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勇者の兄から魔王の配下へ  作者: みなみ 陽
第八章 ソノ天使ハ、命ヲ操ル

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流レ星ニ願イ事ヲ1ツ

 それから、数日経った夜のこと。帰宅した看護部長は部屋で1人、白猫を愛でていた。そこに、病院での威圧感はなかった。穏やかに、ただただ静かな時が流れていた――オースが現れるまでは。


「シャーッ!」


 膝の上で、くつろいでいた猫は即座に異変を感じ取り、飛び降りて威嚇をする。


「何?」


 まさか侵入者が背後にいるなどと思いもせず、呑気に振り返った彼女は、愛猫の視線の先を知って驚愕する。


「な、何よ! あんたっ!」


 内側から鍵のかかった部屋に、突如として現れた不審な見た目の何者か。当然の反応であった。


「しーっ、あんま大きな声出すなよ」


 オースは笑い、背を見せる。その背に、堂々と刻まれる魔王軍の紋章。それを見て、彼女は顔を青くする。


「何……何、何なの……」

 

 オースは向き直り、怯える彼女の顔を眺める。


「俺とお前は、きっと仲良くなれると思うんだ」

「はぁ……!? どうして、この私が魔王軍と仲良しごっこなんてできるはずがないでしょ!」


 包帯で覆われて見えない顔に迫られ、彼女は酷く怯えていた。その恐怖に歪む表情が、オースに愉悦をもたらす。


「傷付くねぇ、そういう言い方は」

「当然よ! 魔王軍など親密にするなどと! 私は、異端者ではないの!」


 彼女は声を荒げると、威嚇する猫を抱き上げて距離を取った。


「おいおい、ちょっとずつ声がでかくなってるぜ。そんなに興奮するなよ。別に、俺はお前を攻撃しに来た訳じゃねぇんだからさ」

「魔王軍の言うことなんて、信じられない! 消えなさいよ!」


(絶対に敵だっていう視線……まぁ、わかりきってたことだ。どんな性悪でも、流石にな)


 明確な敵対心を向けられても、今のオースは動揺しない。


「まったく、お前なら少しは聞く耳を持ってくれると思ってたんだがな。結局、その辺の有象無象と同じか? 残念だぜ。折角、お前にとっての邪魔者……ガブリエラ=フローレスを消してやろうと思ったんだが」


 その名を出すと、彼女が激しく動揺するのがわかった。


「な、何故、それを……」

「俺は、よく知ってるぜ。しばらく観察してたし、調べてたんだ。あの病院のこともガブリエラのことも、お前のことも。他人にしては詳しい方だと思うぞ」


 オースは、手に入れた情報を思い返しながら続ける。


「お前の名前は、アズ=マイヤーズ。キャンバーディグ病院の看護部長。年齢は、55歳。院長の娘。親父からは絶望的に嫌われている。それは、マイヤーズ家は医者の一族だから。しかも、一族の中で、これまで医者以外になった者はいなかった。お前を除いては。医者になるには、医術っていう専門的な魔術を使いこなし、試験に合格しなきゃならねぇんだろ? お前は、3回挑戦したけど全て合格点に満たず、諦めた。他の兄妹は、それぞれ医者になってんだって? 悲しいことに、お前の親父は医者至上主義。だから、見限られた」


 見た情報と調べた情報、それらを抜粋しながら伝えていく。彼女の一族は代々、医者として名を馳せてきた。医術の道を志す者ならば、必ずマイヤーズの名は知っている。それ故にプライドがあり、マイヤーズ家には絶対に医者にならなければならないという掟があった。


「っ……」


 その事実が、1番の弱点であった。マイヤーズ家でありながら、医者になれなかったという屈辱。不名誉な1番。傷口に塩を塗られ、彼女は唇を噛みしめる。心の距離が、遠のいているのを感じる。だが、これは想定済みだ。


「だが、お前の親父は色々と世間体を気にするタイプだ。親族達には、それっぽいことを言って自身の病院で看護師として働くことを納得させた。表向きには、医者になれる器があったのにならなかった……ということになっているらしいじゃねぇか? 笑えるなぁ。そんなお前は、今、院内で起こる魔物騒動に頭を悩ませている。だろ?」

「そ、その諸悪の根源が、目の前にいる訳だけど」


 傷付き、動揺しているようだが、あくまで強い口調でオースに立ち向かう。


(ウケる。これが、虚勢か)


「とか言いつつも、薄々勘付いてるんじゃねぇの? 魔王軍は関わってねぇって」

「……何を根拠に」

「院長に、チラシ見せてたじゃん。ほら、何もかも魔王軍のせいにする風潮はやめよう! みたいなことが書かれた探偵のさ。それってさ、疑問を持ってないとやらなくね? 魔王軍がやってるに決まってるって思ってたらさ、そんなくだらん奴はスルーだろ。違うか?」

「変態ね、覗きなんて」


 そう言うと、彼女は自嘲気味に笑った。


「悪いな、こっちも仕事なんで。あぁ、別に風呂とかは見てねぇよ。そういうのは、興味ねぇから」

「別に、どうでもいいわ。それより……あんたの目的は何? 無意味に、私の行動を監視する必要はないはずでしょう」


 やり取りを続ける中で、彼女の敵対心が薄れ始めているのがわかった。


「あぁ、話が早くて助かるぜ。そうなんだよ、俺ら風評被害に悩んでてよ! 見に覚えのない殺人行為を押し付けられまくってさ。最近? ちょっとそういうのに対処し始めてさ。んで、その内の1件がお前んとこの病院だったって訳よ」

「じゃあ……世界中色んな所で、女性の起こす事件が解決して、犯人が行方不明になったり、死んでたりするのって……」

「色んな所? あぁ……」


(そうか、リュウホウか。俺は、まだサリーサンとラグランタイアだけだし……)


 この仕事は、オースとリュウホウで行っているものだ。リュウホウの活動状況は把握していないが、もう既に5人の人間を回収していてもおかしくないだろう。経験の差は明白だ。そこを比べても仕方がない。気持ちを切り替え、魔王軍として堂々と振る舞うことに集中する。こちらが弱々しく見えたら、交渉が不利になってしまうというからだ。


「人間達が、あまりにも不甲斐ねぇからよ。俺らが代わって、制裁を下してやってんの。で、今回がお前んとこの病院。不審死とか、変なことが続いてて俺らのせいにされてるみたいだからさ。こっちとしては、いい迷惑な訳。だから、こっちがちゃちゃちゃ~っと調べてやったよ? そしたら、その犯人がガブリエラ=フローレスだった」


 そう告げた瞬間、彼女は目を見開いた。


「やっぱり、あの女……!」

「おぉ? 何? 見抜いてたの?」


 そして、オースはゆっくりと彼女に近付き、距離を詰めていく。彼女は、もう逃げたりはしなかった。


「あの女が病院に来てすぐ、おかしなことが起こり始めたの。途中で入ってきて、1人だけだったからよく覚えてるわ。ちょうど、魔王軍が現れたタイミングと重なってしまったせいで、あの女が疑われることはなかったけれど……私は、ずっとあの女が犯人だと思ってた! なのに、周りの馬鹿共はあの女の振りまく愛想にまんまと騙されて!」


 思い出すと、余計に腹が立ってきたのか、顔を真っ赤にして声を荒げる。腕に抱かれる猫が驚いて、心配そうに見上げる。それに気付いて、彼女は冷静さを取り戻す。猫には、確かな愛があるようだ。


「そう思ってたんなら、見張ってたら良かったんじゃね?」

「そんな暇はないの。1人の人間に付きまとって……なんてできるはずもない。だからこそ、ちゃんと調査してくれる探偵のチラシを見て、チャンスだと思ったの。でもまぁ……却下だったけど」


 彼女は、小さくため息をついた。もどかしい現状を嘆いているようだ。


(さて、そろそろかな。多分、大丈夫。テウメの授業を受けたんだから……)


「お前は立派だよ。何も間違っちゃいないぜ? 周りが馬鹿なだけ。なら、俺と組むチャンスじゃん? 嫌いな女と犯人が消えて、病院の名誉も回復して万々歳。俺らも、見に覚えのない罪を消せて最高! なぁ?」


 周りは敵だらけ、そんな彼女に優しい言葉をかけた。悪いのは周りで、正しいのは彼女だと。


「……信用できない。協力なんて、何をさせられるか。協力したとして、その後、私も消すんでしょう。用済みだから」


 しかし、肯定して味方をアピールしても、不信感はそう簡単にはなくならないみたいだ。


(魔王軍のそういう所だけが広がってるんだもんな。こうなっちまった時は……)


「心外だな。俺らは、無意味に人を殺したりはしねぇの。こっちとしては、お前の手がどうしても借りたい。病院内を、自由にうろつけるお前の手が。1つ約束しておくが、お前に殺しの手伝いはさせねぇし、殺しもしねぇ。と言っても、まぁ……気持ちはわかる。だから、お前が俺を信用できる条件が欲しい。あ、ただし、あの女を殺せってのはナシ。それ以外で」


 そう提案すると、彼女はにやりと笑った。どうやら、上手い具合に刺さったらしい。


「馬鹿みたい……馬鹿みたいだけど、まぁ、私には害はなさそうだし。まるで、流れ星みたいだから、願ってみてあげてもいい。本当に叶えてくれるなら、信じてあげる」

「フフフ……願ってみろよ。叶えてやるさ」


 すると、彼女は間髪入れずに、条件を提示するのだった。

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