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勇者の兄から魔王の配下へ  作者: みなみ 陽
第五章 プロモーション大作戦

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おジいちゃんト少女

 遠のく意識の中、少女――グレースィット=アルミノワは、過去を思い出していた。


 物心ついた時、既に両親はなかった。死んだのか、殺されたのか、はたまた捨てられたのか、それら全ての経緯は不明のまま。ただ、マフィアに育てられたのだから、普通の別れ方ではないだろうと幼心に察していた。愛とは無縁の恐怖と暴力に支配された世界。殺すための道具として、生かされていた。そのために与えられた魔法陣だ。


 幾人を葬ったか、数えることをとっくに忘れていた明くる日のこと。彼女は、正しく運命の出会いを果たす。運命の人が、保存技師として招かれたのだ。腰は曲がっていて、しわくちゃの顔。とてつもなく弱そうに見えたけれど、大人達は媚びへつらっていた。

 彼は、しばらく組織にいた。客人としてもてなされ、特別に屋敷の中を自由に見て回ることを許可されていた。それは、彼女が暮らしていた地下も同様だった。裏社会で生きると、何かしらと厄介なことが多い。建物中が安全とは限らない。少しでも危険性を回避するため、組織が保存技師である彼を求めたのだ。


 すっかり、組織から信用され始めた頃。幾度となく、2人っきりで話す機会も増えた。彼は、彼女を「グレース」と、彼女は、彼を「おじいちゃん」と呼ぶまでに親しくなっていた。生まれて初めてのあだ名。支配ではなく、対等に関わり合える人との交流も楽しかった。血にまみれた日々が、暗く閉ざされた日々が、初めて彩りを持った。意義のある日々が、そこにはあった。知らなかった世界のことを、彼の仕事について――とにかく沢山教えてもらった。

 まるで、友達のようになった彼らは、ついに込み入った話をするようになった。


『グレースは……ずっとここで暮らしているのかね?』

『うん』


 頷くと、彼は目を真ん丸にした。


『ここに、ずっと1人でかね?』

『そうなの』


 再度頷くと、彼はまるで自分のことのように嘆き悲しんだ。


『あぁ……やはり、事実だったのだね。苦労して、焚きつけた甲斐があったというべきか……なんと嘆かわしいことかね』

『どういうこと? おじいちゃんは、建物を強くするためにここに来たんじゃないの?』

『いいや、わしはマフィアの実態を探るために潜入したんだよ。色々と根回ししてね。マフィアがどこかに処刑部屋を持っていて、子供にやらせているという話を小耳に挟んだからね。どうせ、長くない人生だ。折角なら、役立って死にたいと思ってね。どうかね? こんな場所とはおさらばしてみないかね?』


 そして、彼は立てた計画を語り始めた。実は、屋敷内に施したのは保存ではなく、破壊の術式。彼がここを去る時、呪文を唱え、破壊するのだと。保存の術式が発動するかと思いきや、屋敷が崩壊することで組織の人間は大混乱に陥る。その混乱に乗じて、逃亡するという考えだった。

 それを聞いて、なんて非現実的なのだと思った。これまでが上手くいったから、これからに通じると思っている。彼は、裏社会を舐めている。まるで、絵本の中の物語。ただ、混乱を起こすだけで逃げられるならば、何も苦労がない。必ず、殺さなければならない。けれど、そんな芸当は彼にはできないだろう。それでも――。


『うん』


 彼女は、頷いた。理由は、シンプル。彼と一緒にいたい、ただそれだけ。彼は、もう滞在できなくなる。しかし、彼の提案に乗れば、お別れになることはない。

 そこで、彼女は決めた。彼の仕業ではなく、自身の反逆によるものだと思わせることにしようと。


『待ってるね、おじいちゃん』


 合図は、崩壊の音。ただ、その時を待ち続けた。そして――轟音が鳴り響き、月の光が地下に降り注ぐ。生まれて初めて見た月に、思わず涙が零れた。彼が言うように、それはそれは綺麗な月だった。

 彼女は涙を流しながらも、鋭利ながれきを両手に持って彼の所に駆けて行った。


『てめぇ、これはどういう訳だ!? こらぁ!?』

『うっかりじゃ済まねぇぞ!? 今、ここでぶっ殺す!』


 案の定、彼は囲まれていた。少女の所に行くつもりだったのに、予想外の出来事に困惑している様子だった。やはり、と彼女は破片を強く握りしめた。そして、マフィア達に投げつけ、いくつかは当てられた。


『いってぇ!?』

『ん~? おやおや? おかしな所に、おかしな道具が。誰が出ていいと言ったのかな?』


 怒りが、一気に自身に向けられるのを感じた。魔法陣は、使える状況にない。けれど、彼女は怖気づくことなく言い放つ。


『それ以上、近付いたら殺すよ? 私、このおじいちゃんを脅したの。おじいちゃんの体に、魔法陣を刻んでね。そうしたら、思うように動いてくれたわ! 私の代わりに、魔法陣をた~くさん描いてくれたのよ。でも、正しく描けているどこまで刻んでるかわからないわよ。さ、行きましょう。おじいさん』


 彼女は強く言い放つと、佇む彼の腕を引っ張りゆっくりと進んでいった。それでも、誰も追いかけてこなかった。それが、虚言だと気付くまでは。


『どうして、あんなことを言ったんだね。わしを脅したなんて……』

『同じ』

『え?』

『おじいちゃんが、私に思ったことと同じ。これで、お互い様。これからも、おじいちゃんは私を守ってね。私は、おじいちゃんを守るから』


 逃げ帰った薄暗い家の中、彼女はそう言葉をかけた。社会生活に不慣れなグレースのサポートを彼が、家の掃除などの簡単なことと、組織からの追手をひっそりと始末するのが彼女の役割となった。

 やがて、真に平穏が訪れた時、彼が病に倒れた。組織から逃げ出して、約1年後のことだった。


『おじいちゃん、何かやりたいことある?』


 彼の死期を悟り、何か自分にできることはないかと問いかけた。何か恩返しをしたいと思ったのだ。目に見えるお礼をしたかった。


『わしは……グレースと一緒にいたいねぇ。この家でずっと……何も変わらないように……わしの技師としての力を……』

『……っ! わかったわ。私も手伝うわ。おじいちゃんのために』


 それから、彼が少しでも元気がある時は保存術式を家に施すようになった。彼が独自に生み出した保存術式は、魔法陣に基づいたもの。偏りはあるが、知識のある彼女には受け入れやすいものだった。教えを乞うた訳ではなく、見て自然と学べたのだ。

 さらに、これは自身の処刑用魔法陣にも活用できることに気付いた。特殊な文字列や紋様の意味や、その配置の効果を。もしかしたら、手遅れだと言われた病も治す魔法陣を展開できるかもしれないと考えた。


『おじいちゃん、ねぇ、おじいちゃん!』


 けれども、全て遅かった。保存術式が家の全てに刻まれることも、彼の病気を治すことも、一緒にいることも叶えられなかった。何1つとして叶えられぬまま、2人の生活は静かに幕を閉じた。


『まだ、何も返せてないよ……おじいちゃん。一緒にいたいって、おじいちゃんの技術で家も守れてないよ……』


 無力感と絶望感に打ちひしがれる中、ある考えが彼女の中に浮かんだ。


『そうだ。おじいちゃんを蘇らせれば……なんだ、簡単なことじゃない』


 それから、罪もない市民を幾人も殺めた。大切な人を蘇らせるためなら仕方がないと思っていた。誰からも怪しまれず、魔物のせいにされる。全てが都合良く回った。変な人型の魔物さえ現れなければ――と、今更だった。


(あぁ、私はおじいちゃんと同じ所に逝けない。だから、少しでも長い時間この場所にいたかった……な。さようなら、おじいちゃん……)


 狂気に走った少女は、最期まで彼のことを想いながら涙を流す。

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