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勇者の兄から魔王の配下へ  作者: みなみ 陽
第八章 ソノ天使ハ、命ヲ操ル

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私ハ、彼女のコとヲ愛シていル

 朝、小鳥のさえずりで、ガブリエラは心地良く目を覚ます――はずだった。


(ここ、どこ? 私、家にいたはず。今日は、仕事がある日なのに。あれ、体が動かない……何か刺さってる? これ、管?)


 自身の置かれた状況に困惑する。全身にまとわりつく管、周囲に無数に置かれた電子機器に薄暗い部屋。何かしらの問題が起こっていることだけは明らかだった。


「――言いましたよね!? 無理やり、能力を目覚めさせてはならないと!」

「能力を覚醒させるつもりはなかったんだって! 前やったことの逆をするだけのつもりで……」


 男女の言い合う声が、ぼんやりと状況を探る彼女の耳に入る。視線を向けると、少し離れた場所に2人いた。


(この人達、何? 薄暗いけど……ぼんやりと見えるわ。機械みたいなものがいっぱい……私は、一体何をされているの?)


「前!? 前って何ですか!?」

「レイから溢れた生命力を、俺が受け取ったんだよ。だから、その逆を――」

「溢れてなかったじゃないですか! 溢れてないものを渡すなんて危険過ぎますし、そういったことは普通にやってできることじゃないです! また細胞の形が変な状態ですよ! 少しは、自分を大事にしてみたらどうですか!?」


(男女の喧嘩……でも、痴情のもつれではなさそう。それに、なんか……2人とも見た目がおかしいわ。女の人の見た目、人間じゃない? 男の人……は、包帯を巻いているの?)


「それは……悪かったと思う! でも、何とか上手くいったんだからいいだろ! ちゃんと、あいつも持ってきたんだから!」


 そう言って指差した男性と、視線が合った感覚があった。


「ん? あいつ……起きてね?」

「あら、本当ですね」


 女性が歩み寄ってくる。薄暗さに慣れてきたことと、距離が縮まったこともあり、女性の容姿を認識することができた。白髪に、大きい尾、頭部に生えた動物の耳。この世界に存在するはずのない人物の姿に、彼女は驚いた。


「はじめまして、おはようございます」


 女性は、礼儀正しく挨拶をした。窓や時計もない場所のため時間がわからなかったが、どうやら朝なのは間違いないらしい。


「おはようございます……えぇっと、貴方達は?」

「魔王軍の副官をしているテウメと申します。ほら、貴方も挨拶を」


 そう声をかけると、後ろで腕を組んでいた得体の知れぬ人物が歩み寄ってくる。


「……どうも」


 その人物は、無愛想に挨拶をする。


「魔王軍!? そんな……怖い! わ、私をどうするつもりです!?」


(どうして、こんな風に顔を隠してるんだろう? 怪我……かな?)


 怖がる素振りを見せながら、目の前の不気味な彼のことについて考えていた。しかし、それはすぐに見透かされてしまう。


「わざとらしい。てめぇが、そんなタマじゃねぇことは知ってんだよ。自分の行いが、全部魔王軍のせいにされて嬉しかったか? 人殺し。こっちはなぁ、何もかも見てたんだよ」


 そう吐き捨てるように言うと、ガブリエラに向かって物を投げ捨てた。


「痛いっ!」

「彼女は、体を動かせませんよ。ちゃんと見せてあげないと」


 テウメは諭すと、それを手に取り、彼女の目によく入るように見せた。


「あっ……」


 そこには、彼女が最近犯した罪の数々が映されていた。絵画風になっていたが、命を殺める瞬間がしっかりとそこにあった。


(あぁ……写真。いつの間に撮られたのかしら。音なんてしなかったけど……そういう道具もあるのね)


 全てを悟り、小さく息を吐く。そして、困ったように笑って言う。


「そういうのがあるなら、先に言って下さいよ。何だか恥ずかしいです」

「勝手に恥ずかしんでろよ」

「すみません。彼、短気なんです」


 テウメは、申し訳なさそうに喧嘩腰な彼の無礼を侘びた。


「大丈夫ですよ。仕事柄、色んな人と接することに慣れてます。それより、魔王軍さんはこんな所に私を連れ込んで、どうするおつもりで?」


 明るい人、暗い人、神経質な人、大雑把な人、やたらとスキンシップの多い人、基本的に病院を信頼していない人、文句の多い人――病院という狭い場所で、沢山の人と触れ合ってきた。彼の態度など、些細なことだ。それよりも、気になるのは自分がどうしてここにいるのか、だ。


「てめぇの悪事を明らかにすること、てめぇの情報を抜き取ること。それだけだ」

「できるんですか? そんなこと。自分で言うのもあれですけど、魔王軍騒動のある病院で、看護師が失踪するなんて……火に油じゃありませんか?」

「あ? 舐めんなよ。こっちが、どれだけ時間割いて頑張ったと思ってんだ。その証拠、病院だけじゃなくて町中にばら撒かせて貰った。内々に処理させねぇよ。今頃、どうなってるか……見せてやりてぇくらいだよ」


(そんな……面白いことに?)


 彼の言動からわかったのは、意外と魔王軍は下準備や細かいことができるということ。先程の証拠といい、彼女の罪が内々に処理されないように町中にばら撒く入念さ。その労力は、感動に値した。


「見せてくれるんですか? 興味あります。終わったって絶望する時の反応って面白いじゃないですか。私に対してもそうですけど、より大きな町とか国に対する信頼が終わる時なんて! ほら、少し前にあったじゃないですか。公爵夫人の事件! それから改善されていくべきことが、何も変わっていなかったと知った時の人々の気持ち! 滅多に見られるものじゃありませんよ」


 終わりは、最後を迎えた時にしか見られない。見届けられるのは、その時に居合わせることができた者だけ。

 きっと、国民の不信感は限度に達しただろう。暴動は広がり、今まで溜まっていた国への他の不満も爆発していくはず。それを見せて貰えるなんてと興奮した。この場所にいる彼女には、本来見えぬ景色だ。もしかしたら、国そのものの終わりも――。

 

「てめぇが見てぇなら、絶対に見せてやんねーよ」

「えぇ……? 見せたかったんじゃないんですか?」


 希望が絶たれ、彼女はがっくり肩を落とす。


「ムカつく野郎だな……もういい。俺から言うべきことは何もねぇ。後は、テウメがやってくれ」


 彼は面倒臭そうに言うと、近くにあった椅子に座り、遠くから睨みを利かせ始めた。


「うふふ……そうですね。では、私から1つ質問を。何故、貴方は愛してくれる人々に手をかけたのですか? 殺意を向けるならば、虐げてきた者であるべきでは?」


 テウメは小さく微笑むと、穏やかにそう問いかけた。手にかけるべきは、邪魔者ではないのかと。


「憎悪があるから、愛もある。テウメさんが言っているのは、看護部長のことですよね? あの人がいじめてくれたから、皆が私を哀れんで、より強い愛で包んでくれた。憎悪が強くなればなるほど、愛もまた強くなっていった……私は、愛されなければならないんです。そう……お人形さんみたいに。そこにいるだけで愛されるように。だから、私は、彼女のことを愛しているんです」

「不思議……難しい……これが、心」


 しっぽをゆっくりと揺らしながら、彼女の考えを何とか落とし込もうとしている様子であった。


「参考になりましたかね?」

「えぇ。それでは、情報の取得を始めてよろしいでしょうか? このように、言葉を交わせるのは最後になりますが」


 そう言うと、テウメは近くにあった電子機器に手を伸ばし、そう声をかけた。


「はい。こんなにも早い内に終わりを見届けられるとは思いませんでした」

「迷いがありませんね」

「覚悟は決めていましたから」


(言葉が交わせなくなる、か。悪い子になってしまった私には、当然の罰かな。そういえば、世界中で悪質な事件の女性の犯人が失踪したかと思えば現れた時、生きていても、まともにコミュニケーションが取れなかったり、脳死していたりするという症例があるのは……これからの私のように――)


「心身共に負担がかかりますから、生きていられるのも奇跡です。生きて帰ることができたらいいですね。それでは、おやすみなさい」


 それが、彼女が聞いた最後の言葉だった。

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