勝者だっタはずなのニ
「――これで、やっとゆっくり話せるな」
オースの一声が、少女を現実へと連れ戻す。
「う、うぅ……」
少女の隣にどっしりと腰を下ろして、オースは問う。
「俺の四肢をもぎまくった魔法陣は、一体どこで覚えたんだ? 俺の聞いた話とちょっと違うんでね」
「っ……」
苦痛とはまた違う表情で、彼女は顔を曇らせる。
「はぁ……もういいだろ? 勝ったのは、この俺だ。邪魔も何もねぇだろ? 勝者へのリスペクトって奴、払え」
強い語気で言うと、彼女は息を吐いて渋々答えた。
「私、が……おじいちゃん……の」
「あ?」
「自分で……考えた。見様見真似で……おじいちゃんから……」
「ふ~ん、組織とやらで学んだ奴よりもレベルたけぇってことか。だから、呪文を唱えずにポンポンと……」
すると、ぽつりと彼女は言う。
「初めてだった」
「何が?」
「殺せなかったの、初めてだった」
「ふーん……ま、そうでしょうよ」
あれだけの魔法陣をかわすには、直観力と洞察力と判断力と瞬発力等々、必要とされる力は多くある。オースが生き延びたのは、魔物だったから。ただ、それだけだ。度胸と覚悟だけで、耐え抜いただけだ。魔物細胞を持っていなければ、立場は真逆だっただろう。当然のように言い放ってみせたが、己の未熟さはひしひしと痛感していた。
「あぁ……悔しい。悔しいなぁ……おじいちゃんに、会いたかったなぁ……生きて、会いたかったなぁ。もっと生きたかった……」
彼女は、残った気力を振り絞ってベットの上に手を伸ばす。そこにいたはずの人に向かって。けれど、2人とも起き上がることはない。願いは叶わない。
「なぁ、どうしてお前はそこまで尽くせたんだよ」
「そんなの……おじいちゃんを、愛してるからに……決まってるわ」
「愛してるからぁ? はっ、ウケる。結局は、他人だろ。自分以外の人間のために動いて何になるってんだよ」
「おじいちゃんが……わた、しを……見つけてくれた、から。ううっ!」
彼女は涙を流しながら、血を吐き出す。話を聞くために、一か八かじんわりと殺す方法を選んだ。だが、もう限界が近いようだ。
「血の繋がりはない……でも、一緒にいて幸せ。私にとって、おじいちゃんは……家族、だから。一緒に、いたいの」
「家族? 俺は……」
その言葉を聞いて、オースは大きなショックを受けた。
「血の繋がった家族が死んでも……何もしなかったのに。俺は、あいつを殺すために……生き延びたのに」
己の小ささと未熟さを指摘されているようで。
「わからねぇ、わからねぇよ……なぁ」
再度問いかけようとしたが、少女は既に事切れていた。
「くそっ……!」
勝者とは思えないほど、オースの気持ちは鬱屈としていた。仕事を終えれば、気持ちは晴れるものだと思っていたのに。
(魔王様のためになることをしたはずなのに……なんでだろうな)
あれだけの労力と時間を費やしたのにも関わらず、こんな気持ちになるとは思いもしなかった。完全勝利とは間違っても言えないものだったが、中途半端なことはしていない。
(もっと生きたかった、か)
「はぁ……」
今際の際の言葉が消えなくて、大きくため息をつく。それで、吐き出せる訳でもないのに。
(あぁ、そろそろか。仕事が終わったら、戻らされる……っ!?)
外仕事の時は、絶妙なタイミングで移動させられる。最初は、リュウホウがやっていると思っていたのだが、自動なのだと気付いた時は驚いたものだ。そして、予測通り、空間がぐるぐると歪んでいく。ところが、1つ予期せぬ出来事があった。
(か、体が、こ、壊れるっ……!)
体全体に、激しい痛みが走ったのだ。痛みを覚えたのは、少女の魔法陣によって攻撃を受けた場所ばかりであった。心臓を貫くような痛み、四肢をもがれるような痛みであった。
「かっ、はぁ……はぁっ……なんでっ!」
あっという間に、オースは懐かしい何もない空間に戻ってきていた。痛みはなくならない。それどころか、悪化しているようにも感じられた。
(移動したせいか……? いや、それならもう何度もなっててもおかしくねぇ……ってぇ!)
本当なら、仕事を達成したことを魔王に伝えたかった。魔王に認めてもらえば、晴れないこの気持ちもどうにかなるかもしれないと思っていた。それなのに、この様では報告もできない。1分1秒が、異常なほどに長く感じる。
「あぁ……だ、誰か……」
足元の亡骸に助けを求めても無意味だとわかっているのに、気が付けば手を伸ばしてしまう。何でもいいから助けて欲しい。まさに、わらにもすがるような気持ちだった。そんな時であった。
「よく、頑張りましたね」
優しい声が、温もりが、オースをそっと包み込んだ。不安が、恐怖が溶けていく。
「テ、ウメ……?」
「その様子を見るに、随分と無理をしたようですね。まったく、もう。うふふ……でも、素敵ですよ」
テウメに触れられただけなのに、痛みが消えた訳でもないのに、不思議なものだった。彼女に触れられると、いつも落ち着く。
「貴方の魔物細胞は、いくらでも再生します。ですが、再生にはそれなりの負荷がかかります。同じ個所を何度も何度も繰り返してしまうと、細胞が悲鳴を上げるでしょう。ただ……そうですね、貴方の場合だと細胞が悲鳴を上げるのは、20回くらい斬られたくらいからでしょう。一体、どれくらい体当たりで立ち向かったんですか?」
彼女はそう言うと、体の痛む場所を優しく撫でていった。すると、悶絶するような痛みがふっと消えた。
「え……?」
「治療をしたんですよ。私は、魔物の開発者ですよ。そのままだとお話が難しいかと思って。どうです? もう大丈夫でしょう?」
「あ、あぁ……たまげたぜ」
あんなに痛かったのに、嘘みたいだ。
「それで? どうやって、彼女を仕留めたんです? 幼気な少女のお腹に、ぽっかりと穴を開けてしまうなんて。痛かったでしょうに」
そう言って、足元に転がるグレースだったものに視線を落とす。
「こいつを労わってやれるほどの余裕が、俺にあったと思うのか? ご覧の通りだよ。一応、寝首を掻くつもりだったんだ。貰った魔物の1匹を使って。だけど、あっさり気付かれちまったんだ。外から中まで、足の踏み場もないくらい魔法陣描かれててさ。もー、こりゃ、当たって砕けるしかねぇかなって思ってさ。んで、体もがれながら、拳に炎を灯して穴をぽっかり。これまでが限界だったんだ。初心者には、これ以上はできねぇ」
予定と結果を、簡潔に説明する。思い出すだけでも、疲れる。よく勝てたものだとも思う。
「そうですか。まぁ、いいでしょう。さて、じゃあ彼女は貰っていきますね」
適当に相槌を打って立ち上がると、少女を魔術で浮かして去ろうとする。
「……待ってくれ」
呼び止めると、彼女は不思議そうに小首を傾げる。
「そのガキから、情報を抜き取ったらどうするんだ?」
「どうする? どうするって……あんまり使い道を感じないので、廃棄ですかね。もう完全に死んでいるので、魔物細胞も機能しませんしね。そんなことを聞いてくるなんて、何か考えでも?」
仕事は終わった。勝者は、オース。なのに、気持ちは苦しいまま。おじいちゃんと生きたかったという言葉が頭から離れないからだ。蘇らせることはできないし、したくない。
けれど、せめて――。
「終わったら、あの家のベットにある骨の隣に置いといてやれ。一緒にいたい一緒にいたいって、最期までうるさかった。死んでも、あいつはおじいちゃんとやらと一緒の所には行けねぇだろうから」
それを聞いたテウメは、くすりと笑って問いかける。
「あらあら、あれだけボロボロにされたのに、情が芽生えたのです?」
「違う。あれだけ一緒一緒と言われたら、一緒にしとかねぇと、後から化けて出てくるかもしれねぇからな。って訳で頼むぞ~」
そして、オースは顔を見られないように、伏せるようにして寝転がる。
「……わかりましたよ、うふふ」
テウメは笑いながら、少女を持って立ち去るのだった。




