最悪ノ出アイ
何もない空間で、オースは寝転がって物思いにふけっていた。仕事が終わってから、もうずっと。運ばれてくる食事にも、興味が持てない。気になるのは、グレースの言動ばかり。
(家族、家族って……家族のシャワー浴びすぎて、俺の頭まで家族でいっぱいだ)
たまに考えるのは、弟であるルースのことくらい。そこに、想う気持ちなどない。それなのに、グレースの影響か急に村や家族のことが頭から離れなくなっていた。
(村は、家は、今一体どうなってんだろうな……)
激しい炎に包まれ、燃え盛る村と黒焦げになった何かを見て以来だ。あの後、どうなったのか見聞きもしていない。
(誰か、生き残ってたりするのかな)
もし、逃げる時間があったなら、何人かは近くの町で保護されたかもしれない。男性達は戦うために残ったかもしれないが、それ以外の者達なら可能性はある。
(親父とお袋は、死んでねぇのかな。あぁ、よく考えりゃ、俺1回も確かめたことなかったな)
父は、戦いとは無縁の人間だ。前線で戦っている姿など想像もできない。母も、大人しくて虫すらも殺せないような人間だ。村に残る理由がない。生存者になっている可能性はある。
(いつか見た、あれは……)
だが、ある日に見た光景が不安を誘う。葉の裏にある妙な卵に触れた時、心配して身に来た父の顔を見た時に目前に広がったリアルな幻。炎の中、逃げ惑う村人達と蝶の魔物に惨殺される両親の姿。偶然と片付けるには、妙に現実との共通点が多いことに気付いた。まるで、オースがいない間に起こることを見せられていたかのような。
「ふっ……馬鹿か、影響受け過ぎ、俺」
そこまで行きついた所で、ふと我に返って鼻で笑う。随分と深い所にまで来てしまったと。
(確かめるか、真相のほどを。また深い所に辿り着いちまう前に。夢か現か幻か……ってね)
オースは仰向けになり、何もない空間をぼんやりと眺める。
(でも、もし、生きていたら……生きていたら、俺はどうするんだ。戻るのか?)
生き延びた村人と再会したら、両親に抱き締められたらとオースは空想する。あんなにも鬱陶しくて嫌気が差す存在だったのに、あったらと期待している。
(いや、戻れない。今更、戻って何になるんだ。もう、俺の居場所はここなんだ。魔王様に受けた恩を返さねぇと。魔物として、俺は生きていかねぇといけねぇんだ。それに、あの頃の俺の夢は村を出ることだった。うっかり顔を見せようもんなら、一緒にいようと泣きつかれるかもしれねぇ)
心の中は誰にも見られていないのに、オースは1人で恥ずかしさを覚えて咄嗟に否定した。
あの頃の気持ちを掘り返し、確認はしても姿を見せることは決してないと強く決意する。人間だった頃の自分は村で死に、今は魔王に尽くすためにあるのだと。
(様子を見に行くくらいならいいよな? 俺だって、あの村に生きてたんだ。その後、どうなったかを知る権利くらいはあるはずだ。声をかけたり、戻ったりなんかしなけりゃ問題ない。村がどうなったかを見れたら、気持ちも晴れるはずだ)
しかしながら、オースは自由勝手に外出する術を持っていない。ならば、頼るべき相手はたった1人。
「魔王様の所に行ってみるか……よっと」
オースは起き上がると、すぐさま念じる。もはや、これくらいのことはお手の物だった。ぐるぐると変化していく景色を眺めながら、手を握り締めた。
「……魔王様」
魔王のいる空間に移動が完了する。魔王は、変わらずそこにいた。やはり、姿をはっきり認識することはできない。オースが目の前に来て、跪いたのを見ると不満そうに言う。
「そんなにかしこまるなと言っておろうに……」
「え、あ……つい。もうそういうもんだって、体が……」
オースは、慌てて立ち上がる。刻みつけられた忠誠心故、どうしようもないことだった。
「まぁ良い。して、何用じゃ?」
(……セーフ)
大きく機嫌を損ねなくて良かったと、オースはほっと胸を撫で下ろす。そして、ここに来た理由を伝える。
「……外出したい、っす」
「ほう! まぁ、遊びたい年頃じゃろう。どこに遊びに行きたいのじゃ?」
それを聞くと、魔王は一転して声を弾ませる。
「遊びたい訳では……ちょっと、俺の国の様子をゆっくり見てみたいなって」
嘘をついた訳ではない。村は、国にあった。村があった場所を見たいと、抽象的に伝えただけだ。具体的に伝えたとしても、魔王は笑って見送ってくれるだろうが、オース的に気まずさと申し訳なさがあるのでぼやかした。
「それは、良いな。あぁ、そういえば、テウメから聞いておるぞ、一仕事を無事に終えたとの。うんと羽を伸ばして来ると良い。じゃが、前言ったことは覚えておるのぅ?」
「あ、ありがとうございます! 勿論、覚えてます!」
決して、完璧とは言い難かったが褒められると嬉しかった。認められた気がして。やっと報えた気がして。
「うむ、良かろう。ちと、目を閉じておれ。パチンという音がしたら、目を開けて良いぞ」
「はい」
目を閉じ、身を委ねる。数秒後、魔王の言った通りパチンという音が体内で響いた。と、同時に喧噪に包まれ、まぶたの向こうから光が伝わってくる。目を開けると、そこは――。
(ここは……俺の村に1番近い町だ)
幼い頃に見た景色と同じだ。多少の変化はあれど、おおよそは変わっていない。まごうことなき、ロブの町だった。
(とは言っても、馬車に乗っても半日はかかっちまうがな……)
徒歩で行けば、1日以上はかかってしまう。最短を考えるなら、馬車が最適解。
しかし、オースにはお金がない。御者も善意で馬を走らせている訳ではない。料金がかかる。この体で大暴れするつもりもない。つまり、歩くしかないということだった。
「――どけよ! ど真ん中に突っ立ってんじゃねぇ」
そんなことを考えていると、オースは背後からガラの悪い男性に突き飛ばされた。体勢を崩し、オースは前方に倒れ込む。
「っ!? いってぇな!」
大暴れはしないが、騒ぎはする。大人の体を貰っても、中身はオース。寛大な心で、場を収めることなどできるはずもない。抱いた不満を、ぐっと堪えることなどできるはずもない。すぐさま立ち上がり、彼に迫る。
「邪魔なんだよ!」
「は!? 誰に向かって言ってんだよ!」
邪魔者に怒る男性と、突き飛ばされたことに怒るオース。睨み合い、言い合いを続けていく。その騒ぎを聞きつけて、野次馬が集まってくる。
「あぁ!? やるっていうのか!? こっちは、傭兵なんだぞ!」
「知るか! 俺は――」
「ちょっと! 公衆の面前で何やってるのよ! いい大人が!」
一触触発の雰囲気に、誰も仲裁に入れないでいると、1人の女性が箒を持って間に入った。
「「あ!? 誰だよ、てめー!」」
部外者の乱入に、2人は声を揃えて声を荒げた。しかし、彼女は怯まなかった。それどころか、持っていた箒を振り上げて――。
「誰がどうだとか関係ないでしょ! このっ!」
「てっ!? ひゃぁぁぁうっ!」
1発目に、男性の大事な所を。彼は顔を青くし、大事な所を押さえながら崩れ落ちる。
「馬鹿共がっ!」
「ぎゃっ!? くぅぅぅ……!」
2発目は、オースのみぞおちを。悪魔のような所業を目撃し、唖然としていた所にクリティカルヒットした。
「痛がってる暇なんていないわ。逃げるわよ」
「逃げる? なんで、この俺がお前と逃げなきゃ――」
まだ、男性に反撃ができていない。1発でも1蹴りでも食らわせたかった。しかも、危害を加えてきた相手と逃げるなど言語道断だった。
「ああ、もううるさいわね! 行くわよ! 傭兵の奴みたいになりたいの!?」
「それは困る……おい、ちょっ!」
場に留まり続けようとするオースを脅し、彼女は腕を引っ張って進んでいくのだった。それは、まさに最悪の出会いだった。




