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勇者の兄から魔王の配下へ  作者: みなみ 陽
第七章 魔女ノ目指しタ芸術ノ果テ

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孤独ノ果てニある愛ヲ探シ求めて

 昔、シャーロットは孤独だった。


「ごめんなさい、お母様。ごめんなさい……お願いします。もう、やめて……」

「うるさい!」

「きゃあっ!?」


 彼女の母は、思う通りにならないと容赦なく暴力を振るった。


「こんなくだらない絵ばっかり描いて。しかも、趣味の悪い絵だ。こんなだから、お見合いも上手くいかない。お前の気味悪さが、この絵に出てるんだ!」

「ごめんなさい、ごめんなさい……」


 そして、彼女は謝ることしかできなかった。母の言うように、出来の悪い自分を呪っていた。


「頭も悪いし、顔も悪い。加えて、趣味も悪い。こんなお荷物を産んだ覚えはないね! 顔を見るのも吐き気がする。次のお見合いで失敗したら、わかってるだろうね」

「はい……」

「このゴミ娘が」


 父は気性が荒く、母は子を子として見ない。兄弟も卑しく、姉妹も出来の悪いシャーロットを見下していた。家は、家と呼ぶべき場所ではなかった。家族は、家族と呼べるようなものではなかった。家族から与えられるのは愛ではなく、暴力と罵詈雑言。彼女は、被害者であった。けれど――。


「何を……何を見ているの」

「え、えっと……ここにいるようにと……お嬢様が……」

「そんなの覚えてない!」

「きゃっ!」


 彼女は、近くで息を殺すように控えていたメイドを引っ叩いた。自身がされているように、理不尽をぶつけた。


「お前は、ずっと私を馬鹿にしたような顔で見てた。お母様に殴られる私を!」

「そんな、そんなことありえません!」

「口答えをするなっ!」

「いやっ! う、うぅぅ……」


 同時に、彼女は加害者であった。自身がされたことを、自身より弱い相手に向ける。そうすることで、彼女の心は晴れた。絵は、決まって誰かを甚振った後に描いた。故に、そう簡単に誰かに理解して貰えるようなものではなかった。

 そして、ある時、キャンバスにメイドの血が付着していることに気がついた。どろりとした赤黒さが、何故か彼女の心を打った。筆に血を付け、思うがままに描いた。そうして、完成した絵は――次の見合い相手であるローハン=リーに認められた。


「君の絵は素晴らしい。俺は気に入りました。特に、この赤……これは血? こんな所で、くすぶるには惜しい絵ですよ。どうでしょう? この俺と結婚すると言うのは」


 彼に認められて、周囲から否定され続けた絵が日の目を見た。どんよりと沈んだ陰惨な絵。だが、そこに描かれている人や物は今にも動き出しそうなほどにリアル。今までになかった表現のあり方に、絵だけでなく彼女自身も評価された。突然、批判の声はあった。けれど、いつしかなくなった。ローハンが消したからだ。

 彼には、拷問する趣味があった。戦争の相手は勿論、自身や身内を否定する者にも何かと理由をつけては捕らえ、処刑した。元々力はあったが、王族の血縁者であるシャーロットと結婚したことで、より影響力が強まった。


「ご覧、この顔を。絶望が美しく、この男の顔を彩っている」

「えぇ……本当に素敵! 是非、絵にしたいわ!」


 たった1人に認められたことで、彼女の立場は飛躍的に向上した。最も、時折来る両親と国王からの圧力には刃向かえなかったが。それでも、彼女は幸せだった。豊かな生活に子供達、評価される絵画。ようやく、1人の人として生きることを許された気がして。たとえ、それが誰かを傷付けるものだったとしても。

 けれど、そんな幸せは長続きしなかった。


「……どうして、どうして? どうして、私を置いていくの!」


 ある日、ローハンが息を引き取った。未知の病だった。ゆっくりと衰弱し、死に向かっていく様を眺めることしかできなかった。彼は大好きだった拷問をやめ、不死の薬を作ることに明け暮れた。けれど、完成などすることはなく、彼の死と共に闇へと消えた。それから、彼女は強い孤独に苦しむようになった。そして、より拷問と絵画にのめり込んだ。そうして、彼女はある思いを抱いた。


 ――もう全てを終わりにしたい、と。


 だが、このまま終わらせるのは美しくないとも思った。だから、決めたのだ。最期に、彼のためを思って作った作品を世に出し、生涯を終えることを。故に、この作品を完成させることは絶対だった。愛する人のことを思うと、自然とこだわりも強くなった。最も美しい血で、最も美しい構図で、もっと絶望を滲ませて、彼への手向けにしたかったから。それが、結果的に魔王軍を呼び寄せることになるなど思いもしなかった。


 そして、シャーロット=リーの最後の作品を手掛け始めて少しした頃、使用人が危険を知らせていた。


「あ、あの奥様……」

「何? 見ての通り、私は忙しいのだけど」

「実は、あまり良くない情報がありまして……」

「はぁ? 何?」

「そ、その……一部役人達の間で、奥様が魔王軍と内通しているとかどうとかと……」

「ふん、そんなこと?」


 領地に住む女性の失踪事件、完全犯罪をしていた訳でもなかったので、疑いの目はすぐに向けられた。使用人達は酷く怯えていたが、彼女は余裕綽々だった。


「ですが、これを放置していれば、実家やお子様方の嫁ぎ先……いずれは、王の耳に!」

「私は公爵夫人よ。それに、芸術の発展にだって貢献してきた。王だって、そう簡単に私を殺せやしない。どうせ、大した証拠も掴めていないから、噂程度なのでしょう? だから、気にせずいい素材を連れてきて頂戴」

「し、しかし!」

「何? 物分りの悪い子は嫌いよ!」

「っ!」


 昔からの付き合いでも、彼女のために尽くし続けた者でも、容赦はしなかった。いつだって殺せるのだと、凶器をちらつかせて脅した。


「わかった?」

「……はい。申し訳ございませんでした。失礼致します。ディナーの支度が整いましたら、また伺います」

「えぇ、そうして頂戴」


 自身の立場や命が危ぶまれても、作品作りだけはやめることはできなかった。


「……時間の問題かしら。急がなくちゃ」


(別に捕らえられても困らない。子供達は、皆遠くの国にいる。私が捕らえられても、影響はあるだろうけど……少ないはず。故郷がなくなるだけ。大きなダメージを受けるのは、この国にいる私達の親族。苦しむだけ、苦しめばいい。知ったことじゃない)


「うふふ……」


(不思議ね、殺されるかもしれないのに、こんなにも高揚してる。この絵を完成さえされば……何も思い残すことはないわ)


 最愛の人のためなら、その他の全ての人に恨まれようともいとわない。実の子供でも、家族であっても。彼女が知った愛は、孤独の果てにあるものだったから。


***


(あぁ……届かない。あと、もう少し……だったのに)


 四肢は固定され、手足の爪は剥がされ、目は1つ潰され、前歯は折られた。ひと通りやって満足したのか、最後に彼女の腹部を突き刺して笑っている。けれど、そんなことより、彼女には作品のことで頭がいっぱいだった。片目の視界で辛うじて、ぼんやりと作品が見える。完成まであと1歩、ローハンとシャーロットの愛した絶望のみをそこに彩ることができなかったのだと――。


「あ……」


 ぼやけた視界の中で、一瞬だけピントがあった。その一瞬は、落ちていく意識の中に焼き付いた。作品は、気付かぬ内に完成していた。キャンバスには、こだわり続けていた血があった。正確には、飛び散っていた。彼女の血が。


(頑張って探し続けたのが馬鹿みたい。まさか、この私の血が1番絶望的で……美しかったなんて。となると、私は彼に助けられた訳だ。私をこんな目に遭わせる奴、中々いないものねぇ)


「あぁ? まだ生きてんのか? しぶてぇババァだな」


 オースが、見下ろす。まだ息のある彼女を見て、嗤っているのがわかる。しかし、怒りは沸かない。後悔もない。何故なら、彼のお陰で全て満たされたのだから。命の灯が尽きる寸前、余力を振り絞って彼女は言った。


「――ありがとう」

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