願イノ叶エ方
オースは願いを聞き、すぐさま行動に移した。
「まったく……やっとられん」
視界に捉えるは、キャンバーティグ病院の院長。何かに苛立ちながら、高級外車で帰宅しようとしていた。
(うわ~これが、車。しかも、なんか黒光ってるよ)
車は高いが、その値段に見合った快適度だと風の噂で聞いたことはあった。いざ、目の前にするとこの大きな機械がどのようにして動くのか気になった。
(運転手が1人、か。まぁ、いい……とりあえず、こいつには危害を加えなきゃいい。上手く行けばいいけど……頑張ろ)
触れてもいないのに、扉が自動で開く。乗り込もうと片足を上げた所で、オースは声をかけた。
「い~んちょ~さん」
「っ!?」
突然話しかけられ、院長は肩をびくりと揺らした。
「こんばんは。ちょっと、いいか?」
(堂々と、恐れるな。俺は、魔王軍なんだから)
「何者だ……貴様」
包帯に黒いコートという見た目に、強い警戒感を抱いたようだ。異物を見るような目で、オースを睨んだ。
「何者だと思う?」
しかし、その問いには答えず、急いで車の中に乗り込もうとする。
「動くなって」
オースは、すぐさま距離を詰めると、彼の手を掴んだ。
「ちょっとお願いされて、お前に直接会わなきゃいけなくなっただけだから」
「お願い……だと?」
振りほどこうとしているのがわかる。しかし、ただの人間の、しかも老人の抵抗など、今のオースにはどうということもなかった。
「あぁ、お前を消して欲しいと依頼された」
「は、はぁ……?」
「ちなみに、俺は魔王軍だ」
「な……!?」
「消え方は……お前の態度次第になる」
オースはそう凄むと、腕を持って彼を投げた。戦いになど慣れていない彼は、全身に走る痛みに悶えて動けない。その間に、オースは車を覗き込んで運転手に話しかける。
「お前も動くなよ。大丈夫、手出しはしない。だが、人間はビビるとテンパって行動を制御できなくなることもあるって習ったからな……柵を作ってやろう」
手で空を切ると、車の周りを炎が覆った。数メートルほどの分厚い炎壁は、間違えても越えていこうなどとは思わせない。運転手は、ハンドルを強く握り締め、震えることしかできなかった。
「さて……おーい、大丈夫か。じいさんよ。ちょっと投げただけじゃんねぇ?」
「こ、こんなことをして……許されると思うのか……」
遠くから呼びかけてみると、返事はあった。力加減を間違えたかと思ったが、とりあえず会話はできそうだ。
「お前の許しなんて、どうでもいいんだよ。どうせ、お前は消えるんだから」
「殺すのか、わしをっ! 患者みたいにっ!」
彼は何とか上半身を起こすと、そう怒りを露わにした。だが、その怒りは魔王軍にぶつけられても困る。なんせ、冤罪なのだから。まずは、そこから正していかなければならない。
「それについては、間違いがあるんだよなぁ。魔王軍はさ、あんな所でこそこそとやる意義がないのよ。しかも、何の罪もない一般人を手に掛けたり、痛めつけたりなんてことはしねぇ。患者共が、俺らを殺そうとしてきてたなら、話は別だがなぁ」
「では、何故このわしを消そうなどとっ!」
「願われたんだよ、お前の娘に」
「……は?」
彼の表情が、より険しくなる。その言葉を受け止めきれないといった様子だ。ならば、と理解できるように詳しく説明する。
「あぁ、娘ってのは……長女だ。ほら、お前が1番ウザがってる奴。惨めだよなぁ、娘に消して欲しいだなんて言われる父親は」
そう言うと、全てを悟ったな表情を浮かべた後、激しく頭を掻き乱した。
「あぁ……あぁっ! やはり、あいつは異端者だったのか! しかも、魔王軍と関わりを持つなどと……まさに悪魔っ!」
「いやいや、ついさっきまではあいつは俺のことを知らなかったぞ。こっちは知ってたけどさ。可哀想だったぜ? 病院のことを思って……かどうかはわからんが、最善策を簡単に否定される姿は。傍から見て、親子とは到底思えない感じだったな。昔から、あんな感じなんだろ? そりゃ、消えて欲しいってなってもおかしくねぇよなぁ」
「許せん……許せん! あの異端者め! こんなことになるくらいなら、殺しておくべきだったっ! 一族の恥……いや、穢れそのもの!」
オースは、同情した。実の親に、命をこんなにも軽く見られる彼女に。
「てめぇが、異端者にしたようなもんだろ? あのババァもクソみたいな性格だったが、てめぇはその親に恥じねぇクソっぷりだ。こんな奴が、親だったら……あぁなるのも必然か」
「貴様にだけは言われたくないっ! 魔王軍の分際でっ!」
自身を否定された怒りを爆発させ、オースに向かってナイフのような物を投げつけた。しかし、無情にもコートによって防がれ、落下して無機質な音を立てる。
「……ひでぇじゃん」
(まさか、物が飛んでくるとは。このコート、ほんと役に立たねぇな。動きしか予測しねぇから、動かずに色々できる奴だと訳がわかんねぇ)
「な……弾いた、だと!」
傍から見れば、コートを構成するのはただの布。驚くのは当然だろう。
「これ……なんだ? ナイフとは、また違う感じだな。あ、消えた」
近くに落ちたそれを拾い、まじまじと観察する。しかし、少しすると弾けるように消え去った。
「消されてなるものかっ!」
間髪入れずに、再び同じ物を投げつけてくる。それらは、全てコートが弾いて足元に落下し消える。あまりにも無意味な時間に、思わず薄ら笑いを浮かべてしまう。
「おいおい、もうちょっと話を聞いてくれよ。一方的に、そんなに攻撃されたら――」
「何なんだ、あのコートは! 何もかも弾く! 強度でもあるのか? ならば……」
しかし、彼は性懲りもなく、攻撃を続ける。コートではなく、顔面に向かって。包帯は弾かず、見事に突き刺さった。一瞬、血が流れたが、すぐに止まる。
「なぁ、俺のさっき言ったこと覚えてるか? 何の罪もない一般人をどうこうって」
歩み寄りながら、突き刺さったそれを引き抜くが、手の中で消滅する。
「これも、駄目なのか……くそっ!」
「多分、国の法律には触れてねぇからさ、お前も何も罪もない――」
目と鼻の距離で、オースは座り込み顔を覗き込んだ――その瞬間。右目を針が、左目をナイフに似た物が突き刺さった。
「いっ、てぇえええええええっ!」
「ははっ!」
オースの反応を見て、喜びの声を上げる。その声が苛立ちを誘う。目前が真っ赤で、位置や距離感が上手く掴めない。目が機能していないから、コートも役立たない。
「目が開けられねぇ。あぁ、血まで……ふざけんなよ、マジで!」
「わしは、消されん! 消されるのは――」
(傷は塞がった。なのに、おかしい。体の中から、掻き回されるような……何をされた? あー、もういい!)
「てめぇだっ!」
「え……」
オースが手を払うと、院長の体は瞬く間に炎に包まれた。断末魔を上げながら、彼は燃えていく。
「ぎゃああああっ!!」
「はぁ……はぁ……大人しくしてくれてたら、こうせずに済んだのに……」
燃やされる気持ちは、痛いほどわかる。故に、できれば避けたい結末であった。せめて、少しでも対話する姿勢があればと思いながらも、終わってしまったことは仕方ない。気持ちに踏ん切りをつけ、車を覆っていた炎壁を消す。
「ひぃぃっ! や、やめてくれ!」
「殺さねぇ……って言ったろ。ただ、ここであったことを伝える時は、嘘をつかずに伝えろよ。俺は、すぐわかるからな……?」
血は止まり、視界も晴れてきた。恐怖に慄く運転手に、息絶え絶えになりがらもそう警告する。
「で、でも噂とか捏造とかされたら……」
「その瞬間まで、俺は見てるからな。嘘をつこうもんなら……わかるよな」
名前も、コートで確認した。少しの間、水晶を通して観察していればどうなるかわかる。
「あ、あ……は、い……」
異常な見た目なオースに怯えながら、彼は頷く。
(これで……良しか。ちょっと経てば、あの女にも届くだろ)
体の違和感を感じながらも、仕事が終わると、異空間へと連れ戻されるのだった。




