私ヲ殺し二来た貴方
月明かりすら不気味に思える深夜。オースは、少女の家の前に来ていた。睡眠時間の少ない少女も、この時間は流石に眠っている。それを狙ってきたのだから、当然と言えば当然だが。
正々堂々――そんな言葉は、オースの辞書にはない。どんな手段を使ってでも勝つ。真正面から戦わなくて済むのなら、それでいいと思っている。魔法陣の知識や魔物を使うのは、そうするしかなくなった時。そのつもりだった。
(呑気にすやすや眠ってやがる。流石に、これは楽勝かもな。魔法陣なんかも用意してる姿もなかったし……まぁ、一応魔物にやらせるか)
窓から見た限り、特別おかしな所はない。それでも、万が一の可能性もあるので、魔物に先陣を切らせることにした。
(まずは、ドアを……)
少女に気付かれぬよう、オースは手に意識を集中させて発火させる。燃え過ぎないように、注意が必要だ。やり過ぎると、全身に炎が回ってしまう。とりあえず、大切なのは念じること。念じ慣れてきたオースには、特別難しいことではなくなっていた。
(よし、いい具合に燃やせたぞ)
人1人通れるくらいの穴が綺麗にできた所で、オースは火を消す。そして、持ってきたうちの1体に小声で命じる。
「行け」
すると、魔物はふわふわと浮遊しながら眠る少女へと近付いていく。コート越しに見ても、彼女が起き上がるという予測はない。
(これは、大丈夫そうだな。ドアを燃やしても起きなかったし、近付いても何の反応もない。もしかしたら……と思ったが、所詮は子供だ。買い被り過ぎたか。狙われてるから、もっと色々と張り巡らされてるのかと思ったぜ。まぁ、その方が楽でいい。こいつを殺せば、俺も魔王様に認めてもらえるし、魔王軍の名を穢す愚か者を1人消せるんだから)
魔物は、ついに彼女の隣に立つ。思えば、長い時間だった。この一瞬のために、費やした時間は何だったのかと感じるほど。
(これで、終わり――)
だが、その一瞬は一瞬ではなくなった。彼女を手にかけようとした魔物が、一瞬を迎えたからだ。
「なっ……!?」
床が怪しく煌めくと、魔物の心臓が抜き取られてしまったからだ。
(なんで!?)
すぐに、少女の眠っているベットに視線を向ける。だが、もうそこに彼女の姿はなかった。
「っ……!?」
刹那、体がぴくりとも動かなくなる。
(まさか……)
足元を見ると、煌々と魔法陣が輝いていた。
「ヤバ――」
状況を理解した時には、もう手遅れであった。オースの体から、心臓が飛び出した。それを、嘲笑うかのように血が噴き出す。まさか、自分の心臓が飛び出してくるのを目撃するなんて。それでも、オースは死なない。心臓があろうとなかろうと、生命活動は止まらない。息苦しさや体が凍えるほど冷えていくのを感じるが。
「凄いね、心臓がなくても生きていられる人なんて初めて見た」
焼かれたドアの穴から、少女が歩み出てくる。
(予測に動き出すなんてもんなかったぜ? ほんっと、ここぞって時に役に立たん機能だな)
もう1度
「グレースィット=アルミノワ……だな」
「どうして、私の名前を知っているの? もしかして、追手の人? でも、そんなへんてこな恰好をしている人なんていたかしら。それだと、折角の額に刻まれた印が見えないじゃない」
体を覆い隠すコートや包帯、それはオース個人の特定を避けるためのもの。どうやら、彼女を追う組織の人間の額には、特別な証があるらしい。
「俺は……追手じゃねぇからな」
「ファミリーの人じゃない……? じゃあ、泥棒? でも、うちなんかに入ってきても何もないってわかるし、名前を知ってるのもおかしいよね。しかも、心臓がなくてもおしゃべりができるなんて……」
浮かび上がったままの心臓を手に取って、不思議そうに首を傾げる。
(くそ、俺の心臓を取り返さねぇと……!)
「貴方、本当に生きてるの?」
彼女の指摘は、ごもっともだった。人間だったら、絶対にありえないことだ。そう、もしも人間だったなら。
「生きてるぜ? 俺は……生かされてる」
心臓がなくなったことで、オースの体の硬直はなくなっていた。ただ、1つ問題があった。思うように、体が動いてくれないのだ。けれど、そんな言い訳をしている場合ではない。魔王のために、勝たねばならないのだから。
「魔王様になぁっ!?」
己を奮い立たせるのと、何でもいいから威嚇できればと魔王の名を叫ぶ。すると、魔王という言葉に魔物細胞は反応する。冷え切った体に、熱が走る。これを機と見て、オースは拳に意識を集中させる。
「きゃっ!」
発火した拳を食らい、彼女は後ろに倒れ込む。手から衝撃で離れた心臓を、素早く奪い取って胸部へとはめ込んだ。くちゃくちゃと音を立てながら、修復が始まる。
「貴方……魔物なの?」
拳が当たった場所の皮膚は、見事なまでにただれていた。しかし、彼女はそれを気にする素振りを見せない。
「あぁ、そうだ」
(さっさとこいつを殺さねぇと……)
少しでも威圧感を与えるために見下ろしてはいるが、どこに魔法陣があるかわからないと内心かなり焦っていた。2体のうち、1体は既に破壊されてしまっている。どこにどう張り巡らされているかもわからない魔法陣に気を張りながら、仕留めなければならないのに。
(そう上手いこといかねぇもんだよな。もたもたしてたら、テウメに怒られちまうよ)
「人みたいな魔物、初めて見た。ファミリーの人じゃないんだ。だけど……貴方は、私を殺しに来た。どうして?」
「てめぇの存在が……邪魔だからだよ!」
やたらとオースに尋ねてくるうちに、殺してしまおうと不意を狙ったつもりだった。しかし、蹴り上げた足は宙を舞った。魔法陣が発動したのだ。
「てめぇ……どこまで仕掛けやがってんだよ」
「どこまでも仕掛けているわ。私だって死にたくないもの。試しにやってみましょうか?」
「ふざけんな! 馬鹿!」
「でも、すぐに元通りになる。貴方にとって、大したことじゃないんじゃない?」
僅かに傷跡は残っているものの、切断されたはずの足はすっかり元通りになっていた。
「いてぇんだよ、魔物だってな。同じくらい、痛みもあるんだ!」
「そうなんだ……関係ないけど」
彼女は、強い決意の灯った瞳で見据える。
「私は、おじいちゃんを蘇らせなきゃいけないの。おじいちゃんに、まだ……何も返せてないの! だから、邪魔する人は誰であっても許さない! あっちへ行って! 私のことは放っておいて!」
そして、彼女は颯爽と家の中に戻っていく。1部屋程度の広さしかないその場所は、逃げ場にも隠れ場所にもならないのに。
「ちっ……!」
だが、その閉鎖空間は彼女にとって有利な場所でもあった。外だと、魔法陣を展開しても逃げられてしまう可能性がある。中に引き込めば、自分自身も逃げにくくなるが、相手も同じ。さらには、地理的有利も働くし、床だけでなく壁や天井にも魔法陣が描ける。巨大な罠だ。
(でも、やるっきゃねぇ。あいつに勝って、魔王様に報いるために!)
オースは強い覚悟の下、巨大な罠の中に突撃していった。




