異端者審問
『――たっ、頼むから、私の言ったことを信じてくれ!』
水晶越しに、運転手の言葉に耳を澄ませる。彼は、目に涙を滲ませながら、嘘偽りなく知る限りの真実を伝えた。しかし、その訴えを聞いた兵士は冷たく言い放つ。
『貴方を否定したい訳ではないのだが、にわかには信じ難い。実際問題、状況は炎の壁に阻まれてはっきりとは見えなかったんだろう? 異端者審問が行われる可能性が高いだろうな』
異端者審問という単語が出た途端、彼は酷く動揺し地面に崩れ落ちる。
『何故っ! こちらは被害者だっ! そもそも、事実を述べただけで何故異端者扱いをされなければならないんだ! た、確かに炎があったから、はっきりとは見えていない! だけど、激しく言い争ってる時の声は、俺の耳にも入って来たんだ! 院長の声しか聞き取れなかった時もあったけど……伝えたことは事実だ!』
『貴方の状況はわかる。だが、特別扱いすることはできない。特に、明らかに魔王軍が関わっている事件については、より厳しくなる。しかも、不幸なことに……目撃者が貴方しかいない。それ故に、貴方頼り』
『なら……!』
『しかし、貴方の正しさを知る者はいない。証言する内容が、魔王軍を擁護するようなものだと捉えられるかもしれない。私にも何もできないよ。一介の兵士が、貴方を庇うようなことを言ってみろ。同じように、異端者審問送りになる。最近は、色々とあった。それによって、内政が悪化している。わかるだろう? 各地で起こる暴動……更に広がっていけば、間違いなく国は終わる。敏感になっているんだ』
兵士は同情しつつも、自身の立場と国の状況について説明する。少なくとも、兵士には彼をどうこうする権利はないようだ。
『そんな……あぁ……異端者審問なんて……』
残酷な現実を突きつけられ、彼は顔を覆い隠して絶望する。
『包帯が、院長を消して欲しいと依頼されていたこと、貴方が脅迫されたこと、院長が投げられたこと、殺しておくべきだったと言う院長の発言、包帯の叫び声の後の院長の断末魔……そして、両目から血を流す包帯と黒焦げになった院長。これ以外に、本当に知っている情報はないのか?』
運転手の伝えた事実を振り返りながら、兵士は指折り数える。
『ないんだよ! でも、これが俺が知る事実なんだよ……嘘なんて、つくはずがない。俺は、この国を愛しているし、魔王軍は心の奥底から嫌いだっ! だけど、嘘をついたら殺されるっ! 今度こそっ! 院長みたいに! 言ったんだよ、見てるって。俺の口からは……嘘は絶対に言えないんだ……』
『そうか……いくつか残る物証もあるが、やはり、それだけでは異端者審問は免れないだろうな。目撃者がいないという状況が悪い。うむ……』
『どうして、俺がこんな目に……』
『呪うなら、魔王軍を呪うことだ――』
オースは水晶から目を離し、困ったように頭を掻いた。歪みきった性格をしているが、オースにも心がある。多少なりとも、罪悪感を抱かずにいられなかった。
「……なんか、悪いことしたな」
「それが、この国の……いえ、この世界の現状です。下は改善を望みますが、上はこれまでの杜撰さが全て露呈することを恐れています。国で起こるあらゆる悪しきことは、全てにおいて魔王軍が関わっている。そうすることが、あまりにも楽だったんですね。もうこれ以上、痛い所を突かれたくはない。とりあえず、今1番注目を浴びている事件に誠意を持って対応している所を見せることで、情勢を整えようとしているのでしょう。ですから、こういう所で出てしまうのでしょうね。悲しいですねぇ……こういう形で、正真正銘の何の罪もない一般人を傷付けてしまうのは。私達は、ただ落ち着いてお話をしたいだけなんですけどねぇ」
「俺なりに、工夫したつもりだったんだがな~……」
魔王軍は、何の罪もない一般人を一方的に殺しはしない。それに従い、運転手をうっかり殺してしまわないように、炎壁で守った。
「随分と、炎を使いこなせるようになりましたね。ただ、少し怖かったですよ。もし、娘の名を大声で叫ばれていたら、何もかも筒抜けになっていたかもしれません」
特定の地面だけを燃やすようなイメージで、炎を操った。思う以上に上手くいき、オース自身も驚いていた。ただ、考えていたのはそこだけ。
「音のことまでは、頭が回らなかったぜ……危なかったな~。俺としては、無駄にならなくて良かったって思うべきなんだろうが、なんかなぁ。てか、あの男、すっげぇビビってたが、異端者審問って何をされるんだ?」
「異端審問官によって、さらに細かく話を聞かれます。審問中は拘束され、自由を奪われます。まるで、罪人のように扱われていました。審問官によっては、拷問を用いる場合もありますね。無実で、殺された人を何人か知っています」
異端者審問は、異端者審問所で異端審問官によって行われる。場所は非公開であり、どこにあるか多くの人間は知らない。そして、取り調べとは建前で、実際は審問官の優越感を満たすためだけの場所。世界に何十とあるにも関わらず、まともに機能している審問所は、僅か数箇所である。
「なんで、殺すんだ? 折角、助かったのに。俺が守ってやったのに」
(この俺の苦労を無駄にするとは……クソだな)
「私達が殺した人間に少しでも否があるような言い方をすることは、魔王軍を肯定しているようなもの……似たようなことを、さっきの兵士も言っていたでしょう? だから、こういうことに巻き込まれた時、賢い人間は嘘をつく。何もしていないのに殺されたと」
「なら、余計におかしいって思うだろ? なのに、どうして……」
「それで、その人が困るようなことは特にないからです。解放されて、おしまいです」
「じゃあ、遺された人間は? 自分の家族は、異端者だったで終わるのか?」
「多くはそうです。そして、異端者家族として冷たい視線を浴びせられ、故人を恨むのです。家族は、事情を知りません。伝えられたことを、事実として受け取るのみ。しかし、まぁ極稀に……故人の人柄と言葉を信じ、そのやり方を糾弾する者達もいます。彼らは徒党を組み、戦っています。勿論、異端者扱い。異端者組織として指定され、追われているようですが」
それを聞いて、思わず笑ってしまう。敵が守った命を、味方が奪う。その命は、死んでもなお報われない。名誉のために立ち上がる人々ですら、異端として扱われる。事実を認めれば、起こらなかった争い。あまりにも滑稽であった。そして、これらも全て魔王軍のせいにされていくのだろう。
「笑えてくるよ。でも、俺も……それを信じてたんだよなぁ」
(少し前までは、俺もあっち側だった。何も知らずに、恐れてた。このままで、いいのか? 俺に何かできることはねぇのか? 知ってしまったんなら、救ってやるべきなんじゃねぇのか)
ルースに勝つこと、魔王に恩を返すこと以外に初めて芽生えた思いだった。
「負い目……感じてます?」
オースの気持ちを察してか、テウメはそう問いかける。
「……こんなつもりはなかったからな」
「大丈夫ですよ。彼は、救われます。正直な人、私、好きなんです。思わず、守ってあげたくなってしまうくらいに」
「え? どうやって?」
彼女は満面の笑みであったが、オースには皆目検討もつかなかった。
「それは……いずれ、わかります。だから、心配は無用です。それより、いいんですか? こんな所で、立ち止まっていて」
「あっ! やべっ!」
流石に、看護部長にも伝わっている頃だろう。願いは叶えた、のんびりしている時間はない。すぐにでも、次の段階に移り進んでいかなければならない。次の瞬間、オースの体は別の空間へとさらわれていく。
「行ってらっしゃい」
彼女は手を振って、優しく見送った。そして、オースが完全に消え去った時、人知れず呟いた。
「……愚直な者は、扱いやすい。みすみす死なせてしまうのは、勿体なさ過ぎますから……」




