スイッチヲ入れテシまエバ
『ワールドニュース デジタル版 ラグランタイア激震! 町中に舞う写真 死の天使の所業晒される! ラグランタイアで最近あった有名な事件を覚えているだろうか。以前、取り上げた公爵夫人による女性失踪事件だ。しかし、その裏にも同等に悲しい事件はある。今回紹介するのは、氷山の一角に過ぎない。それは、ラグランタイアのキャンバーディグ病院で、それは起こっていた。そこに勤める看護師が、患者を手にかけていたのだ。その看護師の名は、ガブリエラ=フローレス。実に愛らしい女性であるが、少なくとも3人は殺害している』
その記事の下には、白衣に身を包み優しく微笑むガブリエラの写真があった。画面をスクロールし、読み進めていく。
『この病院では、ちょうど数年ほど前から患者の死が相次いでいた。退院間近であった患者の突然死や不慮の事故による死……病院であった不可解な事件を挙げれば、キリがない。そして、それはちょうど魔王軍の出現時期とも重なり、起こること全て魔王軍の所為だと片付けられていた。公爵夫人による事件を受け、国王陛下が声明を発表してからも、それは変わらなかった。しかし、魔王軍による院長殺害により、変化が生じた。というのも、その場に居合わせた唯一の目撃者が異端者審問にかけられることになったためだ。その証言は、一部魔王軍を擁護するようなものであったことから、そう判断された』
(あのおっさんのことか……生きてるのか?)
『ところが、結果としてその目撃者は異端者審問にかけられることはなかった。異端審問所に移送される道中、異端者組織として指定されているSeekerが襲撃したためだ。これにより、移送官1名と兵士10名が負傷し、兵士3名が死亡。Seeker側は、数名が捕縛されたものの全員が自害している。その後、Seekerは目撃者を保護したと発表。適切なケアを行うと共に、国王に正しい捜査を要求した』
(異端者組織……テウメが、なんか言ってたな。結構ド派手に戦ってんなぁ。でも、あのおっさんは多分無事……みたいで良かった)
『過ちが繰り返されていることを知った国民達は、各地で活動を活発化させ、国王の側近は革命やクーデターを恐れ亡命を始めている。その中で町中にばら撒かれた、人間が人間を殺す決定的な瞬間。国民達は、国王に退位を要求し、王城の前に集いデモを行っている――レフ=アニシモフ記者(サリーサン支社)』
記事の終わりにも、写真が載せられていた。城の前には、何千、いや何万と人々が集っているように見えた。写真に収まりきっていない。地面すら見えず、中には建物の屋根に登る者もいた。辛うじて、城内への侵入は防げているようだが、暴徒化するのも時間の問題だろう。『※ショッキングな写真のため、モザイク処理を施しています』という文章の下に、もう何枚か写真があるようだが、中々表示されなかった。
(この記者……前の奴か。しかも、ちゃんと真実を……ほんと、何者なんだ?)
写真の読み込みを待ちながら、オースの関わる事件を書く記者のことを考えていた。
「――おい、おーい!」
隣から、苛立ちを隠しきれない男性の声。仕方なく顔を向けると、一見笑っているように見えるが、よく見ると笑っていないシアンの兄がいた。
「うっせぇな。集中してんだろ。ここくっそ重くて、画像を読み込まねぇ……」
「君は……どういう立場にあるか理解しているのか?」
「してるけど?」
ここは、シアンの叔父の経営するレストランのスタッフルーム。そこで、堂々と携帯を使用していた。
「いや、してない。してるなら、もっと謙虚に振る舞うべきだと思うんだが?」
「振る舞ってるけど」
オースの言動全てが気に食わないのか、かなり苛ついているようだ。
「どういう神経をしているんだ? はぁ……ますます妹のことが心配になってきた。こんな友人がいるとは。やはり、あの時にちゃんと対応するべきだったんだな……」
「客に対して、酷いもんだ。妹が泣くぜ」
「申し訳ないが、食事するつもりもない上に、金を持ってない人物を客としては扱えないな。あんな妹だが、食事もするし金も払うから」
客として認識されていないからこそ、ラフに接されているのだろう。前にシアンと食事した時とは、かなり違う。こんな所で、金の力を実感することになるとは思わなかった。
悲しい気持ちになったオースは、口をへの字に曲げてアピールする。
「酷いもんだな。こっちは困ってて、助けを求めてたってのに」
実際、そうだった。スポットを探し回ったが、何かしらの施設や店舗にあり、その建物内でしか使用できないように設定されていた。しかも、どこもとてもじゃないが入れそうな気配ではなかった。そこで、1番どうにかなりそうな場所に縋り付いたのだ。
「あのなぁ……あ~頭痛くなってきた。いいか? 君はね、レストランにお金も持たず、食事するつもりもなく、ただスポットを求めてやってきた。しかも、混雑する時間帯に! 店の入口で暴れられても困るし、一応妹の知り合いだから、スタッフルームに通してあげた訳で。十分、尽くしてるんだよ。タダで! それなのに、どうして君はそう上から来れるんだ? こんな情勢だから、君にも色々あったんだろうけど。こっちは、慈善活動をしてる訳じゃないんだよ。続くようなら……警察呼ぶからな」
それはそれは、恐ろしい剣幕だった。リュウホウのあの威圧感にも、テウメの悪魔のような形相にも劣らない。彼は本気だ。
(それは、まずいな。魔王様から頂いた体に、相応しくない称号がついちまう。とりあえず、謝ればいいんだろう)
「あー、わかった。悪かったよ。でも、スポット使える場所ってこういう高そうな店にしかねぇんだもん。流石に行きづらいってか……でも、ここならワンチャン?」
警察を呼ばれては、色々と厄介なことになる。オースは態度を改め、事情を説明する。
「金もないのに、そんな物を持っているから苦労する。どうせ、妹から貰ったんだろう」
「あぁ、お礼でな。そうか……金か。でも、金ねぇしなぁ」
田舎で暮らしていた頃は、ほぼ物々交換で生きていた。町に出て、作った野菜を売ることあったが、そのお金を管理していたのは両親。都会では、ここまでお金のやり取りがポピュラーなものだとは知らなかった。
「どこかで働けばいいだろ。仕事を選ばなければ、働き口はあるんじゃないか? まぁ……質は保証しないけど」
どうしてもお金が欲しいなら、と彼はそう提案した。
現在、神聖ランプト王国は魔王軍の襲撃により、各地で混乱が起こっている。故郷を追われて逃げてくる人々も多くいた。そのような人々は保護されていたが、日が経過し、避難者が増えていくことで、国は対処しきれなくなっていった。結果、彼らは自らの手でどうにかするしかなくなった。そこに目をつける商売人もいて、怪しげな働き口の増加やスラムの形成が進んでいた。
「う~ん……働くって言われてもねぇ。俺には……あっ!」
少し考えた末、オースはいいアイデアを思いつく。
「え?」
「ここで働かせてくれよ!」
「はぁ!?」
突拍子もない要求に、彼は声を裏返して驚いた。
「金も稼げるし、スポットは使える。んで、そっちは客じゃない奴を相手する必要がなくなってWin-Winじゃん。なぁ、そうしようぜ!」
「……馬鹿言うなよ。自分にはそんな権限ないし、そもそも、君はマナーやモラルというものが皆無。絶対に一緒に働きたくない!」
「はぁ? 俺はやればできる。スイッチを入れてねぇだけ。信じられねぇなら、見せてやろうか? この店で働く上で必要なことを言ってみろ。全部完璧にやってるよ」
『知識のある者が、知識のない者を演じることはできますが、その逆は不可能です』
そのテウメの言葉が、今になればよく理解できた。あの授業がなければ、ここで終わっていた。知識を活かすチャンスだ。
(へへ……ここで、テウメとやったことが生きてくるなんてな。学びは大事だな)
「随分と自信があるようで。もし、これで駄目だったら……もう店に近付くことは辞めてくれ。たとえ、妹がどうこうしようとしたとしても」
「ただし、OKだったら、権限ある奴に話を通せ。親戚なんだろ、それくらいやってみせろよ」
「親戚だから、何でもOKという訳ではないんだけどね。まぁ、でも、わかった。では、まず――」
自信満々のオースを見て、信じられないといった様子の彼。当然だろう、これまでの態度から考えると、虚勢にしか見えない。これでオースが諦めるのならと、彼はその要求を受け入れた――のだが。
「――信じられない。本当に、無銭来店スポット要求男?」
突きつけられた課題を、無礼なオースが全てこなしたことが信じられないらしい。
「随分なあだ名だが……これで、権利は得たか?」
「あぁ……自分がしてしまった約束だ。君の実力は確かなものだった。叔父に、君を紹介する。自分が逸材を見つけた体で……それでも、駄目なこともあるかもしれない」
とんでもないあだ名をつけられていたことは心外だが、結果は結果として認めてくれるようだ。
「店には来ていいよな?」
その問いに対し、彼は小さく頷くのだった。
それから、数時間後、彼から話を聞いた叔父が興味を持ったようで、オースと面接を行った。経歴や身分証明などをすることはできないオースだったが、昨今の情勢から特別措置を講じて貰った。
「君が……アマラ君かな? 凄い才能の持ち主だって、聞いてね。この子が、そういうのって珍しいから」
「恐縮です」
「でも、そんな才能があるなら……他の所でもいけるんじゃないかい? 引く手数多だろう。才能や資格は、いい武器だ。どんな状況であってもね。それなのに、どうしてうちで?」
「実は、両親が病気で、弟が魔王軍の戦争に巻き込まれて大怪我を……その面倒を見なければならなくて。どうしても、そちらを優先しなければならないんです。加えて、身分証明も何もなくて、相手にして頂けなかったんです。ですが、費用はかかりますし、働かなければならないんです。しかし、そこでそちらの方と出会って。お話を通して頂けると聞いた時は……本当に……感無量で……」
オースは唇を震わせ、村を焼かれ何もできなかった悔しさを思い出し、涙を浮かべる。魔王軍に故郷を追われ、家族を愛し、不遇に苦しむ哀れな人間を演じてみせた。これも、テウメから学んだことだ。至って平凡な人間である彼は、簡単に騙されてくれた。
「何ということか! 私の店で良ければ、是非働いてくれ。いくらでも融通を利かせよう!」
そう言って、彼はオースの手を取った。そして、決まった日数を設けず、来たい時に来て働くこと、正社員として雇って貰うことが決定したのだった。




