人間ノ手デ真実ヲ
オースは、休暇でロブの町に来ていた。魔王から貰った人形の体を借りて。ただ、以前のような高揚感や好奇心はもうない。
「はぁ……」
本来の肉体は、魔力を取り戻すまでは使い物にならない。仕事に取り組むこともままならない。ならば、とシアンに借りたコスプレ衣装を返そうと思ったのだが、彼女はいなかった。空飛ぶ武器屋も、見当たらなかった。
(この町には、もういねぇのかなぁ。別に、この町でやりてぇことなんてもうねぇしなぁ。魔王様に許可貰って来たはいいけど……で? って感じだ)
用がなくなったオースは街角に座り込み、行き交う人々をぼんやりと眺める。様子を見るに、この町における傭兵の存在感は変わっていないようだった。以前、あんな騒ぎを起こしたこともあり、警戒していたが――この姿を見て、近付いてくる傭兵はいなかった。あれだけ大騒ぎしておきながら、おかしなものだった。
(だ~れも絡んで来ねぇわ。もう、俺の姿なんて覚えてねぇってか。大したことのねぇ執着とプライドだなぁ。傭兵ってのは、そんな楽な仕事なのか? 魔王軍だったら、リュウホウにボッコボコにされて、テウメにネチネチ言われるぞ。侮辱した相手の顔を忘れて何してるんだってな)
傭兵達の楽しそうな顔を見ていると、自身の境遇が哀れに思えてくる。仕事の重みが、あまりに違い過ぎる。傷付いた心では、誇りには思えなかった。
「はぁ……」
ついてもついても、ため息は溢れてくる。一体、どうすれば止まるのかわからない。体が重くなる。このまま体が動かなくなって、街角に囚われてしまいそうだった。そんな時――。
「って!」
顔に何かがぶつかった。顔を上げると、近くにぐちゃぐちゃに丸められた紙が転がっていた。さらに、2人の傭兵が足を止めて、オースを見て嗤っている。
「おいおい、ポイ捨ては良くねぇーだろ~」
「こういうの興味ねぇんだもん。俺が好きなのは、ゴシップなんだよ。ったく、つまんねぇもんばら撒きやがって。こういう辛気臭えネタは、辛気臭え奴にお似合いだろー?」
「それもそうかぁ、ガハハハ!」
そして、彼らは、下品な笑い声を響かせ蔑みながら、遠くへと消えていく。
「辛気臭え……か」
反論する気力はない。こんな所で座り込んで、ため息ばっかりついていたらそう思われても仕方がないと。普段であれば、事実であっても絡みに行っていただろう。けれど、そんな元気も心も持ち合わせていなかった。
(そんな俺にぴったりの内容か。一体、どんなことが書いてあるんだろうな?)
オースは紙を拾い、ゆっくりと広げていく。
(これは……なんだろう。なんか、馬鹿みたいに文字が書いてある。読めるな。ランプト語で書いてあるみたいだな。ん? でも、書いてあることはラグランタイア王国のことじゃねぇか。ん~どこかで見たことある気がするんだが。あ、そうだ……これは、新聞って奴か。昔、俺の村にも売りつけに来る輩がいたな。だけど、文字が読める奴は少なかったから、金にならねぇってわかってからは来なくなったって大人達が言ってたっけ。随分とペラッペラだが、こういうのもあるのか……)
オースにとって、新聞紙のイメージはもっと分厚いものだった。しかし、今、手の中にあるのはたった1枚の紙切れ。一致しているのは、小さい大量の文字と数枚の写真があることくらいだろう。違和感を感じつつも、オースはその内容に目を通していく。
『ワールドニュース アナログ版 ラグランタイア王国 女性失踪事件 犯人は公爵夫人!? 今、ラグランタイア王国は衝撃に包まれている。王国で強い影響力を持つリー公爵夫人が、悍ましい事件に関与していた可能性が浮上しているためだ。王国では、この半年間に少なくとも600人の女性が行方不明となっている。捜査は行われていたものの有力な手がかりはないとされていた。しかし、ついに真実の紐が解かれようとしている。事が動いたのは、つい先日のことである。シャーロット=リー名義で国内の貴族の娘達の元に招待状が届いた。招待状には、娘達に教育を施すと共に先着順に経済支援を行うとも書かれていた。公爵夫人である彼女に疑問を抱く者はおらず、夫人の施しを受けるために娘達は出発した。その中で、1番最初に到達しようとしていたのはジュリアン=ハーソー。子爵の娘だ。ハーソー家は、魔王軍の襲来により領地を維持・管理することが困難になっていた。家督を守るため、ハーソー子爵は招待状を受け取るや否や、娘を誰よりも速く夫人の元へ送ろうとしたのだ』
その文章の下には、招待状の写真が載せられていた。それは、オースも見覚えのあるものだった。と言っても、本物ではなく、テウメが複製したものだが。招待状の文章は、文字が小さく読むことはできなかったが、送り主の名前はぎりぎり読み取れた。シャーロット=リー、確かにそう書かれている。
(こんな物まで用意しているとは……凄い情報収集力だな)
『しかし、それは叶わなかった。魔王軍の襲撃を受けたためだ。死者は出なかったものの、従者が顔を焼かれて重症となった。彼女は引き返し、町で助けを求めたという。その後、夫人の無事を確認するために、王国より兵士が派遣された。しかし、そこに夫人の姿はなく、茫然自失状態となった使用人達と無残にも惨殺された一部少女達の遺体があるのみであった。相次いで証拠が見つかり、使用人達は拘束、現在王国当局において尋問が行われている。加えて、重要参考人としてシャーロット=リー夫人の指名手配が決定した。適切な捜査が行われておらず、国による怠慢だと庶民の間で非難の声が上がっている。また、上流階級への不満と不審感が増大し、各地で暴動も発生している。これにより、国王は声明を発表。自身の至らなさを陳謝し、速やかな解決を国民に約束するとした。早急な解決が問われ、また国王の手腕も試されている――レフ=アニシモフ記者(サリーサン支社)』
(え? ランプト語で、ラグランタイア王国のことをサリーサンの記者が書いてるってこと? え? 何? どういうこと……? どういう意味? なんで、他国の人間がその国のことを書ける? え? 俺、なんか考え方が違うのか? いや、でも……ん~? 写真とかあるしなぁ。取材しに行ったのか? でも、ラグランタイアにも記者はいるだろ? どうして、わざわざこいつが? わからん、わからんぞ……)
記者の名前の後ろに書かれている国の名前を見て、オースは混乱する。
(だが、書いてある内容はデタラメじゃねぇ。俺の知らねぇこともあるが、多分事実が書いてあるんだろう……何となく)
淡々と事実が述べられていて、そこに記者本人の個人的な感情や考察はない。魔王軍のことに触れても、憶測で無理やり結びつけようとするような内容ではない。すると、自然と湧き上がってくる思いがあった。
(これで、魔王軍や魔王様の汚名は晴れるのだろうか?)
もし、これでシャーロットとその使用人達による犯行だったのだと、人間達が公表すれば、プロモーション大作戦は成功したと言えるだろう。ただ、人間達の間では、魔王軍への恨みは大きい。国への不満を、魔王軍に向かせようとすることもあるだろう。一体、どうなるかはまだ予測できない。残念ながら、オースの立場ではまともな判断ができる人間達がいることを願うしかできない。
(そうか、こういう風に新聞とかで情報を得れば……人間達の世界の動きが、人間の視点でわかる。練習も兼ねて、人間達の動きを探ってみるか。その道中で、あいつに会えたらラッキーってことで)
そこで、オースはしばらくこの姿でいることを決めた。仕事の結果を見届けるため、シアンに衣装を返すために――。




