消えた魔物
「――なぁ」
解散の雰囲気に口を挟み、険悪になった結果、最悪村八分になることもあり得る。それでも、オースは我慢ならなかった。
「ん?」
「もう少し見回りしねぇか」
オースなりに、優しく伝えたつもりだった。ところが――。
「なんで! もう魔物は倒したじゃん!」
「ま~だ、暴れたりねぇってか」
村の男性は冷ややかな笑みを浮かべ、呆れ混じりに言葉を返す。人間関係とか村社会とか、そんなややこしいことが頭の中から吹き飛んでいく。オースは至って真剣なのに、それを馬鹿にされて許せなかったのだ。
「手ごたえがなかったんだよ! 今まで倒してきた魔物は、そこに死体が残ってたじゃねぇか。なのに、今回は……全部嘘みたいに消えちまってた」
これまで倒した魔物は、村に持ち帰って処理していた。何故ならば、放置していれば腐って異臭を発するからだ。消滅したことは、ただの1度もなかった。
「あんだけ乱射しても怖気づかないし、羽に当たっても物ともしなかった。やっと、目に当たって……怯んだだけ。俺には、そう見えた。まだ、どこかにいるんじゃねぇかって……」
倒したという爽快感も手ごたえも何1つない。不安と疑問と、発砲の衝撃だけが残った。
「そんなこと言ったってよぉ、もう銃弾ねぇよ」
「ナイフがあるじゃん」
「銃弾で死んでないかもしれない奴に、ナイフで立ち向かえないよ!」
オースの言葉に納得はした様子だったが、これ以上は戦いたくないと主張する。いくら武器があるとはいえ、彼らは素人だ。弱腰になるのも無理はない。
「じゃあ、俺だけでやる。だから、持ってる武器を全部俺に――」
嫌がる者達を無理矢理連れて行っても、足手まといになる未来が目に見える。それでも、討伐には行かなければならなかった。全ては、自分自身のために。
「落ち着け。お前の気持ちはわかった。だが、ここは1度引こう。皆、お前みたいに度胸がある訳じゃないんだから」
だが、それを黙って聞いていた村長がなだめる。彼は理解していた。オースの気持ちも、村人達の気持ちも。
「……でもっ!」
「自分で言ったことも忘れたのか? 強そうな魔物が、目に当たった銃弾に怯んだだけ。あんなに大勢で武器を持っていたというのに。ここは引くぞ。そして、準備を整えた上で行動する」
蝶の魔物は、今までの魔物とは大きく違った。姿形もそうだが、言葉を用いていた。言語機能と発声機能が備わっている。
つまり、言葉を操れるだけの知性があり、人間とほぼ大差ないように作られているという証明でもあった。その恐ろしさは、頭に血が上っているオースにもわかる。
「……っ、わかったよ」
手を握り締め、ぐっと怒りを抑え込んだ。そして、村長は言う。
「よし、戻るぞ。魔物のことだが……今日の午後、また集会所に」
「えぇ? でも、わしらも仕事が……畑周りの雑草を刈り取らねぇと。伸びに伸びてるんだよ」
まさか、といった表情で男は訴える。いるかいないかもわからない魔物探しを、また全員で行うのが不服である様子だ。
「あぁ、これは任意だ。意思のある者だけでいい。生活に関わることだからな」
村は、自給自足で成り立っている。水汲みや薪割り、野菜の収穫も全て生きていくため。それを、家族で分業し行う。大勢いればそれでいいが、中には2人暮らしで何とか回っている家庭もある。1人が少しの間欠けるだけでも、負担が多くなるのだ。
(こっちは命に関わることだろ。村がなくなったら、どうするつもりなんだよ)
けれど、そのことについて憂慮できるのは村があるからだ。村がなくなれば、何もできなくなる。誰かが死ねば、永遠にその穴は埋まらない。
オースは疑問だった。魔物に滅ぼされたくないと思うのに、未来は長く続くのに、今ばかりに何故囚われるのかと。
「あ~そうだな。生きていくために畑仕事は必須だからなぁ。仕方ねぇ。あぁ、仕方ねぇ。でも、俺は行く。村がなきゃ、畑仕事はできねぇからな」
オースは笑顔を作り、何度も頷く。実にわざとらしかった。
「なんか嫌味っぽく言いやがるなぁ」
(嫌味だよ。どう考えても、嫌味だろ)
「オースほど、俺達はイケイケじゃない。魔物とはできる限り関わりたくないし、自信もない。こっちの気持ちも、わかって欲しいもんだねぇ」
「そうそう、こっちは皆三十路超えてるんだからさ。さてさて、帰るか」
村には、10代はオースしかいない。オースの次に若いのは、村の外れに住む20代後半の女だ。
「寝ないと体が持たない……」
「オースくらい若けりゃ、張り切れるんだがなぁ。アハハ!」
絶望的なまでに高齢化が進んでいる。ここに集められた男達の年齢層を見ても、それは明らかだ。この状況もあって村同士の交流もなく、オースにも彼女の気配は皆無である。
辺境にあるこの村に来る必要はなく、滅びる前に廃れる可能性すらあった。
(どいつもこいつも……本当にむかつく野郎だ。俺は違うって所を、天に見せつけてやる)
オースは、天に見せつけるつもりでいた。選ばなかった男が、功績を残すそんな姿を。絶対だという天を揺らがし、己の正しさの証明してみせたかった。
「じゃ、帰るか。はぁ~あ、明日が楽しみだな。は~ぁ」
ため息を漏らしながら、オースは足早に1人、村に戻るのだった。
***
一方、その頃――とある時空の狭間では、目を撃たれた蝶の魔物が泣きわめいていた。それを、励ます女性がいた。
「痛い、痛いわ……」
「あぁ、可哀相に。折角、この私が綺麗に貴方を作ってあげたというのに。目を撃たれて痛かったのですね」
小鳥のように優しい声、逃げ帰った魔物を責めるようなことはしなかった。むしろ、労わり、慈しんでいた。
「あんまりだわ、人間が痛めつけるなんて」
「えぇ、人間が、貴方を痛めつけるなんて許されないことです」
白く柔らかそうな尾が、ゆらりゆらりと揺れる。
「あの子供も許せないけど、あたしを傷付けた人間達を懲らしめたい……」
魔物が、ぼそりと呟いた。すると、それを聞いて女性はにやりと笑った。何か良からぬことを思いついたような表情だった。
「どうやって、懲らしめたいのですか?」
「塵すら残したくない……人間の分際で、このあたしを壊すなんて……」
とある子供の策略にはまり、糸に絡まって苦しんでいた所を、突然銃撃されたのだ。見下している相手にやられた挙句、気に入っている体をボロボロにされた。許せるはずがない。
「ふふ、ならその怒りは……ちゃんとぶつけましょう。ただし、彼以外にね。彼を傷付けることは、決してやってはいけないわ。村や他の者達はどうとでも扱っていいみたいですから……後は、やりたいように、やりなさい」
そんな魔物の屈辱を全て包み込むように、彼女は抱き締める。優しく発された言葉だが、言っていることはかなりおぞましかった。
「私の目を撃ち抜いたのは、あの男なのに……でも、それが命令なら我慢する。全部全部、滅茶苦茶にやるんだから……!」
女の腕の中、魔物はそう意思を固める。その時は、確かに近付いているのだった。




