決メらレた人生ノ外側ニ
昼下がり、馬車に揺られて1人の少女がシャーロットの居城へと向かっていた。
「はぁ……」
「お嬢様? 体調でも優れませんか?」
従者が、ため息をついた彼女を気遣う。
「いいえ、少し憂鬱なだけ。私は、どこまで行っても道具なのだと思うと……はぁ……」
彼女は、貴族の娘。しかし、昨今の魔物騒動のお陰で借金がかさみ、家は危機的状況に立たされていた。そんな最中、家に届いたシャーロットからの手紙。
丁寧に聞こえがいいように書いてあったが、要するに「娘を差し出せば、経済的支援を行う。早ければ早いほど、評価する」というものだった。それを見た両親は、すぐに彼女を出すことを決めた。そこに、彼女の意思などなかった。
「前向きに考えましょう、お嬢様。名門の方から、直々に教育を受けられるのです。これからのためになります」
従者が、彼女を慰めるも励ましにはならない。
「商品価値を高めなさいってことかしら? 嫌だわ、私は別に素晴らしい女になりたい訳じゃないのに。私は私よ。自由に生きたいわっ!?」
話をしていると、突然馬車が止まった。
「何事だ!?」
従者が、御者に確認する。
「それが……道に、人? が急に現れて……動かないんです。危うく轢く所だった……」
御者は、声を震わせながら言う。危うく大事故。貴族の乗る馬車で何か起こしたら、廃業は確定。命にも関わる。
「おーい! ちょっとどけてくれないか! 馬車が通れないから!」
彼は、大声でそう呼びかける。道幅も狭く、馬車はその道を進むしかないのだ。
「おーいってば!」
しかし、現れた人物は動かない。彼は、再度叫んだ。
「参ったなぁ……」
さも当然であるかの如く、そこに直立する人物。彼は困った様子で、頭を搔いた。
「どうしたんだ!」
進展しない状況に、従者は腹を立て声を荒げる。
「微動だにしてくれなくて。もしかして、強盗だったり……」
「くだらない! こっちは急いでいるんだ。あの方を待たせるようなことがあれば、主人の立場が危うくなる。私が言おう」
彼女の父は、子爵。貴族ではあるが、階級は下。公爵夫人であるシャーロットの機嫌を損ねれば、ますます立場が危うくなるだろう。子爵から、誰よりも最初に到着するよう厳命が下っている。
「何をしている! 邪魔だと言っているだろう! そこをどかんか!」
従者は身を乗り出して、現れた人物に抗議する。
「ちょっと、やめなさいよ。大人げない。相手の事情も聞かないで、一方的だわ」
その姿を見て、彼女は耐えきれなくなり従者を制した。そして、彼女も身を乗り出す。だが、道の中央に立つ人物の姿を見て、思わずぎょっとする。黒いコートに身を包まれ、顔面も包帯で隠されていて表情が読み取れなかったからだ。それでも、彼女は偏見の気持ちを捨てて、その人物に呼びかける。
「ごめんなさーいっ! でも、急いでいるのは本当なの! 何か困っていることでもあるのー!?」
すると、その人物はゆっくりと歩み寄り、馬車の隣に立つ。襲う訳でも、何かを喋る訳でもなくじっと彼女を見つめていた。何とも言えぬ空気感に、彼女は困惑する。
「えっと……」
「お嬢様の質問に答えぬか!」
従者がより強く言うと、ついにその人物は言葉を発した。
「うるせぇなぁ。答えるために、わざわざ来てやったんだろ」
実に気だるそうに、頭を掻く。声から、男性であることがわかった。
「何?」
「ここから先に行かれたら困る。行かなけりゃ、俺は困らねぇ。ただ、それだけのこと。つまり、わかるな? お前らは、引き返せ。そうすれば、俺は何もしない。そして、お前らも無事で済む」
表情は読み取れないが、何となく笑っているような気がした。
「何を馬鹿げたことを! さては、貴様……我らを陥れるために邪魔を……」
「陥れる? それこそ、馬鹿げたことだ。ったく、黙って帰れって言ってるだけなのに。つーか、決定権は雑魚にはねぇだろ。お誘いが来てるのは、そこの女だろうが」
何も言わない少女を指差し、何か言えと命令する。
「な……」
思わぬ指摘に、従者は唖然とする。
「お前、帰るか? 帰らねぇか?」
「え? えっと……そんなこと、私には決められないと言うか……行かなければならないと言うか……」
「ふ~ん……惨めだな。だから、行くってか?」
「仕方ないじゃない。娘とは、そういう物なのよ。行けと言われたら、行くしかないの。だから……貴方の困りごとに協力はできない。貴方が何者であったとしても、私は辿り着かなければ……」
目を潤ませながら、彼女は絞り出すような声で言った。
「……そうか」
彼女の瞳から、涙が零れ落ちた。その様子を見て、従者は殺意を露に手に魔力を込める。それに気付き、彼女は叫び止めようとした。
「やめてっ!」
だが、空しいことに、魔術で作られた石は怪しい人物の顔面に直撃し、抉った。
「きゃーっ!」
噴き出す血、直視できないほどおぞましい光景。即死――だと思った。
「ったくよ~……人間だったら、即死じゃね? これ」
「な、何だと……!?」
しかし、その人物の顔は包帯ごとまとめて復活した。攻撃されてから治癒するまで、僅か10数秒。血も地面に残るのみ。浅い傷ならまだしも、体の一部が欠けるような大怪我を治すなど、どんな高名な魔術師でも成せぬ芸当だった。
「わ、わ……わわわわ……」
「え、え……?」
御者は狼狽え、少女は混乱していた。その中で、従者は立ち向かう覚悟を決めた。
「ば、化け物めっ! さ、さては貴様は魔物かっ!? こんな危険な奴、お嬢様に触れさせてなるものかっ!」
従者は怯えながらも、馬車から飛び出して構える。
「こんな所で、時間をあんまり使いたくねぇんだがなぁ。黙って引き返せばいいって、どれだけ説明すればわかるんだよ」
「魔物を見逃してなるものか! 貴様らのせいで、我々はっ!」
身分が保証する未来。先祖代々受け継いできた財産と名誉。それらが全て、魔王軍が奪おうとしている。その苦悩に悶える主人の姿が、脳裏によぎった。
「あ~……ほんっと、話が通じねぇ。痛い思いさせられたし、急いでるし、どうなっても仕方がねぇよな?」
そう呟くと、右手に炎をまとわせる。そして、一切の躊躇いなく、従者に急激に接近する。
「くっ!」
「魔物だって生きてるんだぜ? 意思だってある。あぁ、でもそうか……馬車の女は、魔物以下か」
「お嬢様を侮辱するなっ!」
伸ばされた手を、シールドで跳ね返す。
「ふん、お前も同じだろ。魔物以下の扱いをしてんだから。ちょっと聞いてみろよ」
だが、燃える手は魔術で作られたシールドをいとも簡単に破壊し、彼の顔面を掴んだ。
「が、ががあぁ!? あ゛あぅ!?」
無防備になった彼の顔面は燃え、地を這うような絶叫が響いた。
「なんてことを!」
衝動が、彼女の体を突き動かす。馬車を飛び降り、火傷を負った彼の元へと駆け寄った。
「ね、ねぇ、しっかりしてよ!」
「安心しろ。顔面を、ちょっと炙っただけだろ。ま、ほっといたら死ぬかもだが」
彼女は、何も言わず睨みつける。唇を震わせながら、悶える彼を抱きしめながら。
「馬車で急いで帰れば、死なずに済むかもな? どうする?」
「行き先を……屋敷に」
沈んだ声だった。それでも、覚悟を決めていた。彼女は、魔術で従者の体を浮かせ、静かに馬車の中に乗り込んだ。
「今すぐにっ!」
そして、御者を奮い立たせるように叫んだ。
「はっ、はいっ!」
力強い声を聞いて、御者は慌てて方向転換をする。
「ハハハ……」
その様子を横目に、怪しい人物は愉快そうに、シャーロットの城の方角へと歩いていく。
「あっ……」
その拍子に、一瞬後ろ姿が見えた。彼女は、それで気付いた。黒いコートに、紫の紋章――怪しい人物は、魔王軍の幹部であることに。




