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勇者の兄から魔王の配下へ  作者: みなみ 陽
第七章 魔女ノ目指しタ芸術ノ果テ

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決メらレた人生ノ外側ニ

 昼下がり、馬車に揺られて1人の少女がシャーロットの居城へと向かっていた。


「はぁ……」

「お嬢様? 体調でも優れませんか?」


 従者が、ため息をついた彼女を気遣う。


「いいえ、少し憂鬱なだけ。私は、どこまで行っても道具なのだと思うと……はぁ……」


 彼女は、貴族の娘。しかし、昨今の魔物騒動のお陰で借金がかさみ、家は危機的状況に立たされていた。そんな最中、家に届いたシャーロットからの手紙。

 丁寧に聞こえがいいように書いてあったが、要するに「娘を差し出せば、経済的支援を行う。早ければ早いほど、評価する」というものだった。それを見た両親は、すぐに彼女を出すことを決めた。そこに、彼女の意思などなかった。


「前向きに考えましょう、お嬢様。名門の方から、直々に教育を受けられるのです。これからのためになります」


 従者が、彼女を慰めるも励ましにはならない。


「商品価値を高めなさいってことかしら? 嫌だわ、私は別に素晴らしい女になりたい訳じゃないのに。私は私よ。自由に生きたいわっ!?」


 話をしていると、突然馬車が止まった。


「何事だ!?」


 従者が、御者に確認する。


「それが……道に、人? が急に現れて……動かないんです。危うく轢く所だった……」


 御者は、声を震わせながら言う。危うく大事故。貴族の乗る馬車で何か起こしたら、廃業は確定。命にも関わる。


「おーい! ちょっとどけてくれないか! 馬車が通れないから!」


 彼は、大声でそう呼びかける。道幅も狭く、馬車はその道を進むしかないのだ。


「おーいってば!」


 しかし、現れた人物は動かない。彼は、再度叫んだ。


「参ったなぁ……」


 さも当然であるかの如く、そこに直立する人物。彼は困った様子で、頭を搔いた。


「どうしたんだ!」


 進展しない状況に、従者は腹を立て声を荒げる。


「微動だにしてくれなくて。もしかして、強盗だったり……」

「くだらない! こっちは急いでいるんだ。あの方を待たせるようなことがあれば、主人の立場が危うくなる。私が言おう」


 彼女の父は、子爵。貴族ではあるが、階級は下。公爵夫人であるシャーロットの機嫌を損ねれば、ますます立場が危うくなるだろう。子爵から、誰よりも最初に到着するよう厳命が下っている。


「何をしている! 邪魔だと言っているだろう! そこをどかんか!」


 従者は身を乗り出して、現れた人物に抗議する。


「ちょっと、やめなさいよ。大人げない。相手の事情も聞かないで、一方的だわ」


 その姿を見て、彼女は耐えきれなくなり従者を制した。そして、彼女も身を乗り出す。だが、道の中央に立つ人物の姿を見て、思わずぎょっとする。黒いコートに身を包まれ、顔面も包帯で隠されていて表情が読み取れなかったからだ。それでも、彼女は偏見の気持ちを捨てて、その人物に呼びかける。


「ごめんなさーいっ! でも、急いでいるのは本当なの! 何か困っていることでもあるのー!?」


 すると、その人物はゆっくりと歩み寄り、馬車の隣に立つ。襲う訳でも、何かを喋る訳でもなくじっと彼女を見つめていた。何とも言えぬ空気感に、彼女は困惑する。


「えっと……」

「お嬢様の質問に答えぬか!」


 従者がより強く言うと、ついにその人物は言葉を発した。


「うるせぇなぁ。答えるために、わざわざ来てやったんだろ」


 実に気だるそうに、頭を掻く。声から、男性であることがわかった。


「何?」

「ここから先に行かれたら困る。行かなけりゃ、俺は困らねぇ。ただ、それだけのこと。つまり、わかるな? お前らは、引き返せ。そうすれば、俺は何もしない。そして、お前らも無事で済む」


 表情は読み取れないが、何となく笑っているような気がした。


「何を馬鹿げたことを! さては、貴様……我らを陥れるために邪魔を……」

「陥れる? それこそ、馬鹿げたことだ。ったく、黙って帰れって言ってるだけなのに。つーか、決定権は雑魚にはねぇだろ。お誘いが来てるのは、そこの女だろうが」


 何も言わない少女を指差し、何か言えと命令する。


「な……」


 思わぬ指摘に、従者は唖然とする。

 

「お前、帰るか? 帰らねぇか?」

「え? えっと……そんなこと、私には決められないと言うか……行かなければならないと言うか……」

「ふ~ん……惨めだな。だから、行くってか?」

「仕方ないじゃない。娘とは、そういう物なのよ。行けと言われたら、行くしかないの。だから……貴方の困りごとに協力はできない。貴方が何者であったとしても、私は辿り着かなければ……」


 目を潤ませながら、彼女は絞り出すような声で言った。


「……そうか」


 彼女の瞳から、涙が零れ落ちた。その様子を見て、従者は殺意を露に手に魔力を込める。それに気付き、彼女は叫び止めようとした。


「やめてっ!」


 だが、空しいことに、魔術で作られた石は怪しい人物の顔面に直撃し、抉った。


「きゃーっ!」


 噴き出す血、直視できないほどおぞましい光景。即死――だと思った。


「ったくよ~……人間だったら、即死じゃね? これ」

「な、何だと……!?」


 しかし、その人物の顔は包帯ごとまとめて復活した。攻撃されてから治癒するまで、僅か10数秒。血も地面に残るのみ。浅い傷ならまだしも、体の一部が欠けるような大怪我を治すなど、どんな高名な魔術師でも成せぬ芸当だった。


「わ、わ……わわわわ……」

「え、え……?」


 御者は狼狽え、少女は混乱していた。その中で、従者は立ち向かう覚悟を決めた。


「ば、化け物めっ! さ、さては貴様は魔物かっ!? こんな危険な奴、お嬢様に触れさせてなるものかっ!」


 従者は怯えながらも、馬車から飛び出して構える。


「こんな所で、時間をあんまり使いたくねぇんだがなぁ。黙って引き返せばいいって、どれだけ説明すればわかるんだよ」

「魔物を見逃してなるものか! 貴様らのせいで、我々はっ!」


 身分が保証する未来。先祖代々受け継いできた財産と名誉。それらが全て、魔王軍が奪おうとしている。その苦悩に悶える主人の姿が、脳裏によぎった。


「あ~……ほんっと、話が通じねぇ。痛い思いさせられたし、急いでるし、どうなっても仕方がねぇよな?」


 そう呟くと、右手に炎をまとわせる。そして、一切の躊躇いなく、従者に急激に接近する。


「くっ!」

「魔物だって生きてるんだぜ? 意思だってある。あぁ、でもそうか……馬車の女は、魔物以下か」

「お嬢様を侮辱するなっ!」


 伸ばされた手を、シールドで跳ね返す。


「ふん、お前も同じだろ。魔物以下の扱いをしてんだから。ちょっと聞いてみろよ」


 だが、燃える手は魔術で作られたシールドをいとも簡単に破壊し、彼の顔面を掴んだ。


「が、ががあぁ!? あ゛あぅ!?」


 無防備になった彼の顔面は燃え、地を這うような絶叫が響いた。


「なんてことを!」


 衝動が、彼女の体を突き動かす。馬車を飛び降り、火傷を負った彼の元へと駆け寄った。


「ね、ねぇ、しっかりしてよ!」

「安心しろ。顔面を、ちょっと炙っただけだろ。ま、ほっといたら死ぬかもだが」


 彼女は、何も言わず睨みつける。唇を震わせながら、悶える彼を抱きしめながら。


「馬車で急いで帰れば、死なずに済むかもな? どうする?」

「行き先を……屋敷に」


 沈んだ声だった。それでも、覚悟を決めていた。彼女は、魔術で従者の体を浮かせ、静かに馬車の中に乗り込んだ。


「今すぐにっ!」


 そして、御者を奮い立たせるように叫んだ。


「はっ、はいっ!」


 力強い声を聞いて、御者は慌てて方向転換をする。


「ハハハ……」


 その様子を横目に、怪しい人物は愉快そうに、シャーロットの城の方角へと歩いていく。


「あっ……」


 その拍子に、一瞬後ろ姿が見えた。彼女は、それで気付いた。黒いコートに、紫の紋章――怪しい人物は、魔王軍の幹部であることに。

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