どんナ結末ヲ迎エよウとモ
看護部長は仕事をしていたが、事がいつ起こるのか気がかりで集中することができない。お陰で、夜勤でもないのに残る羽目になった。
「チッ……」
思うように仕事が進まず、気が立って仕方がない。
(まさか、本当に……消してくれるなんてね。でも、大胆過ぎるわ。余計な面倒で仕事が増えちゃったじゃない)
院長が殺害されたその日のこと。報告を受けて、数十分経ったくらいだっただろうか。意気揚々と、それは部屋に現れた。
『よぉ、てめぇの願い叶えてやったぜ? これで、こっちが本気だってわかったろ? 協力して、くれるよな?』
表情こそ見えないが、発する単語単語が一々嬉しそうだった。
『随分なやり方だったみたいじゃない。詳細は聞いてないけど、丸焼き? お陰で、私は今から出勤よ』
虐げられているとはいえ、世間体を守るため割り当てられている仕事はある。責任がある。院長が殺されて、家で眠っていることは許されなかった。
『ほう、親父と対面じゃねぇのか?』
『無理よ、しばらくは。国が管理するんだから。はぁ……邪魔。そこからじゃないと、外に出れないんだけど』
早く行かなければ、他の兄弟達に何を言われるかわからない。急いで部屋を出ようとすると、それは立ち塞がった。
『おいおい、お忘れかぁ?』
『チッ……何をすればいいの? 犯罪行為だったら、お断りよ』
『だ~から、そういうことはさせねぇっていうアレだったじゃねぇか? 信じてくれたんじゃねぇのかよ』
『さっさと言いなさいよ。こっちは急いでるの』
『恐れてるんだか、恐れてねぇんだか……まぁ、協力してくれるんだったらどっちでもいいけどさ。あいつが殺る瞬間の証拠をさ、目に見える形で残して欲しいんだよな』
『は? 無理でしょ。私、暇じゃないって言ったでしょ』
『ったく、話は最後まで聞けよな。その瞬間が来たら、俺がその場所に飛ばしてやるよ』
『……どういうこと?』
『俺はさ、別の場所から世界の様子を見れる訳。それで、お前とガブリエラを発見したんだけどさ』
『なら、それで証拠を撮ればいいじゃない。わざわざ、私に頼む必要なんてないじゃない』
『映し出されてるのを、じーっと見てやっとわかる訳。それは、映し出してくれるだけだから写真撮影なんてできねぇの。で、俺の持ってる携帯で撮ってみたことあるんだけど、全然映らなくてさ。でも、俺がうろちょろしてるの見られたら……そっちが大騒動になっちまうだろうしさ。だから、お前の力が必要なんだ! やり方は、この際どうでもいい! ただ、ひと目見ただけで、あいつがクロだってわかる証拠を残せ! あぁ、あとさ……わかってると思うけど、俺達の関係は内緒だ。何があっても、俺達のことは言うなよ。それが、お互いのためだ』
そんなこんなで、彼女は証拠の確保という任務を引き受けた。一体、いつその現場に飛ばされるのか、ヒヤヒヤしながら過ごす日々。1日、2日……と経過していく度、もうこのまま何も起きずに終わるのではないかと思うこともあった。院長が死に、皆が怯えている。加えて、捜査機関も頻繁に出入りするようになった。流石のガブリエラでも、そんな中で人を殺めるようなことはないのではないかと――希望を抱いていた。
しかし、院長が殺害されて、僅か5日後のこと。皆の寝静まる真夜中に、彼女の体はさらわれ、ある病室の前に飛ばされた。ついに、その時が来たのだと理解する。
(ここは……あの女の担当する病棟ね。それに、ここは大部屋じゃない。ここで、殺すの? 全員まとめて?)
彼女は息を潜めながら、壁に隠れて様子を見る。すると、そこには異様な光景が広がっていた。
(な、何が起こっているの、これは!?)
うっかり漏れ出てしまいそうになる声を、唇を噛んで堪える。そして、瞬間を捉えるべく、心を落ち着かせて、額縁型のカメラを構えた。
それは、独特な種類のもので、1台につき1枚しか撮影することができない。出来上がると、絵画のようになる魔術道具。設定をいじれば、画風や色彩を調整できる。勿論、高価だが、彼女から見れば安いものだった。その瞬間を捉えるという点においては、トップレベルの性能。静音性にも優れていて、音に敏感な動物もそのままに写すことが可能である。この日のために、わざわざ購入した代物だ。
「ううううっ! んんんう!」
「しーっ、皆眠ってるんだから。ウフフフッ!」
病室内では、ルーズサイドテールの女性がベットに縛り付けられていた。口は塞がれ、どれだけ大声を出そうとも響かない。彼女と同室の患者達も、寝息を立てて眠っている。加えて、夜更けということもあり、人の往来もない。
(で、でもおかしい! 他の部屋はともかく、この部屋の患者が誰1人として起きないのはおかしい! もしかして、薬? もしくは、魔術?)
「どうして、そんな目で私を見るんですか? いつもみたいに、優しい目で見て下さい」
「んうううっ! ううっ!」
女性は、何かを必死で訴えている。けれども、それが届くはずもない。
「ずーぅっと、貴方を殺したかったんです。それに、今ものすっごく殺したくって!」
「んんんんっ! んー!」
「何言ってるのかわかりません。あぁ、じゃあ始めましょう。大丈夫、怖くないですよー。私が、手を握っていてあげますからねー」
「んんっ! ううー! いいいっ!」
手を握り、ハサミを取り出す。そして、勢い良く女性の目前に振り下ろし――。
「うううーっ!」
直前で止めた。
「やっぱり、こっちにしましょーね」
優しく微笑むと、ハサミの切っ先を喉元に向けた。
「あーあ、私もメスとか使ってみたかったなぁ。でも、仕方ないですね。これが、私の選んだ道ですから……ね!」
再び、振り下ろされ、ハサミが喉元に突き立てられ血が噴き出す。彼女は、なんとか気を保ちながら、力強く額縁の上部にあるボタンを押した。出来上がったものを見ると、女性の喉元には、見事にハサミが突き刺さっていた。鮮血が部屋中に飛び散る。ガブリエラは、それを全身で浴びて真っ赤に染まる。まさに、地獄絵図であった。
(撮れた! 撮れたけれど……これ、現実? って、こんな所で隠れ続けてる場合じゃないわ! まだ間に合うかもしれない。とりあえず、大声を上げながら――)
彼女は立ち上がり、証拠を手に病室内に入っていこうとした。しかし、その瞬間、ここに連れてこられた時と同じような感覚に襲われる。そして、気が付けば人気のない倉庫にいた。
「何やろうとしてんの? 危ねぇな」
不快感を露わに、看護部長を壁際に追い詰めて見下ろす。不気味さと威圧感に体が震えるが、それでも彼女は屈せずに反論した。
「何やろうって……見てわからなかった!? 応急処置して、あの女を現行犯で――」
「馬鹿が。あの女は捕まるが、表向きは魔王軍がやってましたーってされるかもしれんだろうが。それに、お前が殺される瞬間を撮影したってバレるぞ。看護部長が、助けもせずに殺される所を撮ってたってなったら……牢屋行きじゃん」
「それは……」
証拠は、証拠。ガブリエラが殺害する瞬間でもあり、看護部長が殺害を見逃す瞬間でもある。そのどちらも証明する。院内で起こる事件は、魔王軍によって引き起こされているとされている。それを覆すために、わざわざ人殺しを見逃すなど許されるはずもない。それの言う通り牢屋、いや、最悪――異端者審問所行きもあり得る。
「じゃ、次もよろしく」
そう言い放つと、彼女の持つ額縁型カメラを奪い取った。
「え!? ちょ、ちょっと待ってよ! もう、私は証拠を撮ったわよ!」
その言葉に、全身が冷えていく。目の前が真っ暗になる。何かの冗談であって欲しいと願うように、彼女は声を荒らげた。
「1枚だけだと、ちょっと心もとないんだよ。証拠ってのは、いくつかあった方が説得力が生まれると思うんだよ」
「殺される患者達を見過ごせって言うの!?」
「ハッ……何を今更」
鼻で笑うと、ぼそりとそう呟いた。そして、続ける。
「正しい世界にしたいだろ。俺は救いてぇって思ってさ。小さな籠の中で生きる無知な人間を。ただ変化には、犠牲が必要らしい。だから……そういうこと。大丈夫、てめぇは何も悪くねぇ。悪いのは、あの女。お前は、正しいことをしてるんだ。ってな訳で、上手く立ち回れよ? 下手やったら……てめぇが異端行きだからな」
崩れ落ちていく彼女の頭をぽんぽんと撫でると、どこからともなく現れた歪みの中に消えていくのだった。その姿を見送って、1人取り残された彼女は絶叫する。
「あ、あ……ああぁぁぁぁっ! 私は、私はっ……!」
あまりにも浅はかだった。これから先、どんな結末を迎えようとも、彼女が笑って過ごせる未来はない。魔王軍に協力するということが、どういうことなのか――彼女は身をもって体感したのだ。




