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勇者の兄から魔王の配下へ  作者: みなみ 陽
第七章 魔女ノ目指しタ芸術ノ果テ

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頑張ッたつモりになッテた

 オースは、困惑していた。


「なんで……感謝されたんだ」


 意識を失い、動かなくなったシャーロットが笑みを浮かべて述べた感謝の意。だが、オースには自覚と自信がある。感謝されるようなことはしていないと。


(邪魔しかしてねぇんだけどな。どういうことだ?)


 異常なまでに執念を見せて、完成させようとした作品。目に光のない女性が、何かを求めるように手を伸ばす。その先には、もう1人の何者かの手。以前見た時は、性別の判別はつかなかったが、今見ると少し年老いた男性の手だと認識できた。芸術に疎い、オースですらわかる絵。不気味で暗いが、描かれているものは写真のようにリアルだ。


(もったいねぇな。人間としてはクソだが、画家としては凄いんだろうな。ん~……あ?)


 まじまじと見ていると、前回見た時と明らかに違う場所をもう1つ見つけた。


(そういえば、前見た時は白い部分あったよな。よく見りゃ、全然白い部分ねぇじゃん。全部、色がつけられてる。構想を変えたのか? 上手いこといかねぇと、すぐキャンバスを切り裂くから、前の絵とまったく同じようにはならねぇだろうけど……微々たる変化って奴ではねぇな)


 彼女は、手に入れた血が思ったようなものでないと、完成間近でも平気で切り裂いた。オースが観察していた期間だけで、一体どれほどの絵がゴミとなったか。


(でも、血は変わらずに探し続けたし……血を入れるつもりではあったんだろう。だが、一体どこに?)


「あ……」


 それは、あまりに自然に絵の中に溶け込んでいた。もしかしたら、予定していた量よりも随分と少なかったかもしれない。けれど、部分部分で見てみると、それは確かに血であった。


(この血は……こいつの……)


 恐らく、その血は拷問の際に飛び散った血。まだ、乾いていない。他ならぬ、シャーロット自身の血であった。ちょうど、目に光のない女性の服の襟元に、模様のように付着していた。


(まさか、これを見てありがとうって言いやがったのか? 俺は、片目を潰してやったんだぞ? しかも、あの状態で……絵の細かい所に気が付いて? いや、そんなこと……あるのか?)


「腐っても、画家か……」


 その時、地下に向かって勢いよく駆け下りてくる足音が響いた。随分と焦っているのがわかる。何か異変を悟られたのかもしれない。


(追い返した女の仲間……は、流石にまだ来ねぇだろ。となると、ありうるのは使用人って所か。1人、客人が消えてるしな。だが――俺の仕事はもう終わりだ)


 2人の体の転移が始まろうとしていたが、オースは絵のことが気になって仕方がなかった。


(なんで、こんなに絵のことが気になるんだ。別に、こいつのファンでもなければ、絵に興味もねぇってのに……)


 完全に転移する間際、オースはキャンバスに手を伸ばした。


(とりあえず、持って帰るか。手元に置いておけば、どうするかはゆっくり考えられるしな――)


 その数秒後、足音の人物――使用人が辿り着く。その使用人は、先程オースに対応していた彼だった。息を切らしながら辿り着いた彼は、その光景を見て唖然とする。そこには、誰1人として残っていなかったからだ。


「お、奥様……?」


 あったのは、キャンバス立てと異臭と血溜まり。それと――シャーロットの体の一部であった。


***

 オースは、電子音が鳴り響く薄暗い空間へと転移させられた。見たことのない物が所狭しと並んでいる。オースには、何に使うのか用途がほとんどわからない。


「ここは……」

「お帰りなさい」


 近くにあった椅子がくるりと回ると、テウメが現れた。立派な背もたれで、完全に存在が隠されていた。が、急に現れても今回は驚かない。どこかにいるだろうとは想像できていたからだ。


「あ、終わったぜ。つか、ここ、何?」


 回収したシャーロットを指し示しながら、この空間の場所の説明を求めた。何はともあれ、仕事は終わった。大した話もない、とオースは考えていたのだが――。

 

「……その前に、いいですか?」


 椅子からふらりと立ち上がると、オースの真正面に立つ。


「え? 何? つか、なんか怒ってる?」


 オースは、恐る恐るそう尋ねた。般若のような顔をしていた訳でもないし、怒鳴られた訳でもない。が、いつになく冷たい瞳を見て、怒りが確かに伝わった。体が緊張して、まるで氷漬けにされたかのような気分だった。


「怒ってます。とっても怒ってます」

「なんで?」


 その問いかけに対して、ついに怒りを爆発させた。そして、早口でまくし立てるように、彼女は言う。


「なんで? あ~……自覚ないんですねぇ。まぁないですよね。ないから、呑気に私と向き合えるんですよね」

「え~えっと……」


 なんと返すべきか考える間もなく、彼女は続ける。


「あの時! 貴方が従者として、手続きを受けていた時! 力の効果が薄れかけてきていたでしょう。もし、あのままだったらどうするつもりだったのです? 私が、あの場で引き剥がせたから良かったものの……滅茶苦茶になっていましたよ!」


 その言葉を聞いて、オースは気付く。


「はっ、まさか……あの時、あいつを呼びに来た婆さんって、テウメか!?」


 手続きの最中、オースは自身にかけた能力が解けかけていた。しかし、それをどうにかする術も持たず、ただ焦っていた。そこに現れたのが、白髪の高齢女性。あの使用人は、メイド長と呼んでいた。そのことからわかるのは、テウメがあのメイド長になりすましていたということだ。オース達のように。


「えぇ、そうです。どうにもならない胸騒ぎ……もしやと思って覗いてみれば、あの様。甘い、甘過ぎるんです。何のための水晶ですか、何のための魔物ですか。許されざる失態です」

「そりゃ、悪かった……と思うけど」

「思うけど?」

「失敗するのは仕方ねぇじゃん。俺だって、適当やった訳じゃねぇし」


 あの問題点だらけの道具を用い、シャーロットの存在を突き止めた。そして、彼女が元凶であるかを知るために、身を削って徹底的に探った。が、その観察の中で目撃できなかったものと自身の不調と能力の限界が訪れ、少し手間取った。決して、適当に仕事をこなしたりはしていない。


「私は、失敗したことを怒っているのではありません。自分で拭えないような失敗をしたことに怒っているのです。私だって、何度も失敗しています。けれど、その失敗は自分自身で処理してきました。処理できる程度になるよう、見極めてきたからです。貴方はどうですか? 取り返しのつかない失敗にならないよう、何かしらの努力をしましたか?」

「俺なりに……色々と頑張って……」


 それ以上の言葉を続けることができなかった。もし、もう少し観察がしっかりできていれば。もし、自身の体調管理がきちんとできていたら。もし、あの場を丸く収められるだけの技量と力があれば。もし――と、自身の努力不足はいくつでも考えられた。


「頑張って、それですか」


 テウメの言葉が、決定打だった。その言葉で、オースははっきりと自覚する。


(頑張った……つもりになってた)


「――ごめん」


 そんなオースに言えたのは、その1言だけだった。


「失敗なんて価値のないもの。なくせるなら、なくすべきなんです。貴方も私も」


 言いたかったことを言えて、少しすっきり様子だった。そして、ひと息置いて、いつもの通りの柔らかな表情を取り戻す。それを見て、緊張がゆっくりと解けていく。


「自覚して下さいね。お仕事はお遊びじゃないんです。魔王様の名誉に関わってくるんです。貴方には、魔王様は期待されています。その思いを踏みにじることのないように。私も思わずフォローしてしまいましたが……本来なら、貴方1人でやることです。テストは失格。もう1度同じやり方で、次は頑張って下さい」


 彼女は厳しくも優しく、そう告げるのだった。

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