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勇者の兄から魔王の配下へ  作者: みなみ 陽
第八章 ソノ天使ハ、命ヲ操ル

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好かレル者ト嫌ワれル者

 少年が突き落とされて数十分、病院は恐怖と混乱に満ちていた。


『大丈夫、大丈夫だからね』


 突き落とした張本人は悪びれる様子も動揺する様子もなく、必死に看護していた。少年は、生きていた。階段に踊り場があったため、そこで止まったのだ。ただ、打ち所が悪く、頭部などからの出血が見られた。突き落とした犯人は、まるで一部始終を目撃していた第三者の如く、一目散に少年の下へと駆けて行った。そして、応援を呼び、今に至る訳だが――。


『う……』


 表情だけでは、ガブリエラの悪意に気付く人間はいないだろう。少年もまた、彼女の手を握り安心感を得ているようであった。


『邪魔』

『きゃっ!?』


 少年に声をかけつつ、止血作業を行っていたガブリエラを、1人の気の強そうな女性が押し飛ばした。バランスを崩した彼女は、その場に尻餅をつく。周りの人間が女性の乱暴さに戸惑うも、それを注意する気配はなかった。ガブリエラを気遣うこともできず、気まずそうに自身の仕事を急ぐ。


『あんた……なんで、この病棟にいる訳? あんた、担当じゃないよね』

『それは……変な笑い声が聞こえたからです。でも、周りの誰にも聞こえていないみたいで……でも、ずっと聞こえてたから行ってみたんです。そうしたら、この子が壁から伸びた手に突き飛ばされるのを見て……』


 声を震わせながら、彼女は必死に訴える。


(変な笑い声? そんなもん、どこから聞こえなかっただろ。お前が、勝手に近付いて突き落としたんだ。よくもまぁ、こんな表情で平然と……)


 全部ただの嘘。わかりきっていることなのに、思わず同情してしまいそうになる声色と仕草。お手本のような悪女だった。


『それって、あんたが1人でやることだった? どうにかできるとでも思った? 1人で』


 尻餅をついたままの彼女には目もくれず、そう言った。


『でも、そんな余裕は……』

『でも、とか言い訳聞きたくないんだけど。結局、救えてない訳だから』

『それは……』


 何か言いたそうであったが、彼女は俯き押し黙る。


『看護部長、お言葉ですが……彼女が、その場で適切に素早く対応したお陰で、最悪の事態を防ぐことができた訳です。確かに、業務中ではありましたが、槍玉に挙げるようなことでは……』


 すると、1人の白衣を着た白髪交じりの男性が、耐え切れなくなった様子で声を上げた。


『はっ、そんなの結果論でしょう。患者は、ここにいるその子だけじゃないの。こうしている間にも、沢山の患者が生きているのよ。正義感に溺れるのは勝手だけど、責任は忘れないで貰いたいわね。というか、あんたは医者でしょ。無駄口を叩いてる暇があったら、縫合しなさいよ』


 しかし、その勇気ある行動も一刀両断されてしまう。それ以上何も言い返せず、大人しく縫合の準備を始めた。悔しさを滲ませながら。


『どうやら、この病院には魔王軍が潜んでるらしいじゃない? あいつらが、1人の人間傷付けて満足するとは思えないんだけど。あんたの担当が、今度は命を狙われてたらどうするつもり?』


 そこで、ようやく看護部長は、ガブリエラの方を向いた。性格の悪さが滲み出た顔が、怒りから恐ろしく歪んでいる。


『すみ……ません』


 彼女にできるのは、謝罪だけであった。


『で?』


 だが、それで、看護部長が納得するはずがなかった。


『え?』

『いつまで、そこでそうやって同情集めてるつもり? さっさと持ち場に戻って、消えてくれる?』

『っ……!』


 彼女は、酷くショックを受けた様子だった。


『聞こえなかった? 消えて』

『はい……!』

 

 彼女は慌てて立ち上がると、涙を滲ませて逃げるようにその場を後にした。


『で~……この子の本当の担当はどこ?』

『今日は、休みで――』


 いなくなったことに清々した様子で、看護部長は話を進めていった。先ほどのことなど、これっぽっちも気にしていない様子で。

 一方、厳しい言葉をかけられ追い出された彼女は、唇を噛み締めて廊下を走る。すれ違う人々に挨拶する余裕はなかった。そして、辿り着いたのは、彼女が元々入ろうとしていた病室だった。


『失礼します……』


 落ち込んだ様子で入ってきたガブリエラを、患者達は驚いた様子でベットから飛び起きる。


『どうした? 大丈夫か!?』


 まず、声をかけたのは高齢男性。おぼつかぬ足取りで、暗い彼女に歩み寄る。


『え? いえ、何でもないですよ。それより、遅くなってすみません……』

『ガブちゃん! 嘘ついてもわかるのよ。また、あの女に色々言われたんでしょ。こんなお人形さんみたいに可愛い子を傷付けるなんて許せないね!』


 それに続いて、ルーズサイドテールの女性が声をかける。ガブリエラが暗い理由を、何となく察しているようだった。


『……でも、今回も私が悪いので……』


 観念した様子の彼女を見て、眼鏡を掛けた少年がぶっきらぼうに言う。


『どうだか? 色々難癖をつけて、一方的に怒鳴りつけてるの知ってる。僕、あいつマジで無理。顔から性格の悪さが滲み出てる。元から悪い体調がもっと悪くなる気がする。あんな奴の言うことなんか、無視。無視』

『坊や、大人にはそう簡単にできることじゃないんだよ。しかも、ガブちゃんにとっては上司だよ。下手なことをやったら、クビになるかもしれないんだから』


 女性は、大人の世界の厳しさを説いた。


『ったく、あの女は! 俺達のガブちゃんを傷付けるなんて許せんな! 院長の娘だからって、調子に乗ってるに違いねぇ! 看護師にも患者にも横柄で、普通だったらクビだろ。院長の娘だから特別扱いされてんだな! そうに違いねぇ!』


(そうか……だから、なんか周りが無駄に気を遣ってる感じがした訳か。院長の娘、ね。難しい世界だな)


『それは……』


 看護部長が特別扱いされているのは、概ね事実のようで、彼女は口ごもる。


『ガブちゃん』

『え?』

『辛かったら、泣いていいんだよ。頑張らなくていいんだからね。私は、ガブちゃんの味方だからさ』


 女性は、彼女の手を取って微笑む。


『おいおい、ちょっと待てよ』

『私は、じゃない。僕らも味方』


 抜け駆けは許せないと、男性達も続いた。


『大体の奴らは、ガブちゃんの味方だろうよ。いつも良くして貰ってんだから、ガブちゃんの方が好きになるに決まってらぁ。あの女の笑顔なんて見たことあるか?』

『ないね』

『大事にして貰ってるって感じたことあるか?』

『ないね』


 そんな2人のやり取りを聞いて、女性は呆れたように笑いながらも言った。


『皆は、よく見てるからね。ガブちゃんのこと』

『うぅ……すみません、もう私……耐えられません』


 すると、彼女の目からは涙が溢れ出した。しかし、それはもう悲しみの涙ではなくなっていた。涙を流す彼女を、女性は優しく抱き締めた。


『いいのさ。泣くだけ泣いて……最後に、笑ってくれたらそれで。私らは、ガブちゃんの笑顔が大好きだよ』

『ありがとう……ございます』


 その瞬間、彼女は不敵な笑みを浮かべた。この状況には、あまりに似つかわしくないものであった。忘れかけていたが、彼女は何食わぬ顔で人を殺める殺人鬼だ。オースは、身震いする。勿論、その笑顔にその場にいる誰も気付いていない。

 

(ひ~なんか、おっかねぇな。あのおばさん、かなり嫌われてるんだろうな。で、ガブリエラって女は好かれてるって訳だ。これは、中々……扱いに気をつけねぇと逆効果になっちまうな。ただ、殺して回収したら、余計に魔王軍の仕業扱いだ。となると、女の本性を周りに理解させるってことが大事だろうな……)


 オースは観察しながらも、仕事を成功させるための一手を考えていくのだった。

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