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勇者の兄から魔王の配下へ  作者: みなみ 陽
第二章 運命の時
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有象無象

「う゛あ゛あ゛あ゛っ゛! もうっ! 暗い! 暗すぎるっ!」


 まるで、喪に服しているかのような雰囲気に耐えきれなくなったオースが叫ぶ。

 食事は、家族の団らんの時間。特に夕食は、今日あったこと、感じたことを報告するささやかな幸福の時。しかしながら、この場はそれとは酷くかけ離れていた。


「あいつがいなくなって、もう2週間経ったんだぞ! それなのに、いつまでもうじうじじめじめぐだぐだと落ち込みやがって!」

 胃もたれするほど甘いスープ、生焼けの魚――料理好きな母とは、想像もつかない料理が食卓に並ぶ日々が続いていた。今日は、そのままの姿の野菜が盛り付けられサラダとして出された。


「まぁ、最初の1週間はわかる。気持ちの整理がつかない部分もあるだろう。だが、もう2週間経った! そろそろ、切り替えんかいっ!」


 ルースの席が、ぽっかりと空いている。それが、余計に両親の寂しさを増幅させていた。


「受け入れられないのですよ。本当に、あの子が勇者とやらになってしまったなんて……」

「兵士が報告に来ただろ。間違いなく勇者だったって」


 今朝のことだ。兵士がそう報告して、すぐに去っていった。あまりにも雑で、両親はただ立ち尽くすのみだった。

 そして、それは王側に丁重に扱う余裕もないくらいに追い詰められていることの証明でもあった。


「こんな村から英雄候補が生まれた……喜ばしいことじゃねぇか」


 国を救い、世界を救う大役だ。果たせば、未来永劫語り継がれることになる。オースを差し置いて、彼だけが。

 

「いつまでも……家族4人で暮らせるものだと思っていたんだ。でも、こんなことになって……僕は嬉しいより、寂しい」

「いつまでも? そんなの幻想だろ。なよなよすんなよ。わかってんのか? 夏野菜の種まきしなきゃなんねーの! 俺だけだと限界があんのよ! わかるよなぁ!?」


 父も傷心のあまり、まともに畑仕事ができなくなっていた。ヴァリアンテ家の所有する畑は広い。一人で作業するのは、とてつもなく疲れた。

 だから、そろそろ立ち直ってくれなければオースの体が崩壊してしまいそうだった。


「それは……すまない。父さんも母さんも気持ちを整理をするのが得意じゃなくて……」

「知ってる。だが、いつまでもウザいんだよ。いい加減にしねぇと、俺も出て行く」

「「えぇっ!?」」


 頭の片隅にもなかったその発言に、両親は目を丸くして驚く。


「なんでそうなるんだ!」

「そうですよ、オースまでいなくなってしまうなんて……死んでしまうわ!」


 ルースがいなくなっただけでこの有様だ。それは、大げさであるとも言い切れなかった。


「じゃあ、もうどうするべきかわかるよなぁ! 明日、ちゃんとできなかったら……マジで実行するからな!」


 オースは立ち上がり、2人を交互に睨みつける。強いるように伝えなければ、彼らは変われない。親子だからこそ、よくわかっていた。


「そんな……」


 ショックを受ける2人を後目に、オースは逃げるように外に飛び出す。

 

「オース!」

「ちょっと夜風に当たるだけだからな! 2人でしっかり考えておくように! 以上!」


 呼び止めた母を制し、ドアを力いっぱいに閉めた。そして、家の脇に座り込んで、壁にもたれかかる。


「はぁ……これで、ちょっとは雰囲気良くなるといいんだが。いや、むしろ悪くなるか? でも、直接言ってやらねぇと1年以上続く気がする……」


 どうせ、この村からは出られない。少しでも過ごす環境を良くしようと考えていた。


(あぁ……本当にあいつが勇者だったんだなぁ。なのに、俺はこんな村であんな両親を励ますだけの一農民。どうして……)


 星空を眺めてると、苛立ちよりも虚しさが勝る。


(俺も、あの存在感のない星達と一緒なのか……)


 星にも違いがある。煌々と輝き一際目立つ星と、目を凝らしてもよく見えない有象無象の星達。まるで、オース達を模しているかのように思えた。


「きゃーーーーっ!」


 柄にもなく感傷に浸っていた時、つんざくような悲鳴が村に響き渡った。


「なんだ!?」


 その悲鳴は、村の入り口に住む陽気な女性のものだとわかった。使命感に駆られ、すぐにオースはその家に向かった。


「大丈夫かっ!」


 駆けつけると、家の前で彼女は尻餅をついていた。命に別状はなさそうだった。


「あぁ、あぁ……お前さんは……ヴァリアンテの所の子か」

「どうしたんだ、俺の所まで悲鳴が聞こえたぞ」


 何か良からぬことがあったのは確か、状況を把握するために問いかける。


「どうしたどうした、魔物か?」

「どこだ!? どこだ!?」


 すると、悲鳴を聞きつけた村人達が武装して徐々に集まってきた。魔物が、村の中に入ってくることが稀にある。咄嗟に無防備で駆けつけるよりも、賢明な判断と言える。


「魔物が出たんだよ! 魔物がっ! しかも、よく見る奴じゃないっ! とてつもなく大きな奴だ!」


 彼女は身振り手振りを交えながら、必死の形相で当時の状況を伝える。やはり、魔物が原因だった。


「窓の外で何かが動くのが見えてね。確認しに行ったんだ。でも、夜だから何も見えなくて……懐中電灯を当てたら、いたんだよ! 蝶の羽を持ったどでかい魔物が!」


 蝶の羽を持った巨大な魔物、少なくとも村の周りで普段見かける魔物とは様子が違う。襲われなかったことだけが幸いだった。


「1人で確認しに行くなんて……」

「いつもの可愛い魔物ちゃんじゃなかったってことなのかぁ」

「良かったなぁ、大事なくて」


 恐々としていた村人達に、安堵の表情が浮かぶ。だが、侵入していないという事実が明らかになっただけで、根本的なことは何1つとして解決していない。


「だが、このままってのも危険じゃねぇ? たまたまって可能性がある。魔物がどれだけ知性とかあるのか知らねぇが、懐中電灯の光で何かがいると認識させた可能性もあるだろ」


 自分の生活を守るという使命感も勿論あったが、その魔物を見たいという好奇心と暴れたいという願望の方が強かった。発散するため、それっぽく村長に提案した。


「オースの言う通りだ。ただでさえ、ここは城からも離れていて、警備もされとらん。何人かで討伐隊を組み、その魔物を撃退するか……」


 見事にそれが通り、オースの心は躍り始める。


「撃退! いいねぇ! かっこいい響きだ! やろうぜ、やろう!」


 周りがざわつき恐怖する一方、オースだけが弾んでいた。その姿を見て、村長は眉間にしわを寄せる。


「なんでそんなにノリノリなんだ、お前は……」


 冷たい視線を向けられて、オースは少し冷静に戻る。


「とにかくあば……じゃなくて、村の危機だろ! 村の若い男が張り切らなくてどうすんだ!」


 口が一瞬滑りそうになったが、慌てて訂正する。若い戦力は自分だけなのだから、張り切っているのだと。


「やるぞー! おーっ!」


 満面の笑みを浮かべ、夜空に拳を突き上げた。


「はぁ……空回りするなよ」


 少し呆れた様子で、村長は言った。


「で、いつ行くんだ? 今から? 今すぐか?」


 目を輝かせながら、村長に詰め寄る。


「いや、しっかりと対策を練ってから行くぞ。情報のない相手だからな。明日以降だ」

「えー……どっか行ったらどうするんだよ」


 気持ちが高まり始めていたのに、へし折られた気分であった。


「どっか行ってくれるなら、それに越したことはないだろう? 魔物は強い。しっかりと準備することが大事だ」


 そう諭されて、オースは肩を落とす。楽しみは、明日以降にお預けになった。

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