文明ノビックバン
それから数週間が過ぎ、オースの手元には額に入った3枚の写真があった。それらを眺めながら、頭を悩ませていた。
(どうしたもんかな……これじゃあ、複写機も使えねぇ。あの女、あのカメラじゃなきゃ絶対にできないって言い張るし……代わりの音の鳴らねぇカメラとか用意できねぇし。まさか、使い切りの取り出しできねぇタイプだったとは。やられた)
裕福な医者の娘ならば、いい物を持っているはずだと考えていた。しかし、額縁型のカメラはオースの想像を遥かに超えていた。
「その証拠、どう活かすんです?」
遠くから眺めていたテウメが、声をかける。
(くっ……どうする? 正直、俺1人ではどうにもできねぇ。だが、これで仕事できねぇ奴だって認定されたら……う~!)
オースは焦っていた。ここで素直に答えれば、役立たずの烙印を押されてしまうのではないかと。だからといって、嘘をついて誤魔化しても、それは自分に何倍にもなって返ってくるだろう。
「……これを増やして、病院中にばら撒きたい」
「しかし、3枚しかありませんよ」
(ええい! 多分、このままじゃ駄目だ!)
葛藤の末、オースは覚悟を決める。
「そう、だから悩んでた。写真ってのは、紙みたいになって出てくるイメージだったんだけど。想定と違い過ぎて困ってんだ。複写機が使えねぇじゃん、物だったら。取り出せるんじゃねぇかって思って頑張ったけど、なんか壊しそうでさぁ」
カメラや複写機は、村に1台ずつあった。いつ購入したのかわからない年季の入った物で、今にも壊れそうだったのを覚えている。高級品だから、壊したら殺すとも言われてきた。オースの知らぬ間に、物は進化しているみたいだ。持ち運びもできて、軽くて、音も鳴らない。しかも、撮影した写真が絵画のようになるなど、白黒写真しか知らないオースからすると文明のビックバンである。
「なるほど……魔術が使えれば、悩むことはなかったんですが」
(向こうから、「助けましょうか?」って言わせてやろう! 困ってますアピールして……折角、色々と教えて貰ったんだ。ここで活かす他ねぇだろ)
「悪かったな。そういうのとは、縁もゆかりもなかったんでね。は~ぁ、前みたいに無理やり能力を覚醒させたら、色々起こるんだろうしな~。あー困ったもんだよ、こうなるとは思わなかった。このまま3枚だけを目につく所に飾るってのもありだが、それだと色んな人間に届く前に、もみ消されちまうかもしれねぇしなぁ。自分の至らなさを思い知るってなぁ。魔王様に申し訳ねぇなぁ……はぁ」
わざとらしくため息をつき、口をへの字に結んで俯き、露骨に悲壮感を醸し出す。演技力は、魔王軍として必須なスキルらしい。感情を相手に伝えることを意識しつつ、しっかりとなりきることが大切だとか。
「……わかりました。結果的に、魔王軍の名誉が悪化することだけは避けなければなりません。後処理が面倒になる未来も見えますし、これを」
少しして、彼女は仕方なさそうにある黒い箱を出現させる。
「おぉ! 太っ腹!」
オースは、手放しで喜ぶ。
「この期間、仕事もそうですが、授業も頑張っていました。特に、授業では当初と比較して真面目に受けられるようになり、魔王軍として必要な素養が身についてきている様子。それを評価した、上司としてのプレゼントです。たまたま、この瞬間になっただけ。この先でも使えるでしょう、この仕事が上手く行けば、ですけど」
「身に余る光栄です……ってか?」
胸に手を当てて、足を引いて感謝を述べる。学んだ成果を披露したつもりだったが、彼女はあまり嬉しそうではなかった。
「はぁ。使い方、ですが。お手本を見せましょう」
彼女が手招きをすると、1枚の額縁が浮かび上がり、その手に収まる。そして、それを現れた箱の中に入れた。
「では、ざっくり100枚にしましょうか。キリもいいですし」
蓋を閉め、その上に手をかざす。すると、轟音が響いた。
「っ!? 何!? って、テウメは!?」
箱に夢中になっている間に、テウメが遠く離れた場所にいることに気が付いた。
「なんで、そんな遠く――」
次の瞬間、蓋が勢い良く開き、間髪入れずに中から大量の額に入った写真が物凄い勢いで飛び出してきた。咄嗟に身を翻したが、何枚かはオースの顔面に激突する。
「いっでぇ!!」
「すみません。言いそびれてしまって。出てくる時、かなり勢いがいいんです。噴出するように出てくるので、危ないんですよ」
くすくすと笑いながら、オースを見る。
「く~っ……わざとだろ~っ……」
多分、骨も折れた。すぐ治ったが、痛みはそう簡単に消えてなくならないものだ。
「まぁ、これくらい即座に避けられるようにならなければ、貴方に勝利の道などありませんよ」
「こんな時まで、俺を試しやがって!」
「あまりにも見え透いていたので、これくらいしてもいいでしょう?」
(バレてたか……まぁ、この仕事が上手く行けばいいんだ)
要するに、演技力が低過ぎて腹が立つくらいに察してしまった。やるならもっと上手くやれ、ということだろう。テウメ級を欺くには、まだまだ修行が足りないようだ。
「さ、いつまで頬を押さえているつもりですか?」
「やるよ! 今、やろうとしてたんだ!」
オースは額縁を取りに行き、見た通りにやっていく。
(えーっと、これを箱の中に入れて……蓋をする、っと。んで、馬鹿みたいな勢いで飛んでくるから……逃げるっ!)
蓋をして、即座に逃げる。背後で、量産された額縁が各方向にぶつかっているのが聞こえてくる。それが直撃したのだ。痛くないはずがない。
「……つか、なんでこんな勢いな訳?」
テウメの所まで何とか逃げ切った所で、この有様についての説明を求めた。
「う~ん、かなり前に作ったんです。作っただけで満足してしまいましたね。作って気付いたんですけど、そんなに必要なかったんですよね。魔術でできることでしたから」
魔術の使えないオースの心に深く突き刺さる。魔物細胞のお陰で、似たようなことができるが劣等感はある。頑張れば、今からでも使えるようになったりするのだろうか。
「悪かったね、魔術が使えねぇもんで。その必要のねぇ機械に頼るしかねぇもんで。てか、必要ねぇなら、なんで作ったんだよ」
「ちょうど、その時に魔術道具を作ることにハマっていて。最初は、魔王様に書庫を作って欲しいと頼まれたことがきっかけだったんですよ。で、そこから発展していったんです。少しでも喜ぶお顔を拝見したくて、色々な物を作りました。気に入って頂けた物も多くあります。しかし、残念ながらその複写機はお気に召さなかったようで……魔王様が使用されているのを見たのは、最初のお披露目だけ。それ以降は、放置されていましたね。それでも、私の作った子供。存在を忘れたことはありません。うふふ、意義が生まれて良かったです」
勢いが狂っていて、当たったら大怪我確定の複写機なんて使っても面白くないだろう。魔王ともなれば、大怪我をすることなどないとは思うが。
(まぁ、嫌だろ。俺だって、普通に使いたくない。でも、仕方ない。これを使わないと、俺は駄目だからな)
オースは、再び箱の前に立つ。
「駄目同士、助け合って生きていこうな。よしよし……」
そして、抱き上げると赤子をあやすようにして話しかけた。物は使われることで意義を成し、オースは使うことで仕事を成功させる。物ではあるが、オースは妙な親近感を覚えていた。
「さて、あともう1枚やるかなぁ」
優しく箱を下ろすと、最後の額縁を入れるのだった。




