イザ、レイトヴィーネ村へ飛ブ
一目散に、オース達はぽつんとあった建物の中に隠れる。
「ふぅ、ここに隠れれば、とりあえずは安心ね」
女性は、窓から様子を伺いながら安堵の表用を浮かべる。
「てめぇ……マジでなんなんだよ」
予定を狂わされ、プライドも傷付けられたオースは怒り心頭だった。
「うん? 助けてあげたのに、お礼の1つも言えないの?」
そんなオースに怯えるどころか、彼女は母親のように軽くたしなめてみせた。
「助けて下さいなんて、俺は1言も言ってねぇぞ」
「強気なこと言っちゃって。あのままだったら、あの傭兵に斬り殺されてたかもよ?」
「斬り殺される? はっ、俺はそこまで間抜けじゃねぇ」
その気になれば、いつでも殺せた。あれくらいの人間、リュウホウやテウメ、あの騎士達に比べれば遠く及ばない。ただ、少しタイミングが悪かっただけ。それに、魔王から貰った体で死ぬはずがないと、オースは鼻で笑った。
「あんた、本当に大人? 見た目詐欺だわ。まぁ、いいけど」
心配してあげたのに、と彼女は呆れ気味であった。
「そんなことより、これからあんたはどうするの? あたしもそうだけど、この町の人じゃないよね? 町の人は、絶対にあの傭兵には盾突けないみたいだし」
息を1つ吐いた後、そう続けた。この一瞬の出来事から、彼女は見抜いていた。オースは、ロブの町に生きる者ではないと。指摘を受けたオースは、少しドキリとしながらも表情には出さずに言う。
「どうするって……なんで、お前に言う必要があるの?」
「心配してあげてるのよ。今、この町はあの傭兵みたいなのがうようよいるわ。仲間意識が無駄に強いから、今頃、騒ぎを聞いたお仲間さん達が血眼になって、あたし達を探してると思うわね」
「あたし……達?」
追われているのに余裕綽々なことよりも、どこか見下されているような気がすることよりも、「あたし達」という発言に引っかかりを覚えて聞き返す。
「そう。あたしと、あんた」
当然だろうと、オースのことを指差す。
「男の大事な所を叩き上げたお前はともかくとして、手を出してない俺までも探されるのはなんでだよ!?」
「絡んだでしょ? それに、あたしと逃げたから仲間だって思われててもおかしくないと思うのよ。わかる?」
確かに、つっかかりはした。あの場をやり過ごすのなら、黙っておくのが正解だっただろう。しかし、オースにそんなことができるはずもなかった。加えて、公衆の面前で恥をさらさせた女性と逃げたとなると――追われる対象なのだと自覚せざるを得なかった。
「わかる? じゃねぇわ、最悪。折角、来たってのに……」
「あ~……もしかして、この町に特別な用でも?」
がっくりと肩を落とすオースを見て、彼女は心配そうに顔を覗き込む。
「この町にはねぇ。ねぇけど……少しくらいは、見て回りたかったと思う」
思わず出た本音。父の作った野菜を売りに何度か訪れた程度。しかし、村に生きるオースにとって、そこは言わば思い出の場所であった。折角来たのだから、ゆっくりと過ごしてみたかった。
「う~ん、それは悪いことしちゃったね。ごめん~!」
それを聞いて、申し訳なさそうに彼女は手を合わせた。
「あ、ねぇ、メインで用があったのはどこなの?」
そして、何かを思いついたように尋ねる。
「レイトヴィーネ村だ」
「……え!」
行き先を聞いて、彼女は驚愕の表情を浮かべる。
「何か?」
「勇者の出身村で……惨劇の場所じゃない。どうして、そんな所に?」
やはり、村が燃えたことは、皆が知っているようだった。故郷が、いわくつきの場所になってしまったことを、彼女の言葉で察する。空しいものだった。
「……故郷だからだ」
「え!?」
(しまった、話の流れで思わず口走ってしまった!)
「と、と言っても、生まれ故郷なだけだ。そこで、長らく過ごした訳じゃねぇ。村の人間は、俺のことなんか覚えちゃいねぇし、村の人間とも認めて貰えねぇだろう。で、でもまぁ……近くに寄ったついでに、祈りでも捧げてやろうかなと」
(これで……誤魔化せるか?)
慌てて、それっぽい話を創作した。とはいっても、咄嗟に事実を真逆にしただけだが。
「なるほど……そういうことね。でも、ここからレイトヴィーネ村に行くのは大変じゃない? まさか、歩きで行くの?」
「……この状況で、呑気に馬車を待てるかよ」
「うふふ、それならいい手があるわ」
そう言うと、彼女は笑みを浮かべて壁を1度叩いた。すると、建物全体が激しく揺れ始めた。
「え、何!? 地震か!?」
「いいえ、窓の外をご覧あれ!」
「マジか!」
外を見てみると、地面が遥か下にあった。その代わり、青い空が徐々に近付いてくる。これまで、夢みたいな経験は散々してきたけれど、こうシンプルなものが男心をくすぐった。
(家って……飛ばせるようになったのか!? それとも、本来の家は飛ぶのが当たり前なのか!?)
興奮していた。村の外の世界のことは、そんなに知らずに生きていた。新たに踏み込んだ世界も、現実とは大きくかけ離れている。故に、普通の家には飛ぶ機能があるものなのかと考え始めていた。
「この中なら、そこそこ安全よ! さあ、飛んでいきましょう。レイトヴィーネ村に! 台無しにした分のお詫び。馬車よりも早いわよ」
彼女は弾けるような笑顔で、両手を広げて高らかに宣言した。
「家って……飛ぶんだな」
「家じゃない。武器屋よ。飛行船を改造して作ったの」
胸を張ってそう言うが、風貌はどう足掻いても家であった。
「武器屋? 武器屋って言うと……武器を売る商人か」
「えぇ。あたしの家系は、代々そういう仕事をしてきたの。飛び始めたのは、あたしの代から」
そう言って、手につけたガントレットを誇らしそうに撫でる。
「へ、へぇ……」
発せられるワードの強さに、オースは少し引いていた。一気に熱が冷めていく。
「あ、そうだ。自己紹介するのを忘れてたわ。怒涛の勢いだったものねぇ。ちょっと落ち着いたことだし、ここらで自己紹介し合いましょうよ。折角、名前があるんだし」
「な、名前?」
別の体を貰って、最大のピンチだった。
(名前って、オースって言う訳にもいかねぇ。だが、ここで名乗らねぇと……突き落とされるかもしれん。どうすればいい? いい感じの名前……)
これまでの人生の中で出会って来た者達の名前が、脳裏を駆け巡る。ルース、アマラント、オロ、テウメ、リュウホウ、レイナル、グレースィット――。
「ア、アマラント=レイナル=ゲルラってんだ」
選んだのは、村長と亡き友と憎き敵の名を組み合わせたオリジナルの名前。オースにとって、越えたい壁だった。
「う~ん、じゃあアマラって呼ぼうかな。あたしの名前は、シアン=ヴェルデ=シエロ。シアンって言うのよ、よろしくね」
そう言うと、シアンは手を差し出す。どうやら、違和感は与えなかったらしい。後は、この設定を守るだけだ。
「よろしく」
オースも手を握り、改めて挨拶を交わした。ほっと胸を撫で下ろしながら。
「さて……あ、水でも飲む?」
「いや、別に」
「あら、そう? でも、あたしは飲むわね」
彼女は手を離すと、青緑色の髪を束ねながら奥の方へと向かっていく。そして、コップを手に取り、蛇口をひねって水を入れた。
「武器屋って割には、随分と家だが。というか、武器らしき物が見当たらないんだが?」
そう尋ねると、彼女は一気に水を飲み干して答えた。
「あたしのとこの武器屋は、選んだ相手にしか売らないの。だから、普段は隠してる。それに、出しっぱなしにしてたら怖いじゃない」
「ふぅ~ん……」
大した興味もないオースは適当に相槌を打つと、窓の外から景色をぼんやりと眺めるのだった。




