大切ナ心を携エて
『――取得したデータをアップロードしています』
機械音声が、状態を伝える。台の上に乗せられたグレースには、沢山の管が繋がっていた。
『アップロードが完了しました』
そう告げると、画面に取得した情報が表示される。
『手段は選ばない。自己犠牲。目標に向かって一直線。恩返し。頭脳数値――』
それを見て、テウメは呟く。
「う~ん。やはり、まだまだですね」
今回、少女から取得できたものだけでは、オリジナルの個性を作り出すことはできない。
(折角、個性豊かな子だったのに……惜しいですよ)
「と、いう訳でプロモーション大作戦は続行です。リュウホウさん」
彼女は振り返り、仁王立ちのリュウホウに伝えた。
「ふん。あんな事件を起こした人間の情報とは思えんな」
「同感です」
「それで、あとどれほど必要とするのだ?」
「そうですねぇ……あと10人ほどは、提供して欲しいですねぇ」
テウメは、両手を合わせて申し訳なさそうに笑みを浮かべる。
「10人? それは、中々ハードだな。あの未熟者に、どうこうできる数とは思えぬ」
「あら? 元々、この仕事は貴方のものだったはずです。それを、貴方の優しさでアレに譲ったのです。何も、全てを譲ることはないのでは? 上司として、部下の負担を減らすことも必要でしょう。能力としては、貴方の方が余程優れているし、そんなに時間もかからないでしょう? それとも、ご自分の能力に不安でも? それでしたら……まぁ、仕方ないとは思いますけどね?」
彼女はそう言って、わざとらしく煽る。情報の取得率は、その時々によって異なる。グレースからの取得率を見るに、リュウホウの希望に沿った個体を作り上げるには、最初に想定していた数よりも多く必要になりそうだった。その分を、全てオースに任せるとなると、効率が著しく下がるのが目に見えていた。
しかし、それを防ぐために、テウメ自身が出向くことは難しい状況にあった。何故なら、今度は人型の魔物を作るための細胞を生成しなければならない。ならば、希望者である彼にやってもらうのが筋だろうと考えたのだ。
「ふん、お手本のような煽りだな。そうすれば、我が容易に動くとでも?」
(露骨過ぎたでしょうか? ですが……)
「煽り? そんなつもりはなかったのですが……そのように感じさせてしまったのなら、謝ります。申し訳ございません。それはともかくとして、貴方は仕事を放棄するつもりですか? 魔王様の思いを無碍にされるおつもりで? あぁ! なんという無礼でしょう。それでも、軍師でしょうか? 魔王様から任された新たな仕事を全て部下に押し付けて……なんと情けないことでしょうか。魔王様が聞いたら、どれほど嘆かれるか……」
さらに、彼女は続ける。
「かつての英雄の姿はどこへやら……あぁ、魔王様が惹かれた貴方はもうそこにはいないのですね。アレが可哀想ですわ。何から何までやる羽目に。私が手伝ってあげられたらいいのですが……リュウホウさんのご依頼に沿うためのお仕事がありますからねぇ」
彼には気付かれぬよう、様子を伺う。彫りの深い顔に、しわがくっきりと刻まれていくのが見える。お手本のような、不快に満ちた表情であった。
「彼女はどう思うのでしょうねぇ。英雄として謳われている父君の姿が、ご覧の有様なんて。きっと、ショックでしょう。ご存命であれば、ですけど」
それが、とどめの一言だった。巨体とは思えぬほどの俊敏な動きで、テウメの首を掴んで持ち上げた。
「我のことを馬鹿にするのは良い。だが、娘のことまで言われる覚えはない。言語道断だ」
血走った目、隠しきれぬ殺気、このまま放置していれば首が潰されてしまうだろう。
(あぁ、言葉が出ない。この状態では、とてもじゃないけど話せません)
しかし、これは予測できていたことだ。逆鱗に触れれば、こうなることくらい。そして、彼女は尾を、口の形に変化させる。それを、見せびらかすように前に移動させて喋る。
「苦しいじゃないですか、やめて下さい」
「ちっ……我としたことが、無意味なことをした。もういい」
熱が冷めたのか、彼は首を離す。テウメは変化を解き、口を使う。
「まったく、貴方に殺されたら命が何個あっても足りません。口には気を付けないと……」
「よく言う。我が癖を理解し、周到に準備していたのだろう。今回は、我の負けだ。貴様の言うようにやってやろう」
彼は、ため息をつく。最悪な相手に手の上に転がされた以上は、やるしかないと腹をくくったのだ。
「まぁ! アレだけに任せるのは、不安だったので。軍師様である貴方がいるだけで、とてつもなく頼りになりますわ。ふぅ、これで私の仕事に安心して集中して取り組めそうです」
思い通りにいった喜びから、自然と頬が綻ぶ。
「そうか。それは良かったな。はぁ……」
リュウホウはため息をつき、彼女を睨みつけながら去っていった。
「さて、と」
彼女は向き直り、台の上に寝かされている少女に視線を戻した。
「ようやく、お家に帰れますからね」
子供に話しかけるように、優しく語りかける。何か言葉が返ってくる訳でもないのに。
「良かったですね、アレが優しくて。まぁ、本人は、否定するでしょうけどね」
そして、魔術で少女の体を浮き上がらせる。
「ただ殺すだけの対象だった貴方に、アレはどんな感情を抱いたのでしょう? 用済みになったら、同じように情報取得を試みないとですね」
オースそのものには一切の関心がないが、心の動きには興味があった。何を考えて、どう動くのか。1つでも多く結果を得ることが、彼女の望むものへの近道であった。
(多種多様な心を知ることが……私の心を完成させるための近道)
彼女は、気が遠くなるほど昔、ここじゃない別の世界で創られた。「悪」の役割を担う存在として。自我もなく、役割への責任感はない。悪として、設計されたように動き続けるだけ。
けれども、「善」の役割を担う巫女達と相対し、感情をぶつけられたことで、予期せぬ影響があった。彼女達の心が、少しずつ徐々に参照されていったのだ。それは、戦闘学習プログラムの誤作動であった。心を得たことで、闇雲に戦うことができなくなった。ありとあらゆることが気になって仕方なくなった。その疑問を解消するために学び続けたが、核心を突くことはなかった。やがて、ある結論に辿り着く。最初に心を得たように、参照すれば良いと。
(本物にしてみせますわ、あともう少しなのです)
だが、不可能だった。そもそも、誤作動だったのだから。そして、彼女は独自のプログラムを生み出す。死者の体から情報を取り出し、自身の中に取り込むというものを。そのための殺戮は不可避であった。
けれども、それは許されなかった。学びのための行為は、世界の倫理に反し、彼女は殺された。やがて、怨念だけが残り、「生きていれば」と、折角作ったものを生かせない憤りを感じている所に魔王が現れた。
魔王によって全てを取り戻し、与えられ――更なる成長の機会を得た喜びを忘れることはない。心に確かに刻まれたのだ。
(貴方の執念、確かに頂戴しましたわ)
「フフ……さあ、参りましょう」
彼女はそう呼びかけ、少女の家へと向かった。




