忘レ去ラレシ屈辱
それから、オースは町中に落ちている紙から、新聞を探し始めた。残念ながら、お金を持っていないオースには店頭にある新聞を購入することはできなかったのだ。
『平穏に生きよう! 魔王軍のいない世界への誘い』
(なんだ、これは。違うな)
現実逃避を誘う何かの広告。写真には、豊かな自然の中で笑顔で手を繋ぐ男女がいる。こうでありたい、こうあるべきだったと思う願望が鮮明に映し出されていた。
『物産展! 今だからこそ頑張ろうセール』
(どういうことだ? 頑張ろうセールってなんだよ)
どこかの特産品が、魅力的に映されている。ただ、金額は書かれていない。これだけ美味しそうな物、この国の状況で手に入れるにはどれだけのお金がかかるだろうか。セールとは言え、一般人が手の出せる代物は少ないだろう。
『熱愛発覚! 超人気清純派女優のお相手は――』
(ハッピーな記事だな。新聞違いだ)
見た感じが似ているから期待したが、内容は正反対。ただの他人事を、どうしてこうも大々的に記事にするのかオースには理解できなかった。
「ちっ、全然ねぇじゃねぇか」
期待したが、内容はハズレ。オースは、スキャンダル記事の書かれた新聞をくしゃくしゃに丸めて捨てた。すると、背後からその行為を咎める声が響く。
「ちょっと! ゴミはゴミ箱!」
「あぁ?」
振り返ると、そこにはボーイッシュな服装に身を包んだシアンがいた。以前、傭兵に悟られないように潜入するための変装と同じ格好で。
「って、おま……」
顔を見ながら硬直していると、彼女は眉をひそめる。
「ん? 何? 何よ、あたしの顔に何かついてる? それとも、ガンを飛ばしているつもり?」
「てめぇ、まさか……俺にあんな格好させておいて忘れやがってんのか?」
オースは、屈辱と共に嫌というほど覚えている。確かに短時間だったかもしれないが、濃密に関わった。忘れる理由が見当たらない。
「あんな……格好……?」
「ふざけんなよ、てめぇ。これだよ、これ!」
本気で忘れられていると悟り、オースは以前着用させられたコスプレ衣装を見せつける。それを見た彼女は、目を見開いて叫んだ。
「はっ! あー! 思い出したぁ!」
「舐めやがって……」
「ごめん、ごめんって。ちょっと本気で思い出せなかったんだって」
「よくもまぁ、そんなことが言えるな」
「だって、なんかこう、記憶の景色に馴染む顔っていうか……なんて言えばいいのかな? 平凡な顔って訳じゃないし、比較的イケてる方だとは思うんだけど~。イケてる顔の平均って感じ? 特徴がないっていうか、覚えにくいというか~。あ、でも今は全部思い出したよ。中身子供のアマラでしょう!」
次から次へと飛び出る無礼な言葉に、オースは顔をひきつらせながら言う。
「ぶっ殺されてぇのか」
「そんな物騒なこと言わないでよ。あたしとアマラの仲じゃない」
手を合わせながら、彼女は非礼を詫びる。
「そんな仲を忘れられたこっちの身にもなれよ」
「本当ごめんって。わざとじゃないの。商人として、あたしはまだまだってことね。あ、でも! それとこれとは、ポイ捨ては別だからね」
そう言って、彼女はオースが投げ捨てた新聞を指差す。
「これは、元々捨ててあった奴だ。俺は、ちゃんとした新聞を探してただけだし」
「落ちてるのに気付いたら、ちゃんと捨てるべきよ。わざわざ捨てるなんて、大人としてどうなの?」
「俺が捨てた訳でもねぇのに、なんで俺が捨てなきゃなんねーの? 文句は、捨てた奴に言えばいい」
「もー……そういうことじゃないのよ。まったく、久しぶりにあっても、変わらないわねぇ」
彼女は、呆れた様子で息を吐く。そして、袋を取り出し、オースが捨てた物も含めてゴミをその中に集め始めた。その様子を、オースは眺める。
「とりあえず、これで良しっと」
近くにあったゴミを拾い集めただけなのに、袋はパンパンになっていた。そんなに大きい袋ではなかったにしろ、この町がどれほどゴミに溢れているかを示すには十分だった。
「もう終わったか?」
「ちっとも手伝ってくれないのね」
手伝う素振りも見せなかったオースに、彼女は文句を言った。が、オースは気にも留めない。
「手伝う意味がわからねぇからな。そのゴミ、どうするつもりだ?」
「ちゃんとゴミ箱に持っていくわ。あ、でも使えそうな物は知り合いの買取商人に売ってみる。リサイクルって奴をしてるみたいなの」
「ふ~ん……で、そろそろこれを返させて貰っていいか?」
適当に話を流し、借りたままになっていたコスプレ衣装を差し出す。
「はいはい。全然、興味ないんだから……返してくれてありがと」
彼女はそれを受け取ると、少し落ち込んだ様子で収めた。
「こんなに借りるつもりはなかったんだがな」
オースがそう言うと、彼女は勢いを取り戻して喋り始める。
「そうそう、びっくりしちゃったわ! 強風が吹いたかと思ったら、姿がなくなっちゃってるんだもん。何かの魔術かと思ったけど、周りには何の被害もなかったし、そもそも風を感じたのはあたしだけだったみたいだし……あれって一体どういうこと!?」
(う、余計なこと言わなきゃ良かった……さっと返して、さっと逃げれば良かった)
魔王に連れ戻されたからだと、口が裂けても言えるはずがない。
「そ、そ~んなに強い風だったか? 俺は、普通に走ったぞ。ちょうど、いい感じでお前の所だけに風が直撃しただけじゃねぇ?」
オースの体を攫うほどの強い風。周りに被害はなかったのは、魔王がそうしたからだろう。けれども、真実は伝えられない。
「そんなレベルの風じゃなかったんだって! 自然な風って感じじゃなくて、なんかこう……意思を感じる風! 誰かが無理に起こした風って感じで……」
「俺、魔術についての知識がねぇからよくわからねぇんだけど、仮に魔術で起こした風がお前を襲ったとして、周囲を一切巻き込まずに発動させることはできんの?」
そう問うと、彼女は腕を組み考えるようにしながら、ゆっくりと考えを述べていく。
「う~ん……自分で言っといて何だけど、普通はできないと思う。目も開けられないし、体も動かせなくなるくらいの風を起こすのは相当な魔力を消費するはず。風の魔術は、魔力で空気に作用して、人為的に風を起こすの。空気さえあれば、どこでも使える。逆に言えば、空気がない所では使えないってこと。でも、空気に切れ目なんてないでしょ? 繋がってる訳だから、なるべく範囲を小さくしようとしても影響は出る。だから、あたしだけが風で足止め食らうなんて絶対ありえない。なのに、アマラは普通に走っていって、周りも風に驚いてる素振りはなかった……」
「じゃあ、やっぱりお前にだけ――」
「いいえ! 自然の風だったとしてもありえない! 自分で説明したからね! 自然の風こそ、周りを巻き込むわよ! 空気に切れ目なんてないんだから! というか、あたしがあの強風に巻き込まれてる中で、スルーできる人間性ってどうなの!?」
オースの言葉を遮り、彼女は怒りを露わに大声で不満を訴える。そんな彼女の様子を見て、行き交う人々は訝しげに2人を見つめる。
「じゃあ、魔術か?」
(ヤバい、良くない注目の浴び方をしてる)
早く話を終わらせるため、結論を出させようと促すも――。
「そうとしか思えなくなってきたわ。魔術なんて、色んな人が研究して発明してる。可能性の塊なのよ。特に、今は魔王軍対抗のために著しく研究が進んでいるって聞くわ。あたしの知らない魔術の1つや2つあってもおかしくない!」
「へぇ、じゃあそうなんじゃねぇの? 魔術、魔術だ」
「でも、それをあたしに使う理由がわからないわ! そんなことをされる覚えはないわ!」
火に油を注がれたように、彼女はどんどんヒートアップしていく。大声が、どんよりとした町に響く。
「傭兵にやられたんじゃね?」
「コスプレしてたのよ? 急に気付いて、あたしだけにやる意味がわからないわ。アマラもいたのに。というか、風程度であいつらが満足するはずないわよ」
「じゃあ、実験されたんじゃね? どれくらいの影響力があるのか」
「無抵抗な者に、予告なく魔術を浴びせることは犯罪よ! たとえ、それが価値ある実験だったとしてもね! あー、考えてきたら思い出してイライラしてきたわ!」
(話は逸らせたが、別の面倒が……)
「ちょっと落ち着けよ。あんま大きい声出してると、傭兵が……って、もう来てるわ」
彼女の大声を聞いて、傭兵達が何かトラブルが起こっているのではないかと思い、集まってきていた。面倒が起こるのは、明白だった。これ以上の厄介事は、もうごめんだった。
「……ほら、行くぞ」
オースは、彼女の手を引っ張って走り出す。
「え!? あ、ちょっ!? 行くって、どこに!?」
「お前の空飛ぶ武器屋。場所、教えろよ」




