届カヌ声
しばらく考えた後、ある可能性に気付き、オースは口を開く。
「……あのさ」
「何でしょう?」
「シンプルに、この女を殺したら、魔王軍の好感度ダダ下がりだなって思ってよ。無駄に好感度が高い。この女が諸悪の根源だって明らかにしてからじゃねぇと、多分全部無駄になるだろ」
これまでの仕事で回収した者達は、言うなれば害虫。けれども、ガブリエラはまさに一輪の花。愛でられ、大切にされている。もし、その花が摘み取られるようなことがあれば、怒り嘆くだろう。魔王軍にやられた、と。悪い方向に作用することは、明白だ。それは、仕事の意義に反する。
「そうですね。よく気付きましたね」
テウメは、関心した様子で頷いた。
「当然。だから、色々と下準備が必要なんだろうなぁって思ってよ。でも……」
褒められたにも関わらず、オースはあまり調子には乗らず、悩ましげな表情を浮かべた。
「でも?」
「どうやってすればいいのか、よくわかんなくてさ。潜入するにしても、俺はこの格好じゃねぇといけねぇんだろ? 魔王軍が殺ってるって思ってる奴らが、この格好見たら大混乱に陥るだろ。そうなったら、下準備どころじゃねぇなぁって思って。俺には……淡々とこなせる自信はねぇし」
不満げに、魔王軍の紋章が刺繍されたコートの裾を揺らす。病院という狭い空間では、あまりに目立ち過ぎる。
「そうですねぇ。貴方が、病院に長時間潜入すればそうなるでしょうね」
「ん? え? 何? もしや、代わりにお前がやってくれるとか!?」
オースは、期待に満ちた視線を向けた。
「する訳ないでしょう。これは、貴方の仕事。手助けするつもりはないと言ったでしょう」
しかし、テウメは冷たく突き放した。
「チッ……何だよ」
オースは、がっくりと肩を落とす。
「私ではなくて、他の方にお願いすればいいじゃないですか」
「リュウホウに、頭下げろってか?」
「そんな訳ないでしょう。頭下げたら、そのまま頭を地面に叩きつけられてしまうかもしれませんよ」
言われなくても、わかりきったことだ。頭を地面に叩きつけられるくらいで済むならいい。想像するのも恐ろしい。
「じゃあ……どうしろって言うんだよ……」
「彼女に敵意を抱いている方、いらっしゃったじゃないですか」
すっかり意気消沈するオースを見ながら、彼女は不敵な笑みを浮かべて言った。
「え? まさか……あの性悪女に頼るってのか?」
「恐らく、それが1番簡単な方法かと思います」
ガブリエラに敵意を向けていた人物は、見た限りでは性格のひん曲がった看護部長ただ1人。何かの冗談かと思ったが、テウメの目は本気だった。
「いやいや……無理だろ? 人間は、魔王軍を目の敵にしてんだ。そりゃ、これまでに比べたらマシになってるかもしれねぇけどさ。でも、あの性悪女がそっちの方になびく奴には思えんね」
「しかし、あのガブリエラという女性にあれほどまでにわかりやすく嫌悪感と敵意を抱いている方はいらっしゃいませんよ。病院から去らせたい……くらいは、普通に思ってるでしょう。それに、自分で言ってるじゃありませんか? 彼女は、性悪だと。性格の悪い彼女のことです。自分に都合の良い提案であれば、飲んでくれるかもしれません」
「都合の良い提案……」
「彼女になったつもりで考えてみて下さい。そうすれば、見えてくるでしょう」
「う~ん……」
何となく腑に落ちる部分もあったオースは、なりきって考えてみようとした。
(嫌いな奴は、顔も見たくねぇだろ。でも、院長の娘なんだろ? 辞めさせることくらいできそうなもんだが……あ~……)
が、疑問が浮かんですぐに思考が止まってしまう。なりきるには、情報が足りない。オースには、あの場面を見ただけで彼女の気持ちになることはできない。ならば、とオースはあることを思いつく。
「ちょっと看護部長の方も、観察してみてもいいか? よく考えりゃ、ガブリエラがいる時の性悪女しか見てねぇからな」
「どうぞ。それが必要だと思うのであれば、やるべきです」
「どうも。じゃあ、早速……」
オースは深呼吸をして、再び水晶に意識を向けて念じる。
(キャンバーディグ病院の看護部長!)
すると、映し出されたのは先ほどまでの慌ただしい病室ではなかった。
(ん? なんか、違う所にいるぞ。なんか、広いし……偉そうな奴がふんぞり返ってやがる)
広い清潔感のある部屋で、看護部長と白髪の男性が妙な緊張感で向かい合っていた。
『――院長、また院内で奇妙な事故が』
『……何?』
偉そうに、黒革の椅子に腰掛ける男性はどうやら院長であるらしい。つまり、彼女の父親だ。
『A棟に入院する男児が、何者かに突き落とされて重症です。幸い、命に別状はありませんでしたが……魔王軍関与の噂が、さらに広がっています。退院する患者や、診療のキャンセルが相次いでいます。加えて、退職希望者や無断欠勤者も――』
『くそっ! このわしの病院が、穢されていく! こっちは被害者だぞ! 警察は、軍隊は、国は! 一体何をしているんだっ!』
彼女の報告を遮り、院長は怒りを爆発させる。
『それが、最近あった公爵夫人の事件の解明を急ぐよう、王から命令されているようで……後回しに……』
『腐ってるのか、この国はっ! 今、起こってることを優先すべきだろう!』
そして、その怒りを机の上に積み重ねられた紙の束に向けた。ひらひらと舞う紙、それでも彼女は動じず、感情を爆発させる院長に1枚の紙を差し出した。
『ですので、国ではなくサービスに頼ってみるのはいかがかと。昨今の何もかも魔王軍のせいにする風潮に、疑問を抱く者も多くいるようで、このような――っ!?』
内容に目を通していくが、どうやらそれは火に油だったようだ。彼女の言葉を遮り、差し出された紙を魔術で一瞬で塵に変えた。
『ふざけるな! 探偵、だと!? しかも、明らかに異端崇拝者の思考を堂々と……こんなものに頼ったら、ますます悪評が立つではないかっ! わしの娘が、異端崇拝者だと知れたら……終わりだっ!』
絶望と怒りの混ざった表情で、院長は頭を抱える。
『違います、お父様! あくまで、探偵は真実を暴くという役割で、決して異端では――』
『うるさい! 看護師風情が、医者であるわしに楯突くのか!? それに、お前を娘だと思ったことはない! 間違えても、お父様などと呼ぶな!』
声をさらに荒げ、お父様と呼んだ彼女を激しく叱責した。
『も、申し訳ございません……』
『一族の中で、医者になれなかったのはお前だけだ! お前の名前が出る度、わしは辛い思いをしているというのに! 加えて、異端崇拝者だと!? どこまで、このわしに恥をかかせるつもりかっ! どこかで挽回できるようなこともなく、ただ年齢ばかり重ねおって! 生き恥がっ!』
(何というか、子も子なら親も親……か)
醜いその様を見て、オースは素直にそう思った。ガブリエラに対し、あんなにも偉そうだった看護部長が嘘のよう。高圧的な態度を取っていた人物とは思えないほど、しおらしくなっていた。
『本当はクビにしてやりたいが、看護師すら勤め上げられなかったと噂されても困る。本当なら、そもそも入れたくなかったんだ……! だが、お前だけ別の病院となると、またそこから変な噂が出てくるかもしれない。昔も今も、お前の存在が恨めしいっ!』
(おぉ、院長がクビにしたいと思っているのは、こいつなのか……ふ~ん)
父親と娘の会話とも、院長と看護部長の会話とも思えない。オースの思っていたような特別扱いはなく、世間体を気にして使う道具に過ぎないようだった。
『いっそ、病気にでもなって死んでくれれば良いものを。こういうのに限って、長生きするんだ。役立たずほどよく生きる』
『申し訳……ございません……』
『チッ、もういい。消えろ』
『はい……失礼致します』
彼女は頭を下げて、逃げるようにその場を後にした。それでも、ドアは音を立てないように閉めると、少しの間その場に立ち止まっていた。そして、歩き出したかと思えば、またすぐに立ち止まった。手を握り締め、壁を睨みつけると静かに叩きつけた。
『くそ親父……私だって、あんたことを親だとは思ったことないよ。こっちの善意を無駄にしやがって……早く死ねばいいのはあんただよ』
(なるほどねぇ。こういう関係だから、親の権力は使えないんだ。しかも、今の在り方に疑問を持ってると来た。少々不安材料はあるが、可能性はゼロではねぇか)
この歪な関係と、彼女の性悪さ。そこにつけ込めば、利用できるかもしれない。観察を経て、少し自信を得たオースは告げた。
「テウメ、俺やってみるわ」




