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勇者の兄から魔王の配下へ  作者: みなみ 陽
第七章 魔女ノ目指しタ芸術ノ果テ

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イザ、コこかラ

(あ~……)


 死んだ魚のような目で、オースは話を聞いていた。いや、聞いている体を装っていた。頷き、理解しているように見せている。


「――以上のことから、シャーロット=リーが更なる発展と安定化のためにこの支援を行うものとする。と、読み上げてさせて頂きましたが、シャーロット様の信念はご理解頂けましたか? こちらの書類は、お持ち帰り下さい。では、こちらの書類をどうぞ。こちらは、財政支援に関わるものになります。王の下にあるこの国において、無断で行うことは許されませんので。まず、王に提出する書類が1枚と私共に提出して頂く書類が1枚になります。え~、まず書いて頂きたいのがですね――」


(長い。意味わからん。熱い。重い。もう疲れた。眠い。帰りたい。しんどい。長過ぎて、話が全然入ってこねぇ。いや、入ってきても理解はできんがな。あ~……あっちはどうなってんだろうか。まだ始まってはねぇだろうが、流石にヤバいかもな。あの女、獲物が手に入ったら我慢ができねぇからな)


 時計にちらりと視線を向けると、この部屋に来てから30分は経過していることがわかった。


(だが……この長話が終わる気配はねぇし、こいつが呼び出される気配もねぇ。しかも、どんどん体が熱くなってきてる気がするんだが……あ~なんか、もう! どうしたらいいんだよ。頭がぐるぐるしてくる……とにかく、ここを出ねぇと! トイレのフリしたらいいか? いや、でもなんかついてきそうだしな……)


 目と頭をぐるぐると回していると、トントントンとドアを叩く音が響いた。


「うん? 誰だ。今は、立ち入り禁止だと伝えたはずだが」


 彼はイライラした様子で立ち上がると、ドアを開ける。そこには、白髪の高齢女性が立っていた。格好を見るに、メイドのようだ。


「なんだ、メイド長か。わかっているとは思うが、今は取り込み中だ。要件なら、また後で――」


 彼女は、申し訳なさそうに口を開く。


「申し訳ございません、奥様が、貴方に頼み事があると……」

「何?」


 迷惑そうにしていた彼の表情が一変した。この屋敷において、シャーロットは絶対的な存在。後回しなど、到底許されるはずがない。


「実は、例のナイフを保管室に置き忘れてしまったと。あの部屋に立ち入れるのは、奥様と貴方だけ。こちらも大事な用事であることは重々に理解しております。ですが、奥様の機嫌を損ねるような真似は……できませんので」

「……そうか。わかった。では、こちらのご客人を頼む」


 何とも言えぬ表情を浮かべた後、彼はそう呟き、素早く部屋を後にした。


「えぇ」


 メイドは頷き、返事をする。勿論、受け取る相手はもうこの場にはいないけれど。


(何? 何なの? なんかトラブルか? まさか、もう……!)


 状況は変わったが、それがいい方向に動いたのか、悪い方向に動いたかのかわからず静かに狼狽える。


「あら? いけないわ!」

「う゛っ!?」


 オースの方に視線を向けたかと思えば、声を上げて、足早に歩み寄ってくる。変な汗が出た。心拍数が上がっていくのがわかる。


「お客様にお菓子も出していないなんて。彼も疲れているのね。ちょっと持ってきますからね。少々お待ち下さいませ」

「あ、あぁ……」


 その言葉に安心して、ふっと力が抜けた。上昇した心拍数を感じながら、呆然とすることしかできない。

 

「うふふふっ」


 にこやかな笑みを浮かべ、ゆっくりと部屋を後にする。そして、完成したのはオースだけの空間。


「はっ! チャンスじゃねぇか!」


 火照る体と混乱する頭でも、今の状況では俊敏に動けた。オースは息を呑み、覚悟を決めてドアを開ける。辺りを見渡すも、そこに人の気配はない。


(いけるぞ! 後は、魔物の気配を……見つけた。よし!)


 魔物の気配を辿りながら、オースは走っていく。その最中、体の火照りと重みは最高潮に達した。


「がっ!」


 異変を感じ、手を見てみると体がどろりどろりと溶け始めていた。


「くっそ……全然持たねぇ。こんなもんかよ……!」


(魔物の方も、元に戻り始めてるかもしれねぇ! ヤバい、ヤバい! まさか、こんなにあっさり戻っちまうなんて!)


「くっ、はぁ、はぁ……!」


 足をもつれさせながら、必死で走る。だが、溶ける足を上手く操れず、大きな音を立てて転げてしまう。


「いっでぇ……あぁ、くそっ!」


 それでも、必死に立ち上がり、反応がある場所に向かう。立ち上がった時には、既に元の姿に戻ってしまっていた。


(あぁ、ちょっと体が楽になった。さっきまでと比べたら、ずっとマシだ。もうちょい本気出して走れそうな感じだ)


 もし、ここで屋敷にいる誰かと鉢合わせるようなことがあれば終わり。けれども、何故だかこのまま問題なく進めそうな気がした。人手不足とはいえ、屋敷の管理と維持ができるくらいにはいるはずなのに。まるで、誰かが人払いでもしたかのような――。

 そんな不思議な気持ちで駆けていると、魔物の反応がどこから示されているのか明確になる。


「ここか……」


 目前には、ひと際大きい扉が構える。ここにいる、そんな雰囲気が漂っていた。


(全然誰ともすれ違わなかったな。なんか、妙な静けさと言うか……こっちとしては好都合だが。なんか、引っかかるぜ。でも、行かなきゃ)


 意を決して、オースはドアを開けたが――誰もいなかった。けれど、いた形跡はあった。2つのティーカップに、食べかけのお菓子。持っていたバックが無造作に置かれてあった。


(いねぇ……だが、反応は確かにここに。あっ! そうか!)


 一瞬焦ったが、水晶で見た数々の光景を思い出す。あの趣味の悪い空間は、確かにこの部屋にある。シャーロットの行動をなぞるように、オースは歩みを進めた。


「確か、ここをっと……」


 暖炉の前に立ち、その上に飾られた写真立てを回転させた。すると、暖炉の隣にあった本棚が横にスライドする。そこに現れるのは、地下へと繋がる階段。


「地下への入り口。隠し通路。地獄への一本道、か」


 その入り口の前に立つと、僅かに臭いが漂ってくる。


(なんか、入口から既に血生臭い……が、この先にいるのは確かだ。必ずや、あの女に罰を与えてやる)


 侵入を悟られないよう、気配を殺しながらゆっくりと階段を下っていく。下りれば下りるほど、臭いがきつくなる。そして――響いてくる。


「――貴方、本当に無口ね。この場所に来ても、何も言わないなんて初めて。そもそも、素直にここに入ってくれた子も初めてね。何とも思わないの? ほいほいと動いてくれて、とても助かる訳だけども」


 いつものように、目の前にいる少女の心をじわりじわりと痛めつけているようだった。中身は魔物であるため、味付けと称するその行為も無意味だが。そして、それに精を出せるのは、魔物が少女に化け続けられているからだろう。


(魔物だと大騒ぎになってる気配はねぇな。喋らねぇことだけを気にしてるみたいだが……正体が露になって来てたら、突っ込むのはそこじゃねぇもんな。俺は、化けの皮が剥がれたのに……なんでだ? まぁ、いいか。そんなことは後考えよう! 今は――)


 階段を下りきり、壁を挟んで向こう側にシャーロットがいる状況になった。息を潜め、右腕に炎をまとわせる。


「貴方は、とても綺麗だから期待できるわ。無反応なのが、惜しいわ。恐怖で、感情が丸ごと吹き飛んだの? いいえ、最初から無だったかしらね。それだけが残念だけれど、まぁいいわ。さて、じゃあまずは品定めを……」


 そう言うと、彼女は魔物の顔をナイフで切った。刹那、飛び散ったのは――銀色の液体。


「え?」

「とうっ!」


 驚く彼女の隙を突き、オースは素早く背後に立つ。そして、左手で口を塞ぎ、右腕の炎をちらつかせ囁いた。


「残念だったな。その女は、俺の作った偽物だ」

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