「でもぉ……その、あのね。ボクの力は、ボクからは引き出せないんだ……だから、兄様?」
そう言うと、とてとては長い耳をくしゃりと垂れ下げた。
「チッ……あ~どこまでも面倒臭ぇ。そういう所も、ダブるんだよ」
「ダブる?」
「はぁ……まぁいい。そのサポート能力とやらを、見させて貰おうか」
「うん! いいよ!」
とてとては、嬉しそうに飛び跳ねた。
「なら、この空間をどうにかしてくれ」
「え?」
しかし、その言葉で動きが止まる。思わぬ要求だったようだ。
「俺は、ずっとこの無で生活してきた。だから、急にどうぞってされてもどうしたらいいかわかんねぇってか。変えられるなら変えたい。でも、どうするのが正解なのか……そもそも、どうすれば変えられるのかわかんねぇ」
「あはは! そんなの簡単だよ。もう兄様には権限があるんだから。想像するんだよ、過ごしたい空間を。兄様、見たことない? テウメ様のお部屋やリュウホウ様のお部屋」
また楽しそうに飛び跳ね始めると、空間の構築の仕方について説明した。
「テウメの部屋っぽい場所なら……多分。でも、想像するだけって、そんなことでこの場所が生まれ変わるのかよ」
「やってみたら、わかるよ」
「はいはい、そういうパターンね。ま、やってみますかね」
やってみるまでわからないというのは、よくあることだ。大体、それで酷い目に遭う。今もそうだ。だが、仕方ない。アクションを起こすことでしか、現状は変えられないのだから。
(部屋、部屋か……やっぱり、広くて豪華な感じがいいのか? いや……そんなんじゃ、落ち着かねぇ。なら、俺はどんな部屋で過ごしたいんだ? 駄目だ、全然想像できねぇ)
息を吐き出し、目を瞑り、意識を集中させる。頭の中で、イメージを膨らませようとする。しかし、過ごしたこともない部屋を想像することは困難だった。
(……どうせ、また後からも変えられる。何もないよりはいい)
そして、オースは馴染みのある空間を想像する。
「うわー! どんどん空間が変わっていく! どんな感じになるのかな? ワクワク!」
(広くもねぇ、豪華とは程遠い。雨漏りはするし、ネズミは住み着くし、虫だってわんさか入ってくる。それでも、まだこうやって思い出せるくらい……住み慣れた所だった)
もうその場所は、この世には存在しない。それでも、元々存在しない場所を想像するより容易だった。心は苦しかったが。
「すっごい! 家ができちゃった! 2階もあるし、部屋も沢山! あ、窓もある! わー! 景色が見える! すっごいすっごい! 流石、兄様!」
何もない無の空間に、かつて住み慣れた家が構築された。触ってみると、素材の質感を感じるし、物も問題なく使用できる。だが、オースはその場所を気に入ってはいなかった。
「……いや」
「どうしたの? あんまり嬉しそうじゃないね」
(住み慣れた場所ならと思ったが、若干何か違うような気がする。俺の記憶と想像力の限界か。特に、キッチン周り……もっと色々あった気がするが、何があったか思い出せん。あそこに立つことなんて、ほとんどなかったからな……)
構築された空間には、足りないものが多くある。恐らく違うものもあるだろう。違和感はあるのに、何が足りなくて何が違うのか導き出せない。
「やっぱりやめる」
「えー!? どうして!?」
とてとては、信じられないといった様子だ。
「同じにできない。違和感があって気持ち悪いから」
何もないよりもマシかと思ったが、違和感を感じる場所で心身を休めることは難しい。それならば、慣れてきていた無の空間でこれまでのように過ごす方が落ち着ける。
「やだやだ! そんなの嫌! 同じにできないって……元々ある場所を想像したってこと?」
焦り気味に、とてとては言った。
「あぁ」
「なるほどなるほど……なら、ボクに任せて! 兄様、ボクに命令して! とてとて、何々しろ! って」
短い手で、胸をぽんと叩いた。そんなに頼もしく思えないけれど。
「命令?」
「うん、そうすればこの空間を納得できる形にできると思う!」
今度こそ、その能力を見ることができるという。オースは苦労しないし、違和感をなくせる可能性がある。なら、その申し出を拒否する理由はない。
「……いいだろう。とてとて、この空間を完璧にしろ!」
「命令を実行するよ。解析……最適なコマンドを実行、兄様の記憶に接続!」
「せ、接続っておま――」
不穏な単語を聞き取り、オースは止めようとするが、もう不可能だった。
「この空間と類似する記憶を発見! それぞれを照らし合わせ、最新のものからこの空間を補完するね!」
ただ、それによる不快感はなかった。オースの中で何か違う――そう感じた場所が、みるみる変化していく。そして――。
「できたよ! といっても、兄様が見たことのあるものだけにはなっちゃうんだけど……ちょっとは納得できるかな?」
そう言われ、特に違和感の強かったキッチンに視線を向けた。けれど、もうそんなものはなかった。薄れ、失われていく記憶が呼び覚まされる。つまり、オースの求めたものがそこにあった。
(あぁ、そうか……あの戸棚には、大きいものから順番に調味料が並べてあったんだ。いつも見てたのに、忘れてた)
「つか、言いたいことはいくつかあるが……最初から、お前がやってくれれば良かったんじゃ?」
懐かしさで胸いっぱいになるも、ふとそう思った。
「兄様ができることは、ボクにはできないんだ! 兄様ができないことや難しいことを手助けするのが、ボクの役目なんだから!」
あくまで、とてとてが力になれるのはオースの限界の向こう側。サポート型の魔物というものを、オースは何となく理解するのだった。




