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勇者の兄から魔王の配下へ  作者: みなみ 陽
第七章 魔女ノ目指しタ芸術ノ果テ
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ソの筆ハ何ヲ描くノか

「これは、一体どういうことかしら。どういう神経をしているのかしら。私の高尚な芸術を妨害するなんていい度胸ね」


 背中越しからでも、シャーロットの怒りが伝わってくる。


「こうしょう? 何それ」


 何とも思っていないぞとアピールするため、わざと言葉の意味を尋ねる。


「意味も分からないの? 大した教育を受けてないのね。侵入できたことだけは褒めてあげるけど。目的は何? お金?」

「悪いね。でも、教育を受けてもお前みたいになるんだったら、別に受けなくてもいい。金なんかいらねぇよ。欲しいものなんてねぇ、俺は……お前から奪うだけだ!」


 そう言うと、彼女の頬に右腕を押し当てた。

 

「きゃっ! 熱い!」

「ちょっと炙っただけだろ。お前がやってきた味付けの比にもならねぇ」


 火傷は残るかもしれないが、命に関わるようなものではない。瞬殺することが目的ではない。いたぶって、徐々に壊していくことが目的だ。


「ふざけないで! こんなこと、許されると思っているの!?」

「あぁ、思ってるよ。お前になら、な!」

「う゛!」


 オースは、力いっぱいに彼女を蹴り飛ばす。呆気なく転がった彼女は、ここでようやくオースの姿を見る。


「貴方……一体何者なの?」


 全身を覆い隠すコートと、顔に巻かれた包帯。流石の彼女も、戸惑いを覚える。


「俺は、魔王様に従う者。お前を殺しに来た」


(決まった。こういうのかっこよく言ってみたかったんだよな)


 彼女を見下ろしながら、心の中でガッツポーズを決めていた。少しだけ自信を取り戻せた。


「魔王軍……? ここは、前線ではないわよ。どうして、わざわざこの私を殺しに来たのかしら」

「お前が好き勝手やったせいじゃないか? もう少し上手くやってくれていれば、こんなだりぃことをせずに済んだのによ」

「私は、公爵家の女。この国において、好き勝手は許されるわ。そもそも、周りにああだのこうだの言われた記憶はないわ」

「あぁ、そうだろうな。周りで、ああだこうだと言う奴はいねぇだろうな。言いたい奴はいるかもしれねぇけどな」


 指摘する度胸があるのなら、とっくに反旗を翻しているだろう。ないからこそ、何も言わずに従い続け、残虐行為の片棒を担いでいる。

 

「つまり? はっきりと仰ったら? 嫌いなの、やんわりと遠回しに言ってるつもりなのが」

「お前のやっていることは、少しずつ明るみに出てる。そして、こう言われてんだ。『リー家は、魔王軍の協力者だ』ってな。これが、問題なんだな。お前が芸術に磨きをかければかけるほど、魔王様の名に傷が付く。魔王軍としては、当然見逃すことはできない。そして、お前がこれまで魔王軍に擦り付けてきた罪の報いも受けて貰う。だから、殺す」


 それを聞いて、彼女は吹き出す。


「ウフフ……フフフフフ! 知ったこっちゃないわね。確かに、私は娘達を多く殺したけれど……だから、何? まぁ、世間様が私を悪と捉えることは理解してあげられるけれどね。でも、それと魔王軍が結び付けられるのは、自分達の責任じゃなくって? 同じようなことをしているから、よりその悪名が轟いているから、そうなってしまうんじゃないの? 私の責任にされても困る」

「なん……だと?」


 明らかな侮辱。魔王に心酔するオースには、聞き捨てならないものだった。沸々と怒りが込み上げてくる。


「世間から見れば、魔王軍も私も同じ。仮に崇高であっても、そこに誰も興味なんてないの。ただ、殺しをしているということにだけ興味を引かれるの。まぁ、魔王軍の目的なんて誰も知りたくないし、理解なんて示さないでしょうけどね。そこの、正義気取りの魔王軍の方。言わせて頂くけど、貴方に私を裁く資格なんてこれっぽっちもない! 邪魔はさせない、作品は絶対に完成させる! 無礼者は、ここで散りなさいっ!」

「っ――!?」


 彼女の手元が黄緑色に光った途端、オースは壁に叩きつけられた。強風が、体をさらったのだ。


「女だからって舐めないで頂戴よ。これでも、公爵家の血筋なの。低俗な魔物風情に負ける女じゃないわ」


 よく見れば、彼女の手には大きな筆が握られていた。


(あれは、筆? あんなのに、俺は吹き飛ばされて……? しかも、なんか黄緑色に光ってねぇか?)


「な、ん……なんだ、それは……」


 オースの中で、筆は絵を描く物という認識。だが、魔力がそこから流れてくるのをひしひしと感じる。


「あら? 見たことないのかな~? いいわよ、私優しいから教えてあげる」


 これまで、リュウホウとの戦いの中で何度も叩きつけられてきた。その度に負う傷は、持ち前の回復力でどうにかなっていた。砕けた骨も、裂けた肉も一瞬で元通りだった。なのに、たかが1回、魔術で叩きつけられただけで、こんなに時間がかかろうとは。いつになれば、体が本調子になるのかわからない。


(ヤバい。凄く嫌な予感がする。でも、体が痺れて上手く動かねぇ。骨も折れてるし、血もまだ出てる感じだし……回復力も下がってる?)


「これは、杖。魔術の発動を補助する道具。筆を模した杖で、イメージをそのまま描き出せる」


 そして、毛先を今度は緑色に光らせる。すると、どこからともなく植物が現れ、壁で悶えるオースの四肢を捕らえようと伸びてくる。


(薔薇の……茎!? くっそぶっといのに、(つる)みたいにくねくね動きやがる! こんなものっ!)


 まとわりつく茎を、炎をまとい薙ぎ払う。


「杖の長所は、個人それぞれの欠点を補える柔軟性。短所は、壊れてしまったらそれで終わりな所。でも、最近の杖は凄いのよ。そんな欠点あったんだってくらい、耐久性に優れているの」

「聞いてもねぇのに、つらつらと言いやがって! 調子に乗ってんじゃねぇぞ!」


 ようやく怪我が癒え、痺れも落ち着いた所で、オースは壁から離れることができた。しかし、それでも薔薇は追ってくる。その棘だらけの茎で捕らえようと。


「あらあら、壁に叩きつけてあげたのに、もうすっかり元通り。美しくないわ。ここで使い勝手が良かったら、魔物も検討の余地に入れてあげる。どうやら、魔物の血も赤みたいだし」

「それは……聞き捨てならねぇな。魔物をそんなことに使われたら、あいつも怒る」


(こいつは、魔物のこと全然知らねぇんだ。まぁ、そういうもんか……この国は、比較的穏やかみたいだし、こいつは守られてるみたいだし。普通に生きてりゃ、血の色なんてわかんねぇよな)


「あいつ? 誰かしらね。興味ないけど」


 毛先が緑色に光ったまま、中央部分が灰色に輝き出す。今度はわかる。足元で魔力が激しく動いているのを察知できたからだ。


「あぶ!」


 石の床から現れるのは、岩。間違えても突き刺さらないようにと逃げる足元から、次から次へと現れる。加えて、薔薇も拘束しようと追いかけてくる。


(体は全然本調子じゃねぇが、動ける! 俺は、魔王様のためにここに立っている! この変人を抹殺するんだ!)


「さっきいい具合に直撃したのは、不意を突けたからかしら? しばらく触ってなかったから、腕が落ちちゃったのかもしれないわね。ねぇ、戦いがいがない? 私じゃ物足りない? その赤い血は、この程度ではたぎらないかしら?」


 すると、そんなオースを見て、突然落ち込んだ様子で攻撃の速度を緩める。


「はぁ? 何をごちゃごちゃと……」

「だって! 貴方が余裕綽々に逃げ回るから。私は、苦痛が見たいの! 苦痛が、絶望が血を彩るのに! でも、それができないのは実力で劣る私に問題があるのかもと思って。私が手玉に取らなければ、上手に味付けができないのに! どうして、私は肝心な所で……」


 彼女の涙から、大粒の涙が溢れ出す。


(情緒どうなってんだよ。笑ってたと思ったら泣き出したぞ! つか、ヤバイのは俺の方なのに! 十分、この俺を手玉に取ってるよ。こっちは、時間がねぇってのに! これじゃ、やり返す余裕がない!)


 そんな時、リュウホウに打ち勝つために、レイに言われた言葉を思い出す。


『焦っちゃ駄目だ。急いては事を仕損じるよ。大事なことに気付けなくなる。動きをよく見るんだ、動きを。まずは、観察だよ』


(そうだ、観察! こういう時こそ、相手の動きをよく見るんだ。攻略の基本は相手を知ること!)


 基本に立ち返り、薔薇と岩から逃げながら、彼女の行動を観察する。隙を突き、癖を見抜くために。


「うぅ……うぅ! 惨め、惨めだわ。貴方が動き回っているのを見ると、さっきまでの自分を思い出して恥ずかしい! 早くその足をもぎ取って、息の根を止めてあげる! そして、その血を見せて!」


 泣き叫びながら、再び攻撃の速度を上げる。


「うん、キモい! 勿論、お断りだ!」


 彼女の情緒のように乱れる魔術を避けながら、オースはその時を待つのだった。

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