抗ウことノデきヌそノ衝動
テウメの指導は厳しく――。
「違います」
「って!?」
言われたようにできなければ、頬をぶたれた。
「駄目です」
「ったっ!」
力強く何度も。
「やり直し」
「ぎゃっ!?」
オースに、罰を与えた。
「言ったことが、まるでできてません」
「ぐっ!? つか、俺を何度ぶつんだ!」
頑張って耐えていたが、ぶたれた拍子に椅子から転げ落ちたことで、堪忍袋の緒が切れた。
「勿論、できるようになるまで」
「がっ!」
その抗議すら受け入れられず、床に座り込むオースの頬をぶった。
「私を魔王様だと思って取り組みなさいと、最初に言ったはず。それを忘れて、無礼な態度。この時間で、一体何を学んだのですか? 無意識でもできるようにならなければ、意味がない。知識のある者が、知識のない者を演じることはできますが、その逆は不可能です」
授業開始直後、オースは誓いの言葉を言わされた。授業を受けている間は、彼女のことを魔王だと思って接しろと。
「それは……申し訳ございません」
オースは唇を噛み締め、頭を垂れる。それを、彼女は愉悦に満ちた表情で見つめた。
(くっそ、むかつく! だが、こっちから頼んだ以上は従うしかねぇ!)
思い込みだけで、テウメに頭を下げることが平気にはならない。どんなに頑張っても、姿形はテウメ。あの存在感や気配には遠く及ばない。それでも、その屈辱を飲み込み許しを請うた。
「それに……」
そう言うと、唐突にオースを抱き寄せた。
「貴方はできる子。私は、貴方を信じているのです。貴方ができないはずがない。貴方が頑張っていないと言っている訳ではありません。けれども、ただできないことを、優しく受け止めるだけでは成長に繋がらないでしょう。時に、ムチというものも必要なのです。わかって……くれますね?」
彼女に包み込まれると、あらゆる感情が溶けていった。その言葉を肯定的に受け止められた。
(あぁ……ムカつくのに、なんでこんなにも穏やかになる)
そして、脳裏に浮かんだのは、今は亡き母の顔――。
「お袋……」
「袋がどうかしましたか?」
思わず言ってしまったが、彼女は正確に聞き取ることはできなかったようだ。
「あ、いや……何でも。痛ぇのは嫌だけど、お前の気持ちはわかったよ。まぁ、頼んだのはこっちだし……できねぇのを、そのまんまにしておくってのも気持ちわりぃ。頑張るから……」
ぼんやりとした頭で、そう伝える。とりあえず、頑張ろう――と。
「……コメントは、前向きで素晴らしいですね。ですが、言葉遣いはまだまだです」
「あぁ、難しい……」
身につけるためなら、罰を甘んじて受け入れる。それくらいの気持ちになっていた。
「さ、貴方が覚えるべきことは、まだまだありますよ。気持ちを切り替えて、やっていきましょう」
「はい……」
そして、特別授業が終わったかと思えば、次は――。
「はぁ……マジでめっちゃ疲れた。頭痛てぇ~」
「ほらほら、何をやっているんですか。貴方には、まだ仕事があるでしょう?」
「え?」
オースは、もう休む気満々だった。思わぬ言葉に、呆けた表情を浮かべる。
「え? じゃないですよ。私の授業は、あくまで仕事と仕事の合間にあるもの」
「えぇ~……」
体がずっしりと重くなる。何十回とぶたれた頬の痛みがぶり返してくる。露骨に気分を落としたオースを見て、彼女は問う。
「仕事とは、何ですか?」
「魔王様のためにあるものです。はい、無礼なことを言って申し訳ございませんでしたーっ!」
魔物は、魔王に尽くすもの。どのようにして尽くすか――それは課せられた使命を果たすこと。オースの場合、仕事をこなして魔王軍の汚名を晴らしながら実力を身につけ、いつか正体を明かす時にその絶望を深く大きいものとすることが使命と言えるだろう。その使命を放棄することなど、反逆に値する。
(でも、しんどいもんはしんどいもん……)
オースは心を奮い立たせるように、両頬を叩き、気合を入れる。
「っしゃ!」
(えーと……どこだったかな? 何病院だったか思い出せねぇ! だが、テウメに聞いたら「あら、忘れてしまったんですか? この程度のこと、記憶することができないなんて。だから、貴方は……」とかって言われるんだろうなぁ。何か、いい策は……)
オースは、思考を巡らせた。そして、思いついたのは――。
(ラグランタイアの病院で、魔王軍の噂がある所!)
水晶に念じると、病院が映し出された。敷地が広く、建物が多い。いわゆる、大病院のようであった。
(来たーっ! 良かった。が、本当にこの病院だろうか……? 他にも、同じような噂がある病院だったらどうしよう)
この世界では、あらゆる不条理や不可解な出来事は魔王軍の所業として扱われる傾向は根強い。それに、病院とは生死が常に隣り合わせ。救われぬ命があった時、受け入れられない者達がその死を魔王軍のせいにすることもあるだろう。
(とりあえず、病院の名前は……)
恐る恐る、名前を確認する。その名は、建物に堂々と刻まれていた。
(キャンバーディグ病院……)
それを確認すると、薄れていた記憶が鮮明に蘇る。
『――ほら、隣の家のおじいちゃんのこと聞いてない? キャンバーディグ病院に検査入院して……死んじゃった』
(思い出した。この病院だ! あの女の隣の家のおじいちゃんが死んだって言ってた。ふぅ……とりあえずは、これで安心だな。じゃあ、探すか。この病院にも、そこそこ人はいるようだが、それでも規模は小さい。どれ、やってみるか)
達成感と安心感に包まれながら、再度念じる。
(キャンバーディグ病院で人殺しをして、その悪事を魔王軍に押し付けてる奴!)
すると、映像が切り替わり、病室が映し出された。そこには、ベットで寝転がる老女と柔らかな笑みの看護師がいた。
『――ありがとうねぇ、ガブリエラちゃん』
『いえいえ、また何か困ったことがあったら言って下さいね』
『優しいねぇ。いつも、こんなに良くして貰ってるのにお礼の1つもできないで申し訳ないねぇ』
『何言ってるんですか!』
彼女は驚いたような表情を浮かべ、ベットの隣で腰を下ろし、老女の目線に合わせる。そして、優しくその手を包み込んだ。
『私にとって、おばあちゃんが元気でいてくれることが1番なんですよ』
『……あんたみたいな子が、娘だったらねぇ。いや、あたしにゃあ勿体くらいだねぇ』
『そんなに褒めても、何も出てきませんよ? フフ……あ、いけない! そろそろ、次の患者さんの所に行かないと』
『そうかい……頑張ってねぇ』
『はい、頑張ります!』
彼女は紙に何かを記入し、会釈をしてその場を後にする。
(ガブリエラ……この女が、殺ってるのか? まぁ……今までも、そうだったか。子供だろうが、女だろうが関係ねぇんだ。まずは、そこを確認しねぇとな)
『フンフンフン~♪』
彼女は、鼻歌交じりに歩く。そして、次の病室に辿り着き、入ろうとした時、ふいに足を止めた。彼女の視線の先には、点滴スタンドを押してゆっくりと歩く少年がいた。
『いいこと思いついちゃった』
怪しげな笑みを浮かべ、そう呟いた。
(この目、見たことがある)
彼女の目は、少年を獲物として捉えていた。明確な殺意を灯らせ、歩き始める。だが、表情は穏やかで、すれ違う人々にも挨拶をし、優しく微笑みかける。普通の人間ならば、彼女の悪意に気付かないだろう。
(この女、これから殺るつもりだ……)
オースには、わかった。何度か浴びせられた視線だからだ。
(だが、この状況で人を殺すのか? 人の目が、かなりあるように思うんだが……)
しかし、少年が進んでいくと、次第に人の数は減っていった。それを待っていたかのように、徐々に距離を詰めていく。看護師がたまに出入りする程度で、患者や見舞客は廊下にはいなかった。妙な静けさに、オースは1人緊張感を覚えた。そして、少年が階段の前を通りかかった時だった。
『っ!?』
彼女は、何の躊躇いもなく少年を突き飛ばした。




