巨大ナ罠ノ中へ
水晶越しに嫌ほど見た薄暗い室内。狭くないこの場所では、少女がどこにいるかは一目瞭然であった。そもそも、彼女に隠れるつもりなどない。姿が見えた所で、辿り着くまでに多くのトラップから逃げなければならない。早々、辿り着けることなどない。現に、オースは2度も引っかかっている。
(舐めた真似しやがる。俺なんか、大したことねぇっていう判断かよ)
子供に馬鹿にされ、オースは悔しさから手を握り締める。
(ここは、きっと魔法陣だらけに違いねぇ。いつ、どのタイミングでどの魔法陣を発動させられるかわからん。まだ、攻撃されてねぇだけで、この足元に何個用意されてるか……くそ! 俺に唯一ある利点は、死なねぇってことくらい。ただ、それを俺が生かしきれるかって言われると……)
わかっていて突撃したとはいえ、いざ目前にすると恐ろしくなる。どうにか避けられないかと、思案を巡らせる。
(罠があるのは間違いない。罠ハウスだからな。しかも、周りも罠で固めてある。そうだ、いっそ建物ごと燃やしてしまえば……目立つけど、仕方ない!)
体を燃やすのと同じ要領で、意識を建物へと集中させてみる。初めての試みだったが、家の中を燃やすことに成功する。普通なら、慌てふためく反応をするはずだった。
しかし、少女は不敵な笑みを浮かべたまま、その場からびくりともしなかった。
「何……!?」
まるで、炎がオブジェクトのよう。辺りに広がっていくことはなかった。
「驚いた?」
揺らめく炎の向こう側で、彼女は誇らしそうに言った。
「どうなってんだよ」
「おじいちゃんの力だよ」
「はぁ?」
「おじいちゃんはね、保存技師なの。魔術を使って、その形を保ち続けさせることが仕事。遠い昔に引退したって言ってたけど、その力は確かなのよ。その証拠がこれ! 絶対に焼けない家よ」
まるで、自分のことのように誇らしく伝える。だが、それはおかしな話だ。何故なら、オースは最初にドアを焼いたのだから。絶対に焼けないのであれば、ありえない話である。
「ハハハハハ! でも、俺はドアを焼いたんだぜ? 焼けてんじゃん、全然焼けてるじゃねぇかよ!」
そう指摘すると、笑顔が一転して悲しみに満ちた表情に染まる。そして、懐かしむように壁に触れる。
「おじいちゃんは、この家が好きだった。好きだったから、何も変わらないように家に魔術を施し始めたの。でも、全部やりきる前に……死んでしまった。病気だったの、仕方のないことだった。でも、おじいちゃんの夢はまだ叶っていない。私にできる唯一の恩返し。おじいちゃんを蘇らせて、仕上げをさせてあげたいの。町は変わっていっても、家の中は変わらないように。思い出がなくならないように。おじいちゃんの技術が、ここにあり続けられるように。だから、邪魔をしないで」
悲しみの表情の奥に、憤りが滲んでいるのがわかる。彼女の執念が、ここまで燃やされる理由はわかった。
(他人のために、リスクを背負う意味もわからんかったが……まさか、見えもしないもののために、ここまでやっているとは。しかも、しょっぼい夢だ。ただの他人の自己満のために、ここまでやるのか。それを叶えたって、自分にはな~んにもないじゃん)
「邪魔邪魔って、こっちにはお前の方が邪魔なんだよ。そんなくらだんことに、こっちを巻き込みやがって。いい迷惑なんだよ。てめぇの行いのせいで、全部魔王軍のせいにされてんだ。魔王様の名誉に関わることだ。ここいらで、そろそろ死んでくれよ。手間ばっかかけさせやがって」
寝首を掻くこともできなかったし、魔法陣ごと家を燃やすこともできなかった。願うなら、避けたかった直接対決。これを、手間と言わずして何と言うのか。
「知らないわ。別に、私は貴方達のせいにしようとしてないもの。普段から、魔王軍の行いが悪いからそうなってるんじゃないの? 火のない所に、煙は立たないっておじいちゃんも言っていたわ。己の悪さを自覚したら? あまり、私達の国では暴れていないようだけど、他国では酷いって聞いたわ。まったく、どうしようもない人達ね。まるで、正義であるかのように語っているけれど……フフ、私と同じだわ」
容赦のない罵詈雑言が、幼気な少女の口から発せられる。人間側から聞けば、それは間違いなく正論だろう。けれど、今のオースにとって強い不快感を与えるものだった。魔王を侮辱する発言は、魔物にとって許されない。沸々と怒りが込み上げてくる。
「あぁ……! 絶対に、殺さないと。魔王様を、その口で侮辱した罪は大きいんだ。生きている価値はない。救いの余地もねぇ」
「救い? 私は、魔王からの救いなんていらないよ。そんなもの、救いじゃないもの。私にとっての救いは、おじいちゃんが蘇って夢を叶えることなんだから! だから……消えてよ!」
鬱陶しさを訴えるように、彼女は手を振り払った。すると、オースの足元に描かれていた魔法陣が輝き始める。体が強張って、引きちぎられていく感覚がある。
(今度は、左腕か。だから、何だってんだ)
「何度でもやってみろよ!? 奪いたきゃ、奪え! その代わり、俺も奪う! お前の夢も、おじいちゃんとやらの夢もなぁ!」
そして、左腕は再生する。オースは、感情のままに彼女に突進していく。
「させないっ!」
1歩を踏み出した瞬間に、新たな魔法陣が発動する。両腕、両足、頭、下半身ともぎ取られては再生する。全ての攻撃を食らいながらも、着実に少女へと近付いてく。
彼女の表情に、焦りが浮かび始める。普通なら、ありえない。とっくに死んでいる。普通の魔物だって、心臓を奪えば停止する。それなのに、オースは止まることなく突進してくる。何なら、速度を増して。
「さあ、次はどこの部位を奪うってんだ?」
彼女は、追い詰められた。家の中に誘い込めば、勝利だと確信していた故の動揺は大きい。
「あっち行ってよぉぉっ!」
怒りと悲しみと焦りで、ぐちゃぐちゃになった彼女の瞳から涙が零れ落ちた。そして、悪あがきをするように、魔法陣を発動させる。しかし、それでもオースは止まらない。ここに来て、ようやく決意が揺らぎないものへとなっていた。恐怖や葛藤は、怒りの陰に隠れた。魔王への忠誠心だけが、オースを突き動かしている。
(ったく、何度も何度も! でも、だいぶ近付いたな。あともう少し、耐えれば……ん? 何度も食らってるけど、呪文言ってねぇような……)
「そういえばさー、なんで呪文を唱えなくても、俺の体をバラバラにできるんだよ。いって! 心臓取る時には、いつも展開してたじゃん」
「……貴方には関係ないっ!」
何度も魔法陣を発動させていたのを見て、オースは気付いた。足やら腕やらを奪う時には、彼女は詠唱をしていないことに。最初に、心臓を奪われていた時は遠くにいたためにわからなかったが、恐らく唱えていたはず。聞いたら、教えてくれるのではないかと思ったが……そんな余裕は、もう持ち合わせていないようだ。
「あ~いってぇな。ここまで来て、無関係だとか言われんの? 体だけじゃなくて、心まで傷付くじゃねぇかよ」
骨のあるベットの前で悪足掻きをする少女に、オースは不敵な笑みを向ける。これまで、向けられた分の仕返しだった。
「もう無関係じゃねぇだろ? 狩る者と狩られる者って関係なんだからよ……!」
彼女に手が届きそうになった時、首を飛ばされた。だが、それが最後の攻撃だった。既に、オースは意識を手に集中させていた。首も、ただちに再生し万全の状態になった。
「あぁ……!」
絶望が、彼女の口から溢れ出る。
「さよならだ」
炎をまとった拳で、彼女の腹部を焼いてぽっかりと穴を開かせた。ついに、血が彼女から溢れたのだった。




