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勇者の兄から魔王の配下へ  作者: みなみ 陽
第八章 ソノ天使ハ、命ヲ操ル

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足リなイもノをオ互いデ

 真夜中、看護部長の部屋に、オースは大量の箱と共に訪れる。


「おめでとう、ついにこの日が来た。今日をもって、俺とてめぇの関係は終わる。よいしょっと」


 そして、持っていた箱を下ろす。


「あぁ……ようやく」


 彼女は、安堵の表情を浮かべる。しかし、それもすぐに打ち砕かれることとなった。


「だが、最後に1つ大仕事をやって貰わねぇとならねぇ」

「なっ……」

「俺が持ってきた箱の中を見てみろ」


 オースは箱を開け、中を指差す。


「え、これ……どうしてこんなに!?」


 中を見た彼女は驚愕し、1枚取り出して、まじまじと観察する。3枚しかなかったものが、1000枚近い数になっていることが信じられない様子だ。


「俺は、魔王軍だぜ? 量産することくらいなんてことじゃねぇぞ」


(まぁ、やったのはテウメの作った魔術道具なんだけども……)


「こんなに沢山。しかも、大箱で……10箱分だなんて。魔力がいくらあっても足りないわ。魔術道具でやると、複製品はモノクロになるように制限されているし……これが、魔王軍の力?」

「制限? なんで、そんなことを」

「高級品を量産されたら、大変なことになるからでしょ。価値のある物が大量に出回れば。そんなこともわからない?」


 心の奥底から、オースを馬鹿にしている表情だ。安心感から、いつもの性格の悪さを取り戻してきたみたいだ。苛立ちを覚えたが、仕事を進めるためにぐっと堪える。


「いい気になりやがって。ったく……まぁ、いい。で、最後の仕事について説明させて貰うぞ。今までのことを思えば、とても楽だ。なんせ、これを病院内と町中にばら撒くだけだからな」

「……は?」


 彼女の表情が強ばる。写真を撮って終わりだと、勝手に思い込んでいたようである。誰もそんなことは言っていないのに。


「てめぇくらいの人間なら、魔術の教育くらい受けてんだろ? これをただ風に乗せて飛ばすだけ。病院の中は、てめぇにばら撒いて貰うことにはなると思うが」

「そうね。私は、見栄のために有名な私立魔術学校に通わされたわ。本来なら、そこで医術を習得し、医者として生きていくはずだったんだけど。現実は甘くなかった。私には、からっきし才能も何もなかったんだから。そんな私に、町中に効果がある魔術を使えって? 私はね、あんたらと違う。ただの人間なの。魔王軍なんでしょ? 力もあるんでしょ? これくらいのこと、自分でやればいい! ただ風に乗せて飛ばすだけなんだからね!」


 聞いてもいないのに、彼女は過去と自虐を交えて言葉を荒らげた。


「町中にやるのが自信ねぇってことか? 魔力不足だから?」

「チッ……えぇ、そうよ! そんな規模の魔術を使えるほどの魔力や技量があるなら、とっくに医者になってるわ!」


 それが、彼女のコンプレックス。魔力も才能もなく医者になれず、家族として認められなかった、たった1人の人間であることが。


「そうだな。だが、俺を力を貸せばどうかな?」

「何を……企んでいるの」

「魔力の源は生命力。その生命力の性質は――」

「現在宿るものの性質に近い方に寄っていく、触れるものがあれば絶対的にそれに宿る……基本中の基本だわ。だから、何なの?」


 オースには、足りないものがある。それは、魔術の知識。

 看護部長には、足りないものがある。それは、町全体に額縁を吹き飛ばすほどの魔力。


「てめぇが、とりあえず風を起こす。そして、俺がてめぇに生命力を流す。それを使って、なんとしてでも強風を起こせ」


 足りないものを、お互いでなら補い合えるかもしれない――と考えたのだ。


「はぁ!? そんなことできる訳が……」

「俺は魔王軍。人間の基準で考えるな。やるってったら、やるんだよ。ここで上手く行かなかったら、ずっと俺らの関係が続くことになるぜ?」


 オースは、包帯が巻かれた顔を近付けて威圧する。


「……わかった。でも、ここではやりたくない。魔術の痕跡を辿られたら困るから。どこか、他の場所で」


 包帯の奥から見える、狂気に燃ゆる赤い瞳が彼女の恐怖を煽った。


「う~ん、そうか。なら、病院だな。あそこの屋上でやろう」

「駄目よ。全員の魔術痕を見られたら、バレる。私とは関係のない所がいいわ」

「注文の多い奴だな……どこがいいんだよ?」

「そうねぇ。あ、時計台とかどうかしら。町で1番高い建物だから、飛びやすいかもしれない。問題は、そこを誰にも見つからず――」

「いいだろう。なら、早速行こう。仕事だ」


 空間が歪み、彼女の部屋から一瞬で時計台の屋根へと飛ばされる。


(高っ! 屋根から落ちたら死ぬじゃん)


 障害物もなく、風が強い。眼下に広がる夜景に、柄にもなく感銘を受けていた。ぼんやりと光る明かりが、美しく思える。行き交う人々も、遥か上の時計台に、魔物と人間がいるなどと思いもしないだろう。


(俺、景色見るの好きなのかな? って、いかんいかん。そんなことを考えている場合じゃねぇな。気を抜いたら、真っ逆さまに落下しておしまいだ。とりあえず、こいつが落ちねぇように抱きとめておくか)


「っ……!?」


 抱き寄せられ、彼女は目を見開く。


「ビビってる場合じゃねぇぞ。さっさとやるぞ」

「わ、わかってるわ!」


 彼女は動揺しつつも、風の魔術を発動させた。ところが、箱の中にある額縁達は少し揺れ動く程度で、浮き上がる気配はない。


「……なるほどねぇ」

「だから言ったの! 早く! どうにかしなさいよっ!」


 怒りと羞恥心、傷付けられたプライドで顔を真っ赤にして叫んだ。


「あぁ、頼りにしてくれ。俺も、てめぇを頼るしかねぇんだ」


 オースはそう言って、手を握った。


「なっ、え?」

「黙れ。こっちは真剣なんだよ。てめぇも、集中しろ」


(あの時、レイの手を握ったら生命力が俺の中に流れ込んできた。その逆が、俺にできれば……! いや、できる! イメージしろ。俺の力が流れ込んでいくのを!)


 状況はかなり違う。相手は、普通の人間。それでも、オースに恐れなどなかった。自分の力を信じていた。以前の逆をすればいい、複雑なことなど何もない。今はただ1つのことだけを考えて、意識を内側へと向けていく。


(強い風、暴風を巻き起こせるくらいの生命力をこいつに……っ!)


「いっ!」


 手を握る力が強くなり、彼女が思わず声を漏らすも、オースには届かない。


(受け取れたんだ、受け渡すくらい……俺にだってできることだろうがっ! 溢れてなくても、渡したかったら渡す! 絶対に成功させるっ! 俺の中にあるもんは、俺のもんなんだっ!)


 彼女の手にヒビが入り、体内で異物感を覚えた瞬間、強い風が巻き起こり、額縁がまるで紙のように町中に舞う。


「っ……はぁ……はぁ……」


 達成感と共に、強い疲労感が襲う。生命力を流し続けた影響だろう。貯蓄されていた生命力が急激に消失したために、体がついていけてないようだ。


(終わった。できた……! 次は、あの女の家だ)


 上手く行ったことを見届けると、オースは力なくその場に座り込んだ。


「え!? ちょっと! 落ちちゃうじゃない!」


 彼女は、座り込んだオースを支えにする。心配のしの字もない。


(それでも、看護師かよ……)


「うっせぇな……誰が分けてやったと思ってんだよ……」

「早く! 終わったんだから、ここから下ろして! 落ちたら死ぬじゃない! 死んだら、どう責任取ってくれる訳!?」

「あぁ!? 喚くな、クソババァ! てか、終わってねぇよ。病院中にばら撒いて、やっとてめぇの仕事は終わりだ! 疲れてんのに、大声出させんな!」

「わかってるわよ! そういう意味で言ったんじゃない!」

「あ~……もうだりぃ。じゃあな。上手くやれよ……」


(これで……やりたいようにできる)


 そして、看護部長は病院へ、オースはガブリエラ家へと移動させられるのだった。

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