商人トシテノ顔
「――いや~、ごめんごめん。ついつい、興奮しちゃって」
武器屋に戻って、一呼吸置いた所でシアンは申し訳無さそうに言った。全力で走らされたことと、場所を変えたことで落ち着きを取り戻したのだ。
「勘弁してくれよ。あの町で下手に騒ぐと、傭兵共が簡単に釣れちまうんだから。ま、これで、貸しだな」
勝手に引っ張り出してきたコップで水を飲みながら、オースは答える。ゆったりと椅子にも腰かけ、すっかり我が物顔だ。
「え? はぁ……ほんと、図太い神経ね。まぁ、助けて貰ったのは事実だし、失礼なことも言っちゃったし……何で返せば満足するの? あ、変なことは駄目だからね」
そう言うと、彼女は自分の体を大事そうに抱き締める。勿論、それはちょっとしたノリで言った冗談。ツッコミが返ってくるものだと思いこんでいたのだが――。
「あ? 変なことって何だよ」
オースは、無垢な瞳で変なことの意味を尋ねる。冗談に冗談――ではなく、ただ純粋に意味がわからなかったのだ。
「ご、ごほん……そんな無垢な目で質問されると、こっちが恥ずかしくなるからやめてくれる? うん、気にしないで。で、要求は?」
ノリが通じなかったため、急激に恥ずかしくなり、彼女は話を切り替える。
「新聞が欲しい」
彼女の気持ちなど露知らず、オースは要求を伝える。
「え、新聞?」
「正確に言えば、情報が欲しいんだ。でも、情報が色々載ってるのって新聞だろ? だから、新聞が欲しい」
「ぷぷぷ! え、それってマジで言ってるの?」
「なんだ、そのわかりやすく人を馬鹿にするような笑い方は! この俺に、何か文句でもあるってのか!?」
真剣な要求をわざとらしく馬鹿にされ、オースは睨みを利かせる。
「いや、今時、情報を頼るのに真っ先に新聞を思い浮かべる若者って珍しいなぁって思ってぇ! だって、最近はこういうのがメインだし」
そう言うと、彼女は服のポケットから片手に収まる程度の四角い物体を取り出す。見慣れぬそれに、オースは小首を傾げる。
「何それ? 機械?」
「まぁ、機械は機械だけども……機械って言われると、すっごい重々しい感じがするね。これは携帯って奴でね、『コールー』っていうブランドなんだけど……」
「こ、こぉるぅ? ブランド? ちょっと、何言ってんのかよくわかんねぇんだけど」
見慣れぬ物に、聞き慣れぬ言葉。オースは、混乱していた。
「これ1台あるだけで、とっても便利になるのよ。遠くにいる相手と言葉を交わせたり、世界の情報をいち早く手に入れたりすることができる。ぶっちゃけ、新聞をわざわざ買うよりもいいと思う。まぁ、情報量が多過ぎるのと怪しいものもあるから、判断力が大事にはなってくるのと、まだ特定のスポットでしか使えないっていう問題があるけど」
「つまり……それを、俺にくれるってことか?」
よくわからないが、とにかく凄そうな物なので一刻も早く我が物としたかった。目をキラキラとさせながら、携帯を奪い取ろうとする。しかし、素早く遠ざけられたため、触れることすら叶わなかった。
「うん。新聞買い続ける費用のこと、考えたくないし。だから、これあげる。お金ないんでしょ。特別にタダであげる」
「え? マジ? 結構、高そうに見えるんだが……」
「まぁ……まだ、庶民にはそう簡単に手を出せる代物ではないわね。商いをしているあたしでも、買うのを躊躇う値段よ」
携帯は、この世界でつい最近開発された物だ。魔王軍との戦いの最中、情報の伝達が素早くできればと人々は思うようになった。遠くにいても、大人数が戦況などの情報を素早く伝えられる手段があれば便利だと。そこで、人々は国を越え、協力して開発を急いだ。
電話機を元に改良を加え、生み出されたのが携帯。小型で持ち運びやすく、素早く情報を伝えられるようになった。携帯スポットと呼ばれる場所でなければただの機械になってしまうことや、充電時間に対して使える時間が少ないこと、何より量産に多額の費用がかかることなどいくつもの課題はあるが。
「そんなもんを、よく俺にくれるな。まぁ、傭兵から救ったことを考えると、ちょうどいい対価だが」
「……あんたねぇ」
偉そうな物言いに、彼女は酷く呆れた様子だった。
「何か?」
「別に?」
呆れるのにも疲れ、いちいち指摘するのも面倒臭くなったようだ。彼女は、1つの小さい箱を取り出し、扱い方について説明し始める。
「で! あげることにはあげるけど、ちゃんと大事に扱いなさいよね。高級品だし、持っているのを見られたりしたら盗まれる可能性もあるから。それに、外見はシンプルだけど、中身は色々な部品が詰まった精密機器。衝撃に弱いから、落としたら絶対に壊れる。後、水にも弱いわ。雨風に晒したり、うっかり水の中にどぼんしたらもうおしまいだと思った方がいいわよ」
箱の蓋を開けると、先ほど彼女が見せてくれた物とよく似た物が現れる。
「これ、商品か?」
「まさか! あたしは、武器商人かつ薬草売りよ。これは、貰い物。武器商人として、取引する相手からお礼が貰えることがあるの。それで、手元に……この通り」
机の上に手をかざしながら、横に移動させていくと同じような箱が4つも姿を表す。
「5つもあるのか!?」
高級品の箱が5つも並ぶ様は圧巻で、オースは目を丸くする。
「こんなにあっても、埃被っていく一方だからさ。なんか、必要としてそうなアマラにあげる」
「……金とは別にくれるのか?」
「うん。いいですいいですって言っても、どうしてもどうしてもって言われるから……」
「随分と気前のいい金持ちじゃねぇか」
羨ましかった。お金を手にすることすらやっとだった過去を思うと、プラスαで高級品を沢山貰える彼女が。
「中には、そういう人達もいるの。全員が全員じゃないわ。たまたま、あたしが認めた相手がそういう人だったってだけ。実力とか器は、取引するに値する人達だったから」
金持ちを選んで商売をしている訳ではないと、念を押す彼女。あくまで選ぶのは、武器の持ち手として相応しいかどうかだと言う。
「じゃあ、中には貧乏人もいるのか?」
「う~ん……あたしの所に、武器目当てで来る人達って、そこそこ稼いでるっぽいんだよね。ほら、わかりやすく看板立ててやってる訳でもないしね。お客さんの紹介で来ることが多いから、結果的にそうなっちゃうのかもしれないね。もしかしたら、いたのかもしれないけど、取引はしてないなぁ」
前例がない、そう聞くと心が沸き立つ。一番最初、それはすなわち特別と形容するに値するもの。オースは、特別を得たい。そして、それを得るチャンスがあるのなら――。
「――なら、俺と取引してみようぜ」
その言葉に対し、彼女は眉をひそめる。
「……ん? 聞き間違いかしら。ちょっと、もう1回言って」
「はぁ? 急に耳でも腐ったのか? 俺と取引してみようぜって言ったんだぞ」
「無理ね」
「なんで!」
素早い回答に、オースは声を荒げる。しかし、彼女は極めて冷静に理由を述べる。そこには、商人としての顔があった。
「アマラが、あたしの作った武器を見て真っ当に戦うビジョンが見えないから。商人として、利を一切感じない。武器が可哀想。というか、アマラは戦いに身を置いてないでしょ。あたしの武器なんて必要ないわ」
「あぁ? 好き勝手言ってんじゃねぇぞ。なら、俺がどれだけ凄いのか見せつけて――」
刹那、前髪が宙に待った。あまりに突然のことに、オースは愕然とするしかできない。
「今までの取引相手は、実力であれ勘であれ偶然であれ避けられていたわ。前髪がぱっつんになるなんて、哀れな人はいなかったわよ。これで、わかった? 商人として、アマラと接することはできないわ」




