過去ノ行いハいツか自分ニ
秩序と理性のない攻撃の最中、オースは観察を続け、ついに特徴を掴む。
(魔術が発動した後、俺に当たらなかったら消滅してる。まぁ、当たり前か。ずっと残ってたら、この空間岩ボコと棘だらけだしな。消えるのは、発動してから前後あるが大体30秒後ぐらいか)
「っと、あぶねぇ」
首元ぎりぎりを、薔薇が通り抜けた。首元がすーっと冷えていくのを感じる。
(見過ぎてた。気をつけねぇと大怪我だ。よくわからんが、治りが悪いからな。こんなことで、タイムロスはしたくねぇ)
「……小賢しい。小賢しいのよ! 蝿みたいで鬱陶しい! 私を辱めないで! たかが魔物の分際で!」
先程まで泣いていたとは思えないほど、鬼のような形相で彼女は荒ぶり始める。
(今度は怒り出したし、魔術の動きが変わった。あまり気分がコロコロ変わられたら、予見するのが難しくなるなぁ。コートで見れる確率も、コロコロ変わるし……さっきから外れてばっか。やっぱ、全然アテにならんな)
「俺を蝿呼ばわりとは……なら、大人しく殺されてろよ!」
「うるさいっ!」
筆の中央、茶色より下の所が紫色に輝く。そして、その筆で何かを描いた。すると、紫色の液体がオースに向かってくる。咄嗟に避けることはできたが、その液体が付着した箇所は素材を問わず朽ちていく。
(何あれ、毒!? おいおい、まだバリエーションあるのかよ。同時に3つとか卑怯だろ!)
薔薇に岩に、毒の攻撃。徐々に逃げ場が狭くなっていく。
(駄目だ。冷静になれ。落ち着け……見れば、わかる。あるはずなんだ、攻略のポイントが!)
ぐちゃぐちゃになりそうな思考をどうにか保ち、観察に務める。
(……あの女の周りだけ、魔術が発動してねぇ。そうか! 自分に当たったら、駄目だから……展開しないようにしてんだ。自分が発動しても、当たったら危ねぇんだ)
彼女を基準に、約30センチくらいだろうか。そこだけなら、安全が保障されていると言える。
(どうにかして、あの女の間合いに入り込めたら全てが大解決だ。だが、岩やら毒やら薔薇やらが邪魔で進めねぇし。岩は、俺の足元からだが、毒と薔薇はあっちこっちから――そうか!)
岩は、足元以外には出てきてない。下から、オースを串刺しにするつもりで現れる。だが、発動までに数秒のロスがあり、結果的にオースを追いかける形になっている。偶然にもその欠点を補う形で、他の魔術が発動されていたために気付かなかった。これらのことから、オースは1つの策を思いつく。
(もう、ここでもたついてる時間はねぇ。少々のリスクはあるが、別に死ぬ訳じゃねぇし。とりあえず、まっすぐ、あの女の所に!)
オースは意を決し、荒れ狂うように魔術を発動させる彼女の元に突進していく。逃げ回るオースの突然の変化に、一瞬彼女は驚いた表情を見せた。しかし、すぐに猟奇的な笑みを浮かべる。
「あぁ! やっと、私に下る覚悟ができた? 私も疲れたけど、貴方も疲れたのね。いいわ、存分に殺してあげる。そして、その血を見せてっ!」
彼女の高揚感に呼応するように、魔術の動きが激しく変化する。
(キモ! また魔術の感じが変わった……やば、避けられねぇ!)
コートの予測も、自身の予想とも違うその動き。身を翻したつもりではあったが、完全に避けることはできなかった。よりにもよって、右目に。目の部分は穴が開けられている。故に、直撃だった。右目に激痛が、視界に歪みが生じる。
(毒がっ! って、だからなんだ! 毒くらい、大したことじゃない!)
それでも、オースは挫けずに突進する。
「往生際の悪い蝿ね!」
「っ!」
拳が、彼女に届きかけた時、筆の根本が黄色に輝いた。その魔術を全身に浴びたオースは体の自由を失い、倒れ伏した。全身が痺れ、口すらも上手く動かせない。
(体が、痺れて……くっそ! この糞女!)
倒れ伏すオースを見下ろしながら、手を踏みつける。
「う゛……!」
「魔術の穴に気付いたみたいだけど、残念だったわね。あぁ、抱いた希望が消える瞬間はいつ見ても素敵! 願うなら、貴方の表情が見たかった所だけれど……まぁ、今から剥ぎ取って堪能すればいいわねぇ」
まるで、夢見る少女のように思いを語る。
(負ける。このままじゃ負けて、俺が……! 駄目だ、駄目に決まってる! そんなこと認められねぇ! 俺は、この糞女に必ず報いを受けさせなければいけねぇんだ! それに何より……この仕事を成功させて、魔王様の力になるんだ!)
その時、オースの中にある生命力が強く呼応した。激しいダメージを負ったオースの体に、エネルギーが迸る。これまでにない感覚に、驚きつつも確信を持つ。
(戻れ、俺の体っ! 全回復しろっ!)
強くそう念じると、これまでの傷や疲労、浴びた魔術による影響が一瞬で全て消え去った。嘘のように軽くなった体で、勝利を確信する彼女の足をもう片方の手で力いっぱいに引っ張った。
「きゃあっ!?」
油断していた彼女は無様に転げ、杖を手放してしまった。しかし、これでようやくオースの望む形へと持ち込むことができた。
(信じられん。マジで嘘みたいに元通りだ。あの疲労感もねぇ。能力を覚醒させたんなら、もっと酷くなると思ったのに……ま、今は置いといて。よ~やく、俺のターンだ!)
「さて、と」
オースは立ち上がり、彼女を見下ろしながら不敵な笑みを浮かべる。
「もう好き勝手はさせねぇぜ。お前の筆は、俺が預かっておく」
近くに落ちていた筆を持ち、コートのポケットに収めた。
「なんてことを!」
取り返そうと、彼女は立ち上がろうとする。
「手放すから悪いんだろ~? 大事なものは、何があっても手放さねぇようにしねぇとなっ!」
「う゛っ!」
もう2度と立ち上がらせまいと、思いっきり彼女の手を踏みつけた。やったことをそのままやり返すことができた喜びに、オースは高揚感に包まれる。魔術の分もお返ししてあげようと、炎をまとおうとしたのだが――。
「ここいらで、ひと炙り……あら?」
イメージは完璧だ。ただ、普段から体の中から溢れるものがない感じがする。どれだけ強く念じても、炎が出てくることはなかった。
(なんでだ? 炎が出てこねぇ。あー、もう!)
少なくとも、今はできないことに挑戦している場合ではない。できることで、彼女に報いを受けさせるべきだと判断した。
「ちっ! なら……こっちを使うかな」
壁にかけてある器具を持って、わざとらしく見せつける。
「触らないで! それは、私の物よ!」
「ほらほら、そうやって動こうとするから……これで手足を固定するんだよ! お前もやってただろ? 凄いよなぁ。これだと、硬い物でも貫通しちまうんだろ? そーれっ!」
踏みつけた手に、器具を突き刺す。これは、幾度となく使用されているのを見た。これを両手足に突き刺し、拘束する。これが恐ろしいのは、骨は勿論、鉄や鉛すらも貫通してしまう所だ。
「あ゛あっ!」
この痛みを味わうのは、恐らく初めてだろう。何とも哀れな表情だ。
「いい表情だな。あぁ、でも後3本あるからな。全部最高のリアクションで頼むぞ。大丈夫だ。意識は失わないように、力加減は考えてやる。よ~く見てたんだ」
「う……どういう、こと……」
水晶越しに、彼女のやり方は嫌というほど見た。即死しないように、どこに痛みを与えるべきか把握している。
「どうせ、理解できるほど頭は回らねぇだろ。そんなことを考えるより、今は……」
器具を持ちながら、オースは耳元で囁く。
「自分の行いを振り返りながら、自分がどんな目に合うか……想像してみればいい」




